音の渦に体を浸からせ、ストレス軽減やリラックス効果を実感できる音浴、サウンド・バス。

最近ではパンデミックの影響もあって癒しの需要は右肩上がり。直接会わずとも人々に癒しを届けたいと、YouTube配信やInstagram Liveを遠隔でおこなうサウンド・バス・アーティストをよく見かけるようになった。

しかし、サウンド・バスの醍醐味といえば、その空間で生の音色と空気の振動を体験すること。「デバイスを介する遠隔配信でも人を癒せるのか?」。遠隔サウンド・バスのプロにずばり聞いてみる。

「機材・時間・労力を惜しまなければ、確実に癒せます」

答えはYES。

「適切な音響機材を使い、正確な音を届けることができれば、確実に癒せる」らしい。ではこれにて終了! …これじゃあせっかく取材した意味がないので、まだ終わりません。せっかくだし、PCや携帯を通してもサウンド・バスの生の音を忠実に聴くための最適な音響環境も知りたい。

今回話を聞いたのは、Travis Schumacher。シアトルを拠点に活動するサウンド・セラピストで、YouTube配信やInstagramライブが流行る少し前の2018年からYouTubeチャンネル「Healing Vibrations」を開設していた。
ハリウッドやAmazonで映像関連の仕事をしてきたDrew Griffinを相棒に、動画を介しての遠隔サウンド・バスを配信中。YouTube内の検索バーで「Sound Bath」と調べると、ヒットするほとんどがTravisの動画という人気ぶり。

サウンド・バス・アーティスト、Travis Schumacher(トラヴィス・シューマッハ)。
サウンド・バス・アーティスト、Travis Schumacher(トラヴィス・シューマッハ)。

20万人以上のチャンネル登録者を持つTravisの動画は、そのほとんどが1時間以上。なかには3時間ぶっ通しで演奏する動画や、一番長いものではなんと10時間にも及ぶ動画もある。そして、なんといってもその「音質」。低音から高音まで、まるで数メートル先で実際演奏されているかのような温度のある音のテクスチャーを、デバイスを通して届けている。ビジュアルにも抜かりはないようで、画質が良いのはもちろん、動画ではカラフルな色や光を取り入れており、視覚的リラックス効果を大切にしているのもわかる。

遠隔サウンド・バスに熟達する玄人。話を聞くために連絡をして見ると「喜んで。ちなみに僕たちが録音の際に愛用しているマイクはAudio-Technicaのもの。運命感じちゃうね」。

遠隔取材では、2人(トラヴィスとドリュー)と2匹(2人の愛犬)が待っていてくれた。

演奏するスタジオの様子

二人の犬たちも参加してくれるとは、嬉しいサプライズ。TravisとDrewはどういう仲なんでしょう。

Travis:家が隣同士で、生まれたときからの大親友なんです。僕はもともとシアトルのフォーシーズンズホテルで、サウンド・セラピストとしてサウンド・バスと瞑想のセッションをおこなっていた。当時DrewはYouTubeチャンネルを始めたいと話していて「じゃあ一緒にサウンド・バスのチャンネルを作ろう」という流れに。

対面でのサウンド・バスもおこなっていたのですね。

Travis:フォーシーズンズホテルでは5人から10人の小規模クラスを、サマーフェスティバルでは100人の大規模セッションをおこなっていましたよ。

大小問わず様々なセッションの経験者。YouTubeチャンネルは具体的にどのように始めましたか。

Travis:チャンネルをつくるにあたりリサーチから開始しました。YouTubeにはすでにチベタン・シンギングボウルやクリスタルボウルを使ったサウンド・バスのコンテンツはたくさんあったけど、どれも映像には静止画を用いていて、実際に演奏している動画はなかったんですよ。これはチャンスだと、2018年にチャンネルをスタートしました。

それまで、いち視聴者としてサウンド・バス動画はチェックしていた?

Travis:実はリサーチのために見たのが初めて。いろんなサウンド・バス・アーティストがいるなぁと思いながら見ていたんだけど、そのほとんどの演奏はスムーズではないし、音質はザラザラしていてどこか耳障りだった。彼らの多くは、シンギングボウルの演奏に硬いマレット(打楽器を演奏する際に用いられるヘッドの付いたバチ)を使用している。それがザラザラした音の原因で、聞いているのが不快でした。

遠隔だからこそ、デバイスを通してでも実際の音になるべく忠実な音を届けるのは重要です。音響面でのこだわりや工夫ポイントはどこですか。

Drew:実際に同じ空間にいるように感じさせるための、マイクの設定と配置です。
Audio-Technicaのマイクはこれまで使用した中で一番優れている。正しいセットアップができれば、対面のサウンド・バスで体験できる「海のなかで波に洗われるような感覚」を味わうことができます。

使用している録音機

遠隔なのに対面サウンド・バスのような感覚を味わえるとのこと。どのくらい実際の音に近いのでしょうか?

