トップに君臨するミュージシャンたちは近年、ファンにとって「セラピー的」な存在になっている。
贔屓のミュージシャンの特定の曲が、葛藤や内省の助けになるという経験をした人は多いと思うが、これとはまたちょっと違う。 ミュージシャン自身がセラピスト的存在であり、そのファンたちはいわば、メンタルヘルスの相互補助的なコミュニティとしても機能しているのだ。

今回は、近年のウェルネス・ウェルビーイングの隆興と、トップミュージシャンたちがつくってきた強大なメンタルヘルスの地盤との関係性についてを紐解いてみたい。

NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽とウェルネス、ウェルビーイングにまつわるユニークな情報をお届けします。

大人のセラピー「テイラー・スウィフト版」?

ハーバード大学が、今年の春のセメスターから「テイラー・スウィフトとその世界」という講義をはじめるとアナウンスしていた。 テイラー・スウィフト(Taylor Swift 以下、テイラー)の楽曲を通して、ファン文化やセレブリティ文化を、そして、アメリカにおける思春期、青年期についてを学ぶクラスにするという。

テイラーの楽曲は、ファンたちにとって「思春期、青年期のあらゆる感情や葛藤のプロセスを教えてくれるもの」だと認識されてきた。 同楽曲には、怒りや嫉妬、後悔、内省、喪失など、私生活や実体験をベースにしたあらゆる感情の機微があり、それを社会にむけて明け透けに歌ってきたアーティストだというのが彼女への共通の理解だろう。

そして、近年そう考えるのはスウィフティーズ(テイラーのファンの呼称)やリスナーだけではない。 例えば、米国モンゴメリー群のセラピーグループセンターThe MCCC(The Montgomery Conty Counseling Center)では24-30歳向けの大人のセラピーで、近年 “テイラー版” なるものを始めている。 全8回のセッションで、セッションテーマはテイラーの楽曲「Me」にはじまり「You’re on Your Own Kid」で締めくくる。 同センターの創設者いわく「テイラー・スウィフトの歌は、メンタルヘルスのありかたをわかりやすくする手立てになるんです」。

簡潔にいうと、テイラー自身が自己の内面や葛藤を楽曲を通して曝けだすことで、ファンとの間に感情的な共鳴が起こり、さらには内省や自分と向き合うこと、他者に打ち明ける行為を推奨しているのだという。 また、彼女はデビュー当時からしばしばイースター・エッグ(歌詞やCDに散りばめたメッセージや暗号)を行ってきたが、それによって醸成されたのは「ファン同士の密接なやり取り」だ。 謎解きだけでなく、テイラーの楽曲や歌詞の内容を話し合うことは、自ずとファンたちが自身の経験や感情を吐露しあうことに繋がってきた。
つまり、テイラー・スウィフトというアーティストは、世間に向けて自身の経験や感情を物語ることで自己葛藤と自己受容のプロセスをし続けるお手本となり、メンタルヘルスについてのファン同士の対話の醸成をフレーミングした、ということだ。

なぜテイラー・スウィフトなのか。

なぜ、特にテイラー・スウィフトの楽曲こそが今日のメンタルヘルスの話と通ずるとされるのか。 ミュージシャンの楽曲によって苦い経験や葛藤を乗り越えたり、自分に重ねて癒しとする行為は、近年に限ったことでもスウィフティーズに限ったことではもちろんない。

明確に異なるのは、まず「アーティスト自身がファンにとってセラピスト的存在であること」だ。 リスナー個々人が楽曲によって感情や葛藤をプロセスするだけでなく、テイラー・スウィフトという存在そのものがセラピー的に機能している、という側面があるのだ。 今回深くは触れないが、統計によれば米国におけるテイラーのファンの74パーセントが白人であるが、テイラーは白人という存在とアメリカ的であることの複雑な関係性を築いた歌い手であるともされ、そういった意味からも根強い共鳴があるのだろうと思う。

