この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。 そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。 今回は、米国はカリフォルニア州、ロサンゼルスへ。
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歪んだギターサウンドに重なる、気だるくも子守唄のような柔い歌声。 中毒性のあるキャッチーで王道なメロディーでありながら、どこか抜け感があって耳に優しい。 ベッドルームからその音を紡ぐのは、Jay Som(ジェイ・ソム)。 ドリーム・ポップとシューゲイザーを愛する、LA拠点のフィリピン系アメリカ人シンガーソングライターだ。
「音楽をやるって、自分のルーツと密接に関係してる。 歳を重ねるにつれ、家族と私自身の生き方についてを、前よりもっと考えるようになった」。 アジア系アメリカ人として生きてきた彼女に、ロサンゼルスを語ってもらう。 その音楽生活から、リアルな街の歩き方を覗いてみたい。
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LAは午前11:30。 お昼前に、ありがとうございます。
ぜーんぜん。 ちょうどブリトー食べ終わったとこ。
ブリトー、いいですね。
「Tacos Villa Corona」っていう、 家族経営の小さなお店のところの。 テイクアウトしかやってないけど、価格がお手頃で超お気に入り。 メニューにある「パパズ・ブリトー」に、ほうれん草、ベーコン、アボカドを追加して、チーズを抜くのが私流。 いまはコーヒーを飲んでるよ。 コーヒーはね、半年くらいやめてたんだけど、最近また飲みはじめてさ。
食後のチルタイムですか。 じゃあ、ゆる〜くはじめていきましょう。 いま住んでいるのはLAだけど、生まれはサンフランシスコのベイエリアでしたよね。
そう。 ベイエリアの都市ウォールナットクリークで生まれて、ブレントウッドで育った。 ブレントウッドは、サンフランシスコから車で45分ほど行ったところにある農業が盛んな街。 最近では少しづつ栄えてきているけどね。
ベイエリアでは「Hella(ヘラ:すごく、とても、の意)」という独自のスラングが使われますよね。 「Hella cool(超イケてる)」や 「There are hella people (めっちゃ人いる)」という具合に。
そうそう!LAに住んでもう5年経つけど、いまだに「ヘラ」を多用してるよ。 その度に「あ、ベイエリア出身?」って聞かれる。
生まれ育った土地を離れ、LAに住んで5年。 生活はどう?
LAに越してきて大正解。 特にミュージシャン・プロデューサー活動においては。 ここは世界中からいろんな人が移り住む巨大都市でしょう。 カルチャーが混ざり合っていて、そこらじゅうにあらゆるジャンルのベニューがある。 毎日快晴なのもいい。 たまに暑すぎるけど(笑)
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Jay Somはフィリピン系アメリカ人ですが、両親は移民です。 父親は7歳、母親は25歳で、それぞれフィリピンから米国に移住したそうですね。 自身のルーツであるフィリピンに行ったことはある?
2006年、12歳のときに一度だけ。 2ヶ月くらいいたかな。 2年前に行く予定だったんだけど、パンデミックで断念。
私自身も米国に移り住んで10年以上。 年を重ねていくと、もともとのルーツについて感じるものが変わってきますよね。
音楽をやることって、自分のルーツと密接に関係してると思う。 私は、年を重ねるにつれて家族と私自身の生き方についてより考えるようになったな。
昔はそうじゃなかった?
移民の両親と「アメリカ人」として育った私。 コミュニケーションがスムーズにいくことばかりではなくて。 もちろん両親のことは尊敬していたけど、アメリカ人である自分の考えも理解してほしかった、というか。 昔は言語の壁もしかり、アイデンティティの面で難しさを感じることがあった。
米国で育つなかで、Jay Som自身が「自分がフィリピン系である」ことを自覚したのはいつ頃?
