「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、最近<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。

デヴィッド・シルヴィアンの軌跡を辿れる3枚組

英ロック・バンド、ジャパン(Japan)の元リード・ヴォーカリストで、67歳になる現在も精力的に音楽活動を続ける傍ら、写真家としても才能を発揮するデヴィッド・シルヴィアン(David Sylvian)。先頃リリースした3枚組LP『Everything & Nothing』は、ジャパン時代の楽曲のリミックスや、半ばジャパン再結成といってもよいバンドのレイン・トゥリー・クロウ(Rain Tree Crow)、Virgin Records時代のソロ名義のアルバムからの抜粋等、これまでの音楽活動の中から選りすぐった楽曲を集めた全29曲のコンピレーション盤だ(CDでは2000年10月に発売済み)。坂本龍一やキング・クリムゾン(King Crimson)のロバート・フリップ(Robert Fripp)、デヴィッド・トーン(David Torn)、マーク・リボー(Marc Ribot)などが共演者に名を連ねている。3つ折りのアルバムのアートワークを手掛けたのもシルビアン自身だ。

デヴィッド・シルヴィアンの軌跡を辿れる3枚組

本アルバムを購入し、自宅システムで聴いていて「音のいいアルバムだな」と感じたのだが、インナースリーブのクレジットを見て合点が入った。英Abbey Road Studiosを根城とするマスタリング・エンジニアのマイルス・ショーウェル(Miles Showell)がLPのカッティングを担当していたのだ。

マイルス・ショーウェルは、ビートルズ(The Beatles)の一連のリマスタリングアルバムや、ザ・フー(The Who)の諸作などを手懸ける一方で、「ハーフ・スピード・カッティング」を駆使できる今日希有なエンジニアだ。設備はもちろん、通常の2倍以上のカッティング時間を要するその制作に取り組むのは容易ではない。今回採り上げたデヴィッド・シルビアンのレコードがハーフ・スピード・カッティングで実施されたか否かは、残念ながらアルバムのどこにも記述が見付けられなかったが、スタジオ常設のNeumannのカッティングマシンVMS80が使われたことは確かであろう。

Disc1/SideB-1のリミックスされた「Ghosts」

Disc1/SideB-1のリミックスされた「Ghosts」を聴くと、ジャパン時代のオリジナル楽曲に比べて、一層怪しげな雰囲気になっているのがわかる。通奏低音のように聴こえるシンセサイザーのメロディーが重厚なムードを生み出し、シルビアンの声の妖艶さを一段と濃密にしているようだ。

Disc3/SideF-4の坂本龍一が手掛けた「Bamboo Houses」もリミックスされており、これまたさらにシンフォニックな様子で、無国籍感が色濃い。オーバーラップする日本語の語りは坂本自身だろう。ハーモニー/リズムの乗りは、まぎれもなく “教授” のそれだ。

私は本作のオリジナルCDを聴いたことがないが、現在は入手困難である。この3枚組LPは、それをわざわざ探さずにも満足できる音質だ。装丁も丁寧かつ美しく、所有する喜びも満たしてくれる。

Words:Yoshio Obara

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