あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。
今回の舞台は、山梨県北杜市にあるアポイント制のunknown gallery「WhERE is FAKE」。 音響システムをアップデートしたばかりだというMANGOSTEEN HOKUTOの二階で、時に真面目に、時におちゃらけながらも、ホンモノとフェイクの曖昧な境界線を探る店主のウエマツタケシさんに、タイムトラベルさながら、あらゆる時代から集められたモノとの邂逅が生む不思議な空間で針J体験してもらった。

解像度が引く、ホンモノとフェイクの境界線。
今回は、最近お店を始めて音響機材を揃えたという噂を聞きつけ、針Jでおじゃまさせていただきました。 ところで、このunknown galleryはいつから?
ウエマツ:オープンしたのは2023年の5月。 12月ごろに、GASBON METABOLISM(MANGOSTEEN HOKUTO向かいのギャラリー兼アーティスト・イン・レジデンス機能を有するアートの複合施設、以下、GASBON)のオーナーさんから借りました。 1月から工事を開始して、気がついたら5月になってしまって(笑)。
なんだか不思議な空間ですね。 もともと古物収集されていたんですか?
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ウエマツ:もともと集めていたんですけど、みんなが使わなくなった廃品を回収したり、山、川、ある時は近くにある養鶏所の裏にある廃墟から拾ってきたりもしています。 基本的には下を向いてゴミのなかを漁り続けてますね(笑)。
ウエマツさんは写真家として活動されていますが、昔からそうやって意識的にモノを探していたのでしょうか?

ウエマツ:あまり意識はしてないですけど、まわりと異なった視点はもっていたかもしれません。 人もモノも視点によって見え方は変わってくるし、結構カッコいいモノが転がっていたりもする。 拾ってくるという意味では写真と近い部分があるかもしれないです。
ここに並んでいるモノ(古物)について教えてください。

ウエマツ:紀元前3500年のメソポタミア文明期に作られた宝石のレリーフ。 民間信仰でみんなが家に持っていたような、その辺の木から掘り出した仏像。 どれもいなたくて味があるでしょ? 石の仏像は2000年近く前のもので、仏教美術が始まった時期のモノ。 ブッダが亡くなってから二、三百年かけてゆっくり西に伝播して、ガンダーラっていう今のアフガニスタンとかパキスタンの辺りでギリシャ文明とブチ当たって。 それまで偶像崇拝は禁止してたけど、あっちって石彫るじゃないですか。 ブッダの顔なんだろうけど、ちょっと彫りが深くて西洋風というか。 森の中で怪しい仏具を漁っていたらヤバそうなのが出てきて、とりあえず買ったモノなんですけど。 それで色々と調べて、北杜市にある平山郁夫シルクロード美術館でガンダーラ美術に詳しい学芸員さんに話を聞きに行ったら、その学芸員がブチ上がっちゃって(笑)。 彼には色んなことを教えてもらったし、普段入れない場所にも入れてくれたりして。 こうやって情報を伝えると、モノの価値や見え方が変わってくるんです。 解像度が高くなるにつれて。
今後は、どのようなモノを増やしていきたいですか?
ウエマツ:ゆくゆくは人が触ってないものだけにしたいですね。 木とか石とか、化石とか。 それが尖ってて、ピュアでカッコいいじゃないですか。
先日、下北沢にあるpianola recordsの店主が、 “レコードも古物みたいなモノ” と言っていたんです。 やっぱり時代の中でどういうわけか埋もれてしまったモノを引っ張り出す行為にはロマンがあるし、そこには様々な情報が眠っている。 どちらも似たような刺激や面白さがある気がします。 では、一通りお店の紹介が終わったところで(笑)、早速針Jに移りましょう!
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これはいつもの流れなのですが、今回もターンテーブル「AT-LP7」に付属しているVM520EBから始めていきましょう。
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〜「VM520EB」で視聴 本多信介 『サイレンス』 収録曲 「Winter Space 1226」〜
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ウエマツ:いい音ですね。 パワフル! 既にいつもと全然違って聴こえます。 これで針を変えていくとどうなるんだろう。 いきなりだけど、このVMシリーズの最上位針で聴いてみたいっす!
やっぱりそうなりますよね(笑)。 みなさん一緒ですね。
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〜「VM760SLC」で視聴 本多信介 『サイレンス』 収録曲 「Winter Space 1226」〜
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ウエマツ:今度は音が艶っぽくて柔らかい。
ミドルの伸びが膨よかで気持ちいい印象ですよね。
ウエマツ:なんだろう、耳が疲れないというか、音に丸みが出てますね。 ぽっちゃり系みたいな(笑)。
とりあえずこれっ! みたいな、いつも最初にかけるレコードがあるので、それをかけてみてもいいですか?
