ライブに参加する、音楽を聴く、配信動画や出演番組を観る、聖地巡礼をする。 好きなアーティストを応援する方法は多岐にわたり、ファンたちにはそれぞれの楽しみ方、応援のしかたがある。 この企画では、好きなアーティストを応援すること=推し活と定義し、ユニークな推し活のスタイルにフォーカスを当てていく。
今回ご紹介するのは、東京・池尻大橋にあるお店「ザ・銀皿」。 料理をジャンルで括るのではなく、銀皿で括る、というコンセプトのもと2020年10月に中目黒で開店し、昨年5月には池尻大橋に移転。 日々賑わいをみせる店内のBGMは、棚の上に設置されたラジカセから流れている。 耳を澄ませてみると、山下達郎しか聴こえてこない。 そしてどうやら、ラジオ番組からオマージュしたメニューもあるらしい。 オーナーの小田島利成さんの ”推し活” について、話を聞いた。
説明できる小さな喜び
山下達郎といえば、いまや日本のみならず海外でも人気のシティポップの代表格。 昨今のブームで ”再発見” 視点で評価を受けているアーティストも多いが、彼がリリースする楽曲は1980年代からヒットし続けており、常に注目されてきた。 名実ともに最高のミュージシャン、そしてシンガーソングライターである。
TVなどの映像メディアにはほとんど露出せず、サブスク等での配信も基本的には*していない。 しかし、あまりにも有名な「クリスマス・イブ」は1987年度から38年連続で週間シングルTOP100入りを果たし、ツアーのチケットは都市部を中心に入手困難だ( ”山下達郎” “チケット” と検索すると、”当たらない” というサジェストキーワードが出てきてしまうほど、倍率が高いことで知られている様子)。
* 2024年7月時点では、Apple Musicなど一部の音楽配信サービスで山下達郎の楽曲を聴くことができる。 昨年にはYouTubeで公式チャンネルが公開されて話題となった。 しかし再生できるのはごく限定的な楽曲のみで、山下本人は配信について「おそらく死ぬまでやらない」と2022年に発言している。
そんな彼が、30年以上にわたりパーソナリティを務めるラジオが『山下達郎のサンデー・ソングブック』。 山下達郎の楽曲や、彼自身のルーツともいえる50〜70年代を中心に、山下本人によってセレクトされた音楽を楽しめる番組だ。 レギュラーコーナーがいくつかあり、中でも長年人気なのが「棚からひとつかみ」。 彼が集めたレコードがぎっしり詰まった棚の中から、ランダムに曲が選ばれるコーナーである。
ザ・銀皿にはこのコーナーをオマージュした、その名もそのまま「棚からひとつかみ」というお品書きがあるのだ。 もともと小田島さんがこの番組を好きだったこともあるが、このメニューが生まれたきっかけは日替りを「棚からひとつかみ」と表記したら素敵だなと思ったことからだった。 お話を伺った6月はオクラやとうもろこし、みょうがなど、旬の食材を使用した品々がメニューに載っていた。
「気付いてくれる方がいたら嬉しいし、知らない方には説明できる小さな喜びもあります」
小田島さんが山下達郎を好きになったきっかけは、物心がついた頃からやっていた地元のとあるローカル番組のオープニングに使われていた「夜の翼」だった。 大人になった今感じる、山下達郎という人物、そして彼の楽曲の魅力は、職人のように一貫したそのスタイルだ。
「サブスクを(完全には)解禁しなかったり、メディアにあまり出ないところはブレない芯があって格好いいなと。 それでいて、マス層から音楽ガチ層にまで響く楽曲を長年作り続けられていることが素晴らしいと思います。 」
銀皿と山下達郎の親和性
他の場所でもBGMで耳にすることはあるが、毎日の営業で「達郎しばり」にしているお店は珍しい。 そのようなスタイルにした理由は、楽曲と銀皿の相性を見出したことがきっかけだった。
「銀皿には喫茶店や洋食屋さんで使われてるイメージがあってか、老若男女なんだか懐かしさや哀愁を感じる魅力があって、僕の中で勝手にその部分に山下達郎さんの楽曲と親和性を感じています。 あとは、以前サザンオールスターズだけが流れている居酒屋に行ったことがあって。 いまだに店名は覚えてないんですけど、同じように山下達郎が流れている店で覚えてもらえたら素敵だなと思ってます」
「男の子なので。 」
ここで気になるのが、小田島さんがカセットテープにこだわる理由だ。 大半の楽曲の配信はされていないものの、レコードやCDなど音源を購入して、それをパソコンやスマホに読み込んでデジタル化するなど、音源を再生する方法はいくつかある。 言ってしまえばその方が手軽だし、忙しい営業中にカセットの交換をする手間を省ける。 しかしあえてカセットテープとラジカセを選んだ。
「シンプルにラジカセはメカとして格好いいなと思うところもあります、男の子なので。 あとは達郎さんがアナログにこだわっているのであればそのまま受け取って再生するのがシンプルでいいなと思います。 基本的にアナログなことにまだグッときてるので所有欲や収集欲はあります、これもやはり男の子なので。 」
ラジカセをONにして、ラジオやカセットで音を流しはじめる。 すると、「仕事やるぞ」といった気持ちになるという。 小田島さんにとって山下達郎という存在は、モチベーションのスイッチでもあるようだ。
銀皿にあう一品というこだわりの料理とともに、山下達郎の音楽の魅力を提供する。 そんな小田島さんの ”推し活” を味わってみたい方は、ぜひ池尻大橋に足を運んでみてはいかがだろうか。
余談だが、ザ・銀皿が中目黒にあった当時は山下達郎以外の楽曲も流していた。 移転を機に縛りを設けたが、今年の8月はライブに行けそうだということで、期間限定で宇多田ヒカルに浮気するらしい。
ちなみに肝心の山下達郎のライブはというと、「これまで何度か応募しているものの一度も当たったことがなかったんですが、ご縁があって10月くらいのライブに行けそうなので楽しみです」とのこと。 どちらのライブも楽しんでほしい。
Words & Edit:May Mochizuki