近年のパンデミックや社会情勢の不安も相まって、アンビエント・ミュージック、ニューエイジ、環境音楽への関心がアメリカで高まっている。
ここロサンゼルスでは、ピクニックをしながら楽しめるアウトドアのアンビエント・ミュージックのイベントが増えているが、その元祖とも言えるのが、非営利インターネットラジオ局として知られるdublabが2006年から毎年開催しているTonalismだ。
Tonalismは、オーディエンスがスリーピングバッグなどで横になりながらアンビエント・ミュージックをオールナイトで楽しむという、これまでにないリスニング・スタイルを確立させ、LAだけではなく、テネシー州のBonnarooフェスティバルでも開催されて話題になった。パンデミックの関係で2年ぶりにTonalismがLAのDescanso Garden(デスカンソ・ガーデン)という植物園で6月9日から12日まで開催され、11日の夜に開催されたコンサートはソールドアウトとなった。
Tonalismの生みの親であり、dublabのエクゼクティブ・ディレクターでもあるアレハンドロ・コーエンにこのイベントについて話を訊いた。
寝ながら楽しむ集団のリスニング・エクスペリエンス
ロサンゼルスの住民の憩いの場所として知られるDescanso Gardenは、花からサボテンまで、世界中の各種の貴重な植物が展示され、日本庭園などもあり、年間7万5千人の来客者が訪れる人気のスポット。
自然を満喫できるこの美しい植物園の中で、dublabはサウンドインスタレーションを複数の場所に設置し、内省、瞑想しながら音を楽しめる空間を提供した。
また、6月11日の18時から25時まで開催されたアウトドア・コンサートのメインステージでは、モジュラー・シンセと独特のボーカル・スタイルを融合させたことで知られるケイトリン・オーレリア・スミス、Leaving Records主催のマシューデイヴィッド、インド古典音楽のバイオリン奏者であるインドラディープ・ゴーシュなどが出演し、ローズガーデンではアンビエントをプレイするDJと共にビデオ、ダンサー、影絵を融合させたパフォーマンスが行われ、Tonalismのコンセプトを表現したドリーミーな世界観が演出された。
通常のフェスやコンサートと違って、オーディエンスが踊ったり騒いだりするのではなく、芝生で寝そべったり、ベンチに座って静かに音と映像を楽しむというスタイルが新鮮で、ロサンゼルスの喧騒を忘れさせてくれるゆったりとした時間が流れていた。
ーーTonalismのイベントはソールドアウトで大盛況でしたね。
そうだね、スペシャルなイベントになってよかったよ。数年間LAでTonalismを開催できなかったから、LAでまたこのイベントを開催できてよかった。カリフォルニア以外の場所で開催したし、パンデミックのせいでしばらくTonalismを開催できなかったんだ。
TonalismはLA以外にどこで開催されましたか?
2018年と2019年は、テネシー州マンチェスターのBonnarooフェスティバルでTonalismを開催したよ。そのあとにまたLAで開催する予定だったけど、パンデミックが起きて、しばらくイベントを開催できなかった。だから2020年は、バーチャル・イベントとしてTonalismを開催したんだ。2021年はTonalismのイベントはやらなかった。
そもそもTonalismのコンセプトは何なのでしょうか?Tonalismはあなたが考案したのでしょうか?
そうなんだ。Tonalismのコンセプトは、アンビエント・ミュージックなど、瞑想的なジャンルの音楽を中心とした、集団のリスニング・エクスペリエンスなんだ。だから、オーディエンスは横になって寝ながら音楽を楽しんでもらっている。これまでは、夕方の6時から朝の6時までのイベントも開催してきた。今回は少し時間帯を変えて、朝10時から公園の中で音を楽しめる空間を作って、夕方6時から深夜午前1時までのライヴも提供した。
夕方から朝までイベントができる会場を見つけることに困難はありましたか?
こういう内容のイベントを受け入れてくれる会場でしかイベントを開催しないから、特に問題はないよ。
Tonalismのコンセプトを思いついた時、インスピレーションになったアーティストやイベントはありましたか?
アンビエント・ミュージックは昔から聴いているけど、そればかり聴いていたわけではない。2006年にTonalismを立ち上げた頃、集団でアンビエントだけを聴ける場がまだなかったし、アンビエント・ミュージックだけに焦点を当てたイベントもなかった。横になって音楽を聴いて、みんなで一緒に午前6時に太陽が昇る様子を眺められるのも素敵だなと思って、そういうイベントをやってみたかった。
横になって音楽を聴くというアイデアはどこから?
