ハイエンドオーディオマニアは往々にして、求める音への解決方法を海外製品に求めがちだ。もちろん、それが近道ということも少なからずあるのだが、かつて日本にもたくさんの優れた製品があり、それらのポテンシャルを引き出すという道があることも、この部屋が証明している。

下宿だった部屋の壁を取っ払った、八角形のオーディオルーム

かつての日本の家電メーカーは、そのほとんどが独自でオーディオブランドを立ち上げていた。Technics(松下電器、現・パナソニック)を始め、日立製作所のLo-D、東芝のAUREX、三洋電機のOTTO、シャープのOptonica、NECのDianGo。

これらは大企業ならではの開発システムを持ち、中でもLo-DとAUREXは独自に半導体(トランジスタ)を開発・製造する能力を持っていたばかりか、サンスイなどのオーディオ専業メーカーに供給していた。

つまり日本のオーディオは家電メーカーのブランドが支えていたと言っても過言ではない。今回ご登場いただいた内田誠氏は、そんなAUREXに憧れて東芝に入社した経歴をもっている人物。ただし東芝が早期退職を募集した際に応募し、退職された。

「東芝もAUREXの事業を止めてましたから未練はなかったです」。

だが東芝を辞めてもオーディオ熱が冷めることはなく、むしろ加速しているようにすら思える。そんな内田氏のオーディオルームの最大の特徴は、国産機が中心になっていること。それもオーディオマニアが唸る名機、レア機揃いなのだ。


「この建物は今は誰も住んでいないのですが、もともとは下宿屋だったんですよ。建てたのは昭和32年だったかな。でもいまの若い人はお風呂もないような下宿に入る人はいないので、20年くらい前にオーディオルームに作り変えたんです」

この部屋も元々は2部屋あったのを、壁を取り払い1部屋にしたのだそうだ。それまでは自宅のマンションにオーディオシステム等を置いていたそうだが「場所を取るので家族に不評で(笑)。ちょうど良かったんです」。それ以来、機器が増殖し続けている。

メインシステムのほぼ全景だが、写真には収め切れないほどに密度が高い。
メインシステムのほぼ全景だが、写真には収め切れないほどに密度が高い。
こちらが「メイン」の対面に置かれているシステム。
こちらが「メイン」の対面に置かれているシステム。

入口から入り右手がメインシステム。その対面にはサラウンドに対応した大画面のシアター。さらに入口正面にももうひとつシステムが設けられている。


「この部屋は8角形になるように作りました。もともとはこの柱までが壁だったのを増築して……」と入口の対面の壁の手前に立つ2本の柱を示した。8角形は理論的には定在波(=音がたまりやすい状態。フラッタエコーとも言われ、一般的にはそれを抑制した方がいいとされている)も存在し得るが、これだけの広さで、壁を覆わんばかりに機材が積まれているので、実質定在波は存在しないだろう。


内田氏の機器のセレクトは国産機が中心ではあるが、国産に凝り固まっているわけではない。ご覧の通りマッキントッシュもあるし、Paragon(レプリカ)もある。だが、今年62歳になる内田氏は、同世代のマニアの大半がそうだったように、オーディオの入口は国産機だった。そして国産・輸入問わず様々聴いてきて、好みの音が国産機で70年代、80年代の国産機の素性が良いから使っている。


もっとも内田氏の場合、もともとがメーカーのインサイドにいたこともあり、現在でも東芝の半導体部門で腕を振るった友人がいるため、多くの機器に改造が施されている。とくに古巣であるAUREXのモデルは、優れた部分、手を入れた方が良い部分を知り尽くしているだけあり、大きく作り変えられたものも少なくない。

少年時代の夢が詰まった空間

音楽の趣味は幅広く、クラシックやジャズ、はては歌謡曲まで。取材に伺った際の聴き比べの題材は松田聖子だった。ただしメディアの中心はレコード。ストリーミングもネットワークも、もちろんCD、SACDも対応しているが、やはりアナログが好きだという。


今回の題材。様々な環境下で、松田聖子の11枚目のアルバム『The 9th Wave』に収録されている「天使のウィンク」を試聴していった。
今回の題材。様々な環境下で、松田聖子の11枚目のアルバム『The 9th Wave』に収録されている「天使のウィンク」を試聴していった。

そのレコードを再生するのは、2台の傑作国産ダイレクトドライブ機だ。右側がメインに使われているTechnics SP-10MK3。左はVictor TT-101。主力のシステム構成は、SY-Λ(ラムダ)88mk2に大幅に手を加えたもの、これに1977年製にして超えられることのない最高のアナログチャンネルデバイダー SD-77をモノラル5chに改造し、HMA-9500mk2、SC-88×2でメインスピーカーをドライブする、国産ハイエンドが中心となっているシステムだ。

