この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。 そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。 今回は、米国カリフォルニア州にあるハンティントン・ビーチへ。
ハンティントン・ビーチを拠点に活動する中国系アメリカ人アーティストCameron Lew(キャメロン・ルー)。 彼が手掛けるソロプロジェクト「Ginger Root」といえば、聞いたことのある人もぐっと増えるだろう。 Giner Rootのミュージックビデオは、日本の昭和の音楽やテレビ番組からインスピレーションを受けている。 なかでも、昭和を代表する歌番組『ザ・トップテン』をインスピレーション源に制作した人気楽曲『Loretta』の動画再生回数は1,100万回を超える。
生まれも育ちもハンティントン・ビーチという生粋のカリフォルニアボーイは、“サーフィンの聖地”でもあるこの地でどんな日々を送っているのだろう。 地元での音楽制作やローカルのリアルライフについて「勉強中」という日本語も混ぜながらじっくり話してくれた(取材時は2022年10月)。
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生まれも育ちもハンティントン・ビーチ。 生粋のカリフォルニア・ボーイ。 ビーチ、行きます?
“目の保養”的なエリアです。 ビーチもすぐそこだから、よく地元の友だちとビーチでのんびりしています。
サーフィン、しますか。
全然しない(笑)。 正直に言うと、海に入ったりするのはあんまり好きじゃないんです。 でも、眺めるのは好き。 浜辺の音も気持ちいいし。
海に入るの、好きじゃないんだ(笑)。 でも意外ではないです、勝手な印象ですけどビーチというよりシティの雰囲気のほうが、Cameronにはしっくりくるというか。
うん、このエリアには僕みたいな音楽性のミュージシャンは ばちっとはフィットしていないです(笑)。 でも逆にそれがよかったりします、自分らしさが際立つというか。
ハンティントン・ビーチでの、音楽活動のはじまりは?
はじまりは、10歳のクリスマスプレゼント。 両親がギターをくれたんです。 僕が頼んだのではなくて、きっと気にいるだろうって。 DVDをまるっと練習して、それで続けたいって言ったら、次はレッスンに連れていってくれた。 高校ではそのまま軽音楽部に入って、作詞作曲・レコーディングを覚えて…。 そこから別の楽器にも触りはじめて。
おお、だんだんとGiner Rootに近づいていきます。
大学に入って、Ginger Rootをはじめました。 そこからずっと続けています。
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学生時代からよく行く場所なんかはある?
ハンティントン・ビーチの図書館「Huntington Beach Public Library」。 建物が格好いい。 本を読んだりはしないけれど、そこでよく仕事のメールを返したりしてる。
図書館で仕事、すてき。 ついでに、よく行くご飯屋さんも教えて。
ハンティントン・ビーチはベトナム人が多い地域だから、ベトナム料理は本格的なものが多いよ。 おすすめは「Mr. Baguette」。 バインミーが最高。
あと「Mitsuwa」っていう日本の食品を取り揃えた大型スーパーによく行きますよ。 居酒屋みたいなレストランもそこに入っていて、ちょっと高いけどお気に入り。 日本食だと、カツカレーが大好き。
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カツカレーは日本の永遠の代表選手です…。 Giner Rootには、日本の昭和歌謡曲やその時代の雰囲気がみられますが。 そういったものへの最初の入口はなんだったの?
高校時代に聴いた「Yellow Magig Orchestra(YMO)」。 それぞれのソロの作品なんかも調べられるだけとにかくチェックして…そこからこのあたりの音楽にのめり込んで大学時代もずっと聴いてた。
へえー。
で、パンデミックでめちゃくちゃ時間ができたから、日本語の勉強がてら細野(晴臣)さんのインタビュー動画とかも見始めて。 昭和の音楽番組『ザ・ベストテン(1978-1982年)』とか『夜のヒットスタジオ(1968-1990年)』とかもね、見漁って。
ああ、音楽から “昭和時代” そのものに入っていったんだ。
そうそう、ハマっちゃった。 『笑っていいとも!』なんかも見たよ。 YMOの音楽が好きで、その時代の音楽に入っていって、昭和時代のもつ雰囲気とかそういうのも好きになって…って感じだね。
昭和のミュージシャン、YMOともう一つあげるなら?
