現在、秋田県仙北市の地域おこし協力隊として従事し、田沢湖近くで暮らすアーティストのstarRo(溝口真矢)氏による連載第四回。 あまねくストレスの種と考えられそうないくつかの普遍的なテーマをお題に、starRo氏の現在の暮らしやバックグラウンド、追憶を交えながら「ウェルネス」の本質を考える、担当編集者との往復書簡を展開する。 癒しと平穏をもたらしてくれるのは徹頭徹尾、(音などが作り出す場を含む)環境と実のあるリアルな言葉であるという仮説の元で。 第四回目のテーマは「生活リズム」。
Theme.04:生活リズム
リズムが乱れるのって、結構なストレスじゃない?
Question:
僕は東京の、しかも渋谷の比較的近くに住んでいて、事務所があるところも割とその近く。 そこへの行き来が生活の基本になっています。 朝、自宅を出た時から電車に乗って、降りて、事務所のある場所まで歩いて行くっていう移動の間中、Bluetoothのイヤフォンをつけながら音楽を聴いているんですけど、人が密集しているところ、例えば満員電車なんかに乗っているとブツブツと音楽が切れたり、急にグリッチノイズが走ったりするんですね。 ジャズを聴いていたつもりが、いきなりエレクトロニカになっちゃう(苦笑)。
パンツのポケットに入っているスマホからイヤフォンに電波を飛ばしているわけですから、物理的な障害や電波同士の干渉があれば途切れたり、ノイズが入るのは当然ですし、分かってもいるんですけど、それが案外、結構なストレスになってるな、って最近気づいたんです。
音楽は脳の活気を導き出してくれるものだと思いますし、その日の気分との波長が合った時は、単なる通勤や散歩が楽しいものに変わる。 ノイズが入るから嫌、というよりも、個人的にはそのリズム(バイオリズムと言ってもいいかもしれません)が乱れてしまうのがもしかしたら嫌なのかもな、って。 そういったストレスがあった時って、仕事にも身が入っていなかったり、イライラしたり、疲れたりしているんですよね。 思い返してみると。
Bluetoothのイヤフォン自体はとても便利なものですし、オンラインでのやり取りが多い昨今の仕事をする上でも欠かせないツールにはなっているんですが、都会での移動が伴ってくると、障害の引き金になってしまう。 んじゃあ、必要な時につければいいじゃないか、っていうのはその通りだと思うんですけど、先ほども言った通り、日常にリズムをつけたいし、喧騒のシャットダウンもしたい……。
「リズム」は活動において、非常に重要だという説が以前、このAlways Listeningで紹介したことがある『新版 音楽好きな脳 〜人はなぜ音楽に夢中になるのか〜』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス刊)に書かれています。 「音楽は聴覚のチーズケーキ(=単なる「快楽ボタン」という意味のメタファー)です」という音楽を見下すような話を、他の学者が言ったそうなのですが、本書の著者、ダニエル・J・レヴィティンはそれを受け止めつつ否定しています。
(ちょっと極論なのかな、と思ってはいますが)著者は音楽は農業や言語よりも先にあり、メロディを生む笛よりもシェイカー(=リズムを刻む楽器)が先にあったとし、音楽活動は「運動技能を洗練させるのに役立ち、言葉と身振り手振りによる会話に求められるきわめて繊細な筋肉コントロールに発達の道を切り開いた可能性がある」と言います。
お母さんが歌を口ずさみながら、抱っこしている赤ん坊を揺らすこと。 大人になってもリズミカルな音楽に惹かれ、身体を揺らすこと。 あるいは朝の鳥のさえずりに魅了されることなどは、人間の無意識下の本能にあり、日常の「運動」を行っていくために必要なことなのだろう、と(詳細はぜひ、お時間がある際に本書を読んで頂けたら)。
先ほどのリズムが途切れちゃう、遮られちゃうということは、この「無意識下の本能」に悪く作用しているんじゃないかなって思うんですね。 僕と同じような状況/環境下にもし、starRoさんがいま暮らしているとしたら、どうやってリズムを保つようにしますか? それか、やはりそもそもの暮らしを変えるべき?
