「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、最近<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。

ジャズ界注目のシンガー

弱冠23歳にして、次代のジャズ・ヴォーカル界の期待を一身に集めるのがサマラ・ジョイ(Samara Joy)だ。米NY生まれで、祖父母や父がゴスペル・シンガーというサラブレッド。2019年、州立大在籍時にエントリーした「サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ヴォーカル・コンペティション」で優勝し、21年にマット・ピアソン(Matt Pearson)のプロデュースにて、ギタートリオ編成のバックでデビュー作『Samara Joy』をリリース。今回採り上げた『Portrait』は、ジャズの名門レーベルVerve Records(ヴァーブ・レコーズ)と契約してのセカンドアルバムである。

サマラは2022年リリースのファーストアルバム『Linger Awhile』を引っ提げ、第65回グラミー賞で最優秀新人賞と最優秀ジャズ・アルバム賞の2部門を獲得、さらに翌年の第66回グラミー賞にて最優秀ジャズ・パフォーマンス賞を受賞している。このセカンドアルバムはじっくりと時間をかけての、まさしく満を辞してリリースされたものといってよい。

プロデュースはグラミー賞の常連でもあるベテラントランペッターのブライアン・リンチ(Brian Lynch)で、サマラ自身も共同プロデュースに名を連ねる。バックを勤めるのは、この1年ほどの間に彼女と旅したツアーバンドのメンバー。アルトサックス等4管編成の彼らと繰り広げる濃密なサウンドが聴きどころとなっている。


この高音質の後ろ盾となっているのが、録音にあのVan Gelder Studioが使われたことだ。伝説の同スタジオの主人ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)は既に他界から数年が経っているが、米ニュージャージー州イングルウッドクリフスにあるそのレガシーを現在引き継ぐのが、女性エンジニアのモーリン・シックラー(Maureen Sickler)。ゲルダーと親しかったトランペット奏者ドン・シックラー(Don Sickler)の奥方である。1986年から唯一のアシスタントとしてゲルダーに仕えたモーリンは、ゲルダーの録音手法を知る唯一にして最大の伝承者。私の印象では、師匠のゲルダーに比べてステレオイメージの立体感をより尊重したような録音に感じられる。天井の高いスタジオのナチュラルなアンビエントを積極的に活用している感覚だ。


伸びやかで艶っぽいサマラの声質が素晴らしい「Reincarnation Of A Lovebird」は、ベースの巨人チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)の曲にサマラ自身が詞を付けた。自ら「5番目のホルン」と語る通り、声と4管とのブレンド感が素晴らしい。無伴奏で歌われる冒頭部の鮮明でナチュラルな声の定位感や質感と、楽器の明晰な音場レイアウトが浮かび上がるようなサウンドだ。

「Autumn Nocturne」でのサマラは、分厚いブラスアンサンブルを背にしっとりと、しかも堂々とした歌唱を見せる。彼女が敬愛しているというサラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)をはじめ、エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)やビリー・ホリデイ(Billie Holiday )のスタイルを正統に継承したアプローチが感じ取れる。

サマラの横顔を捉えた絵画のジャケットも素敵な、見てよし、聴いてよしのアルバムである。

Words:Yoshio Obara

SNS SHARE