ミュージカルやコンサートの舞台裏で、観客に最高の音を届けるサウンドデザイナー。その役割を担う株式会社エス・シー・アライアンス代表・山本浩一氏は、楽器の収音にオーディオテクニカのコンデンサーマイク『ATM355VF』を愛用している。今回は、ミュージカル『ボニー&クライド』収録のリハーサル現場を訪れ、プロの視点から、楽器用マイクに求められる性能や、現場での使用感を伺った。また、同マイクを使用するバイオリン奏者・長尾珠代氏にも、実際に使用した感想や、演奏者の立場としてマイクに求める理想の条件について語ってもらった。

音響のプロフェッショナル、サウンドデザイナーの役割とは

山本さんは、普段どのような環境で収録をされることが多いのでしょうか?

山本:主にミュージカルのサウンドデザイナーとして活動しています。そこから派生して、コンサートやゲーム関連の仕事も多いですね。最近では、アニメ映画のシネオケで、フルオーケストラをPAする機会も増えています。


現場や収録環境に応じて、マイクは使い分けますか?

山本:ええ。いつも同じマイクを使っているわけではありません。アーティストによっても楽器によっても、合うマイクは違います。クラシックの編成だと、オフマイクを立てて、コンタクトマイクは使わないことが多いです。シネオケだとドラムやギターが追加されたり、SE(サウンドエフェクト)を流したりするので、コンタクトマイクだけでは取りきれない音があります。だから楽器の種類や環境によって、マイクの基準が変わってきます。

単に音を収録するだけでなく、サウンドデザイナーとして空間全体の音響設計もされていると思いますが、具体的にどのようなことをされるのでしょうか?

山本:音の収録は単にマイクで拾うだけではなく、空間全体のバランスを考えながら設計していくことが重要です。例えば、トランペットのような楽器は、近くで聴くと非常に大きく、鋭い音が出ますよね。それをそのままPA(パブリック・アドレス)で拡声すると、客席では耳障りになってしまうことがあります。そこで、EQ(イコライザー)で特定の周波数を調整したり、コンプ(コンプレッサー)でダイナミクスを調整します。例えば、高域が強すぎる場合は少し抑え、音のアタックがきつくならないようにコンプレッションをかけることで、より自然で聴きやすいサウンドに仕上げます。

「マイクのやる気」とは?音響設計のプロが求めるマイク選びの基準

ミュージカル『ボニー&クライド』のリハーサル現場。バンドは、キーボード、ギター、バイオリン、リード、ベース、ドラムスの編成で構成されている。
ミュージカル『ボニー&クライド』のリハーサル現場。バンドは、キーボード、ギター、バイオリン、リード、ベース、ドラムスの編成で構成されている。

今回リハーサルにお邪魔しているミュージカルでは、弦楽器でATM355VFを使用されていますね。以前は『ATM350』もお使いだったと聞いています。

山本:ええ、ATM350は弦楽器のほか、サックスやクラリネットなど木管楽器の収録に使っていました。ATM350も気に入っていましたね。「ちょうど良いやる気」のあるサウンドが魅力なんです。レスポンスが速い「やる気満々」な音のマイクだと、演奏者もそれに引っ張られてしまい、かえって音がうるさくなってしまうことがあるんです。

ATM350(生産完了品)

小型コンデンサーマイクロホン

ATM350(生産完了品)
製品の詳細を見る

なるほど。お互いの主張がぶつかり合ってしまうんですね。

山本:そうなんです。オーディオテクニカのマイクは「アーティストのやる気に関わらず、どんな場面でもちゃんとやってくれる」というイメージで、余裕のある音なんです。マイクに任せておけば良いバランスで収音してくれるから、多少音量が大きくても嫌な感じにならない。ただし、「やる気が全然ない」わけではなく、ちゃんと拾ってくれる。レスポンス、僕らが言う「スピード感」の違いですね。スピード感があるマイクを使った方が良いんじゃないの、と思うかもしれませんが、結局EQでその部分を落とすことになるので、であれば最初から余計な色付けがない方が理想的だと思うんです。

マイクの「やる気」という表現はユニークですが、非常にイメージしやすいですね。

山本:様々なマイクを使ってきましたが、メーカー独特の癖があったり、やる気が「ありすぎる」または「なさすぎる」と極端だったりで、「これだ!」というものになかなか出会えなかったんですよね。その点、ATM355VFは、それらの良いとこ取りのようなマイクだと感じています。やる気がありそうで、やりすぎない。この絶妙なバランスが素晴らしい。

以前お使いだったATM350と比べて、ATM355VFはいかがですか?

