「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、最近<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。
円熟のブラジル音楽を堪能できる一枚
米ウェストコーストを拠点に活躍する2人のミュージシャン、ギタリストのリー・リトナー(Lee Ritenour)とキーボーディストのデイブ・グルーシン(Dave Grusin)は、実に半世紀以上も共同作業を続けている。 70年代半ば頃から知られるようになった2人は、渡辺貞夫のアルバム参加などを通じて日本でも認知が広がり、後にビクター/JVCからダイレクト・ディスク*をリリースして人気に火が付いた。 ソロ活動においても、リトナーは多くの邦人ミュージシャンをサポートしてきたし、グルーシンは映画音楽で多くのアワードを獲得している。
*ダイレクト・ディスク:演奏をテープに録音せず、直接原盤に刻み込む「ダイレクト・カッティング」方式で録音が行われたレコードのこと。 テープへの録音や編集による音質の劣化を避けることができるため、高音質の録音が可能となる。
そんな2人が双頭名義で久しぶりに放ったアルバムが、米Candid Records(キャンディド・レコード)からリリースの『Brasil』だ。 録音時期の詳細は不明だが、ブラジル/サン・パウロのスタジオにて、現地ミュージシャンを集めて収録された模様。 9曲中4曲にヴォーカリストを招いているのもセールスポイントだ(ポルトガル語で歌唱)。 先行のCDに続き、遅れること約2ヵ月でLPが先頃リリース。 同盤がすこぶる音がいいので紹介したい(録音エンジニアの大御所ドン・マレー(Don Murray)の手腕も大きいはず)。
軽快なリズムが印象的なA面1曲目「Cravo e Canela」は、ハーモニカとヴォーカルをフィーチャーしたリズミカルなサンバ。 骨太なベースラインに乗って、涼しげなパーカッションと共にリトナーのギター、グルーシンのピアノがメロディーを連ねていく。 声や楽器のそれぞれがナチュラルな質感を伴ってステレオイメージの中に克明に定位する。
およそ40年前からの続き
かつてグルーシンは、高音質アルバムを多数輩出したレーベルGRP Recordsを主宰していた。 リトナーは同レーベルから多くの傑作をリリースしている。 この2人のコラボ レーション、なおかつブラジル愛の端緒といえるのが、85年に同レーベルから発表の『Harlequin』だ。 同作はその年のグラミー編曲賞を獲得し、名盤と称されている。
今回採り上げた『Brasil』は、いわば約40年ぶりのその “続編” なのである。 具体的には、『Harlequin』の最大のセールスポイントであった、ブラジルを代表するヴォーカリストのイヴァン・リンス(Ivan Lins)が再び本盤に参加しているのも話題だ。
そのリンスがフィーチャーされたA面4曲目「Vitoriosa」は、スローなバラード。 ピアノに導かれるように歌い始め、やがてストリングスが加わり、デュエットの女性ヴォーカルが重なると、一気にアダルトなムードに。 テーマの美しい佳曲で、夕日の沈む海辺にて、磯の残香でも味わいながら聴きたくなる。
リトナー72歳。 かつて貴公子と呼ばれた名ギタリストも、前頭葉がだいぶ広くなった。 グルーシンに至っては、実に御歳90である。 そんな2人がここに濃密なコラボレーションにて旺盛なブラジル愛を綴ったのである。
老いてなお盛ん。 人はそれを円熟というが、それにしても、音がいいにもほどがある。
Words:Yoshio Obara