VMカートリッジがなぞる、Sonny Rollinsという試金石。
〜「VM760SLC」で視聴 Sonny Rollins 『Alfie』 収録曲 「Alfie’s Theme」〜
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ウエマツ:やっぱいいっすね! 全然違う。
このSonny Rollins(ソニー・ロリンズ)は、当時の盤ですか?
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ウエマツ:そうなんですよ。 古いレコードだから分厚いでしょ! GASBONのオーナーさんから借りてて(笑)。 大体、ここで音をかけるときは、まずこのレコードでサウンドチェックがてら温めてからやることが多くて。 やっぱりブラック・ミュージックのジャズってわかりやすいから。 でも、この針ちゃんと全部聴こえるし、安定感すっごい! だからこそ、この情報量を正確に拾える環境が必要なんでしょうけど、このスピーカーとの相性もいいみたい。
Sonny Rollinsがこの空間の音をチューニングする、ある種の試金石になっているんですね。 ちなみに、どちらのスピーカーを使っているんですか?
イギリスのGoodmans(グッドマンズ)というスピーカーです。 とあるセカンドハンズ店で見つけたときから気になってて、しばらく様子を窺ってたんですけど、半年したら半額になって。 店内で「聴いてみたいっす」って声をかけて、そこから値切り交渉がはじまって(笑)。 いいのをゲットしましたよ。
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でも、本当にいい音が出てますね。 ブース正面のソファーがスイートスポットになっていそうですね。
ウエマツ:スピーカーが低いからソファーに座って聴くのが最高なんです。 60年前のスピーカーなのでビンテージの柔らかい音も魅力だし、塗装も剥いでから自分で塗り直したんです。 誰もそんなことするやついないと思うけど(笑)。 今度、立ってても気持ちよく聴けるようにスピーカーを増やそうかなと思っていて。 でも、ただ増やしても面白くないから拡声器をつけてみようかなって。
発想が面白い(笑)。
ウエマツ:オーディオマニアから怒られるかもしれないですけど、拡声器ってローが出ないからツイーター代わりになるんじゃないかって。 もう買ってあるから、あとは取り付けるだけなんですけど。 またアップデートしたら聴きに来てくださいよ!
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ちなみに、アンプはどんな機材を使っていますか?
ウエマツ:基本的にアナログ回線なのでアナログミキサーを使っていて、アンプは上杉研究所の真空管アンプを使っています。
日本の真空管アンプメーカーですね。
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ウエマツ:サンボっていう秋葉原の牛丼屋の裏路地に、アポロ電子っていうパーツの密度が半端じゃない真空管の専門店を見つけて。 ホコリ被りながら、そこのおじさんにナメられまいと半日ぐらいしゃべっていたら、色々と仕込まれちゃって。
半日って、だいぶ(笑)。
ウエマツ:メーカーによって音が変わるらしくて、実際に音を聴き比べながら僕なりに選んでみたんですけど、本当に変なところでした。 ちょっと次の針にいきましょうよ。
そしたら、VM530ENに変えてみましょうか。 電子音なんかが合うんじゃないかなと思うのですが、もう一回Sonny Rollonsかけてから次にいってみましょう。
〜「VM530EN」で視聴 Sonny Rollins 『Alfie』 収録曲 「Alfie’s Theme」〜
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ウエマツ:全然違う! でも、これはこれでいいっすね。 ローが強めだからダブとか合うかも。 ハイとローがしっかり分かれて聴こえるし、逆にアンビエントとかも面白そうですね。
〜「VM530EN」で視聴 King Jimmy Meets Dry & Heavy 『In The Jaws Of The Tiger 』 収録曲 「Dub World」〜
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ウエマツ:日本のダブレゲエユニットDry & Heavy(ドライ・アンド・ヘヴィ)のKing Jammy(キング・ジャミー)によるダブミックス。 この針で低音を強調しつつ、ドラムの音を聴いてみたかったんですけど、やっぱ低音が強調されて、この針に合うのがわかります。
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ウエマツ:そうだ、Born Slippy(ボーン・スリッピー)のレゲエバージョンがあって。
〜「VM530EN」で視聴 曽我部恵一と井の頭レンジャーズ 『Born Slippy / Groove Tube』 収録曲 「Born Slippy」〜
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Underworld(アンダーワールド)の90年代テクノ・アンセム。 サニーデイ・サービスの曽我部恵一によるレゲエカバーですね! 映画『Trainspotting』のエンディングにも使用され、僕ら世代にはもうドンズバの不朽の名作。
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ウエマツ:あぁ、いつも聴いているより全然いいわ! ベースがご機嫌な感じっす(笑)。
Parktone Records(パークトーン・レコーズ)からの7インチはヨーロッパを中心に国内外でヒットし続け、第5版まで再発されていますね。
〜「VM760SLC」で視聴 曽我部恵一と井の頭レンジャーズ 『Born Slippy / Groove Tube』 収録曲 「Born Slippy」〜
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ウエマツ:なんか優等生な感じの音ですね。 さっきのは不良で尖ってる感じだったけど、こっちはバランスの良さが際立ってる。 もし黒人が演奏していたら、さっきの530の針を選んでいたかな。 ジャマイカのサウンドシステムみたいな(笑)。
全員:(笑)。
ウエマツ:でも、こっちはずっと聴いていられる感じですね。 疲れないし、いつまでも踊っていられるというか。
あれ、このDJブースよく見たら和箪笥じゃないですか?
