この時期に耳にするBGMといえば、山下達郎の「クリスマス・イブ」や松任谷由美の「恋人がサンタクロース」、はたまたback numberの「クリスマスソング」、といったところだろうか。

さて、ところ変わって米国。11月以降はどの店に入っても「I don’t want a lot for Christmas(クリスマスに多くは求めない)」が聞こえてくる。20代以上にホリデーソングの定番を尋ねれば、十中八九でマライア・キャリー(Mariah Carey)の「All I Want for Christmas is You(邦題:恋人たちのクリスマス)」が返ってくるだろう。

ちょうど先日、同楽曲はSpotifyで「20億回再生を突破した史上初のホリデーソング」となったと報じられたばかり。今年も健在どころか、その記録を伸ばしている。

1994年のリリースから30年たってなお、ホリデーソングのトップに君臨するマライアの同楽曲。なぜここまで人気になったのか。定番になるには、いろいろと理由があった。

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いろんな「史上初の快挙」が詰まっていた

筆者の米国の友人らに「All I Want for Chrismas is You」が定番になる前のザ・ホリデーソングはなにかを尋ねると「ポップソングだと…ないかも?」と口を揃えて答える。世代ごとの「ホリデーソングの定番」調査(YouGov統計)では、マライア・キャリー以外だと「Silent Night(きよしこの夜)」や「Jingl Bell(ジングルベル)」だった。これらはポップソングではないし、そもそもアメリカ生まれの曲ではない。

「All I Want for Chrismas is You」のリリースは、もう30年も前。しかし同楽曲の人気がさらに上がりはじめたのは、25周年の2019年からだ。2019年から4年連続で12月の全米チャート(Billboard Hot 100)で1位を獲得。そして今年は、Spotifyでは上述した通り「20億回再生を突破した史上初のホリデーソング」となり、それに加えてローバルストリーミングにおいてZ世代でも最もよく聴かれるホリデーソングのトップ3にもランクインした。

実は「All I Want for Christmas Is You」を収録したアルバム『Merry Christmas』の制作は、ミュージシャンのキャリアからみればかなり異例だったといわれる。制作着手当時の1993年のマライアといえば、『Music Box』で成功を収めていよいよ全盛期にさしかかっていく頃。それまで、アーティストがクリスマスアルバムを制作するのは「キャリアの衰退期に古参ファン向けに出すもの」とされていた。が、マライアは同アルバム制作を決行(収録は夏だったので、スタジオはクリスマスセットを作り込んで撮影された)。この決断によって、ビルボードの記録樹立を続け、ギネス記録も保持するアーティストとなっていくことになる。

日本でいうところの、スキー場の「ロマンスの神様」?

ホリデーソングとして “史上初” を更新し続ける同楽曲、その決め手となる要因をいくつか調べてみた。

まず、1990年代後半から2000年代にかけて、映画やテレビ番組で広く使用されたことで人気がさらに拡大。映画『Love Actually』(2003)でもカバーで起用されたことが新たなファンを増やしたともされる。が、なんといっても大きな要因はアイススケートリンクでの楽曲使用だといわれる。

アメリカでは、冬のシーズンは公園の一部がアイススケート場として利用でき(有名どころであれば、ニューヨークのセントラルパーク内など)、随一のデートスポットとなる。ここでマライアの楽曲がはやくから定番化したことが「冬・ホリデー=マライア」を確立するのに一役買ったとされる。

日本でいうところの、スキー場の「ロマンスの神様」?

携帯電話の着信音で人気爆発

まだまだ着信メロディを1曲ごとに購入して設定していた「00年代」の話…なのでピンとこない人もいるかもしれないが、多くの世代がマライアの同楽曲を特別視する理由には、この頃の元祖着メロ文化も背景にあるようだ。ホリデーといえばの着メロとして「All I Want For Christmas Is You」は空前の大人気に(同楽曲は全米レコード協会(RIAA)*によって、史上初のホリデーソングの着信音として一定数以上の販売を越えると授与される、ダブルプラチナ認定を受けている)。ガラケー世代にとって、初めての着メロ、特別な着メロには思い入れがある、という人は珍しくないと思う。「クリスマスはマライアの着メロ」だった人たちには、余計ノスタルジックであることは想像にかたくない。