もう1つの要因は、Z世代とアーティストの関係性との違いからみてみたい。 かつてなくメンタルヘルスへの意識が強いとされるZ世代は、ミュージシャンに精神的な共鳴を求めているといわれる。 そもそも音楽を聴く動機について、調査対象の80パーセント以上が「気分を変えるため/メンタルを平常に保つため」と回答する(YPlus調べ)ものもあり、音楽に求めるもの・アーティストに求めるものに自ずと「メンタルヘルス」が含まれているといっていい。 ここ4-5年の代表的な例には、最年少でグラミー賞4部門を受賞したビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)があげられるだろう。 コロナ禍で翻弄され “最も絶望的な世代” といわれた当時の10代、20代半ばにとって「孤独、絶望、わかりあえなさ」を歌った彼女の多くの楽曲は時代的な共感を生み、彼女の存在は「世代の代弁者」とされてきた。 ビリー・アイリッシュも楽曲を通じてセラピー要素をもたらしていることは間違いないが、ここにもう1点、テイラー・スウィフトという存在がよりセラピスト的たり得る、メンタルヘルスの醸成を担っている要因がある。 それは、テイラーの楽曲は特定の世代性をはらむものではないこと。 どちらかといえば歌う内容は、言葉選びはユニークだが汎用性が高く、思春期・青年期のありそうな内容であり、世代の代弁者では決してなく、より多くの人が共感しやすい。

さらにもう1つ決定的な要因をあげるとすると、ファンダムを醸成したタイミングと、テイラーがトップミュージシャンとして君臨し続けている期間にある。

ファンコミュニティは「メンタルヘルスの相互支援システム」

テイラーのファンはワールドワイドで、例えば昨年の〈The Eras Tour〉のワールドツアー唯一の東南アジアのコンサート会場には30万人のファンが周辺から駆けつけている。 同コンサートの最終日にAFP通信がファンに取材を行っているが、その回答に興味深いものがちらほらあった。 33歳の女性は、高校生の頃にテイラーのファンになって以降、失恋をはじめ辛いことを乗り越えるときにはいつも彼女の曲があったと振り返り、こう述べている。 「テイラーの曲には、女子が乗り越えていく全てのことが詰まっている。 テイラーは私たちの無給のセラピストです」。

他の回答もみていくと、自分らしくいられる、自分自身を愛することを教わる、といったものが多くみられた。 また、10代でテイラーの楽曲を聴き始め、20代後半、30代まで聴き続けているという人も多くいるという事実。 つまり、多感な時期から青年期を通してあらゆる自己葛藤や受容とともにテイラーがいたとすると…これだけ強大な存在のアーティストはいないだろう。 いまの20代後半、30代の女性にとって過去8-9年はフェミニズムの起こりを体験しながら、急速にセルフアウェアネス(自分と向き合うこと)の重要さを痛感してきた年月でもある。 そこにトップアーティストとして君臨し続け、自己の内面を歌い続けてきた点は、現在の他のセレブリティアーティストと比較したうえでも、特にテイラーのファンコミュニティが突出して強靭であることにも繋がっていることは間違いない。

テイラーという存在がセラピー的である所以は、まず自身が自ら自己葛藤をプロセスするお手本となり、リスナーに自身の苦しみや葛藤を受容することを勧め、ファンコミュニティ内でメンタルヘルスについて話し、ファン同士でサポートし合う土壌をつくってきた、ということ。 テイラーのファンの数がとんでもなく広大(米Forbesが引用したモーニングコンサルタントの調べによれば米国の成人の半数パがテイラーのファンを自認しているという報告も)であることを加味すれば、単純に「多くの10代が成人になる過程でメンタルヘルスについて話し、他者と話し合うきっかけをつくった」と言い換えていい。 今日のメンタルヘルスの隆興は、このトップミュージシャンによって大きく醸成されてきた側面があるといえるのだ。

次のアーティストは誰か

テイラー・スウィフトのファンがミレニアル世代以上であるのに対し、次のZ世代以降のセラピー的存在としては、オリビア・ロドリゴ(Olivia Rodrigo 以下、オリビア)があげられる。 ちなみにオリビアは自身を熱心なスウィフティーであると公表しており、楽曲制作にも強く影響を受けてきたとしている。 2021年にデビュー・シングルで国内外で異例のヒットを飛ばし、ストリーミングサービスでも数々の歴代新記録を打ち立てながら最速でスターダムを駆け上がった彼女とファンコミュニティのあり方には、楽曲の性質からもテイラーと似たものがあるといわれる。 違いとしては、オリビア自身が有色人種であること。 葛藤やジレンマなどを含めて、より若い世代が大前提として重要視する社会的な観点を含めて歌っていると感じるファンは多い。 いま10代を子にもつ親世代には「子どもを理解するためにオリビアを聴いている」というリスナーも多いらしい。

近年のトップミュージシャンとファンのコミュニケーションが、メンタルヘルスのコミュニケーションのあり方に強大な影響をあたえているとすると…これからどんなアーティストがトップになっていくかはウェルネス・ウェルビーイングの観点からもより重要になってくるといえるだろう。

Words:HEAPS

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