Travis:パンデミック直後、毎日世界中のサウンド・ヒーラーから「どうやってそんな上質な音を出しているのか教えてほしい」とメッセージが殺到したくらいです。

サウンドのプロも知りたがるクオリティ!

Travis:YouTubeの動画で使っているすべての機材をリスト化し、提供しました。

真摯…。ライバル増やしちゃうんじゃないですか?

Travis:世界ではたくさんの人が癒しを必要としている。たまたま見た動画の音質が良くなかったせいで「サウンド・バスは好きじゃない」と思われるのは悲しいじゃない? 必要な音響機材を揃えれば、より多くの人がサウンド・バスを楽しめますから。

その精神に脱帽です。音へのこだわりは、それぞれの動画で目的別に設定する周波数でも見てとれます。たとえば、ディープな瞑想のための動画のサウンドは「Low Frequency(低周波)」に、頭を冴えさせるための動画のサウンドは、かのMozartも意識したといわれるリラックス周波数「432Hz」に設定している。

Travis:低周波の場合は、C、D、E、Fなど、低い音程を使用しています。重たい音になるのでリラックスした気分になれる。逆に432Hzなどの高い周波数では、音も高く、高揚した気分になれます。そのため高い周波数は睡眠用には取り入れない。逆に、目覚めさせちゃうかもしれないですからね。

低周波サウンドは、深い瞑想のため。
リラックス周波数432Hzのセッションは、頭をすっきりさせるため。

先ほどDrewが言っていたように、音質にはマイクの設定と配置が重要とのことですが、微妙な周波数をもそのままに届けるために、どのような準備が不可欠ですか。

Travis:撮影前のサウンドチェックを欠かさないこと。録音機でマイクの音の読み取りを確認し、左右のマイクのバランスを調整。高い周波数のサウンドを出すときは、速度に気をつけ、優しく柔らかく演奏する。もし速く激しく演奏すると、耳を覆いたくなるほど鋭く聴こえてしまうから。

Drew:科学的にこれが正解、というのはないですけどね。いくらTravisのクリスタルボウルがすべて一定の周波数にチューニングされていたとしても、その音がマイクを通過し、録音機に取り込まれ、異なる種類のスピーカーからアウトプットされれば、生の音とまったく同じ音や周波数にはならない。でも僕らは僕らのやり方で、できる限り良い音にするべくベストを尽くしています。

視聴者をスムーズに瞑想状態へと誘うための、演奏・音選びの工夫なんかも教えてほしい。

Travis:毎回の撮影前には、どんなタイプのサウンド・バスをつくりたいのかをドリューと話し合い、毎週1時間分のサウンドプランを立てています。たとえば現在、ヨガのためのサウンド・バス動画を制作している途中なのですが、20秒から30秒間は同じ音調をキープし、ポーズを変えるタイミングで音調を変える、などのプランを立てています。

楽器の選定についてはこだわりはありますか? 定番クリスタルボウル以外にも、落ち着いた音を出すコシチャイムや、ゴング、シェイカーなどが出てきますが。

Travis:それぞれの楽器は、異なる思考や異なる感情を刺激することができるので、これらすべての楽器を混ぜ合わせています。

遠隔配信でも、実際に聞いた時と変わらないサウンドを持つ楽器などもあるんでしょうか。

Drew:本当に良い音を届けるためには、技術的な挑戦がつきものです。Travisは7、8種類の楽器を使用します。たとえば同じ動画内で、低周波のゴングと高周波のチャイムを一緒に演奏するとき、真逆の両サウンドを最適に届けるのはものすごく難しい。そんな時は、周波数が高く音が大きく聞こえるチャイムを通常より控えめに演奏してもらう。そうすることで動画では正常に聴こえます。こうしてバランスを取るんです。

Travis:コシチャイムを鳴らす時は、指先でほんの少し触れるようにしています。レインスティック(小石や豆の入った、雨が降るような音を出すチューブ型の楽器)は大きく聴こえがちなので、優しく演奏する。