*全米レコード協会(The Record Industry Association of America):アメリカ合衆国のレコード産業の業界団体で、レコードレーベル、配給会社などが加盟している。米国全体の流通量の80%を占める。

あと、マライア本人も結構いろいろやっている

今年Spotifyは「11月1日以降、同楽曲のストリーミング再生は1100%増加した」と報じているが、なぜ11月1日かというと、ここ数年、マライア本人の公式SNSで「It’s Time….(この時期がきた)」という掛け声とともに、同楽曲を流した投稿を実施し楽曲の再生を促進しているから(ハロウィンの翌日に呼びかける切り替えの早さはさすが)。近年ではソーシャルメディア上のいち早いホリデー投稿開始の定番として、この楽曲を使ったものが恒例となっている。

また、2019年には25周年を記念してアニバーサリー・エディションを再リリース。未発表映像も公開された。日本でも、今年の30周年記念で、7インチ紙ジャケット仕様の完全生産限定盤「恋人たちのクリスマス〜30th Anniversary Edition〜」が発売されている。

そのほか、全米 ツアー〈Mariah Carey’s Christmas Time〉の実施もするなど、ファンとともに、 ”ホリデーといえば「All I Want For Christmas is You」” を楽しむカルチャーを築いていっている。

ちなみに同曲の異例のヒットを理由に「Queen of Christmas(クリスマスの女王)」と呼ばれているマライアだが、2021年にはこのタイトルを商標登録した。

楽曲への音楽的な評価

「All I Want For Christmas is You」は、制作当時の90年代のサウンドではなく、1960年代の音楽スタイルの影響が強く見られ、曲の音やボーカルは、ロネッツ(The Ronettes)やクリスタルズ(The Crystals)といった60年代の女性音楽グループに似ているとされる。マライアの楽曲は、同楽曲に留まらず、19世紀の音楽から60年代のロックまでさまざまなジャンルの技法がうまく融合されているため、多くの人に愛されるとの考察も多い。また、歌詞の単純さも強いだろう。同楽曲は「多くはいらない。あなたがいればいい」と歌っており、複雑性も悲しさもなく、政治性も含まれない。大切に思う人がいれば誰もが感情的な共感を持ちやすい曲で、万人受けするため商業的にも使用しやすく重宝されている(余談になるが、この時期Googleで「Mariah Carey」と検索すると、雪の結晶のアイコンがでてきて、クリックすると雪が降ってくる。「ホリデーシーズン=マライア」は、いまやGoogleのお墨付きだ)。

実は2023年に一度破られた。今年はどうなる?

クリスマスソングの定番といえば、マライアの楽曲に留まらず多くが数十年前につくられたものが多い。The Guradian誌によると、Spotifyで人気のクリスマスソングの3分の2は30年以上前の曲だそうだ。その理由について、 バークレー音楽大学のジョー・ベネット(Joe Bennett)教授は「ノスタルジアが重要なポイント」だと指摘。クリスマスは「懐かしい場所に帰る時間」であるため、それらを反映する楽曲こそが大事なのだという。そのためか、ホリデー向けにつくられた近年の新しい楽曲で爆発的にヒットし、世代を超えて浸透している曲はいまだない。

ちなみに、昨年、2023年12月は、マライアの同楽曲をおさえ、ブレンダ・リー(Brenda Lee)の楽曲「Rockin’ Around the Christmas Tree」が全米チャートの1位に輝いた。1958年の楽曲なので、なんとリリースから65年目のこと。2019年以降、マライアの同楽曲についで「2位」の座であり続けた楽曲の快挙となった。これは、周年を記念した新しいミュージックビデオやホリデーEPのリリースなど、本人と所属レーベル(UMGナッシュビル)による大々的なプロモーションの成果だとされている。

この快挙によって「今後、ほかのスタンダードなかつてのクリスマスソングも周年でプロモーションをかけて首位を狙う年がくるのではないか?」と期待されている。一強とされたホリデーシーズンソングが変わりつつあるかも?とりあえず、今年の12月の結果、どうなる?

Word by HEAPS

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