ジャズやヒップホップ、エレクトロニックミュージックといったジャンルの垣根のみならず、世代を越えて、アメリカ・ロサンゼルスの音楽シーンのメンター的として活躍するカルロス・ニーニョ(Carlos Niño)。
ラジオDJとして、ある意味「非音楽家」の立場からそのキャリアをスタートさせた彼は、なぜ現在、プロデューサーとしてさまざまなミュージシャンから求められるだろうか。アンドレ3000(André 3000)のバンドメンバーとして来日した際、カルロス・ニーニョの長年のコラボレーターでもある原雅明とともにその秘密を探った。
※この記事の取材は2024年11月末に行われたものです。Always Listeningは、2025年1月の大規模山火事で打撃を受けたロサンゼルスの音楽コミュニティーの1日も早い復興を願っています。
音楽を作るうえで大切なのは「自分の感情」に深く、徹底的に向き合うこと
あなたはもともとラジオDJとしてキャリアをスタートさせ、その後パーカッショニストとしても知られるようになりました。その活動にはどこか非ミュージシャン的な視点、「よきリスナー」としての視点があると感じるのですが、あなたの活動の根底には、どんな考えがあるのでしょうか。
まずは自分が何をどう感じているのか、ひたすら考えを深めていくのが大事だと思っています。そうやって自分に問いかけ続け、自分自身の奥深くに潜っていくと、自分が本当に感じていることを捉えて、意味のある形で表現することができるようになるんです。
どう感じているのか、何をどう捉えているのか、何を信じているのか、何を共有したいのか——つまり、感情的な状態を伝えることがすべてだと僕は思っています。たとえば、「苦しみ」という感情を表現したいとすると、「その苦しみについてどう感じているのか?」「その奥深くにあるものは何か?」「そこにある深い感情の本質は何なのか?」と問いを深めていくと、感情的な状態を伝える状況が自然と準備されていく。
もし自分の作る音楽に何かが欠けていると感じることがあるとしたら、自分がどう感じているのかをあまり理解していない場合があります。「自分がどう感じているか」に一度も向き合ったことがないなら、まずはやってみるべきです。答えはその人自身の中にあると思う。
でも多くの人がそうしません。多くの人は恐れていたり、人生のなかで自分の感覚に向き合う経験を得られなかったりする。でも、すべては感覚の問題だと思うんです。僕にとって、コミュニケーションは「感覚そのもの」で、コミュニケーションのためのコミュニケーションではなく、「何を伝えるか」が重要なんです。
あなたにとって音楽は「感覚そのもの」を伝えるコミュニケーションということでしょうか。
コミュニケーターであることが、僕の本質ですね。単にミュージシャンであるというより、精神的なレベル、技術的なレベル、詩的なレベル、いろんなやり方で感情やアイデア、体験を伝え、共有するのが僕のやっていること。それは「音を通じた旅」のようなもので、そのコミュニケーションは非常に多次元的で、多面的なんです。
僕が一緒に演奏しているミュージシャンたちも、そのことを理解していると思う。音楽の歴史を紐解くと口承伝統的な側面があって、実践することによって受け継がれてきた。もちろん、書いたり読んだりすることも素晴らしいし、その営みを否定するつもりは全くないけど、僕のやっていることではないんですよね。
その「感覚そのもの」を伝える技術をどのように深めていったんですか?
たとえばジェイ・ロック(J.Rocc)のように、アートとしてのDJを追求している人たちがいます。でも僕はそういうタイプじゃなくて、セレクターやレコードコレクター、そしてラジオDJに近い存在でした。
特定の楽器を演奏する人が、その楽器との関係性の中で成長していったり、他の楽器を演奏するようになったりすることがありますよね。それはプロデューサーやDJにとっても同じことだと思う。自分の活動、表現の技術を深めていくことで、レコードをプロデュースすること、スタジオで楽器を演奏することは、僕自身の感覚そのものを表現する手段、つまりアートになったんです。
ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)、そして僕の愛する偉大な人たちはみんな、自分の感情に非常に深く触れている人たちです。だからこそ彼らはビジョナリーな存在となり、自分たちを深い形で表現できるようになった。彼ら自身、それを言葉では説明できなかったかもしれないけど、説明する必要もなかったと思うんです。
結局のところ私たちが扱っているのは「自分の感情」なんです。だから、そもそも音楽を作るうえで大事なのは、「なぜ音楽を作りたいのか?」「何のために作っているのか?」に深く向き合うこと。その答えがわからなくてもいいし、言葉にできなくても、音楽を作るうえでは自分の感覚を理解していないといけないと思います。
「コミュニケーター」としての真価を発揮したアンドレ3000との制作
今回一緒に来日したアンドレ3000とはどのように繋がったのでしょうか?
