良い音で音楽を
聴くこと自体が“体験”
Fine Music Experience
マイカ・ルブテ
シンガーソングライター/トラックメイカー/DJ
人の呼吸が伝わるオーガニックなエレクトロニックミュージック
日々の生活の中から浮かぶ感情や思いを音楽に紡いでいくシンガーソングライター、マイカ・ルブテ。透明度の高いウィスパーボイス、アナログシンセサイザーの太い電子音、リズムを刻む深く力強いビート。シンプルでありながら濃密なサウンドで彩られる彼女の楽曲からは、心地よさ、幸福感、まどろみ、切なさなど様々なエッセンスを感じ取ることができる。
「子供のときはずっとピアノでクラシックをやっていて、中学生のときにビートルズを聴いたところから音楽を意識的に聴くようになったんです。当時は、同時にスピッツとかも好きでしたね。そこからSUPERCARのアルバム『HIGHVISION』に大きく影響を受けて、ポーティスヘッド、ダイナソーJr.やビョークなどの90年代のオルタナティブミュージック、クラフトワーク、トーキング・ヘッズと言ったテクノやニューウェイヴ、今のクラブミュージックだったりと雑多に音楽を聴いていったんです」
そしてポップミュージックに興味を持ち始めた中学生のときからソングライティングもスタートしたという。
「最初は、中学生の頃に歌が上手な女子がいて、その子に歌ってほしくてピアノで曲を作ってみたんです。そこから始まって、文化祭でバンドをやったりもしました。だんだん自分が好きな音楽の傾向が分かってきて、20歳の頃にEA(エア)というテクノポップみたいなバンドをやり始め、そのユニットは短命に終わってしまったんですが、それとは別に自分で多重録音で曲を作ったりしていました」
アナログシンセは、マイカ・ルブテにとって音楽の相棒とでも言うべき大きな存在。
「家の近所のリサイクルショップで、たまたま昔のヴィンテージのアナログのシンセサイザーがたくさん売っていてすごく興味が湧いた」というのが、彼女とアナログシンセとの出会いのきっかけだ。古いハードのアナログシンセは、ケーブルを繋ぎつまみをいじって音色を決めてようやく演奏できる楽器。現在はPCのソフトシンセで大抵の音は簡単に出せる時代だが、なぜ彼女はひと手間かかるアナログシンセに惹かれたのだろう。
「まず音に惹かれたのはもちろんですし、当時の自分にとって、自分で音色を作るところから曲ができていくってことがとても新鮮だったんです。アナログシンセを使っていく中で、明らかに自分のすごく好きな音と嫌いな音があるんですよ。理由は分からないけど、それが自分の中にはっきりと感じるのが面白いなと思いました。いろんな楽器がありますが、それはアナログシンセならではのことだと思いますね」
自分がほんとに聴きたい、嘘の無い音楽を作りたい
マイカ・ルブテは2014年からソロ活動を開始し、2016年に発表したアルバム『Le Zip』からアーティスト名の表記をMaikaLoubtéに改めた。そこが、現在の彼女の音楽スタイルを確立したタイミングになる。では、作品を作る際に彼女は一番どんな部分にこだわっているのだろう。
「自分がほんとに聴きたい曲を作る、自分に正直に嘘の無いように作ることですね。最近は、フォロワー数の多いオフィシャルプレイリストのエディターが好みそうな音楽性をちょっと意識して作って、プレイリストに入ることを狙っていくような作り方をする傾向もあると聞いたのですが、私はそうしたことよりも、あくまで自分の感覚を大事にしていたいなと。やっぱり、長く残るものを作っていきたいんですよね。音楽って一度録音したらずっと変わらず残っていくものですし、時代が変わったときに誰かが聴いて共感してくれるようなものを作っていけたらいいなと。そうした音楽を作れたら、自分は本望ですね」
楽曲制作において作詞、作曲、歌唱、演奏はもちろんのこと、レコーディング、ミックスダウンまでマイカ・ルブテは一人で行う。白を基調とした彼女のプライベートスタジオは、PCやマイク、アナログシンセやサンプラーなど数々の機材がずらりと並ぶ空間となっていた。
「偶然にも元々の部屋の持ち主がオーディオマニアで、窓がしっかりと防音された音を出せる空間だったんですよ。そこを使わせてもらえることになって、音楽を作る環境が整ったことで、自分でミックスをしていくようになったんです。曲作りとはまた違った角度で、音を扱うことに楽しさを覚えた感じですね。元々一人で籠って何かに没頭するのが好きなタイプでしたし、それが今の制作のスタイルに繋がってる気がします。あと、私がエンジニアさんに自分の出したい音を言葉で伝えるのが下手だというのもあります(笑)。もちろんコラボっていう形で完全に自分の音を誰かに預けることの面白みもありますが、自分の中でこうしたいってイメージがあるときは、音を言語化するより自分でやった方がスピーディーに進むので・・・」