ウエマツ:そうそう。 大正時代の和箪笥に合成漆を5度塗りぐらい重ねていて。 “ラグジュアリーなブラック” とか言っているヤツらのさらに上を目指してラグジュアリーを超えようとしたら、めっちゃホコリが目立つようになっちゃって(笑)。
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かっこいいですけどね。 堅牢だし、こういう使い方もできるんですね。
ウエマツ:次は三味線の音でも聴いてみますか? しかも優等生針で。
三味線の音は本企画初の試みですね。 優等生で三味線を聴いてみましょうか。
ウエマツ:A面はオリジナルで、B面はBill Laswell(ビル・ラズウェル)っていうベーシストのリミックス(Mix – Translationと記載)なんですけど。 B面の方を聴いてみたくて。
〜「VM760SLC」で視聴 高橋竹山 『岩木即興曲』 収録曲 「岩木即興曲 Bill Laswell Mix-Translation」〜
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岩木、カッコいいですね!
ウエマツ:目の前で生演奏してるみたい。 全部の音が立っていて立体的というか、すごい細かい音まで再現されてる。
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このクライマックス感(笑)。 津軽三味線に圧倒されてしまいました。 日本のクラシックは世界的にみても独特ですし、能楽などの “響き” は日本製スピーカーと西洋製スピーカーの出発点を根本から分かつなんて話も聞いたことがありますが、このMix – Tlanslation(ミックス・トランスレーション)は絶妙なバランスですね。 和洋折衷。 見事に翻訳されている気がします。
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リスニング環境としてもピッタリの箱ですね。
ウエマツ:そうなんですよ。 箱の形が良くて。 天井も高いし、モノが多いからいい感じで音の反響を吸収してくれるんです。
この店舗は、ご自身で改装されたのでしょうか?
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ウエマツ:そうです。 基本的にDIYでやってます。 什器とかは自分で作ったり手を加えているし、やっぱり廃墟から引っ張ってきたり(笑)。 既製品を使ってもつまんないから、やったことないけど自分でやっちゃおうみたいな。 この施設全体がそんな空気に溢れていたし、その助け合いが生む緩やかなつながりがコミュニティのあり方として共感できたから、この場所に決めたところがあって。 インディペンデントでありながらも一人じゃない力みたいなところが気に入ってます。
アートも飾られていますね。
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ウエマツ:現代の作家さんが描いてるアート作品も飾っています。 展覧会形式っていうよりも、ここにはめて合うか合わないか、みたいな。 ホワイトキューブでの展覧会って東京でも星の数ほどあるし、そうじゃなくて、ここの空間での魔法のかけ方を追求しようと思っていて。 東京とは異なる、この店と作家さんとの化学反応みないなものを提案することで見え方も変わると思っていて。 新しいモノってもう出過ぎてるから、その組み合わせをここで模索しています。
ウエマツ タケシ
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山梨県北杜市生まれの写真家、ファッションモデル。 2023年5月、unknown gallery「WhERE is FAKE」をオープン。 人の手を離れた環境からサルベージされたモノを独自の視点で収集。 緯度、経度、時間軸を解体しながら、曖昧になったホンモノとフェイクの境界線にアートを織り交ぜ、“いま”という時代における新たな価値の提案をこの場所で模索、発信している。
WhERE is FAKE
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〒408-0205 山梨県北杜市明野町浅尾新田31−1 2F
OPEN:アポイント制
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)