「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、最近<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。

初のLP化で話題に

今年7月に長かった沈黙からの復帰ライブを予定している中森明菜。 昭和歌謡の女王の復活を心待ちにしていたのは、長年の熱心なファンならずともきっと大勢いることだろう。 斯くいう私もその1人。 歌が上手いだけでなく、ハスキーなその独特の声質を活かした表現力の深さは、全盛期のアイドル時代から頭抜けていた。 彼女の歌唱は、聴く者を引き付けて止まない強大な求心力を持っているのだ。

そんな中森明菜のワーナー時代のシングル曲を中心とした人気シリーズ「歌姫」の一連のアルバムが、24年初頭にユニバーサルミュージックから初LP化されて話題となっている。 私も早速買い求めたが、その中の一枚『歌姫 ダブル・ディケイド』が実に音がいいので、本連載の記念すべき第1回目に紹介したい。

『歌姫 ダブル・ディケイド』が実に音がいいので、本連載の記念すべき第1回目に紹介

盤の外周側が使えるために高音質が期待できる

本アルバムのオリジナル・リリース(CD)は2002年12月で、往年のシングルヒットを多数集めた、いわゆるセルフカバー集だ。 デビュー20周年の節目のベスト盤という言い方もできる全14曲収録で、ビッグバンドからタンゴ、サルサ、ボサノバ、ストリングスオーケストラなど、原曲のイメージから大きく異なる斬新なアレンジと編成による伴奏で録音されている点も特色だ。 LPはレギュラープレスながら2枚組の体裁で、片面当たり3曲から4曲収録という余裕のカッティング。 盤の外周側が使えるために高音質が期待できるのである。

アルバムジャケットは、ピンク色のロングドレスの中森明菜をモチーフとしたイラスト風(コンピューター・グラフィック!?)で、米コメディ映画『ロジャーラビット』に登場するグラマラスなキャラクター、ジェシカ・ラビットへのオマージュかもしれない。

アルバムジャケットは、ピンク色のロングドレスの中森明菜をモチーフとしたイラスト風

手を伸ばせば触れられそうなヴォーカル音像

真っ先に採り上げたいのは、キャリア初期の大ヒット曲で、来生えつこ/たかお姉弟による「セカンド・ラヴ」だ。 コ・プロデュースも担った武部聡志(ユーミンのコンサートツアーのキーボード兼音楽監督を務める)によるジャジーなムードのアレンジが、オリジナル発売当時には背伸びをした少女の心情を思わせるのに対し、実に大人っぽい世界観に変わっていて驚かされる。 アコースティック楽器を中心とした伴奏もなかなか渋く、音色はリアリスティック。 手を伸ばせば触れられそうなヴォーカル音像も生々しい。

井上陽水の作詞作曲「飾りじゃないのよ涙は」は、84年の大ヒット曲。 オリジナル曲はテンポのよいロック調の編曲が施されていたが、ジャズ・トロンボーン奏者の村田陽一のアレンジは、分厚いアンサンブルを活かしたビッグバンドジャズ。 重厚かつダイナミックな響きを背にした中森明菜の歌唱が堂々としており、さすがの貫禄を感じる。

86年に大ヒットして代表曲のひとつになった「駅」は、マイナーコードで繰り広げられる切ない恋歌。 そのムードを尊重しながら再編曲をしたのは、ドラマや映画音楽の作曲家としても知られる千住明(『歌姫』シリーズすべてに関わっている)。 微かにリヴァーブが付加された声のニュアンスに華美な装飾感はなく、それでいてリッチなムードもあって、仏映画のワンシーンを彷彿させるようだ。

『歌姫 ダブル・ディケイド』の収録曲一覧

CD発売当初、私は本作を仕事用のリファレンス音源としてしばしば音質チェックに使っていた。 もちろん音がよかったからなのだが、その秘密の一端は、マスタリング時に使用されていた “セシウム・アトミック・クロック” にあった。 通常の水晶発振子の1000万倍もの高精度を誇り、それがデジタル音源制作時にさらなる高音質をもたらしていたのだが、本LPのライナーノートにはそうした記載がどこにも見当たらない。 したがって、どんなマスター音源を使って本LPが作られたかは不明なのだが、改めてマスターを作り直したとは考えにくく、前述のクロックを使った音源が使われた公算が大。 本LPのサウンドパフォーマンスは、その恩恵を受けているに違いないのだ。

でなければ、音がいいにもほどがある!

Words:Yoshio Obara

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