生の演奏の迫力を味わえるコンサート、音の良い席で素敵な時間を過ごしたい方も多いはず。 特に大きなホールでは、S席、A席、B席…と座席やエリアごとにお値段が変わることがありますが、これはひとえにステージとの距離で決まっているのではなく、音の聴こえの良さによさも関係しているのです。 演者を間近で見たい、全体的に舞台を見たい、など自分にとっての良い席の選び方はその人の好みによって様々ですが、今回は「コンサートホールの形状」に着目したときの ”音の良い席” について、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんの考えをご紹介します。
コンサートホール、それぞれの形
コンサートホールのスウィートスポットを考える記事の第3回目は、コンサートホールの形状から音の良い席を考えてみます。
コンサートホールは、大きく分けると、次の4つの種類に分類されます(分け方はいくつかあります)。
- シューボックス型
- コンサートホール型
- ヴィンヤード型
- 馬蹄型
それぞれ形が違うため、音の響きはもちろん、用途も異なります。 それぞれの特徴と音の良い席を考えてみます。
シューボックス型
その名の通り、靴を入れる箱のように、奥行方向に長い直方体をした形状です。 有名なものに、世界屈指の良音質ホールと言われる、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠である、通称「黄金のホール」と呼ばれる楽友協会ホール(グローサー・ムジークフェラインスザール)やオランダ・アムステルダムのコンセルトヘボウなどがあります。 日本でも多数ありますが、渋谷のBunkamura オーチャードホールや西新宿・初台にある東京オペラシティコンサートホールのタケミツメモリアル、私が教鞭をとる洗足学園音楽大学の前田ホールなどがあります。
録音をする経験からも感じますが、横幅が短く奥行きが長い筒状の形もあってか、とても密度の高い残響が味わえるのが特徴です。 反面、間接音が増えるため、ホールによっては後席にいくほどその密度が強烈でモワッとする印象もありますので、あまり後ろに行きすぎないほうが良いかもしれません(あくまで筆者が体験したホールでの経験からですが)。 ホールによってはサイドにテラス席がある場合もありますが、やはり音のバランスはセンター中段前後が良いでしょう。
コンサートホール型
舞台も客席も間口が広く扇状に広がった形状のホールで、日本で多く見られるのがこのタイプです。 こちらは、舞台の奥行きも広く幕が複数ある場合も多く、音楽だけでなく舞台作品や講演などにも多用途に使えるため、地方自治体の運営するホールに特に多いように感じます。 日本の代表例では、上野にある東京文化会館大ホールや渋谷のNHKホールなどがそれにあたります。 傾向として、形状ゆえか響きの密度は高いというよりもあっさりした明瞭な方向性が多く、音だけでなく機能性も重視されている印象を受けます(勿論、舞台を音楽専用として音質を最優先した例も見られます)。
また、日本の様々な場所にあるこの手のホールで録音をした実感としては、設計年代の古いホールですと外部の音が少し入ったり、空調の音を少し感じたりといった場合もあります。 傾向としては、音質を求めるのであれば新しい年代の方が総じて良質な響きが得られると思います。 このタイプのホールも、やはりスウィートスポットとしては、中央の中段付近が良いでしょう。
ヴィンヤード型
ヴィンヤード、つまりはブドウ畑という名の通り、段々畑状の客席を持つタイプです。 ステージは段々畑状の客席の最下部に配置されます。 見た目的にも非常に洗練された印象があります。 世界では、 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であるベルリン・フィルハーモニーホールや、同じくドイツのライプツィヒにあるゲヴァントハウスが筆頭で、関東では赤坂のサントリーホールや神奈川県のミューザ川崎シンフォニーホールが代表例です。
このタイプは、ステージが奥まった位置にあるその他のホールと違って、すり鉢状の最下部にステージが配置されることもあってか、開放感があって大変バランスよく、場所を問わず均質かつ緻密な響きが特長と感じます。 見た目的にもオープンで爽快な印象ですね。
