この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、メキシコシティへ。
叙情的で生々しく、乱暴でダイナミック。80年代ポストパンクと90年代グランジを織り交ぜ、パンキッシュなラウドネスとアティテュードを備える。2013年からメキシコシティのロックシーンを牽引し続ける、4人組ロックバンドEl Shirotaだ。
今回zoom越しに喋ってくれたのは、ギターのIgnacio Gómez(以下、Nacho)とベースのDavid Lemus。「練習後によく通った安くて美味いタコス屋は、カードが使えなくて完全現金主義。Google Mapで見つからないような、こういうド級のローカル店が大好きなんだよね」。地元の街と彼らの音楽生活から、メキシコシティのリアルな歩き方を覗こう。
Nacho、David、こんにちは。さっきまでEl Shirotaのフルパフォーマンス動画を見てたんで、バイブス上がってます。
Nacho:ありがとうー。今週は多忙だったから、今日は久々の休みなんだ。
貴重な休日に! ありがとうございます。El Shirotaはメキシコシティを拠点に2013年から活動するロックバンド。当時からメンバーチェンジがありましたが、いまのNacho(ギター)、Rubén(ギター)、David(ベース)、Gabriel(ドラム)で活動をはじめたのはいつから?
Nacho: 2019年。最初はマスロックやエモに焦点を当てた3人組で、そこにDavidとGabrielが加わったんだ。「Shirota」は、スラング「Serote(Shitの意)」をもじったものなんだけど、日本人の苗字でもあるよね。
城田さん、白田さん、代田さん、ほかにもいろいろいますよ。よくご存知で。
Nacho:日本のポップカルチャー、なかでもアニメはメキシコで人気だからね。『ドラゴンボール』は、昔、全国放映されていたよ。
メキシコでもドラゴンボールは人気だったんですね。さて、メキシコといえば、大人気リゾート地カンクンや世界遺産に登録されるカラフルな街並みが美しいグアナファト、先住民人口の比率が高く昔ながらの風習や文化が色濃く残るオアハカなど、特色ある都市があります。2人から見たメキシコシティって、それら他の都市と比べてどう?
Nacho:いろいろな建築がミックスされた都市。メキシコの第29代大統領Porfirio Díazはフランス文化に夢中だったこともあって、ダウンタウンにはヨーロッパ建築が多いんだよ。コヨアカン(メキシコシティ西南部の地域)に行くとコロニアルスタイルが多い。さらに南に下ると、火山岩で作られた家が立ち並ぶ。
David:僕は、前は南部に住んでいたんだ。ほぼすべての家が火山岩で作られていて、すごくユニーク。
へえー!国立人類学博物館やフリーダ・カーロ美術館、ルイス・バラガン邸と仕事場など観光スポットがたくさんあります。そういう観光地ではないけれど、オススメなところ、知りたいな。
David:現代美術館の「Museo Universitario Arte Contemporáneo(UNAM)」。これがね、メキシコ国立自治大学のメインキャンパス内にあるんだ。観光客はそんなに足を運ばない穴場だと思うよ。あとはコンサートホール「Sala Nezahualcóyotl」もいい。音響設備が素晴らしくて、どの席に座っても均一に音を楽しめる。
Nacho:「Museo Anahuacalli」もいいよ。デジタルカルチャーやエレクトロ音楽などのイベントをたくさん開催している美術館なんだ。ピラミッドとヨーロッパ建築と廃墟を融合させたような外観が特徴。
アートが好きなんですね。El Shirotaは、オリジナルTシャツやピン、トートバック制作などクリエイティブにこだわっているし、レコードジャケットやフライヤーデザインなどアートワークが毎回いい。メキシコシティのクリエイティブシーンって、どんな感じなんでしょう。
David:グラフィックデザイナーがたくさんいるよ! ダウンタウンの「La Roma地区」には、ギャラリーやスタジオが多いから。それから、グラフィティも人気。同じくダウンタウンにBolívarというストリートがあるんだけど、あちこちの建物にグラフィティがあって、3、4年ごとに描き変えられている。
Nacho:Bolívarストリートには音楽店もたくさんある。有名ブランドの機材からレアな楽器まで、大体のものが揃っているのがこのストリート。Audio-Technicaの機材も入手できるよ。AmazonやeBayで買うより安く手に入れられることもあるし!
