この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、クウェートへ。
エキゾチックな音階が聞こえてきたかと思えば、次に耳に入ってくるのは土臭いインディー・ロックサウンド。中東の伝統音楽をサイケデリック・ロックに融合させたユニークな楽曲に、陶酔感を抱かずにはいられない。非現実的な音を紡ぐのは、Galaxy Juice。バンド結成9年目、クウェート拠点の4人組サイケデリックインディーバンドだ。
「自分たちはアラブ世界におけるサイケデリックバンドのパイオニアだと思ってる」と自負するボーカル兼ギターのSalem AlsalemとベースのAbdullah Asem。地元の街と彼らの音楽生活から、クウェートのリアルな歩き方を覗く。
クェート。未知なんです、今日はたっぷり聞いていきます。
Salem:バイブスで行きつく話をしていこう。
ははは、お願いします。早速。Galaxy Juiceの拠点はクェート。生まれも育ちも?
Salem:メンバー全員、生まれも育ちもクウェート。クウェートはとても小さな国だよ。バンドを結成したのは2013年だから、もう9年が経つ。
長年連れ添ってきたメンバーとの出会いを教えてください。
Salem:メンバーとは高校時代からの友人。でもみんな学校が違ったから、それぞれ別のバンドでロックやオルタナティブなんかをやってた。卒業後、僕はソロプロジェクトを始動したんだけど、なかなかうまくいかなくて。そこで協力してくれたのがいまのメンバーたちなんだ。みんなのおかげで完成した初アルバム『Crystal Dunes』が驚くほど好評で、地元新聞の取材やラジオ出演がガッと増えて…それ以来ずっと一緒にやってる。
ところでクウェートの公用語はアラビア語ですよね? なぜ2人ともそんなに英語が流暢?
Abdullah:英語は学校で習ったし、よく洋楽を聴いたり洋画を見てたから。クウェートでは英語を話す人は多いよ。
へえー。筆者も日本の義務教育で6年間英語を学びましたが、実際に拠点を海外に移すまで会話力は皆無でしたよ。
Salem:Abdullahもオーストラリアに留学してたね。
日本人にとって、中東はどこかカルチャー的に遠い国。1990年のイラクによるクウェート侵攻の報道のせいか、ぶっちゃけ治安が良くないイメージがある。
Salem:クウェート侵攻が起きたのは、僕らが2歳のときだ。クウェートを含む湾岸諸国(ペルシア湾に面するイラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、カタール、バーレーン、アラブ首長国連邦、オマーンの8ヶ国)は、安全だよ。
2人から見た、いまのクウェートってどんな感じ?
Salem:口を開けてる男性の横顔みたい。
まさかの地形の話(笑)。文化や生活って、どうです? たとえばクウェートはイスラム教の戒律を遵守している人が多いイメージだけど、2人もそう?
Salem:僕らはすごくオープンマインド。僕らの両親も同様にオープンマインドだったおかげで、バンドをここまで前進できたと思ってる。
Abdullah:もちろん厳格な暮らしを送る人もいるよ。ライフスタイルって、その人の選択だからね。
ライブではお酒も飲む?
Salem:クウェートでは、年齢に関わらず飲酒は違法なんだ。
年齢に限らず、なんだ。他にイスラム教の思想が音楽シーンで反映されてる部分ってあるんでしょうか? ベニューの楽屋が男女別とか、女性は服装の規定があるとか。
Salem:女性は好きな服を着ることができるよ。ひとつ挙げるなら「公の場でダンス禁止」。でも僕らの楽曲ってアップテンポなものが多いから、ライブでは何度もこのルールを破っちゃってる(笑)
その事実、どうかバレませんように(笑)。クウェートの夏は気温が50度超えだと聞きました。想像しただけで耐え難い暑さだけど、野外フェスって…
Abdullah:ないない!10月から3月は気候が丁度いいけど、それ以外はとんでもなく暑いからね!小さなライブやコンサートはあるけど、野外フェスはない。
Salem:隣国サウジアラビアでは、毎年12月に中東史上最大級のフェスティバル、MDLBEASTが開催されている。Steve Aokiといった世界的に有名なDJが出演するんだ。僕らも過去2回出演したよ。
この流れでクウェートのいまのミュージックシーンも聞いちゃおう。
Abdullah:一般的には、伝統的アラブ音楽が浸透している感じ。もちろん世代によって聴く音楽は違うけどね。
2人はどんな音楽を聴いて育った?