僕らが出会ったのは、ベニスビーチの市場でのことです。そのとき僕は会計を待っていて、友人のビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)のマイクD(Mike D)とアンドレが一緒にいるのに気づいた。「何か話すことがない限り邪魔しないでおこう」って思ったんですが、すぐに「話すべきことがあるじゃないか!」と思って話しかけました。
「今夜、僕らのイベントがあるんだ。よかったら来てよ」とアリス・コルトレーン(Alice Coltrane)のトリビュート・コンサートに誘ったら、アンドレはサウンドチェックからクローズまでずっと一緒にいてくれました。完全に打ち解けて、クリエイティブな時間を共有してくれて以来、ずっと親しい友達です。
最初に会ったとき、アンドレはもうフルートを吹いていたんですか? 東京でもその姿がたびたび目撃されて、話題になっていました。
2020年の1月のことだったけど、アンドレはギレルモ・マルティネス(Guillermo Martinez)が作ったケツァルコアトルのフルートを吹いていた。あのときアンドレが日本に来たのは、ほとんど楽しむためで、心配事を抱えていたわけじゃなさそうでした。アンドレがストリートでフルートを吹いているところを見かけて、写真や動画を撮って投稿した人もいたみたいですね。
あなたがいろんな人とコラボレーションしたり作品をプロデュースする際、アドバイスや提案をする場面も多いかと思います。あなたが「コミュニケーター」としてどのように制作に関わるのかすごく興味があるんですが、アンドレの『New Blue Sun』はどのように進めていったのでしょうか?
すごくシンプルで、僕はプロデューサーとしてミュージシャンを集めて、みんなで自由にクリエイトしたんです。『New Blue Sun』は、アンドレに僕のミュージシャン仲間に紹介して、僕らの音楽の作り方を伝えたという感じでした。
最初のセッションは僕のガレージにアンドレを呼んで一緒に演奏したんですが、あれは僕たちにとって信頼と創造性、探求心が出会った瞬間でした。芸術には言葉や理屈ではなく、もっと自然で深いレベルでのコミュニケーションの可能性があることを改めて感じました。
そして何より、アンドレは僕たちのやり方に対して本当にオープンでした。とても自然なプロセスで複雑なことは何もなかったし、あまり多くを語り合うこともなかったんです。キュー(合図)も一切なくて、音程やキー、テンポなどの決めごとは何ひとつなく、完全にオープン。
即興という言葉で表現されるようなものでもない。「即興」というと、何かベースになるものに基づいてやることを指すことが多いですが、僕たちの場合はそういうものでもない。『New Blue Sun』はただ完全なオープンさと、可能性に満ちたものなんです。
ジャズやヒップホップ、アンビエント、ニューエイジを結ぶミッシングリンク的感覚
もう10年以上前ですけど、それまではジャズやヒップホップ的なビートを使ったあなたの音楽が、突然ノンビートになり、アンビエント的なものになったことに最初ちょっと驚いたんです。でも近年、アンビエント / ニューエイジ的な音楽が増えていることからも、ある種、先見の明があったと思います。あの当時から何か見えているものがあったのでしょうか。
まず僕は、自分の音楽をアンビエントとは考えてはいないですね。ブライアン・イーノ(Brian Eno)が作り上げたアンビエントの概念はとても具体的で重要なものだし、作品も大好きで心からリスペクトしているけど、僕は同じことをやっているわけではないんです。『New Blue Sun』もアンビエントでも、フルートアルバムでもないと思います。なぜなら、その背後にある意図がもっと広がりを持ったものだから。
背後にある意図というのは?