David:ちなみに、El Shirotaのアートワークを手掛けてくれているのは、Pufyというグラフィックデザイナー。彼とはもう長いつき合いだよ。
そういえばPufyが作ったこのオリジナルキャラを、タトゥーとして入れてる写真がありますね。これはメンバーの足?
Ignacio:ううん。知らない人(笑)。でもこれをタトゥーにしてくれるなんて超クール。
メキシコシティのクリエイターたちはどこに集まったり遊んだりしている?
Nacho:「Film Club Café」というアイコニックなスポットがある。映画を上映する小さな部屋があるんだけど、コーヒーや食べ物を買えば鑑賞できるという仕組み。 店内ではたまにジャズライブをホストしてるんだ。
へえー。映画を観るからってより、観るためにポップコーンを買うって感じだ。
David:メキシコシティ中心部にある音楽スタジオ兼リハーサルルーム兼タトゥースタジオ「La Bestia」もクール。実は僕ら、ここでラジオ番組を収録しているんだ。毎週水曜日の午後5時に放送。僕らだけでなく、いろんなクリエイターたちがここでオンラインラジオ番組を収録しているよ。
顔見知りが一気に増えそうなスタジオ。練習もそこで?
Nacho:メキシコシティ都市部のアパートではなくメキシコシティに隣接する郊外の戸建てに住んでいるから、家のガレージで練習やライブができるんだ。
おぉ、DIY精神。
David:その昔、グラフィックデザイナーPufyの家でライブをさせてもらったんだ。オーディエンスはなんと400人超え。さすがにこれは家がヤバいんじゃって思ったんだけど、当の本人は「大丈夫、大丈夫」って(笑)
Nacho:こういうとき、メキシコでは「No hay pedo」って言うんだ。ノープロブレムを意味するスラング。
David:ちなみに「pedo」はおならの意味。
Nacho:意味わかんないでしょ(笑)? でも、みんな使うから、使ってみて。
はい、使ってみます。El Shirotaは練習場所やライブベニュー代を節約して、そのぶんグッズやアートワークに使えるんだ、いいですね。
Nacho:家のガレージでライブなんて、都市部じゃそうそうできないからね。メキシコシティでは、ライブはベニューでするのが一般的だから、どうしてもそこに投資が必要なんだ。
メキシコシティで活動するインディーバンドは、金銭面でシビアになることも大切。
Nacho:多くのバンドはお金に余裕があるわけではないからね。副業をしている人も多い。でもだからこそ「できる範囲と方法でどこまでやれるか」って、クリエイティブになれると思うんだ。ちなみにアルバム『Niebla』の収録曲『Niebla』のミュージックビデオは、僕の元ルームメートで他メンバーとも仲の良い友人クリエイターに撮ってもらったんだ。メキシコシティのクリエイターたちはバンドの予算が厳しいことを理解してくれているから、バンド同様「予算内でどこまでイケてるものを作れるか」に尽力してくれる。
David:あと、テクノロジーの進歩にはかなり助かってる。10年以上前は「レコーディングといえば大金叩いてスタジオでプロに録ってもらう」のが通例だったけど、いまは機材さえあれば寝室で録音できてしまう。そしてその機材はだいぶお手頃だし、質も良い。バンドにとってかなりの節約になる。
クリエイティブを地元や友人でばっちり工夫してまわしているんですね、いいです。最近、メキシコシティではどういった系統のロックがホットなんでしょう?