過去に起きた「ハプニング」についての文献を読んで、そういう情報がインスピレーションになった。例えば、テリー・ライリーが1960年代にロサンゼルスのグリフィス・パークで開催したイベントや、ラ・モンテ・ヤングが運営していたDream Houseというサウンド・インスタレーションもそうだし、過去にも瞑想的な音楽を聴くイベントはたくさんあったんだ。特に理論に基づいているわけではなく、自分の直感に基づいてイベントの内容を決めたんだ。
Dream House
https://www.melafoundation.org/dream02.htm
オーディエンスに横になって音楽を聴いてもらうということは、お客さんに簡単に受け入れてもらえたんですか?
そうなんだ。自分でも驚いたんだけど、初めてTonalismを開催した時から、お客さんが趣旨を理解してくれて、横になって音楽を聴いてくれたんだ。それだけじゃなくて、みんなスリーピング・バッグを持ってきたり、パジャマを着てきたりして、みんな準備万端だったよ(笑)。
開催するベニューの必然性と、様々なリレーションで創られるイベント
今年はDescanso Gardenという植物園でTonalismを開催したわけですが、なぜこのロケーションを選んだのでしょうか?
実はDescanso Gardenから、dublabと何らかのイベントのコラボレーションをしたいと声がかかったんだ。Tonalismはしばらく開催していなかったし、もう夏だし、タイミング的にぴったりだと思ったんだよ。この美しい環境の中で夜にTonalismを開催すれば素晴らしいイベントになると思ったんだ。Descanso Gardenはそもそも、とても瞑想に向いている環境で、とても平和だし、静かなんだ。だから、ぴったりだったよ。ここでダンス・パーティーを開催することもできたけど、Tonalismをやりたかったんだ。
今年のTonalismにはテーマはあったのでしょうか?
今回のテーマは、クアドロフォニック・システム(4チャンネルステレオ)を導入して、立体音響を体感するということだった。我々が、National Endowment for the Arts(全米芸術基金)から助成金を受けて、Quarkというテクノロジーを開発したんだ。このテクノロジーは、70年代のクアドロフォニック・テクノロジーのエンコーディング技術を利用している。このテクノロジーをライヴ現場に応用してみたかったんだ。クアドロフォニック・テクノロジーを使って、立体音響、サラウンドサウンドなどをイベントで提供してみたかったんだ。
開発したテクノロジーというのは、アプリなんですか?
そう、アプリなんだ。ダウンロードして、プラグインとして使って、クアドロフォニックのミックスを作れるんだ。スマートスピーカーと一緒に使って、クアドロフォニックで音を聴くこともできる。これはオープンソースなので、誰でも無料でダウンロードできるし、様々なデバイス、プラットフォームに使うことができる。
実際にそのアプリは、ライヴ中にどうやって使ったんですか?ライヴを4つのスピーカーでミックスするために使ったんですか?
メインステージでライヴをミックスするために使ったんだ。でも、サウンドインスタレーションの展示にも使ったよ。このアプリをコンピューターに入れると、ライヴの演奏をクアドロフォニックに変換してくれるんだ。4つのスピーカーの音量をミックスできるんだ。
このアイデアはどういう経緯で生まれたんですか?
dublabの理事会のメンバーでもあるカムラン・V(Kamran V)という人がアイデアを提案してくれた。何年か前に、dublabのサウンドロゴをスーザン・チアニにお願いしたんだけど、その時もカムランが手伝ってくれた。このサウンドロゴは、Buchlaのシンセサイザーを使って、クアドロフォニック・システムを想定して作られたから、エンコーダーを持っていれば、クアドロフォニックで聴くことができる。カムランがTonalismのイベントのサウンドシステムもデザインしてくれた。
Descanso Gardenに入ると、大きな白いドームのサウンドインスタレーションがありましたが、これはdublabがデザインしたのでしょうか?
Cal Poly大学とコラボレーションをしたんだ。Cal Polyの学生が、Centering Centerという瞑想用のドームの建築物を作ろうとしていたんだ。この建築物の情報を僕が聞きつけて、Descanso Gardenでプロトタイプを作るといいんじゃないか、と提案したんだ。彼らは、このインスタレーションを建てられる場所を探していたから、このイベントのために建ててもらったんだ。それで、dublabのスタッフでもあり、アーティストでもあるキ・オニに音楽を作曲してもらって、このインスタレーションの中で流れるようにしたんだ。
今年のTonalismでは他のサウンドインスタレーションもあったんですよね?
他のエリアにもサウンドインスタレーションを設置して、そこでは他のアーティストの音楽を流したんだ。クレッグ・レオン、リチャード・フィアレス、ジェニーヴァ・スキーンなど、たくさんのアーティストがレコーディングしてれた曲をインスタレーションの中で流していた。ローズガーデンの中にこのインスタレーションは設置してあったんだ。
あなたと(dublab創立者の)フロスティもインスタレーションを作ったんですよね?