5、6歳の頃だったかな。 ブレントウッドの、白人が大半を占める地区に引っ越したとき。 私たち家族は数少ない有色人種だった。 特に覚えているのが、父とコストコに行ったときのこと。 アメリカ同時多発テロ事件の直後で、みんな有色人種には敏感な時期で。 突然、見知らぬ男性が父に「お前もここを爆破するつもりか!」って叫んだ。 父は、何も言い返さなかった。 母はもう何十年も小さなケータリング店を営んでいるんだけど、当時は隣に住む白人警官に「料理をやめろ」という内容の嘆願書を突きつけられたこともあって。 こうして目の前で両親が人種差別を受けているのを見て「ああ、私たちはみんなと違うんだ」って思った。
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自分がフィリピン系である、ということを、米国で成長するなかどう自身に落としていきましたか。 ルーツであるフィリピンの文化には、いつ頃から、どうやって触れていったんでしょう。
ある程度大人になってから、両親に聞くようになって。 フィリピンでの彼らの幼少期のこと、移民として米国の文化に溶け込む術と、それから経験してきた人種差別の数々、とかね。 私が「もっとルーツを知りたい、もっとルーツに触れたい」と思えた大部分は両親のおかげだと思う。
昔に比べていまは多様性に対して寛容にもなってきているし、LAはカルチャーが混ざり合っている都市だから、居心地がいい。
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いま住んでいるのはどんなところ?
私がいま住んでる地区のアトウォーター・ビレッジは、いいところだよ〜。 ヒップスターのライフスタイルが色濃く見られるシルバー・レイク地区に隣接しているんだけど、シルバー・レイクほど騒がしくなくて。 「Los Angeles River」もすぐそばだし。
川ですか。
『ターミネーター2』で、アーノルド・シュワルツェネッガーがジョン・コナーを追って川に飛び込むシーンがあるんだけど、それが「Los Angeles River」。 ここら辺ではよく映画の撮影現場に遭遇するよ。
へえー!
あとね、いつも愛犬と一緒に近所を散歩するんだけど、住宅街からはドラムの練習する音とかが聞こえてくるの。 そういうのもいいんだ。 ここはミュージシャンや俳優、コメディアンが多く住む、アーティストやクリエイターの街って感じ。
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LAのミュージックシーンはいま、どんな感じでしょう。
一言で「ズバリこう!」とはまとめられないけど、LAにはギターを引っ掻き鳴らす音楽がたくさんあるから、好き。 私と同年代のミュージシャンも多いし。
Jay Somは、もともとはトランペット奏者を目指していたらしいですね。 他誌のインタビューで「もともと10年間トランペットを吹いていた“トランペットオタク”」だったと読みましたよ。 インディポップシーンへは、どんな経緯で?
あはは、そうなの! 音楽学校でクラシックトランペットを学んだり、ジャズスクールに通って練習することを望んでいたんだ。 でも裕福な家庭ではなかったから、代わりにコミュニティ・カレッジ※で、音楽業界のプログラムを受講して。 サンフランシスコに住んでたから、もう地元の音楽シーンに没頭しちゃって、それで気付いたらいまに至るという感じ。
ちなみにトランペットはもう吹いてないんだ。 トランペットって唇の筋肉を鍛え続けなきゃだし、一度止めたらまたゼロからのスタートになるから。
※米国の公立の2年制大学。
クラシックやジャズからドリーム・ポップへ。 自分にハマるジャンルに出会ったんですね。
うん、ドリーム・ポップを心から好きになっちゃって。 ドリーム・ポップやシューゲイザーは一生聴いてても飽きがこないと思う。 なんか、気持ちが良いんだよね。
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ギターをかき鳴らすといえば2019年にリリースした2枚目のアルバム『Anak Ko』の『If You Want It』、いまも超聴いてます。 「Anak Ko」ってどういう意味なんでしょう。
「Anak Ko」は、フィリピンの言語であるタガログ語で「My Child(我が子)」の意味。 アルバムのタイトルにしたのは、母がよくメールで「I love you, Anak Ko」って送ってくれるから。 これはフィリピン人の親がよく子どもに言うセリフなんだ。
素敵だ。 ところで、よく修理を頼むお店なんかはあるんですか。
ハイランド・パークにある中古楽器屋「Future Music」。 ギターとベースの修理をお願いする。 販売してるヴィンテージギターはレア物揃いで、ギアもいいものが多いよ。 最近はギアを買い過ぎてるから、なるべく見るだけに徹してるけど(笑)。 基本、ギアはクレイグスリスト※で買うことが多いかな。
※米国発のクラシファイドコミュニティサイト。
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いまじゃ新譜チェックもオンラインでできちゃいますが、店に通って店員さんに新譜や流行りの曲を教えてもらうのもね、いいですよね。
そういえば、3年前日本に行ったとき、東京のタワレコに行ったよ。
フジロックで初来日を果たしたときですね。
そう!フィジカルな音源探しだったら、私は近所のリサイクルショップでレコードを買ったりする。 1ドル(約135円)とか。
やすっ。
安いがゆえに質が悪かったりするから、ギャンブル(笑)。 ちゃんとお金を出して買うなら「Jacknife Records & Tapes」。 自宅から徒歩7分なんだ。 小さな店でレコードやテープがたくさん売ってる。 あと最近知ったんだけど「Record Safari」っていうレコ屋も近所にあるみたい。 今度行ってみようと思ってる。
ベニューでもよく行くところとかはある?
