アナログ製品を選ぶ際、どのようなポイントをチェックしていますか?製品のカタログやウェブページには、必ず「スペック(テクニカルデータ)」が記載されていますが、並んだ項目や数値の意味がわからず、戸惑った経験がある方も多いのではないでしょうか。そこで、オーディオライターの炭山アキラさんが、意外と知らない「スペック」の読み方をカテゴリ別に詳しく解説していただきました。
今回はレコードプレーヤー編の後編です。前編ではモーター形式、駆動方式、回転数、材質について解説しているので、合わせてご覧ください。
目次
始動トルク
制動方式
ワウフラッター
SN比
出力レベル
PHONOプリアンプゲイン
始動トルク
トルクとは「ターンテーブルを回転させる力」のことで、プラッターを静止状態から定速へ導くため、最初にかけられるモーターの力を表します。トルク数が高いほど回転力が強く、すばやくレコードが一定の回転速度に到達します。「起動トルク」と表記しているメーカーもあります。

例えば、『AT-LP8X』の始動トルクは「1.0kgf.cm」と表記されています。”kgf” という見慣れない記号は「重量キログラム」のことで、ここではかかる力の大きさを示します。後ろの ”cm” は円の中心から1cmということを表しています。円の中心から1cmのところに1.0kgfの力をかけて回すのと同じだけの強さで、AT-LP8Xはプラッターを始動している、ということになります。
放送局用のプレーヤーでは1/4回転で定速へ達する必要があるため、猛烈な高トルクをかけている製品が多いものですが、そうするために高トルクのモーターを導入すると、もちろんコストは跳ね上がりますし、機構に無理がかかりやすくもなります。
また、高トルクのモーターは「コギング」と呼ばれるトルクの山谷が大きくなり、それを平滑にするためプラッターの質量を増さねばならず、そうするとプラッター軸なども高負荷に対応するものを用意せねばならなくなり、さらにコストの上昇を呼びやすいものです。オーディオテクニカのAT-LP8Xはコギングを小さくするために、あえて低トルクのDCサーボモーターを搭載しています。
制動方式
プラッターの回転を止めるための仕組み。

現在のダイレクトドライブプレーヤーはほぼ全数に、聴き終わった後レコードをかけ替えしやすいよう、プラッターの回転を止めるための「制動装置」が内蔵されています。こちらも起動トルク同様、瞬間的に止めることも可能ですが、そうすると機構に負担が増してコストがかさみますから、ほどほどのトルクで少しだけ時間をかけて止まるプレーヤーが多いようですね。
ワウフラッター
プレーヤーのプラッターやモーターなどの回転が不安定になることで発生する、音の歪みのこと。

「ワウ」は周波数の低い音の揺れで、音楽が文字通りワウワウと揺らぎます。「フラッター」は周波数の高い揺れで、音がビリビリ、ガタガタした感じに聴こえます。
ワウフラッターのデータは、一般にパーセントで表示され、完全に正確な回転から最大でどれくらいずれる可能性があるかを示しています。高度な値を表示しているカタログでは、「Wrms」と「Wpeak」の2つが表示されていることがありますが、前者が平均値、後者が瞬間最大値と考えてよいでしょう。
アナログの全盛期にはこの数値が0.1%以下まで下がり、それでも0.01%の数値を争う熾烈な競争も行われましたが、現代にプレーヤーを買おうと思われた時は、あまり注意する必要のない数値となりました。実際にレコードを聴いていて、ワウフラッターを感じさせるプレーヤーなど、少なくとも新品ではこの世の中にほぼ存在しないからです。
一方、世代の古いプレーヤーを中古で購入する際には、データではなく耳で聴いてワウフラッターの確認が必須となります。プラッターやモーターの軸、ベルトドライブならドライブベルト、ダイレクトドライブならサーボ機構の不具合などで、時にはっきり耳に聴こえる程度のワウフラッターが発生していることがあり、そういう個体は避けるか、しっかり修理してもらってから購入されることを強く薦めます。
SN比
「S/N比」や「S/N」などとも表記されます。「Signal to Noise ratio」の略で、再生できる最も大きな音とノイズの大きさを比較した数値です。数値が大きいほど良いとされます。