2008年頃、カルロス・ニーニョ・アンド・フレンズ(Carlos Niño & Friends)をはじめたあたりに、「リズムを明確に提示しなくてもいい」という感覚を多く耳にするようになりました。
それはグリッドに沿ったものでもなく、非常に具体的である必要もないという感覚。それから僕は、音楽をあまりにも固定化してしまうような要素を使うのをやめたんです。それがひとつの大きな方向性になりました。その感覚は特定のジャンルやスタイル、テンポに結びついているものではなく、僕にとって非常に開かれたものだったんです。
たとえば、ノレッジ(Knxwledge)やジ・アルケミスト(The Alchemist)のような現代の素晴らしいプロデューサーたちを見れば、そのことがよくわかると思います。彼らの音楽はアンビエントではないですよね。ドラムを使っていなくとも、非常にリズミカルなサンプルを使うことでリズムが異なる形で現れている。これまでとは違う方法でリズムを提示しているんです。
一方で、すべてドラムだけで構成されているアンビエントもある。アンビエントミュージックを構成するのは、必ずしもエーテル的な、リバーブがかった音だけではないんです。
その時期を境に、リズムへのアプローチが根本から変わったと。
音楽を聴いているとき、ときどき「この音をミュートにしたらどうなるだろう?」と思うことがあります。たとえば、サンプリングをしているとき、特定の要素に強く惹かれることがあって、それはメロディックな要素だったり、ベースラインだったり、リズムや何か打楽器的なものだったりするかもしれない。
そのときに僕の音への探求心が向かう先は、もっと自由で、縛られていないものでした。シンコペーションだとか、音を「ロック(固定)」するものを手放すことで、音楽が本当に広く、開かれたものになることに気づいたんです。
今夜、アンドレたちと作ろうとしている音楽も非常にリズミカルではありますが、何か特定の形やスタイルに縛られているわけではありません。本当にオープンで、同時に非常に生き生きとしたものです。
たとえば、意図的にアンビエントミュージックとして作られたララージ(Laraaji)のアルバムを聴いて、踊りたくなることもあれば、別のことをしたくなることもあるでしょう。つまり、そんなに多くのルールがあるとは思えないんです。
個人的に一番親しいのはやはりララージですが、ブライアン・イーノをはじめ、アンビエントミュージックのムーブメントから生まれた他のアーティストたちも大好きです。そして、日本の環境音楽もそうだけれども、宙をたゆたうような、ああいう音の動きを感じられる音楽は本当に素晴らしいと思う。でも、自分が同じようなものを作っているとは感じていません。
音楽を通じて「他者」とどのように向き合い、わかりあえるか
そもそも音楽を作るということには、非言語的な側面も大きくありますよね。あなたは特に精神的な部分と、身体的な部分との結びつきのなかで音楽を作っているようにも思います。一方で、例えばジャズのようなテクニカルな理論も必要な音楽を学んだミュージシャンと音楽を作ることもあると思いますが、そういうときはどのようにコミュニケーションを取るのでしょうか。
自分とは違う生き方の誰かと話すみたいなもので、言葉にしなくても通じることがある、ということなんだと思います。あまりないことだけど、僕がアカデミックな音楽教育を受けたようなタイプの人と一緒に仕事をするときも、まずは共通の基盤を見つけて、お互いの共鳴するポイントを探します。大事なのは共通性で、それがないとお互いに何も提供し合えないですからね。
だけど共鳴する何かがあれば、それを基に関係を築ける。もしお互いの理解が十分でない場合は、海や森について話すような感じで伝えたりして、解釈を促すようなコミュニケーションを取ることもあります。
それは、どんなケースにもあてはまることで、たとえば日本でこうやって言葉が通じないとなったら、あいづちや笑顔、アイコンタクトやお辞儀で意思の疎通を図りますよね。そうやって自分をオープンにして、より普遍的な感覚を通じて、言葉以外の方法でも自分を差し出すと自然とうまくいくと思うんです。
本当にコミュニケーターですね。昔、アート・リンゼイ(Arto Lindsay)にインタビューしたとき、同じようなことを言っていました。
アート・リンゼイと一緒に演奏しているミュージシャンたちも、彼に対するリスペクトがあって、きっと彼のエネルギーを感じ取っているはずですよね。それはある意味、今ここで起こっていることと同じで、多言語的で、超言語的な何かがあると思う。
このインタビューもコラボレーションで、必ずしも同じ言語を話しているわけではないけど、エネルギーでお互いを感じ取っている。僕はあなたたちに、自分の言葉や答えを託し、そしてあなたたちは最善を尽くして、僕のことを解釈し、表現しようとしてくれています。そのことを信じているんです。たぶん似たようなことなんだと思いますよ。
そのとおりだと思います。
言語的であっても言葉だけじゃないし、音楽であっても音楽だけじゃない。心を開けば、きっと人と人はわかり合えるし、一緒にやっていける。生きていくなかでの営みすべてがそうだと思うんです。自分のことだけじゃなくて、相手がいてこそという気持ちがあって成り立つこと。生きていくというのは、一人じゃないですからね。
カルロス・ニーニョ
LA在住のプロデューサー、作曲家、編曲家、パーカッショニスト、DJ。インターネットラジオ局「dublab」共同創設者。1995年から20年続いた西海岸でもっとも影響力のあるラジオ・ショー『Spaceways』のホストとして様々な音楽シーンの発展に寄与する。2008年以来、「Carlos Niño & Friends」の名義でさまざまなミュージシャンとコラボレーションしながら多数の作品を発表する。
Interview:Masaaki Hara
Main Visual:Tokyo Taxi Selfie by Carlos
Text & Edit:Shoichi Yamamoto
Translate: Kazumi Someya