生の演奏の迫力を味わえるコンサート、音の良い席で素敵な時間を過ごしたい方も多いはず。 特に大きなホールでは、S席、A席、B席…と座席やエリアごとにお値段が変わることがありますが、これはひとえにステージとの距離で決まっているのではなく、音の聴こえの良さによさも関係しているのです。 Vol.1の基本編では「直接音と間接音」、そして、「楽器が音を出す方向性」についてのお話をしました。 今回はそれを踏まえたうえで、楽器や編成に応じた ”音の良い席” について、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんの考えをご紹介します。

ただ、前提としてお伝えしたいのは、音の良いポジションは、基本的にはチケットのグレード(S席、A席、B席など)に準じているということです。 また、音響設計に優れるホールでは、席によって満足できないほどに音が劣るということはありません。

ソロ楽器の場合

ピアノ

ポピュラーな楽器構成として、ピアノを考えてみます。 ピアノの場合、前回の記事でも考えたように、ピアノの蓋が開いている方向によく音が飛びます。 実際にピアノを録音する際も、クラシック音楽では、基本的にはこの方向からピアノを狙ってマイクを立てます。
その意味では、ピアノに向かって左側の席は音も飛んで来にくいとともに、ピアニストの顔も見えにくくなってしまいます。 よって、ピアノに対して、演奏者の顔や指が見える正面をベストとして、そこから左側よりも右側方向から聴くほうがベターでしょう。

ピアノ

なお、いわゆる現代のピアノの場合はかなりの大音量を出すことができるので、大きなホールの後方席で聴いても音量が足りないということは無いと思います。 しかしながら、フォルテピアノと言われるピアノの前身の楽器やチェンバロなどは、音量が小さい楽器です。 音量が小さいため基本的には大きなホールで演奏されることはありませんが、このような古楽器と呼ばれる楽器は、適度に小さな会場ほどその魅力を味わいやすいといえるので、筆者であれば、もしも演奏会場の大小がある場合は適度に小さいほうを選ぶか、広い会場でも、比較的近い席を選びます。

ヴァイオリン

次に、ヴァイオリンの場合を考えてみます。 ヴァイオリンはソロで演奏する場合、立って演奏します。 そして、前回の記事でお話したように、ヴァイオリンの音はf字孔から音がよく飛ぶので、従って、天井や壁に跳ね返ってから届く音が、聴衆に多く届きます。 それを考えると、遠すぎる席は音が不明瞭になりやすいでしょう。

ヴァイオリン

また、楽器自体の音量も大きい方ではないので、比較的近くが良いでしょう。 方向的には、ヴァイオリン奏者と向かい合ったとき、あまり左右方向には音が広がらない音域もあるので、正面もしくは少し左側の方向がベターでしょう。
ヴァイオリンもピアノと同じく、バロック・ヴァイオリンと呼ばれるスタイルのものがあります。 これは、弦が金属ではなくガット弦であったりと、現代のスタイルのヴァイオリンとは異なり音量が小さめとなります。 こちらも大きなホールで演奏することはありませんが、数百人規模の小ホール程度の大きさの場所で開催されることもあります。 その場合は、やはり後席よりも、比較的近い席を選ぶほうが明瞭な音が楽しめるでしょう。

声楽

他に人気なソロ編成としては声楽が挙げられます。 声は、シンプルに、顔が向いた正面方向に音がよく届きますので、やはりこちらも正面がベターでしょう。 加えて、声楽ソロはピアノ伴奏を伴うことが多いと言えます。 そして、ピアノは通常、歌い手の真後ろ付近に置かれますので、先程のピアノの項を踏まえると、バランスを考えると、正面方向がベストで、やはり、正面から左側よりも右側のほうが良いでしょう。

声楽

アンサンブルの場合

室内楽

次に複数の演奏家が同時にステージ上へ配置される「アンサンブル」という形態を考えてみます。 編成としては、弦楽四重奏や木管五重奏などがベーシックな室内楽のアンサンブルとして挙げられます。 アンサンブルは、楽器ごとの音量バランスが大切になります。 そして、音量は楽器との距離とも密接に関わってきます。
よって、リスニングポイントと、アンサンブルを形成する各楽器との距離が均等なほど、アンサンブルの楽器音量バランスが良好になりますので、やはり中央付近がベストと言えるでしょう。 左右に偏るほど、バランスは崩れていきます。

室内楽

オーケストラ

オーケストラも基本はアンサンブルと同じです。 オーケストラは、基本的に、ソリスト(主役)のいるコンチェルト(協奏曲)を除いて、音量の大きな楽器ほど後方に位置する、という法則で楽器が並びます。
手前に、最も音量の小さな弦楽器群が、続いてその奥のひな壇の最下段に木管楽器、その上段や奥に金管、そして、金管の奥や隣に打楽器類が並ぶ、という具合です。 それらの音がブレンドされてリスナーの耳に届くことになります。
よって、最前列では弦楽器の音のみが近すぎるということになりますし、最前列付近はポジション(高さ)が低いことが多いため、弦楽器奏者を仰ぎ見ることになるため、音的にも直接音が減って明瞭度が落ちる上、見晴らしもよくありません。
通常、客席は傾斜がついており、上にいくほど高さが上がっていきますので、その意味でもある程度離れたほうが各楽器のバランスが良くなります。 ただ、高さが上がっていくと距離も離れていきます。 従って、ベストな位置は中央付近で、少し離れた位置、ということになります。

オーケストラ

それを突き詰めていくと、筆者としては、もっともバランスが良いスポットは、実は空中なのではないかと思っています。 お客さんをたくさん入れないといけないことを考えると、物理的に無理になりますが。
この位置は、録音の際にメインマイクがセットされる位置です。 まれに、オーディオ評論家やオーディオ愛好家の方で、生よりも録音のほうが音が良い、という方もいらっしゃいますが、それは、このようなリスニングポイントの物理的な制約に起因しているのではないかと思います。 これはマイクを使って録音するオーディオだからこそ可能となるものですし、そう考えていくと、録音には録音の良さがあると私は感じています。
続いて次回の記事では、コンサートホールの形状とスウィートスポットについて考えていきたいと思います。

Words:Saburo Ubukata