Salem:高校生の頃から西洋のロックとメタルを聴きまくってた。特にアメリカのカルチャーには影響を受けまくったなぁ。当時はテレビでアメリカの番組をよく見てたからね。
クウェートで西洋のインディー音楽を聴くって、珍しいこと?
Salem:その人に持つ印象はきっと「変なやつ」だね、多分(笑)。インディー音楽って、クウェートではめちゃくちゃアングラだから。
そんな「変なやつ」らが創りあげたクウェートのインディーシーン、盛り上がってる?
Abdullah:自分たちのスタイルを貫くバンドは2、3いる。でも最近はバンドよりDJの方が多い。クウェートは小さな国だから、音楽好きも限られてるんだ。でもコミュニティが狭いからこそ、みんな顔見知りで仲もいいってのもある。
バンドの数は多くないんだ。
Abdullah:バンド人口よりDJ人口の方が圧倒的に多いかな。バンドを組むよりDJをやる方がよっぽど簡単だしね。1人でできるし、パソコンひとつあればいいし、ブッカー側も航空券1枚にホテル1部屋用意すればいいし。
Salem:だから、レストランやカフェ、ベニューでは、バンドのライブパフォーマンスよりDJパーティの方が多い。クウェートのみならず、アラブ世界で僕らみたいなサイケデリックをやってるバンドはいないんじゃないかな。だから自分たちは「アラブ世界におけるサイケデリックバンドのパイオニア」だと思ってる。
そんなサイケデリックバンドパイオニアの、お気に入りのベニューを教えてください。
Salem:クウェート市中心部にあるでっかい公園「Al Shaheed Park」。公園内にステージがあるんだ。前にここでライブしたんだけど、もうめちゃくちゃ気持ちよかった。
Abdullah:確か冬だったよね。ライブ後に公園で遊んでたんだけど、楽しかったなぁ。
Salem:ショッピングモール360 Mall内にある、巨大イベント会場「The Arena」も人気だね。僕らはまだここでパフォーマンスしたことはないけど。あ、あとオペラハウス「JACC」も雰囲気がいいよ。ここは高級感のある感じ。
タレク・ラジャブ博物館やクウェートタワー、巨大ショッピングセンターといった、観光地ではないけど“クウェートっぽい”ところはある?
Salem:「Mubarakeya Market」。めちゃくちゃ古くて伝統的なマーケット。一歩足を踏み入れると、大昔のクウェートにタイムスリップしたような感覚になる。
Abdullah:ここでは野菜、肉、洋服など、なんでも買えるよ。
よく行くレコ屋、あれば教えて。2人が好きな海外のインディーズが買えるお店。
Salem:う〜ん、クウェートにレコ屋ってあるのかな? レコードやカセットテープを集めてる人はいると思うけど、多分みんなフリマで購入してるんじゃないかな。僕も含め、クウェートではYouTubeやSpotifyといったオンライン上で音楽を聴く人が多い気がする。
へえー。普段どんなご飯食べてるかも知りたい。クウェートの国民食は、マチブースというお米料理だと聞きました。
Salem:美味しいんだよ〜これが。ビーフ、チキン、ラム、フィッシュからひとつ選んで、トマトソースをぶっかける。ちなみに僕はビーフ派。クウェートで本場のマチブースが食べたいなら、レストラン「Gharayef」がおすすめ。価格もお手頃だよ。
Abdullah:結構脂っこいから、マチブースを食べた後は昼寝するといいよ(笑)
クウェートではラクダ肉を食べるって聞いたことがあります。ほんと?
Salem:僕は食べたことない。
Abdullah:同じく。でも食べてみたくはある。
Salem:ちなみにラクダのミルクもあるよ。飲んだことないけど。
Abdullah:あ、ラクダのミルクのアイスクリームなら食べたことある。悪くなかったけど、ちょっと癖のある味だった。ちなみにヨーグルトも食べたけど、ちょっと酸っぱかった。
ミルクから音楽の話へ戻ります。結成から9年。クウェートのインディーシーンに変化はあった?
Salem: 僕らが高校生の頃から比べると、ゆっくりだけど確実に前進している。(クウェートではないけど同じ中東の)サウジアラビアで大きなフェスが開催されるようになったり、十分な演奏料が貰えるようになったりと、だいぶ音楽的に開かれた。まぁ、ニューヨークやロンドンなんかのシーンに比べるとまだまだだけどね。
『Ya Salwa』もしかり、『Sahran』や『You Never Listen』など、MVがDIYでいいですし、時代にハマってる感じ。自分たちで作ってる?