そう、フロスティのアイデアだったんだけど、自動演奏のオーケストラのインスタレーションを作ろうと提案したんだ。安物の音が出る道具をたくさん集めたインスタレーションだったんだけど、あえてちょっとわかりづらいところに設置してあったんだ。風鈴、音が出る噴水装置、Radellのドローンボックスなどを使った楽しいインスタレーションだったよ。Automatic Trance Ensembleという名義でインスタレーションを作ったんだ。
Descanso Gardenの中で、いくつのエリアをイベントのために使ったんですか?
DJがプレイしながらライヴ・ビデオ・アートを披露するエリア、ライヴとビデオアートのエリア、複数のアーティストが参加したクアドロフォニック・インスタレーションのエリア、あとはCentering Centerのドームのインスタレーションがあった。あとは、Automatic Trance Ensembleのインスタレーションがあって、小さいポータブルスピーカー10台からアンビエント音楽を流すインスタレーションが木の中に隠れていた。
クアドロフォニックのサウンドシステムは今回初めてTonalismに導入されたのでしょうか?
2019年にdublabの20周年記念イベントを開催した時にクアドロフォニック・システムを使ったんだけど、それはTonalismのイベントではなかった。Tonalismで使ったのは初めてだね。
ラインナップとか、出演者のネームバリューではなく、「みんなで音を体感する」という側面に焦点を当てるようにしている
Tonalismのようなイベントを実現するにあたって難しい点は?
お客さんが静かに音楽を聴ける環境を作ることだね。そうしないと、みんなは普通のライヴのように、大声でおしゃべりをしてしまうんだ。Tonalismでは、みんなで静かにして、横になって音楽を楽しむということを理解させないといけない。だから会場では、「お静かに」と書いてあるサインをいろいろな場所に貼ったりした。また、横になって音を聴きやすいように、スピーカーは地面に設置した。通常のコンサートでは、パフォーマーが注目されるように演出するけど、Tonalismでは、パフォーマーが会場と一体化するように心がけている。ラインナップとか、出演者のネームバリューではなく、「みんなで音を体感する」という側面に焦点を当てるようにしている。みんなが知っているアーティストをブッキングする重要性も理解できるけど、オーディエンスがTonalismというエクスペリエンスを求めて会場に来るのがベストなんだ。誰が出演していようが、みんながTonalismに行きたくなるようなイベント作りを心がけている。Tonalismそのものが魅力的な体験になることをお客さんに知ってもらう必要性がある。
会場には「会話を慎んでください」というサインが貼ってありましたね。
そう、ここはおしゃべりをするためのバーとは違うんだぞ、ということを知らせる必要性があるんだ(笑)。
メインステージではケイトリン・オーレリア・スミスなどが出演しましたが、アーティストを選ぶ基準は何だったのでしょうか?
dublab周辺のコミュニティのアーティストの中で、それぞれ違う方法で瞑想的な側面のある音楽を作っている人を起用したんだ。アンビエントだけに焦点を当てたいわけではなかった。それに、スケジュールの合うアーティスト、そしてバジェット内に収まるアーティストを選ばないといけなかった。でも僕らが大好きで、オリジナリティのあるアーティストを選んだよ。
ケイトリン・オーレリア・スミスのライヴは素晴らしかったですが、過去にdublabのイベントに出演しましたか?
そうだね、彼女とは過去に何度かコラボレーションをしたことがある。dublabのサロンにも出演してもらった。
インドラディープ・ゴーシュというインド古典音楽のバイオリン奏者も出演していましたが、このアーティストが出演した経緯は?
友人に勧められてブッキングすることにしたんだ。植物園の雰囲気にあった演奏だったよ。
ローズ・ガーデンでは、キャロル・キムというビデオ・アーティストのパフォーマンスもありましたが、あれはどういうコンセプトだったのでしょうか?
キャロル・キムは、昔から友達のビデオ・アーティストで、パフォーマンス・アートとビデオ・アートを融合させていることで知られている。彼女は過去に2回Tonalismに出演している。
彼女にパフォーマンスの内容のアイデアを出したのでしょうか?
過去に彼女とコラボレーションをしたことがあるけど、内容はほぼ彼女に任せたよ。彼女はTonalismのコンセプトをよく理解しているから、特にそこは説明することはなかった。彼女は、会場の構造を利用して、そこにスクリーン、パネルを設置してパフォーマンスを行ったんだ。とてもドリーミーで素晴らしいパフォーマンスだったよ。
今後のTonalismのビジョンは?
もっとスケールの大きいイベントをやってみたいね。さらに大きな会場で実現させてみたい。まだ何も決まっていないけど、これから会場を探さないといけないね。
日本でもTonalismを実現させたいですか?
ぜひやりたいね。すごく楽しみだよ。日本で実現したら、僕はお客さんとして日本に実際に見に行っちゃうだろうね(笑)。
Words: Hashim Kotaro Bharoocha
Photo: Akiko Bharoocha
Edit: Yuki Tamai