「オーディオライターのヴィンテージ名機紹介」ではオーディオの歴史の中で傑作と呼ばれ、今でも愛され続ける機材をオーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきます。 今回ご紹介するのは、Garrardのレコードプレーヤー〈Model 301〉です。

業務用のレコードプレーヤー

アナログの全盛期、膨大な数のレコードプレーヤーが生産されていました。 中高生のお年玉でも買えるくらいの廉価品から、ボーナスが頭金程度にしかならない高級品まで、それはそれは幅広い価格レンジの製品が、販売店の店頭を賑わせていたものです。

さらに、マニアックなプレーヤーの中には、ターンテーブル(フォノモーター)、トーンアーム、キャビネットと、自分の好きなパーツを組み合わせ、あるいはキャビネットを自分で作って組み上げるものもありました。

フォノモーターというのは、もともとベルトドライブやアイドラードライブのプラッターを回すためのモーターを指しましたが、ダイレクトドライブ方式はプラッターまでがモーター・システムの一部となっているため、ターンテーブル・システム全体をそう呼ぶことがあります。

その中で、かなり高価な部類に属しながら見た目は全く飾り気がない、武骨な製品が一定数ありました。 かつて、放送局の音楽番組は、ほぼ全数がレコードをかけていました。 そういう用途で開発された「業務用・局用プレーヤー」は、民生用と違って外観を飾る必要はないものの、軸やモーターなどにコストがかけられた高性能の製品が多く、マニアのリスニングルームでも、幅広く受け入れられてきたのです。

イギリスで生まれた名機

先進工業各国には、それぞれ国内の放送局へ向けて、局用プレーヤーを開発・生産するメーカーがありました。 有名なところでは、ドイツのEMT、アメリカのQRK、日本のDENON、Technicsなどを挙げることができます。

そんな中で、英国代表といえるのがGarrard(ガラード)です。 18世紀に創業された宝飾品メーカーが、余技で始めた機械製造がプレーヤーの製作へ行きつき、オーディオメーカーとしてGarrardが独立したのは1945年のことです。

英国代表といえるのがGarrard(ガラード)

Garrardはもともと宝飾品の製造販売で財を成した社ですから、精密な金属加工はお手の物でした。 それを生かして、アコースティック蓄音機の時代からゼンマイ式の動力や回転数を安定させるガバナーなど、多くのパーツを著名な蓄音器メーカーへ供給していました。

その技術を生かし、最初の完成品ターンテーブル・システム、Model 201を世へ送ったのは1930年のことです。 もちろん78回転専用機で、何とダイレクトドライブ方式だったというから驚きます。 その堅牢で確実な動作から、Model 201は多くの放送局へ迎えられ、業務用プレーヤーとして活躍します。

Model 201は、LP時代を迎えた後も、33 1/3回転と78回転の切り替え機構を装着するなどしたマイナーチェンジ機が登場し、長い製品寿命を保ちました。

Model 301の登場

その跡を継ぐ形で登場したのが、1954年に発売され、現在も慈しみ使い続けている人の多い、記念碑的作品というべきModel 301です。 LPレコード誕生から7年、ステレオレコードの登場まで3年という、まさにレコードの爆発的な成長期に当たる頃のことです。

プラッターの駆動方式は、モーターの軸から大きなゴム製のアイドラーでプラッターの内周へ動力を伝える、いわゆるアイドラードライブです。 モーターはごくシンプルなACモーター、回転数は33 1/3、45、78回転の3スピード対応でした。

1954年に発売され、現在も慈しみ使い続けている人の多い、記念碑的作品というべきModel 301

Model 301は、登場して早々に国営放送のBBCが正式プレーヤーとして採用しました。 ハンマートーン・シルバー1色に塗られた、渋く武骨な外観のターンテーブルは、それからあっという間にアメリカをはじめ、世界の放送局へ納入されていきます。