山本:ATM350はバイオリンには最適でしたが、他の楽器では少し物足りないと感じることもありました。しかし、ATM355VFは高域の表現力が向上し、楽器の音色がより鮮やかに感じられます。感度が上がったことで、様々な楽器で使いやすくなりました。

ミュージカルの収録では、様々な楽器が混ざり合っている中で、どうしても近くで音を拾う必要が出てくる場面があります。その時に、ATM355VFはユニット交換で指向性を変えられるだけでなく、音色自体が非常に調整しやすいんです。一般的に楽器を近くで録ると、特定の中域が盛り上がることが多いのですが、ATM355VFはそれが少ないんです。これまでにこのような製品はなくて、画期的なマイクだと思いますよ。

「ユニットを交換して指向性を変えられるアイデアは素晴らしい。無指向性のユニットを付けてフルオーケストラで試そうと思ってるんですよ」と山本さん
「ユニットを交換して指向性を変えられるアイデアは素晴らしい。無指向性のユニットを付けてフルオーケストラで試そうと思ってるんですよ」と山本さん

ソロバイオリンなどで、「やる気満々」の音を求める人は他のマイクが選択肢になると思います。ただ、そうなると結局PA側でEQ調整をしてしまうので、それであれば最初からEQの必要性が低いATM355VFを使った方が良い。ナチュラルな音を求めるのであれば、ATM355VFは理想に近いマイクです。いや、理想を超えているかもしれません。

山本さんは、できるだけナチュラルな、いわゆる生の音を常に追求しているのでしょうか。

山本:演奏者の技術が高ければ、できる限り生の音に近い方が良いと考えています。しかし、演奏に慣れていない場合や、音程が不安定な場合は、生の音を追求しすぎるとバランスが崩れてしまうため、PAでの調整が必要になります。

具体的にどのような調整をするのでしょうか?

山本:一番早いのは音量を下げることですが、それでは楽器の存在意義がなくなってしまいます。EQで調整することもできますが、マイクにかぶってくる他の音も変わってしまうので、できるだけ余計なことはしたくないんです。となると、マイク選択である程度調整する必要があります。ATM355VFは、EQに頼る必要がない、良い意味で「いじらせない」マイク。自然な音でPAするために最適なマイクだと思います。

先ほど音色の調整がしやすいとおっしゃっていましたが、調整が少なくて済むということなんですね。

山本:ええ。時間がかからないので、こちらとしてはかなり楽になりますよ。とにかく、マイクに任せておけばいいんです。調整が必要なのはミッド・ローの重さくらいで、もちろん楽器によって調整幅は変わりますが、他のマイクに比べるとEQの必要性はかなり低いです。

マイクによっては、最初からEQで特定周波数をカットしておく必要があると。

山本:そうです。そうしないと、特定の周波数が強調されて耳障りな音になってしまうんです。ATM355VFは、フラットな特性を持ちながらも、耳障りな部分がないので、非常に扱いやすいです。そういった意味では、PAエンジニアの経験が浅くても安心して使えるマイクと言えるでしょう。

マイクに任せておけば失敗しにくいということでしょうか。

山本:ええ。マイクによってはある程度の経験がないと扱いが難しく、意図しない音になってしまうものもありますが、オーディオテクニカのマイクは大げさな色付けがないので、プリセットで組んだ設定から大きく変更する必要がないんです。だから、初心者でも扱いやすいと思います。

マウント部分(クリップ)の使いやすさはいかがですか?

山本:評判が良いですよ。楽器は高価なものなので、クリップで傷つけてしまうことがないように慎重に扱う必要がありますが、これは楽器に当たらず、弦楽器と管楽器用のものがセットで付属されているのも良いですね。


例えばこのバイオリン用のマウントを見てください。このクリップ部分が左右対称の洗濯バサミ型だと、挟む場所が演奏の邪魔になることがあるし、バイオリンとヴィオラの両方には使えなかったりします。そのあたりを解決するためにかなり試行錯誤を重ねたと聞いていますが、このクリップはよく考えられていますよね。

日本のメーカーならではの、柔軟性と懐の深さを感じる音

ATM355VFを実際に現場で使用されて、評判はいかがでしたか?

山本:評判が良すぎて、革命が起きたと言っても過言ではないかもしれません(笑)。先日初めて使ったエンジニアも、「中域の嫌なクセが全くない」と絶賛していました。アンサンブルの収録でも素晴らしい音質を実現できて、アーティスト側からも好評でしたね。


他にもオーディオテクニカ製品で愛用されているものがあるとお聞きしました。

山本:『AT5045』というスティックマイクロホンが素晴らしいです。例えば歌舞伎などで使用する和太鼓の集音に非常に適しています。

AT5045

サイドアドレスマイクロホン

AT5045
製品の詳細を見る

和太鼓ですか!どのような点が優れているのでしょうか?