マイカ・ルブテは今年1月27日に新曲「Mist」を配信リリースした。「Mist」は、空間を活かしたエレクトロニックサウンドの中で、そこはかとない明るさを感じるメロディが響く楽曲となっている。そこで歌われる歌詞は、コロナ禍で感じる彼女の思いが反映されたものだ。 「音の面では声のサンプリングや雑踏のサンプリングを入れたり、歌ではブレスの音を強調させたり、喪失感を埋めるような音作りをし、そこから歌詞をイメージしていきました。2020年は”予想できないことが起きている”という時間を誰もが過ごしている中で、生きていくことは良いことも悪いことも誰にでも平等に予想不可能に起こり得る。でも、ただそれに翻弄されるだけじゃなく、自分でコントロールできる部分もあるじゃないですか。この曲では霧や雨といったフレーズが出てくるんですけど、天気が変わっていくのと同じように、良い悪いを関係なく全ての物事は変わっていくのが当たり前なんだっていうのを表現できればと思いました」 「Mist」からは、靄のかかった雑踏の中から大切なものを見つけていくという、まさに混沌とした現在の街の情景が浮かぶ印象があった。ひとつの物事にあたたかいさよならを告げてまた明日を生きていく。人の人生を映し出した、まさしくライフミュージックとでも言うべき楽曲だ。
クセの無い鳴りのヘッドホンで、音からアーティストの意図を知りたい
ここで話題をチェンジして、音楽制作をするアーティストに欠かせないヘッドホンとの関係について聞いてみた。
「スタジオにいるときは、常にヘッドホンをしてますね」と語るように、ヘッドホンは彼女にとってまさに生活必需品と言っていい。
「やっぱり、曲を作るときはいいヘッドホンを使いたい。ただ、音源の最終チェックのときは誰もが使っているような一番平均的なイヤホンで聴いてみるんです。聴く人のオーディオ環境はみんなバラバラですし、その上でどんなもので聴いてもちゃんと伝わっているかどうかの確認作業をします」
では、彼女が普段音楽を聴くときは、どのような嗜好のヘッドホンを使っているのだろう。
「自分が音楽を聴くときの好みのヘッドホンは、変にクセが無いものが好きですね。低音が思いっきり出るとかじゃない方がいいです。それは、作った人がどんな意図でその音を作ったかを純粋に知りたいからなんです」
今回の撮影でマイカ・ルブテが手にしたヘッドホンATH-A2000Zは、“~すべては正確な音再現のために~”というコピーが付けられているが、まさに彼女の望む方向性のヘッドホンではないだろうか。
「それはすごく思いました。実際に使っていて、レコーディングされた音が、正確に鳴ってるなぁって感じましたね。ほんとに私の好みにぴったりのものです。あとこのヘッドホンで感じたことは、音と耳の間に空気がある鳴り方をするなぁって思ったんです。いい意味で、音とちょっと距離があるんですよ。どんなものでも間近で見ると全体像は分からなけど、ちょっと離して見ると把握できるじゃないですか。それに近い感覚なのかなと思いましたね。それと、着け心地がすごくいいんです。頭のところにクッション入ってるのが良い効果になっている気がします。これは長時間つけてても痛くならないなと思いましたね。思った以上に軽いですし、すごく気に入ってます」
フォトセッションの終盤には、霧雨の中での撮影が行われた。傘を差し、ATH-A2000Zで好きな音楽を聴きながらカメラの前に立つマイカ・ルブテの姿は、まるで「Mist」の世界観をビジュアライズしたかのようだ。街中での撮影では、ATH-A2000Zのチタニウムのボディーにリフレクションされた光が、不思議とマイカ・ルブテが作り出すシンセサイザーの音色をイメージさせた。
良い音は、聴くと体が記憶する
彼女自身、作る側のアーティストではあるが、現在も様々な音楽を聴くヘヴィリスナー。そんな彼女に、良い音で音楽を聴くことの大事さについて問いかけてみた。 「やっぱり、良い音で音楽を聴くこと自体が“体験”なのかなって気がします。良い音って、聴くと体が記憶すると思うんですよ。だから、良い音を知ることは大事なのかなと思うんですよね。大きなことを言うと、多くの人がたくさんいい音を聴けば“体験”が蓄積されて、世の中的にも良いことになるんじゃないかなと思ったりもしますね」 良い音と良い音楽が人のピースなマインドを作り、それが大きく広がっていく。彼女の言う通り、そうした音楽の持つポジティブなパワーの可能性を強く信じたい。マイカ・ルブテの作り上げた音楽も、聴いた人の心に優しく前向きな炎を灯してくれることは間違いないはずだ。 「音楽って、どんな風に広がっていくか全く分からないじゃないですか。もちろん自分が良いと思って作った曲ですし、誰かの耳にふっと入ったときに“良いね”と思っていただけたら最高です。そうやって、私の音楽を愛してもらえたらうれしいです」
Cast profile
マイカ・ルブテ(MaikaLoubté)
シンガーソングライター/トラックメイカー/DJ。
2016年にソロ名義で活動開始。幼少期から10代を日本・パリ・香港で過ごし、現在は東京を拠点としている。ビンテージアナログシンセサイザーに出会いエレクトロニックミュージックの影響を受けたスタイルで音楽制作を行う。国内外のフェス出演、アーティストやCMへの楽曲提供等でも活動中。agnès b・SHISEIDO・GAPなどのブランドとのコラボレーションも行う。
2019年に2ndアルバム「Closer」を配信・LP(日本盤およびEU/UK盤)でリリース。
https://linktr.ee/maika_loubte
https://www.instagram.com/maika_loubte/
Staff credit
Direction by 猪俣由貴
Photography by 中野道
Text by 土屋恵介
「体に浸透する森の湧水のようなサウンド体験」
「変わり続けること、
変わらないこと。」
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