世界の放送局が次々採用していく、そんな高性能プレーヤーを、オーディオマニアが見逃すはずもなく、Model 301は民生用としてもよく売れました。 おかげで今も残存個体が多く、生産完了からでも60年近く経過した製品とは信じられないほど入手しやすく、愛好しているマニアの多い製品でもあります。

ヴィンテージ機器に立ちはだかる問題

初期型のModel 301はハンマートーンのシルバーでしたが、後にベース部分が明るいクリーム・ホワイトに塗られ、プラッターの外周に回転数を示すストロボスコープが刻まれた外観へ変わります。 後者の方が残存個体は多いようですね。

ただし、何といっても60~70年も経過した製品ですから、もちろん現役当時から何の修理も受けずに生存している個体は、ゼロといってよいでしょう。

もっとも、亡くなられたオーディオ評論家の篠田寛一(しのだ・ひろかず)さんは生前、アメリカへ送られるはずが発送ミスでずっと本国の倉庫に眠っていたという、完全新品のModel 301を発掘してお使いでしたから、まだ世の中にはそういう奇跡のストック品が眠っているのかもしれませんが。

そういう稀少な例外を除けば、いくら残存個体の多いModel 301でも、こういうヴィンテージ機器が避けて通ることのできない、千差万別のコンディションという問題が立ちはだかります。 以下、特に気を付けておきたいメンテナンス箇所、購入時にチェックしたいポイントを挙げておきましょう。

1. 軸のコンディションを確認しよう

まず、Model 301で最大の弱点というか、要メンテナンスのポイントは、軸の潤滑です。 プラッターの軸は、初期型はグリス、マイナーチェンジ後の製品はオイルで潤滑されています。 どちらにしても給油・給脂を欠かしてはいけないのは当然のことなのですが、ここに問題を抱えた個体が多いのです。

特にGarrardは給油・給脂が簡単でなく、長くお使いになりたいなら、数年に一度は必ず信頼のおける業者へ軸のメンテナンスを依頼しましょう。 また、Model 301はモーターとアイドラーの軸にも給油が必須で、これを怠ると他が健全でもゴロゴロ、キュルキュルと耳障りなノイズを発することになります。

ゴロゴロいうノイズ(そのものズバリ「ゴロ」と呼ばれます)に関しては、アイドラーも大きな原因となります。 ゴム製のアイドラーは、長く使っているとどうしても、硬化したり真円性に問題が出たりしてしまいます。 特に、スイッチが入ったまま電源ケーブルを抜いたりすると、モーター・プーリーとアイドラーが止まった状態で接触したままになり、アイドラーにプーリーの形の凹みをつけてしまうことがあります。 そうなったら、もうアイドラーを交換するしか回復の術はありません。

その点、Garrardは安心です。 ガラード社そのものは、1958年の工場火災で援助を仰いだ英国のエレクトロニクス企業プレッシー社の傘下へ入り、その後国籍も業務内容も転々としましたが、何と今に至るまで自社製品のメンテナンス・パーツを生産し続けており、わが国でももちろん入手が可能です。

また、Model 301のアイドラーには、純正パーツの精度を凌ぐのではないかといわれる日本製のサード・パーティ品もあり、こちらも大いに選ぶ価値があるといってよいでしょう。 ただし、サード・パーティの補修パーツは、Autographの項でも書いた通り、前述のような最高精度の製品もそうでもないものもありますから、注意が必要です。

Model 301のアイドラーには、純正パーツの精度を凌ぐのではないかといわれる日本製のサード・パーティ品もある

アイドラードライブのプレーヤーというものは、ゴロをはじめとするノイズがどうしてもレコードの再生音に乗るといわれがちですが、プラッターとモーターの軸が健全で、給油・給脂もちゃんと整い、アイドラーの精度も確保されたModel 301からは、そんなノイズが看取されることはほとんどありません。 アイドラードライブならではのパワフルさ、豪快さを聴かせながら、粗野な部分を見せないターンテーブルといってよいでしょう。