このラックで異彩を放っているのが左上の区画に収まるFMチューナー、Trio KT-9700。1976年と、まだ首都圏ではNHKとFM東京しか聴けなかった時代のチューナーだが、FM多局化時代にいち早く対応した、当時のフラッグシップモデルである。世界最大級の連数となる8連エアバリコン(=空気を絶縁体とした可変容量コンデンサ)を搭載し、究極の選局性能を誇っている。ちなみに区画に収まる黒いメッシュの円柱は吸音材。

「まだ東芝にいた時、ちょうどこの部屋を作った直後に九州に転勤になったのですが、その時に知り合った銘木屋さんに屋久杉の良さを教えていただいて、いつかスピーカーのキャビネットに使ってみたいと思っていたんです」


じつは内田氏、大の自作派。ケーブルはほとんどが自作で、この現在のメインスピーカーも自作だ。モデルとなったのは、オーディオ評論家で自作スピーカーも数多く製作していた長岡鉄男氏の傑作「モアイ」。屋久杉のキャビネットに収められたユニットはFeastrexの5インチフルレンジでマグネットはアルニコ。

Feastrexは元々山梨にあった一部に熱狂的なファンがいるスピーカー製作会社のユニットだが、社長がお亡くなりになって現在は休止している。ただ先ごろ新オーナーが決まり、近々復活するだろうと言われている知る人ぞ知るメーカーだ。下のキャビネットには左右両面にフルレンジがふたつ組み込まれた中低域をカバー。さらにツイーター、スーパーツイーターでレンジを広げている。


メインで使われているターンテーブル、SP-10のキャビネットはAUREXのプリアンプの改造品。4年前に世界初の分離給電を開発済みとのこと。純正品を始め「何を持ち込んでも肩を並べるものすらありません」という。Technicsは世界で初めてダイレクトドライブを実用化したブランドだが、このSP-10は世界中の放送局でも使われた名機中の名機。

カートリッジはDS Audioの光カートリッジ(針の動きを磁力ではなく、光で検知するタイプのカートリッジ)だが、イコライザーはサードパーティのものを使っているそうだ。「純正のイコライザーは音がつまらないんです」。なお光カートリッジを世界で最初に実用化したのは東芝だった。

なお他のフォノイコライザーも全てSY-88のものを改造して使用。市販品には全く存在しないCRローパスフィルター型の一段増幅機だという。



メインで楽しむソースは、やはりアナログレコードが多いという内田氏。こだわりは相当なもので、カートリッジもかなりの数をお持ちだ。だがその基準は明確で「オーディオテクニカのAT33PTGが基準。この音を超えられないカートリッジは買う価値がない、と思っています」。またそのこだわりはシェルにもおよび、メッシュで作られたシェルは、なんとご自分でデザインし、製作したオリジナルモデルだ。



SP-10の左側はこちらも根強いファンが多いVictorのターンテーブル、TT-101。TTシリーズこそ至高というファンも多い。Victorも早くからダイレクトドライブを手がけ、ヤマハのGTシリーズなどにモーターを供給していたことでも知られる。Victorの単体ターンテーブルのTTシリーズでもフラッグシップがこのTT-101。特別なモデルに冠される「Laboratory」シリーズでもある。80年代、日本のオーディオメーカーは卓越した技術力で、ダイレクトドライブで頂点を極めていたのだ。


ラックに収まるSY-Λ88mk2の下には、激レアなPCMプロセッサー、XD-80が収まっているが、じつはこのXD-80は筐体が使われているだけで、SY-Λ88mk2の電源強化のためにトランスが収められているという。「デザインと大きさがΛ88とぴったりだったので流用しました」とのこと。

ちなみにPCMプロセッサーとは、ビデオデッキにデジタル化した音楽信号を記録・再生するための機器。CDより早くデジタルオーディオを実現したコンポだった。


対岸のParagonの上に置かれた大型モニターの左右にあるのは、なんとGauss Optonica。Gauss製38センチウーハー、4538Aを採用したスタジオモニターで、その音には定評があるものの、発売された1981年当時1本63万5000円という価格がネックとなったためか、現在では激レアなスピーカーとなっている。なおOptonicaはシャープのオーディオブランドだ。この音は一聴の価値あり。

一見、とりとめがないように思われる内田氏のオーディオルーム。まるで80年代のオーディオ雑誌から飛び出したような、憧れの名機の数々だ。もちろんオーディオストリーマーを始め、光カートリッジなど80年代には存在しなかった機器も数多く並んでいるが、全体の雰囲気としては懐かしさと少年時代の夢が詰まった部屋だった。

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words:Makoto Sawamura(ステレオ時代)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)

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