近年、クラブシーンにおいて、再び脚光を浴び、クラブやDJバーでの導入が増加しているロータリーミキサー。
特にテクノやハウス系のDJに愛用されてきたこのDJミキサーだが、なぜ今、人気が再燃しているのだろうか?この連載では、ロータリーミキサーの修理・カスタムなどを行っているKatagiri Repair&Remake Service代表の片桐氏を迎え、その理由を紐解いていく。
初回となる本稿では、ロータリーミキサーの歴史や魅力、特性について詳しく紹介する。
1970年代に誕生してから現在の再評価に至るまで
ロータリーミキサーは、その名が示す通り回転式のフェーダーを特徴とするDJミキサーである。一般的なDJミキサーに見られる縦フェーダー(直線型フェーダー)と比較して、より繊細な音量調整が可能であり、多くの機種にはアイソレーター機能も搭載されている。
そんなロータリーミキサーの歴史は、1970年代にまで遡る。まず触れておかなくてはならない1台が、1971年にアメリカのサウンドエンジニアであるアレックス・ロズナー(Alex Rosner)がBozakのモノラルミキサーをカスタマイズして製作した3チャンネルミキサー「Rosie」だ。チャンネル毎のボリュームをコントロールするフェーダーに加えて、片方のレコードをヘッドホンでDJのみに聴かせる機構を実現したRosieは、今に続くDJミキサーの先駆けとなった。そんなRosieに続き、Bozakから世界初の商業用ロータリーミキサーとなる「CMA-10-2DL」が発売され、同機は70年代半ばには標準的なクラブミキサーとしての地位を確立した。80年代に入るとUREIによる「UREI 1620」が登場し、ハウスDJの定番モデルとなる。
その後、ヒップホップの台頭とともにクロスフェーダー搭載のミキサーが主流となり、ロータリーミキサーは一時期影を潜めることとなった。しかし、2010年にE&Sによる「DJR400」の登場を機に、再びその魅力が見直されるようになる。現在では、デジタル機能を搭載した最新モデルから、クラシックな設計を踏襲したものまで、多様なロータリーミキサーが市場に存在している。
音楽ベニューがロータリーミキサーを導入する理由とは
これまでAlways Listeningでは様々な音楽ベニューを取材・紹介してきたが、その中からロータリーミキサーを導入している原宿「bar bonobo」と南青山「BAROOM」の記事を振り返り、2つのベニューがロータリーミキサーを導入している理由を探っていく。
原宿にある「bar bonobo」は、小規模でありながらも高品質なサウンドで国内外から注目を集める東京随一のミュージックバー。その中核を成すのが、世界に一台だけの真空管ロータリーミキサーだ。このミキサーは、伝説的DJであるデヴィッド・マンキューソ(David Mancuso)2度目のジャパンツアーの際に、音響にこだわるマンキューソのために小松音響研究所の小松氏がカスタムで制作したものだという。オーナーのSEIこと成浩一氏は、「UREIよりももっとピュアオーディオ的な音だと感じました。色付けがないというか、原音に忠実なので、音源が悪かったら、正直その悪さが目立ってしまうところはあります」と述べており、扱いの難しさはありつつも独特の繊細さから生まれる音質の良さをこのミキサーの特徴に挙げている。
一方、南青山の「BAROOM」は、円形ホールとミュージックバーという2つの異なる音響空間を提供している。そのミュージックバーでヴィンテージサウンドの魅力を引き出すために使用されているのがE&S「DJR-400」だ。同ベニューの音響エンジニアである須藤健志氏は、「セットアップして音を流したときの印象がすごく良かったんですよ。バーのアンプとスピーカーとターンテーブルは決まっていたので、いろいろなミキサーの音の記憶を辿りながら、それぞれのキャラクターに合う無骨で使いやすいものを選びました」とこのミキサーの選択理由を語る。
これらの事例が示すように、ロータリーミキサーは単なる機材としてだけでなく、独自の音楽体験を提供する重要な要素として、現代のクラブシーンに欠かせない存在となっている。
アナログ回路と厳選されたパーツから生まれる魅力的な音