Model 301のいいところは、たとえ軸やモーターに問題があっても、すべてのパーツを分解・オーバーホールすることが可能なことです。 このあたり、往年の業務用機は本当に考えられていましたね。 それで、同世代の民生用プレーヤーよりも、こういう業務用機の方が、良いコンディションでより多くの個体が生き延びられているのでしょう。

ほか、本体手前向かって右の回転数切り替え機構や、中心のピッチコントロール・ツマミなどは、往々にして固着している個体があります。 他がいくら健全に見えても、そういうところを見落とさないようにご注意ください。

2. ダメージのあるターンテーブルシートは交換しよう

もう一つ、ターンテーブルシートは意外と忘れられがちのパーツですが、これによってもまたModel 301はコロコロと音が変わります。 ゴム製のシートですから、少なくともベトついたりひび割れが入っていたりする個体は論外で、一刻も早く交換するのがよいでしょう。

ターンテーブルシートは意外と忘れられがちのパーツ。 ゴム製のシートですから、少なくともベトついたりひび割れが入っていたりする個体は論外で、一刻も早く交換するのがよい

こちらも私の知る限り、メーカー純正品と日本製のサード・パーティ品がありますが、この両者、全然質感が違って驚きます。 前者はやや硬め、後者はかなり柔らかいゴム製です。 長く作られたターンテーブルですから、いつ頃のゴムの組成を再現しているのか、ということでもあろうかと考えています。 音はもう全く別物ですし、そう高価なパーツでもありませんから、できれば両方購入して、ご自分が気に入った方をお使いになるのがよいのではないかと思います。

シートに関しては、そこまで純正主義にこだわることはないだろう、というご意見もあるでしょう。 それは全くその通りで、お好きなシートを活用して「自分の音」を作っていかれるのも、もちろんとてもよいと思います。

3. 純正キャビネットを探してみる

これはあまり知られていませんが、Model 301にはメーカー純正のキャビネットがあります。 Model 301というと、多くの個体が身の詰まった大ぶりのキャビネットへ取り付けられていますが、純正キャビネットは薄い板を使った中空の箱です。 しかも、天板はごく簡素なスプリングでキャビネットから浮かされています。

私も、あるオーディオの大先輩から見せてもらったそのキャビネットには仰天しました。 「そんなもので大丈夫なのか!?」と思ったものですが、レコードをかけてもらったら朗々と力強い音が出て感激しました。 あのキャビネットにどんな魔法が隠されているのかは分かりませんでしたが、やはり純正設計だけのことはあるな、と感じざるを得ません。

後継機、Model 401

Model 301は、1965年に後継のModel 401へバトンを渡し、生産を終えます。 このModel 401も、1977年頃まで生産の続いたロングセラー機で、日本にも数多く輸入されたそうです。 こちらももちろん、ヴィンテージ・オーディオというべき製品です。

Model 401は、意匠が大きく変わった以外はModel 301と共通点が多く、即ちメンテナンスのしやすい(=残存個体の多い)ターンテーブルです。 もちろん新しい分、程度の良い個体も多いものですが、それでも生産完了から47年も経過していますから、やはりこちらも「どんなメンテナンスをされてきたか」によって、程度と再生音がまるで違ってしまうことは避けられません。

オーディオ評論家の林正儀さんは、若い頃に新品購入なさったModel 401を、大切に大切にメンテナンスしつつ、今もなお使い続けておられるとか。 ご自分のオーディオ人生とともに歩んだ “新品” が、ヴィンテージへ成長していく。 何と素敵なことでしょう。

一方、これからヴィンテージ機器を購入し、使い始める人は、もちろんそれらの機器で音楽を楽しまれるとともに、次の世代へと貴重な機器を受け渡す、仲介人としての役割も果たさなければなりません。 オーディオ史とユーザーの個人史を背負って生き続けるヴィンテージ・オーディオを、1台でも多く後世へ残していきたいではありませんか。

Photo courtesy of Hard Off Audio Salon Kichijoji
Words:Akira Sumiyama