Abdullah: 昔は自分たちでよくDIYしてた。もちろん独学で。最近はなるべくいろんなアニメーターやビデオグラファーとコラボするようにしているんだよ。プロフェッショナルの作品からは、いいインスピレーションとクリエイティビティを貰えて刺激になるからね。
Salem:ちなみに「Salwa」は、クウェートの地名でもあり、女の子の名前でもあるというダブルミーニング。
ミュージックビデオだけでなく、オリジナルTシャツやアートワークといったクリエイティブにもこだわってる印象。
Salem: ありがとう。アルバムジャケットやミュージックビデオには大分こだわってる。Abdullahはペインターとしても活動しているからなおさらだね。逆に楽曲にのみ集中して、アートワークを見落としがちなバンドが多い気がする…。
Abdullah:クウェートには才能あるクリエイターがたくさんいるんだ。勢いのあるクリエイティブコミュニティも多い。
Salem:クリエイターに人気の溜まり場が、The Hub。1階がアートギャラリーで、2階がカフェになってるんだ。
IGを見てて思ったんだけど、ここ2年ほどでバンドの方向性、変えた? 中東を思わせるリズムを積極的に取り入れたり、MVでは歌詞やビジュアルにアラビア語を使用したり、伝統衣装を纏ったり。“中東らしさ”を前面に押し出してる印象。
Salem:そうなんだよ! “中東らしさ”を出すことって、僕らにとって重要なことになってきたんだ。昔はやりたい音楽をただひたすらやってきたけど、音楽活動を9年やってきたいま、自分たちのカルチャーを表現して地元に還元することが必要なんじゃないかって思ってきている。
近年では世界中で、自分の所属するコミュニティーの伝統音楽と現代音楽を組み合わせる流れがある気がしますよ。
Salem:音楽って世界共通でしょう。もし僕がアラビア語で君に話しかけても理解できないと思うけど、アラビア語の歌詞を音楽に乗せれば、理解できずとも感じることができる。
クウェートの若い世代は、中東の伝統音楽に関してどんな思いを持ってるんだろう?
Salem:伝統音楽にあんまり関心ないんじゃないかな。ぶっちゃけ、僕らも興味を持つまでかなり時間がかかったし。
それでもあえて原点回帰したのはなぜ?
Salem:これが僕らの使命だと思うから。
Abdullah:古臭くて堅苦しい伝統音楽も、若い世代に理解しやすいよう現代音楽と融合することで聞きやすくなるでしょ? こうして若い世代に影響を与え、彼らのクリエイティビティをくすぐれたらいいよね。
実際、リスナーからは好評?
Salem:サウジアラビアでのライブでは、オーディエンスがジャンプしたり、叫んだり、曲に合わせて踊ってたり、もう最っ高だった。この方向性は間違ってなかったんだなって。
では最後の質問です。
Salem:もう終わっちゃうの? あと20個くらい聞いてもいいんだよ?
こちら深夜なので、そろそろ〆に…(笑)。Galaxy Juiceは楽曲がイケてるし、ビジュアルもパンチが効いてる。英語も堪能だし、これからもっと世界にリーチしていくと思います。今後、バンドとしてどんなことをしたい?
Salem:繰り返しになるけど、クウェートではインディー音楽しかり、僕らみたいなサイケデリックバンドはあんまり評価されないし、ライブをする機会も多くない。だから世界での認知度を高めて、ワールドツアーがしたい! それで、東京に遊びに行きたいなあ。
Galaxy Juice/ギャラクシー・ジュース
2013年から活動するクウェート拠点の4人組サイケデリックインディーバンド。メンバーはボーカル兼ギターのSalem Alsalem、シンセサイザー兼ボーカルのFahad Alqubaa、ベースのAbdullah Asem、ドラム兼パーカッションのMohammed Alowaisi。筆者の一押しは、アルバム『Galaxy Juice and the Forty Thieves』収録曲の『Ya Salwa』。中東の伝統音楽とサイケデリック・ロックが見事に融合した踊れる1曲。トリッピーなMVも要チェック。
All Image & Videos via Galaxy Juice
Words: Yu Takamichi(HEAPS)