Answer from starRo:
「生活のリズムというのも、まさに生理的時間感覚と文化的時間感覚の間のダンスのようなもの」
音楽に関わっていると、「リズム」という言葉や構造を日常的に使ったりするものの、その意味をかなりフワッと抽象的に捉えてしまったりします。 しかし、リズムは音楽を成り立たせる絶対的な要素であり、音楽演奏や創作を生業にすると、音の組み合わせが生み出すパターンによる構造としてのリズムを超えた何かと常に向き合うことになります。
例えば、精神的だったり肉体的な波長が、創作という行為に合わないタイミングがしょっちゅうあったり、他のミュージシャンとのコラボレーションにおいて、パートナーのもつリズム感と自分のもつリズム感がいまいち合わなかったり、自分に馴染みのない文化圏の音楽のリズムが、違和感だったり心地よさだったりを生み出したり。
「リズム」とは、わたしたちが知覚するふたつの点の間に生まれる間隔とその連続によって、時間の長さという感覚を生み出すものですが、そのふたつの点は音楽であれば色々な音のタイミングとして現れ、生活の中では現象として現れ、また生理的にはバイオリズムや心臓のリズム、呼吸のリズムとして現れ、わたしたちは生きているだけで様々なリズムを知覚し、その都度時間が長く感じられたり、短く感じられたりしています。
わたしたちは普段、時間の感覚というものを時計が刻む一定のものとして認識したりするものですが、実際は色々な時間感覚つまり波長が生活の中に取り込まれた中で生きていることになります。
現代思想に大きな影響を与えた社会人類学者の巨匠レヴィ・ストロースは、時間の感覚を生み出すものとして、生理的な時間と、文化的な時間のふたつの格子があると言っています。 生理的な時間は、有機体としての人間の中に誰にでも存在する脳波やバイオリズムなど自然のリズムであり、一方、文化的な時間は、音楽のように音階やリズムのパターン性によって人的に作られた構造・体系によって生み出されるもので、その構造や体系は文化によって異なるとされています。
その上で、音楽の感動とは、理論的には一定であるはずの生理的な時間感覚によって生まれる「期待」が、文化的時間感覚を生み出すリズムやメロディによって裏切られることから生まれるとストロースはいいます。
「音楽は、生理的リズムと文化的リズムの両方を内包している」
このことを前提にすると生活のリズムというのも、まさに生理的時間感覚と文化的時間感覚の間のダンスのようなものですよね。
わたしたち文明人は、自然のリズム或いは生理的リズムとは別の波長をもつ物や生活環境、社会構造などの中で生きています。 今回のクエスチョンの中で触れられているBluetoothのイヤフォンもそのひとつです。
一方で、わたしたちは昼と夜や、一年を通した気温の変化など自然現象が生み出すパターンを軸に、体内時計という形で生理的な時間感覚を作り、潜在的に生理的なパターンに乗っ取って生きたいという期待ももっています。 そして、わたしたちの大部分が普段は、この生理的な欲求をことごとく無視して文化的リズムに依存し、あたかもそれが生理的なリズムであるかのような正当化を無意識にしながら生きているような気がします。 そして、Bluetoothイヤフォンの例のように、イヤフォンの存在によってもたらされる時間感覚とそれをベースに期待する心理的感覚や様々な予定や目標が、イヤフォンの不具合によって掻き乱され、ネガティブな影響を受けることが沢山あります。
面白いですよね。 なぜ音楽であれば、その期待の裏切りを美的快感として捉えられるのに、Bluetoothの不具合や電車のダイヤの乱れ、誰かの期待ハズレの行動などではそう捉えられないのか。
ストロースは音楽について、生理的リズムと文化的リズムの両方を内包するものであり、人の生理的な部分にも訴えかけるものであるとしています。 つまり音楽はより自然発生的に生まれたものであり、生理的な欲求を充すための構造としてのリズムやメロディーといった文化的構造があるという部分が、現代社会に存在する多くの文明の産物との違いなのかもしれません。
そして、それは今回ご紹介されている著書からの抜粋の通り、音楽が発生したタイミングも関係している気がします。 つまり、農業や言語が生まれる前の時代、文明の産物がまだほとんど存在せず、自然現象と生理的リズムにより寄り添った生活環境だったタイミングで生まれたものであるがために、文化的リズムに支配された現代社会での生活の構造とは距離をおいたものであるということです。
starRo
溝口真矢
神奈川県横浜市出身のアーティストでありDJ。 大学卒業後、テック企業に勤め、31歳の時にLAに移住。 SoundCloud黎明期に音楽制作活動を本格化させ、アップしたトラックが注目される。 2013年、Ta-Ku(ター・クー)やLAKIM(ラキム)、Tom Misch(トム・ミッシュ)などがリリースしたこともあるレーベル、Soulectionに加入し、2016年にはThe Silver Lake Chorus(ザ・シルバー・レイク・コーラス)の楽曲「Heavy Star Movin’」のリミックスを手掛け、グラミー賞 最優秀リミックス・レコーディング部門にノミネートされる。 コロナ禍を機に日本に戻り、しばらくは東京やその近郊で暮らしていたが、仙北市にある田沢湖の湖畔でDJをしたのをきっかけに現地の人と繋がり、2023年、地域おこし協力隊(リトリート担当)に任命された。 温泉あがりにアンビエントを流すサウンドバスやフィールドレコーディング体験、音浴とヨガを掛け合わせた企画を立てるなど、仙北市の人びとと深く関わりつつある。
Text(Answer):starRo(Shinya Mizoguchi)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Top Image:AI