レコードの音を本来の録音バランスで楽しむために欠かせない存在が「フォノイコライザー」です。その役割について、レコード録音の仕組みや歴史的背景までを踏まえて、オーディオライターの炭山アキラさんが解説します。

フォノイコライザーとは?

オーディオ機器の中で、名称を聴いてもとりわけ理解しづらい『フォノイコライザー』とは、一体、どのような機能をもっているのでしょうか。簡単に説明すると、まずカートリッジで発電した小さな音声信号を十分な出力電圧に増幅すること、またレコードの溝に刻まれた音声信号を元の状態に復元・補正すること、この2つの役割をもっています。

フォノイコライザーは、例えばオーディオテクニカではAT-PEQ30やAT-PEQ3のように単体のコンポーネントとして発売されているものがありますし、レコードプレーヤーにも最上級のAT-LP8Xを除いて、内蔵されています。また、いわゆるプリメインアンプの大半にも、同じように内蔵されているものです。それでは、改めてフォノイコライザーについて詳しく説明していきましょう。

基本的な仕組みと役割

レコードに刻まれたV字型の溝には、その左右斜面にステレオの音楽信号が刻まれています。その髪の毛よりも細い音溝のギザギザを走るダイヤモンド製の針先の振動で、カートリッジは発電をしてそれが音楽信号の始まりとなります。その時に発生する音楽信号の大きさ(電圧)は、MM型やVM型で3~10mV、MC型では0.1~0.5mVくらいが多いものです。

一方、CDプレーヤーなどの音楽信号は200~500mVくらいになっており、アンプは基本的にそのレベルの音楽信号を受け取って、スピーカーから音楽を流すことができるくらいの大きさにまで増幅するようにできています。

ということはつまり、レコードで発電された音楽信号も、まずそのレベルまで大きくしてからアンプへ送り込まなければいけません。これがフォノイコライザーの第1の役割です。

AT-PEQ3の接続例
AT-PEQ3の接続例

レコードの音溝は、特にモノラルだと横方向に音楽信号が刻まれています。ステレオでも主要な信号はやはり横方向の振動で、大きな低音が入ったレコードは音溝が左右に波打っているのが見えるくらいです。

ということは、あまり大きな低音が入ってくるとカートリッジが再生し切れなくなり、また音溝が波打つ分左右の幅も必要になりますから、収録できる音楽の長さが短くなってしまうのです。

音溝を針が通る際に、ザーとかシーとか耳に感じられるノイズが、必ず音楽信号に加わってしまいます

一方、音溝を針が通る際に、ザーとかシーとか耳に感じられるノイズが、必ず音楽信号に加わってしまいます。これもあまりに大きいと耳障りなものです。

それらのことを解決するため、レコードに収録される音楽は、あらかじめ高音を大きく、低音を小さく加工してあります。高音を大きめに収録しておいて、後から元のレベルへ下げてやると、音楽のレベルはそのままでノイズだけ下がることになりますからね。同じように低音も、振幅を小さくして収録時間を長く、針の通りを良くしながら、再生時に元の音量へ戻してやればよい、という考え方です。

一度実験したことがありますが、レコードに収められた信号をそのまま増幅してスピーカーから鳴らしてみると、何とも高音がキンキンして低音が痩せた、おかしなバランスの音楽が響き渡って驚きました。

フォノイコライザーは、まさにその高音が大きく低音が小さいカートリッジからの音楽信号を、適切なバランスへ戻す働きもしています。equalizer = 平準化するものという意味ですから、名前の由来はむしろこっちの機能でしょうね。

現在のレコード再生音の基準となったRIAAカーブ

高音を大きく低音を小さく収録し、それを正しく元へ戻して再生するためには、きっちりと基準が決まっていなければいけません。現在発売されているレコードは、100%がRIAA*と呼ばれる特性が採用されています。

*RIAA:アール・アイ・エー・エー、一般体にリアと読まれることが多いです。

この「イコライジング・カーブ」と呼ばれる特性は、SPレコードの時代には膨大な数がありました。レコード会社がそれぞれに独自のカーブを用いていた、といっても過言ではないくらいです。

LP時代になってレコード会社が歩み寄ったのか、イコライジング・カーブの整理・統合が幾らかは進みましたが、それでも米大手コロムビア・レコードの「コロムビア・カーブ」や英DECCAの「ffrr(通称デッカ・カーブ)」など、いくつものカーブが採用されていました。

きたるべきステレオレコードの時代へ向けて、消費者にとって不利益なカーブの乱立による混乱を収拾するため、全米レコード協会が音頭を取って、より効果的な新しいカーブを採用することになりました。1954年のことです。そのカーブは、同協会Recording Industry Association of Americaの頭文字を取ってRIAAカーブと呼ばれるようになりました。

RIAAカーブが採用されてもう70年以上もたちますから、プレーヤーやアンプに内蔵されたフォノイコライザーは、ほぼRIAAカーブのみの対応となっています。しかし、単体の高級フォノイコライザーの中には、今なお数多くのカーブへ対応する機構を設けたものがいくつかあります。中級機でも、コロムビアとffrrに対応したものを見かけますね。

レコードというのは、新譜を買ってきて聴いたら捨ててしまうというものではなく、一生楽しみ続けることができる

レコードというのは、新譜を買ってきて聴いたら捨ててしまうというものではなく、一生楽しみ続けることができる、そして次の世代、また次の世代へと受け渡していくべき文化遺産といっていいものです。

また、塩化ビニール(ヴァイナル)製のレコードは、ちゃんと管理していれば100年や200年で盤が腐食するようなことはありませんし、盤面と針先の掃除が行き届いていれば、100回や200回針を通したくらいで音溝が劣化することはありません。

ですからモノラル時代のレコードも、もっといえばSPレコードも、先人から受け継いだ私たちがていねいに楽しみつつ、次の世代へいいコンディションで受け渡す役割を果たさなければなりません。そして、そういう文化遺産をより忠実に再生しよう、深く楽しもうと思ったら、それぞれの時代のレコードに適応したイコライズ・カーブが必要になってくる。そういうことだと私は考えています。

AT-PEQ30

MM/MCカートリッジに対応する高音質フォノイコライザー。


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AT-PEQ3

かんたん接続でレコード本来の音が楽しめるVM/MMカートリッジ専用フォノイコライザー。


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Words:Akira Sumiyama

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