「Zebulon」。 ここも近所なんだ。 いろんなジャンルのバンドがライブしてる。 友だちが良くライブするのもここだし、バイブスも雰囲気もいい。 人気のベニューだよ。 あとハイランド・パークにある「Lodge Room」も、音が良いからお気に入り。 私はまだここでライブしたことはないけど、LAでの次のライブはここがいいな。
ライブするのに好きなベニュー、知りたいな。
間違いなく「The Echo」!2016年に私が初めてヘッドライナーコンサートをした思い出の場所なんだ。 そのとき一緒にツアーしてたのが、Mitski(ミツキ)とJapanese breakfast(ジャパニーズ・ブレックファスト)。 チケットもソールドアウトだった。
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ちなみに、ご両親がライブを観に来ることはあるんですか。
あるある。 結構観に来てくれるよ!最近でいうと、サンフランシスコであったフェス「Hardly Strictly Bluegrass」。 50~60代向けのでっかいフェスなんだけど、親戚と連れだって10人くらいで来てくれた。 Jay Somグッズのハットを被って踊って、めちゃくちゃ楽しんでたよ。
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わぁ、それめっちゃいい。 ご両親にとって自慢の娘だ。
両親はずっと私の音楽活動をサポートしてくれてる。 それこそトランペットを吹いてた頃からね。 父はコンサートには必ず来てビデオに撮ってくれてた。 音楽大学やレッスンに通う余裕がなかったときは、母が独学を勧めてくれて、サポートしてくれた。 おかげでいまじゃギターの弦交換も自分でできちゃう。
DIY精神はその頃から育まれてきたんですね。 家族とよく行くところだったり、フィリピン系のスポットとかってありますか。
ご飯どころでいうと、メルローズ・アベニューにあるフィリピン料理店「Kuya Lord」はおすすめ。 料理を作ってくれるのはフィリピン人で、豚肉料理が特に美味しいんだ。
やっぱり、フィリピンの文化を感じさせてくれたり、もっと知りたいと思えるのは、家族と一緒にいるときかな。 みんなでカラオケしてるときとか。
フィリピン人がカラオケ好きなのは有名な話。
もうね、みんな大熱唱だよ?家にはでっかいカラオケセットがあって、マイクの取り合い。 父はディスコボールまで持ってるし。
個人的にフィリピン人の好きなところは、うるさいところ(笑)。 所構わず楽しめちゃう。 一緒に美味しいご飯を食べたり、思い出話に花を咲かせたり、爆笑したり。 それって、最高なこと。
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Jay Som/ジェイ・ソム
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LAを拠点に活動するフィリピン系アメリカ人シンガーソングライター。 プロデューサーやミキシング・エンジニアとしても活動しており、マルチな才能を持つ。
2017年のデビューアルバム『Everybody Works』が大きな注目を浴び、世界各国でライブを行なうように。 2019年にはフジロックに出演。 同年に発表した『Anak Ko』の評判も相まって、日本での注目度も高い。
All Image via Jay Som
Words: Yu Takamichi(HEAPS)