大貫妙子! YMOと彼女が僕の音楽制作の大きなインスピレーション。
昭和歌謡曲のレコードなんかを手に入れるのは大変だと思うんだけど、行きつけのレコードショップも知りたいな。
最近、中森明菜のデビューアルバム『プロローグ〈序章〉』を手に入れたよ、お気に入り。 僕が欲しいと思う日本の昭和レコードは、どれもレアです。
僕の、レコードショップ トップ3を教えるね。 1つ目は「Port of SoundRecords」。 小さいお店だけど、かなりセレクトにこだわりがみえる。 2つ目は「Fingerprints Music」。 こっちのお店は逆に超でかいから、いろんなレコードが見つかる。 3つ目は「Creme Tangerine」。 ここはモールの中にあるお店なんだけど、車の中にいるみたいで楽しいよ。
昭和のどんなところを魅力的に感じる?
昭和の歌や映像って、味があるよね。 あと、昭和時代のほとんどの番組やCMで、アイドルや俳優、タレントが出ているでしょう、そういうのもおもしろいですよね。 僕のMVはこの辺りの世界観を取り入れています。
MV、昭和を感じます。 昭和の美的感覚と舞台がハンティントンのビーチ、カリフォルニア、ニューヨークというのがオリジナルですね。 『Loretta』は日本でも大きな話題になりました。 MVは別で制作を入れずに自分でつくっているんですよね?
監督・映像編集はほとんど自分。 カメラは友だちにまわしてもらいます。 大学では映画監督になりたくて映像を勉強したんですが、映画撮影の現場仕事は恐らく自分には合わないだろうなって気づいて(笑)。 得たスキルをMVやIGの動画に活かしています。
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『Loretta』は昭和の歌謡曲番組感をたっぷりに、でもそこにCameronらしいユーモアも。 Cameronが何人も登場して踊る控えめなダンス、とってもいいです。
僕の曲は結構暗めのテーマが多いんですが、それをサウンドはあかるくMVにユーモアを、そういった対照的なところは自分にとって重要な軸かもしれません。
テーマは暗い。
たとえば最新のアルバム『Nisemono』では、当時の心の葛藤を詰め込んでいます。 『Loretta』がヒットした後、ちょっとしたアイデンティティ・クライシスに陥っちゃって。 この成功に果たして自分はふさわしいのか、本物なのか。 自分のやっていることは正しいのか、とかをぐるぐると考えて…。
そのうちの一曲『Lonliness』のMVは、その葛藤を吹っ切れたユーモアで表現していますね。
これはもともと「もしもGiner Rootがアイドルの曲をつくったら」をテーマにした楽曲なんです。 それをMVでは「アイドルが番組直前にいなくなっちゃって、楽曲をつくった僕が突如、代わりに歌ってアイドルになっていく」というものに。 突然かつ偶然に、自分がやりたいのかもわからないまま、思いがけない成功の道を歩いていく。
自身の葛藤を重ねたストーリーラインになっている。
僕は自分を、ただの男の子だと思っているんです。 素直さ、人間らしさという要素をユーモアでくわえていると思っています。 かっこいいMVじゃなくて、自分らしさがある、僕自身が楽しんでいるものをつくりたい。 僕自身が楽しい、そのほうが見ている人も楽しめるんじゃないかなって。 これは制作で一番大事にしていること。
『Nisemono』は、海辺を含めたいろんなロケーションでのユーモラスなMVたちが魅力的。 Ginger RootのYouTubeには13年前からの動画がありますが、これまでずっと楽しんできたことがじわじわ伝わってきます。 これからもハンティントン・ビーチで活動を続ける予定ですか?
地元の友だちと離れるのは寂しいけれど、いつか引っ越してみたい。 日本に住んでみたいし、サンフランシスコやニューヨークも魅力的。 でも、音楽シーンがそこまで盛り上がっていないハンティントン・ビーチでつくってきたからこそ、ほかの音楽から影響されずに自分の好きな音楽をとことんできている、ってところはありがたいよ。
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Ginger Root/ジンジャー・ルート
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カリフォルニア州ハンティントン・ビーチを拠点に活動する中国系アメリカ人アーティスト、Cameron Lew(キャメロン・ルー)が手掛けるソロプロジェクト「Ginger Root」。 2016年に活動を開始。 日本の昭和時代からインスピレーションを受けた楽曲やミュージックビデオの数々をリリースしている。
2021年にリリースした楽曲『Loretta』のMVでは昭和の音楽番組を意識したミュージックビデオが日本でも話題に。 YouTubeでの視聴回数は約1,300万回以上。
All Images via Ginger Root
Words: HEAPS and Ayano Mori