David:メキシコ全土にはいろんなタイプのフォークソングがたくさんあるんだ、特に北部。メキシコシティではそうでもないんだけど。
昨今はそれらフォークソングを、都会的な音楽スタイルと組み合わせて楽曲を制作するアーティストが急成長している。フォークソングとロックって、ちょっと前までは交わることがなかったから、すごくいいことだと思う。
温故知新。昨今では世界各国で、伝統音楽と現代音楽を組み合わせる風潮が強まっていますよね。さて、家のガレージでライブをするとのことですが、メキシコシティのさまざまなベニューでもパフォーマンス済みの4人。おすすめベニューを、教えて。
David:「Indie Rocks!」だね。雑誌としてはじまったカンパニーなんだけど、いまではフェスティバル「¡FESTIVAL HIPNOSIS」を開催したり、他にも「Foro Indie Rocks!」というベニューを持ったりといろんな事業を展開してる。インディーシーンを盛り上げてくれるホットなカンパニーでありベニューだよ。僕的に、メキシコシティで一番音が良いのは「Teatro Metropolitan」。元々は映画館だったところ。
カルチャーセンター「Centro Cultural de España」でもパフォーマンスをしていましたね。写真や動画から、観客の熱気がひしひしと伝わってきます。
David:ここもまたいいベニューなんだぁ。
Nacho:オーディオ機器も良いもの揃いだしね。でっかいプロジェクターがあるから、ビジュアルアーティストにももってこい。なかにはギャラリーやレストランもあってね! 昔は上層階のテラスでライブするバンドもたくさんいた。
David:テラスの雰囲気は最っ高。最近は、バンドのライブよりDJがプレイすることの方が多いかな。DJの後ろに大聖堂が見えるんだけど、照明と相まって神々しいんだ。
「Rabioso Mx」のライブ写真もいい。スケートランプやバーが併設していて、若者たちの遊び場って感じ。
David:ここはピザ屋「Pizza Del Perro Negro」が持つベニューなんだ。だから「Pizza Del Perro Negro」も入ってて、ピザも食べられる。ちなみに、分厚いシカゴ風のピザね。
最高。ビセンテナリオ公園でのライブ写真も最高です。
Nacho:ぶら下がってるの、Rubénだね。
David:ここはメキシコ独立200年を記念して建てられた巨大なエコロジカルパーク。元々は大きな製油所だったんだ。スケートや自転車といったスポーツもできるし、ライブやアートといったエンターテイメントも楽しめる。敷地内では、大昔からメキシコシティで行われてきたチナンパ農法(メキシコ高原の湖沼地帯に普及する農法。沼地の水草層を切り取り、それを積み重ねて作った湖上の畑のようなものを利用する農法)を用いて、農作物を育ててるんだ。
ピザも最高ですが、メキシコのポピュラー料理といえばタコス。いま、メキシコシティではどんなタコスが人気なんでしょう。
David:定番といえばやっぱり、豚肉を包んだタコス・アル・パストール。スパイスにマリネした豚肉を一枚ずつ串に刺し、ドネルケバブのように回転させながらじっくり火を通す。それから、その焼いた肉を剣のようなナイフで薄くそぎ落とし、トルティーヤでキャッチ! スパイスが染み込んだ豚肉の美味さは格別。具にパイナップルが入ってるのが特徴だね。
トルティーヤでキャッチ! スキルフルだ。
David:うん。だからタコス・アル・パストールのある店は、スキルのある人間を雇う必要がある。誰でもできる技じゃないからね。
練習後やライブ後に立ち寄るご飯屋さんはありますか?
David:前はよくRubénの家で練習をしていて、近くにあった安くて美味いタコス屋「Los Pastores」に行ってた。小さくて家のガレージみたいな、ド級のローカル店。
Nacho:僕、こういうド級のローカル店、大好き。カードが使えない完全現金主義だよ。Google Mapで見つからないところも多いんだけど、そういうところは口コミで知られるんだ。
あ、そういえば昨日、友人とショーの後タコスを食べに「Tortas Al Fuego」に行ったんだ。3階建のビルなんだけど、ローカルフードが味わえるいい感じの店だった。早朝4時からモーニングも食べられる。
ちょっと疑問です。タコスには揚げた魚を包むフィッシュタコスがありますが、メキシコシティでは新鮮な魚って食べられるんですか?
Nacho:食べられるよ。海に隣接していないから釣りたてとはいかないけど。
David:僕らが仲の良いThe Froysというガレージロックバンドがいるんだけど、彼らが経営するシーフードレストラン「Tío Froy」の魚はとっても美味しい。毎朝4時に市場でトラックに新鮮な魚を詰め込み、9時にはメキシコシティに到着しているんだって。
釣りたてでなくとも、朝9時には美味しい魚が食べられるなら「No hay pedo」ですね。
El Shirota/エル・シロタ
メキシコシティ拠点の4人組ロックバンド。メンバーはIgnacio Gómez(ギター)、Rubén Anzaldúa(ギター)、David Lemus(ベース)、Gabriel Mendoza(ドラム)。2013年にEP『Chiluca No Es Satélite』でデビュー。これまでシングル『Carreta Furacão』、『Tarde/Temprano』、EP『Tiempos Raros』をリリース。ダイナミックでありながらしっかりコントロールされたサウンドは予測不可能で新鮮だ。
Eyecatch Photo by @EricTra
Words: Yu Takamichi(HEAPS)