独特の音質に操作感、そして歴史的背景が相まって、多くのDJや音楽愛好家を魅了し続けているロータリーミキサー。ここからは片桐氏の言葉を交えながら、それらの魅力を深掘りしていくことにしたい。
まずは音質面について。ロータリーミキサーは、高品質なアナログ回路と厳選されたパーツを使用しているため、豊かで温かみのある音を生み出す。片桐氏は「DJミックスのスキルは最終的にみんなが同程度になっていくが音質に関してはおそらく追求が止まることはない」と指摘。その例として、「DJミキサーを変えることで音がすごく良くなる」と述べている。この音質の追求は、周波数バランスの個性、高い解像度、倍音付加(サチュレーション、色付け)、グルーヴの変化、EQとアイソレーターの特性などによって特徴づけられる。
特筆すべきは、アイソレーターの存在だ。片桐氏は「例えば、DJ中にローもミッドもカットして、ハイの音だけにしたときにシャカシャカシャカという音になる。その音の変化や鳴りの気持ちよさを体験してほしい」と、アイソレーターを使った音作りの魅力を語る。このような 調整により、DJの創造性を引き出すことが可能となる。
直感的なミックスを可能にする操作性、ダンスフロアの熱狂をつくりあげてきた重厚な歴史
次に操作性もロータリーミキサーの大きな魅力と言える。片桐氏は「縦フェーダーと違い、ロータリーフェーダーの場合は、回していけば、どの位置にあるかは見なくてもわかる」と指摘。また「人間はフェーダーをスライドさせるよりも回した方が感覚的に音の微調整がしやすい」と述べている。この直感的な操作感は、音楽との一体感を高め、より直感的なDJミックスを可能にする。
さらにロータリーミキサーを使ったクリエイティブなDJミックス手法について、片桐氏は「CDJは特定のフレーズをループさせられるので、短い曲でも特定のフレーズをループさせながらジワジワミックスしていく方法がある」と語る。その発展形として、ターンテーブル/CDJを3台使いにし、1台をループマシーンとして使う方法やサンプラー/エフェクターを接続して使う方法など、現代のデジタル機材とのハイブリッドな使用法も提案する。
また、ロータリーミキサー選びに関しては、「基本的にはそのロータリーミキサーの音が好きかどうか」が重要だとし、さらに「メーターの見え方」や「フェーダーの重さ」なども重要なポイントだと指摘する。特にフェーダーについては「じわじわ回すケースがほとんどなので基本的には重みがあって、触った時の反発感がある方がいい」と語る。
最後にロータリーミキサーが持つ歴史的背景も、その魅力を語る上で欠かせない。ディスコやハウスの黎明期から使用されてきた歴史があり、多くの伝説的DJたちがこの機材を使ってダンスフロアを盛り上げてきた。この歴史的な重みが、現代のDJたちにも強い影響を与え、ロータリーミキサーへの憧れや敬意を生んでいるのだ。
片桐氏は、デジタルミキサーにはないアナログなロータリーミキサーならではの面白さのひとつとして、「デジタルミキサーのように1台では色々できない不便さの中に新しい機能性を見出せる」と述べ、ロータリーミキサーの独特の魅力を強調している。そして「DJ本人が楽しがってなんぼ」と述べ、実際に触れて楽しむことの重要性を説く。
このように、ロータリーミキサーは単なる機材を超えて、音楽文化の一部として深く根付いている。その独特の音質、操作感、そして歴史的背景が相まって、他の機材にはない特別な魅力を放っていると言えるだろう。
次回では多様なラインナップを実機レビュー
とはいえ、ロータリーミキサーの世界は実に多様だ。各メーカーや機種によって、その特徴や性能、用途は大きく異なる。新旧様々なモデルが存在し、それぞれに独自の特徴を持っているのだ。
そこで次回は、本稿でも名前を挙げたUREI 1620、DJR-400など実際に複数の代表的なロータリーミキサーを比較レビューする。各機種の特徴や音質、操作感などを詳しく検証する予定だ。この実機レビューを通じて、ロータリーミキサーの多様性と奥深さをより具体的に理解することができるだろう。また、各機種の個性や特徴を知ることで、自分に最適なロータリーミキサーを選ぶ際の参考にもなるはずだ。
Words:Jun Fukunaga
Photo:Kentaro Oshio
Edit:Takahiro Fujikawa