コシチャイムを持つTravis

細かい計算とこだわりであのハイクオリティ・サウンドを配信しているのですね。パンデミックの影響でYouTube配信やInstagram Liveをするサウンド・バス・アーティストが多いなか、Travisの動画は、視覚的にも魅力的です。

Drew:ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい。Travisも話していた通り、YouTubeにはすでにサウンド・バスのコンテンツはたくさんあったけど、静止画を用いているものがほとんどで動画にこだわったものは少なかった。サウンド・バス体験の半分は、ビジュアルによるものなんです。このポイントを見逃している人が多かった。僕らの目標は、音楽と同じくらいリラックスできる映像をつくること。対面サウンド・バスではその場の空間や雰囲気が重要だから、それを遠隔サウンド・バスでも再現したかったんです。

Travis:特定の色には特定の感情を刺激する役割があります。動画では、それぞれの目的を果たすため、そしてサウンド・バスによる効果を高めるため、照明を組み合わせています。

動画の長さが気になります。平均1時間以上、長いものは10時間にも及ぶ。10時間は長すぎじゃ…?

Travis:視聴者からの要望が多かったんですよ。YouTubeって動画が終わると次の動画が自動的に流れることもあるでしょう。せっかく僕の動画でリラックスしてくれたのに、別の動画のせいで気が散ることがないようにしたいなと思って。

実際に10時間ぶっ通しで演奏している?

Travis:ははは、さすがにそれはないです。編集しています。チャンネルを始めたばかりの頃は、演奏のためにずっと腕を上げっぱなしにしていることができず、10、15分ごとに撮影を中断していた。いまは練習のおかげで3時間ぶっ通しでできるようになりました。

3時間でもじゅうぶんすごい。

Travis:シンギングボウルの不思議なところは、演奏していると時間があっという間に過ぎてしまうこと。いつも「あれ、もう終わる時間だ」という感じです。腕さえ上がれば、10時間だってできちゃうと思う。

コシチャイムとシンギングボウルを演奏するTravis
シンギングボウルを演奏するTravis
Travisの瞑想の様子

こうした演奏時間が長い動画は、視聴回数がズバ抜けて多いですよね。対面では10時間も演奏することはないのに、なぜ遠隔では需要があるのだろう。

Travis:サウンド・バスだけに集中するのではなく、やるべきこと、やりたいことをしながら、他の音楽のようにBGMとして聴けるから。洗濯しながらとか、掃除をしながらとか。

ながら聴きでいいんですね。対面サウンド・バスだと、瞑想に集中するため携帯を持ち込まないセッションが多いけど、遠隔サウンド・バスで視聴者に守ってほしいルールはありますか?

Travis:ないですね。対面の場合は、サウンド・バス体験に100パーセント集中して参加するので多くのルールがありますが、遠隔の場合はながら聴きするという選択肢もある。どんな服装でもどんなメンタル状態でも、問題なしです。

100パーセント集中したい場合はどういった音響環境がいいんでしょう。やはり高性能なスピーカーが必須?

Travis:ヘッドホンで聴くことを強くお勧めします。ヘッドホンは音にどっぷり浸かるような体験を生み出してくれますから。パソコンやスマホのスピーカーから聴く視聴者が多いと思いますが、それでは実際のヒーリング効果をじゅうぶんに体験することはできない。僕らは録音の際にマイクを2つ使っているから、ヘッドホンの右と左からそれぞれ音が聴こえるようになっている。あたかも実際に同じ空間でサウンド・バスを体験しているかのような臨場感を味わうことができるんです。

ヘッドホンでいいんですね。

Travis:重厚な反響と重低音を出すすぐれたスピーカーであれば、対面のような素晴らしい体験をすることもできます。Drewは毎回の録音後、編集時にパソコン、ヘッドホン、スマホのそれぞれから音を確認している。そして周波数を調整し、どのデバイスからでも違和感なく聴けるようバランスをとる。けれどやっぱりヘッドホンに勝るものはないですよ。

ぜひAudio-Technicaのヘッドホンで試してみたい。

Travis:実際、録音後に確認のためパソコンから聴くと「全然ダメじゃん」と思っていても、ヘッドホンから聴くと「全然イイじゃん」なんてこともある。サウンド・バスの効果を得るには、どのデバイスから音を聴くかが重要になります。

いいこと知れました。視聴者についても知りたいです。どんな反応や実体験の声が届きますか?