dB(デシベル)という単位は、6dB増えるごとに2倍の大きさになるため、レコードの60dBというSN比は、収録できる一番大きな音と無音時のノイズの比較が1,024倍ということになります。それに対してプレーヤーのSN比は、再生できる最も大きな音とモーターや軸の摺動によるノイズとの比較で、例えば90dBのプレーヤーなら32,768倍です。いずれもCDの96dB = 65,536倍と比べると小さく感じますが、それでも時にレコードの方が生々しい音が再生できたりするのですから、数字だけでは分からないものですね。
レコード自体のSN比が最大60dB程度のため、プレーヤーも60dBあれば十分とよくいわれますが、これもアナログ全盛期には85dBだ、90dBだと争われたものです。
このデータともある程度リンクしてきますが、本質的に優れたプレーヤーは数字以上に耳でSN比の高さを実感することが多いものです。レコードの全盛期を知る人ほど、ジリジリ・パチパチと耳障りだったとご記憶なのではないでしょうか。しかし、同じレコードをかけても現代の優れたプレーヤーは、ジリパチがほとんど聴こえなくなっているものです。
こういうレコードのノイズは大小のパルス成分が集積したもので、物量が投じられずキャビネットやアームなどの共振が抑えられていないプレーヤーでは、そのパルスがそれらを共鳴させ、より大きく再生されてしまうのですね。そしてそれが、音楽の忠実で豊かな再生を大きく阻害してしまうのです。
出力レベル
レコードの溝の振動を電気信号に変換した際の信号の大きさのこと。

これは具体的な数値を云々するより、2~10mVくらいの出力と100~500mVの出力が「両方記載されている」か、または「どちらか片方のみ記載されているか」に注目すべき項目です。
具体的には、2~10mVくらいの出力だけならフォノイコライザーが内蔵されていないプレーヤーだから、単体のフォノイコライザー・アンプを用意するか、それが内蔵されたアンプに接続しなければなりません。一方、100~500mVの出力だけのプレーヤーは、フォノイコライザーを用意する必要がない一方で外付けが不可能ということになり、ほとんどの場合でMCカートリッジに対応することができなくなってしまいます。
フォノイコライザーが内蔵されたアンプなどが手元にない人が、最初にプレーヤーをお求めになるなら、例えばオーディオテクニカのAT-LP60Xのような、フォノイコライザー内蔵でバイパスもできるタイプのプレーヤーが便利だろうと考えます。そういうプレーヤーはほとんどの場合カートリッジも付属していますから、当面はその純正組み合わせでレコードを楽しみながら、単体フォノイコライザーや内蔵のプリメインアンプの導入などをお考えになるのが良いでしょう。
PHONOプリアンプゲイン(フォノプリアンプゲイン)
フォノイコライザーがレコードから得た微小な信号を、ラインレベル(一般的なオーディオ機器で扱える電圧レベル)まで増幅する機能のこと。

「フォノプリアンプ」というのはフォノイコライザーのことです。プリアンプというのはパワーアンプの前に入れることから、「pre=前の」という意味の接頭辞がついています。パワーアンプへ向かう前に「フォノ=phono」、つまりレコード周りの増幅と周波数特性の調整を行うのがフォノプリアンプ、というわけです。同じく、単体のフォノイコライザーも「フォノイコライザーアンプ」と呼ばれることがあります。
ゲインの数値に関しては、あまり大きく注目すべきものでもないと考えています。ほとんどの場合、MMカートリッジがごく普通に再生できるだけのゲインは有していると考えて間違いありません。
ごく僅かな例外として、ここに2項目の数値が掲載されていることがあります。それは、内蔵フォノイコライザーがMM/MCの両対応だ、ということを示しています。オーディオテクニカでは『AT-LP7』が該当します。

Words:Akira Sumiyama