山本:マイクを遠くに立てていても、まるで近くで収音しているかのような、不思議な特性を持っているんです。通常、マイクを遠くに立てると音が薄くなりがちですが、AT5045はアタック感もクリアに捉えることができます。ATM355VFもそうですが、オーディオテクニカのマイクは、バランスの取れた特性を持っているものが多いのかもしれません。

メーカーの特性を感じるということですね。

山本:オーディオテクニカのマイクには、すべてを包み込んでくれるような、懐の深さがありますね。柔軟に対応してくれるというか。日本のメーカーらしい、奥ゆかしさとも言えるかもしれません。

それは面白い視点ですね。

山本:これまでに何人もオーディオテクニカの方にお会いしたことがありますが、皆さん共通してどこか不思議な雰囲気を持っているんですよ。エンジニアの方も、常に謙虚で、他のメーカーと比較したりもしません。社風って、作ろうと思って作れるものではありません。伝統的に受け継がれてきたものだと思いますが、その姿勢がマイクの音にも表れているように感じます。そこはぜひ、今後も変わらないでいて欲しいですね。

演奏者にとっての理想のマイクとは?バイオリニスト長尾珠代氏インタビュー


今回のミュージカルでバイオリンを演奏している長尾さんにお話を伺います。長尾さんは現在、どのような音楽活動をされていますか?

長尾:今は主にミュージカルや舞台での演奏を中心に活動しています。また、ソロ活動も行っており、さまざまなジャンルの音楽に挑戦しています。

普段、マイクはどのような場面で使用されますか?

長尾:基本的には本番で使用しますが、リハーサルでも他の楽器との音のバランス確認や音響の調整のために使用します。一人での練習時には使うことはありませんが、コロナ禍以降、配信をする機会が増えたことで、周りの奏者ではマイクを使う人が増えました。


ATM355VFを実際に使用してみて、装着感などはいかがですか?

長尾:本番では基本的にずっと装着していますが、本体が非常に軽いので演奏中に気になることはありません。取り外しのしやすさもバッチリです。別のマイクだと、取り外す際に「ムギッ」という音がして、楽器に触れているのがわかることがありましたが、ATM355VFはそういった心配がありません。楽器に傷がつくこともなさそうなので、その点もよく考えられているなと感じます。取り外しがしやすいと、こっそりチューニングする時にも便利ですよね。

演奏中にマイクがズレることもありません。もちろん、ケーブルが何かに引っかかればズレることはありますが、それはどのメーカーのマイクでも同じなので、気をつけて使えば問題ないです。

奏者として、マイクに求めるものは何でしょうか?

長尾:楽器を傷つけないことや、演奏中に外れないことはもちろんですが、やはり一番大事なのは「自分の音がお客様にどう聞こえているか」です。ただ、演奏者側にはスピーカーから出る音が聞こえないので、私たちはただ演奏するのみ。客席に届ける音はPAエンジニアや音響スタッフに委ねているので、彼らを心から信頼しています。自分が奏でる音が、そのまま客席に届いていると信じて演奏することが、最高のパフォーマンスに繋がると思っています。

ATM355VFについては、山本さんが「ナチュラルな音を求めるなら理想的なマイク」とおっしゃっていましたよね。彼がそう言ってくれるマイクであれば、私たちは本当に楽な気持ちで演奏に集中できるんです。「そっちは任せた、私は好きに弾くよ」って。

マイクによっては少し高音がキンキンすることがあり、そのときは位置を調整しながら使っていました。そうした違和感があると、「キンキンしないように弾かなきゃ」「ちゃんとした音で届いているかな」と気になってしまうんです。それでは演奏に集中しているとは言えないですよね。


今回のようなバンド編成では、エレキギターやサックスが隣で鳴り、ドラムの音が間近で響くこともあります。そんな環境でも、「他の楽器に張り合わなくてもいいんだ」と思えるのは、本当にありがたいです。「ありのままの音を届けてくれればいい」と言ってもらえることで、常に自分の表現を大切にできます。それが精神的にも体力的にも楽なんです。その上で、自分の表現をしっかりと捉え、細やかなニュアンスまで客席に届けてくれるマイクこそが理想ですね。

山本浩一

⽇本⼤学芸術学部放送学科卒業。⾳響デザイナーとして、コンサートやミュージカル、舞台などに携わる。現在、株式会社エス・シー・アライアンス代表取締役社⻑、株式会社ウッディランド代表取締役を務める。⻑年の功績により、2019年度公益社団法⼈⽇本演劇興⾏協会賞を受賞。『千と千尋の神隠し』で2025年ローレンス・オリビエ賞に最優秀⾳響デザイン賞でノミネート。

長尾珠代

東京芸術大学附属音楽高等学校を経て東京芸術大学卒業、在学中よりミュージカルのオーケストラやショー等でソロまたは長尾珠代ストリングスを率いて年間約150ステージをこなす演奏活動を続けている。ソロアルバム「私の心はヴァイオリン」には本邦初録音のダルクローズの作品も収録されている。2015年より横田&長尾で海外活動を始め、ドイツ、フランス等でコンサートを行う。その後、国内でもDuoシリーズ「T&A アコースティックコンサート」を展開中。

製品の詳細はこちら

Words & Edit:Tom Tanaka
Photos:Hinano Kimoto
Cooperation:E.Sukiko

SNS SHARE