このホールで面白いのは、ステージの後ろや真横にも席があることです。 この席は、音としては、楽器の方向や真横に位置するため良好とは言えませんしお値段もお安い場合が多いですが、普段なかなか見れない角度から演奏者やオーケストラを観察できるのが面白いと言えます。
余談ですが、ライヴ録音の場合、この横や後ろの席の手すりにテグスを巻き付けて、天井から垂らしたテグスと結んでマイクをベストポジションに宙吊りにしたりします。 ライブ収録が入っている場合、ホールによっては見ることができるので、マイクを探してみてください(笑)。 このタイプも、やはりスウィートスポットとしては、中央の中段付近がベストでしょう。
馬蹄型
馬蹄型、すなわち馬の蹄のような形をしているホールです。 オペラを上演するオペラハウスが原型で、蹄の外周部はマンションのテラスのように多階層構造になっています。
その部分はボックス席などと呼ばれ、個室になっており、その昔は社交場として知り合いで観劇し、オペラを観ながらおしゃべりを楽しんだりしたそうです。 よって左右のボックス席(ホールによってはボックスではない通常のテラス席も)は舞台ではなく反対側のボックス席を向いていたりと、見晴らし的にも音的にも最適とはいえない場合も多いでしょう。 さらに、ボックス席内は最前列でないと、全然舞台も見えない場合もあります。
日本では、愛知県芸術劇場の大ホールや、大分県の別府コンベンションセンター/ビーコンプラザにあるフィルハーモニアホールなどがあります。
私はこのタイプのホールは、大学生の時に、留学先のパリのシャンゼリゼ劇場で体験したのが最初でした。 何回か行きましたが、三階端のテラス席でオーケストラを聴いた時も、非常に音響が良くて驚いた記憶が鮮烈に残っています。 中規模で大き過ぎないことも音響に寄与しているのかもしれません。 もっとも、世界的にもハイレベルで知られるパリ管弦楽団の演奏でしたので、演奏の素晴らしさも大きいと思います(良い演奏家やオーケストラは、場所込みで良い音を出すスキルに長けています)。 演奏も、それまで聴いてきた国内のオーケストラとは全くの別物で、恥ずかしながら、嬉しさと感動のあまり演奏中から客席で、隣のマダムにバレないよう、こっそり号泣してしまいました…(笑)。
ボックス席も入りましたが、やはり音も景色も良くなく、しっかり演奏を耳で楽しむならフロア席が無難と思います(王様席とも言われる、舞台正面の特別なボックス席は別格のようですが)。 ちなみにボックス席に一番乗りすると部屋のドアが施錠されており、素敵な劇場スタッフにチップを渡して解錠してもらう流れとなります(シャンゼリゼ劇場が現在もまだこの流れかは未確認ですが)。 エントランスや階段などはアールデコ調の大変麗しい内装で、階段の手摺や照明のフード一つとっても思わず見惚れてしまいます。 かつての歌舞伎座に来た外国人もこの様な気持ちなのでしょうか(笑)。
なお、オペラの際はオーケストラはオーケストラピットと呼ばれる、舞台手前に設けられた奈落の中(地下的な空間)で演奏しますので、上向きに音が広がります。 よって、通常のホールよりも少し後ろ側がスウィートスポットといえるかも知れません。 ただ、観劇的にはステージ側の方が役者をよく観られますね。
舞台の内容によって最適なホールが選ばれている
なお、オーケストラを演奏する大ホールの残響時間(演奏がホールに響いた音量が、一定値まで減衰しきるまでの時間)は2秒とされています。 長めですよね。 よって、残響が常に残るため後方の席は明瞭度が落ちますし、ソロやアンサンブル編成にはそもそもベストでないことが想像できます。 このような理由から、音楽のジャンルや編成によって、演奏にベストな会場規模が選択されるのが通例です。
以上、コンサートホールの形状から見た、筆者なりのスウィートスポット考でしたが、先述した通り、音質に著しく差があるわけではなく、どの席でも音楽を充分に楽しめることに違いはありませんので、どうぞご安心ください! 私自身も、常にS席を選択するわけではありませんし、それよりも、席にこだわらずより多くのコンサートを楽しみたい派です。
Words:Saburo Ubukata
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