Travis:最も多いのは「感情の解放を体験した」という声。理由はそれぞれでしょうが、泣き出す人が多いらしいです。それから、多くの人が睡眠のために使用しています。「人生で最高の睡眠ができた」なんて声もある。興味深いのは、明晰な夢を見たという体験。「夢を見たことがなかったけど、サウンドバスを聴いた後は深い夢を見た」なんてフィードバックもありますね。ストレスやトラウマを抱えるペットに聴かせる人も多い。

TravisとDrewも、自身の愛犬を参加させた「Sound Bath for Dogs」というユニークな動画も配信していますね。別の動画には「サウンド・バスを流すと、耳が聞こえない愛猫はいつもスピーカーの近くで眠り喉を鳴らす。きっと振動が大好きなんだと思う」というコメントも見つけました。

Travis:実は、僕の両親も耳が聞こえないんです。

だから手話を用いたガイド付き瞑想という動画があるんですね。

Travis:そう。前に両親に1.5メートル先に立ってもらい、僕がシンギングボウルを演奏するという実験をした。すると彼らは音の振動を感じ、深い癒しを感じることができました。

振動から癒しを。

Drew:Travisのお母さんはね、スピーカーに手を置いて、僕らのサウンド・バスを聴いてくれているんです。

それは嬉しいですね。さて、今日の取材で明らかにしたかったことを改めて。ずばり、遠隔サウンド・バスでも人を癒せる?

Travis:確実に癒せる。これは視聴者からのコメントやメッセージを見れば一目瞭然。ただ、僕たちは「あなたを癒します!」と主張しているわけではなく「聴いている間に感情の整理を手助けするプラットフォームを提供しています」という心構えです。
実際、僕自身も傷心の時に自分のサウンドバスを聴くのですが、突然泣き出してしまうことがある。「泣きたいのだし泣かせてあげよう」と感情に身を任せるのです。泣いた後は気分がスッキリする。サウンド・バスを聴くまでは自分に泣く必要があったなんて思ってもみなかった。

サウンド・バスの醍醐味って、同じ空間で生の音や空気の振動を感じることだと思ってました。最近ではパンデミックの影響で、みな癒しを求めています。今後、遠隔サウンド・バスは増えると予想しますか?

Travis:増え続けていくと思います。現段階で対面サウンド・バスをおこなっているところはあまりないですし。この状況が変わらない限り、オンラインにシフトするサウンド・バス・アーティストは増えると思う。

遠隔サウンド・バスの心得を最後に。

Drew:良質な録音をおこなうことは、容易ではありません。録音前に、機材の設定をしっかりすること。僕らの場合、毎回少なくとも2時間は準備に費やします。その後、音を正しく届けるためさらに編集に時間をかける。簡単に見えるかもしれないけど、いいものを発信したいなら機材、時間、労力の投資を惜しまないこと。

Travis:本当に大変な作業です。でもだからこそ、僕たちはお互いの存在に感謝している。撮影は隔週の木曜日。いつもクリエイティブなサウンド・バスを世界に発信するのを、待ち遠しく思っています。

手を合わせるTravis

あなたにとって、アナログとは?

僕たちの活動でいうと、アナログとは対面でのサウンド・バスを、デジタルとは遠隔でのサウンド・バスを指すんじゃないでしょうか。アナログのサウンド・バスは間違いなくすばらしいし、みんなに経験してもらいたい。でもアナログのサウンド・バスへのアクセスが限られているいま、デジタルのサウンド・バスも、いいオプションだと思う。YouTubeを見るだけで同じ体験と同じ効果を得ることができますからね。

Travis Schumacher/ トラヴィス・シューマッハ

米シアトル拠点のサウンド・セラピスト。2016年にシンギングボウルに触れ、フォーシーズンズホテルやフェスティバルにて演奏するように。18年、フィルムメーカーのDrew GriffinとともにYouTubeチャンネル「HealingVibrations」を開設。サウンド・バスの動画を通し、画面の向こう側の視聴者に癒しの音色を届けている。チャンネル登録者数は20万人以上。

Drew Griffin/ ドリュー・グリフィン

シアトル拠点のフィルムメーカーで、「Healing Vibrations」の共同開設者。ハリウッドでのビデオ編集やAmazon Prime Videoでのプログラムマネージャーとしての経験を持つ。

HP

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Photos : Travis Schumacher & Drew Griffin
Words : HEAPS

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