先日、映画版『AKIRA』のサウンドトラックの作曲を務めたことでよく知られる芸術家/科学者、山城祥二が主宰する芸能山城組をフィーチャーしたショートドキュメンタリーフィルム『音と文明』が公開された。

同作の主題となっているのは、山城祥二並びに山城組のあらゆる活動に通底している「ハイパーソニック・エフェクト」と呼ばれる、熱帯雨林などの自然で響き渡り、アジアの伝統楽器から放たれる超高周波の効果とその意義である。 人間のストレスの元凶となっている行き過ぎた近代化による音の問題に対して、山城組は警鐘を鳴らし、『音と文明』は「糸口」となるハイパーソニック・エフェクトの説を、確かなものへと近づけてくれる。

ストレスを増幅させる、都市の「聞こえない」低音

「ハイパーソニック・エフェクト」とは……
人間の可聴領域の上限である20,000Hzより高く、人には聴こえないため、CDなどではカットされている超高周波の音。 しかし、人が類人猿から進化した環境と言われている熱帯雨林やガムラン、尺八など、非西洋の楽器にハイパーソニックは多分に含まれている。 大橋力(山城祥二の本名)氏の研究により、その音のポジティブな効果が認められ、現在ではハイレゾオーディオ等に取り入れられ、人に聴こえないはずのハイパーソニックが見直されている。

人間の耳には認識できない/聞こえない周波数帯域がある。 人によって多少の差はあるが、20〜20,000Hz(約10オクターブ)が人間の一般的な可聴域で、人の声は男性であればおおよそ500Hz、女性であれば1,000〜2,000Hzだと言われている。

細かくなってしまうためひとつひとつの説明は避けるが、バスドラムやベースをまとめて「低域」と呼んだりするように、西洋にルーツがある近代楽器にはそれぞれ出せる帯域があり、そのアンサンブルで音楽、リズムは成り立っている。 様々な楽器の中でも特に帯域幅が広いのが教会に鎮座している荘厳な倍音を奏でるパイプオルガンで10数〜10,000Hzと、可聴域の多くが網羅されている。

ただ、イルカをはじめとする動物や昆虫たちが超音波を感知してコミュニケーションを取ったり、身体と物との距離を測ったりしていることを証拠に、世界には人間が認識できていない音が多分に存在し、かつその音は少なからず人間に(良しにつけ悪しきにつけ)影響を与えている。

昨今、時々話題に上っているのが、「低周波騒音」に関する問題である。

低周波騒音の発生源に該当するものとして挙げられるのは、バスやトラックなどのエンジン音、大型の構造物や施設の空調、室外機の音など。 従来は主に工場地帯で起こっていた問題だったのだが、近年では家庭にまで及んでいる。 聞こえずとも重く響く低音、ごくわずかな振動。 それらによって非常に地味に増幅されていく不快感や圧迫感が、ストレスや疲労などを引き起こしているというのだ。

一見して分かる通り、発生源はいずれも現代の暮らし、とりわけ安定的な都市生活に欠かせないものばかりである。 つまり、生きている限り防ぐことがおそらくできず、さらに大きくなっていく可能性がないとは言い切れない。

ショートドキュメンタリー『音と文明』

その糸口になるかもしれないのは低周波と真逆の超高周波、未だに生き残っている古からある文明や自然である。 今回取り上げるショートドキュメンタリー『音と文明』は、かねてからたびたび囁かれていた「糸口」となる説を、確かなものへと近づけてくれる。

超高周波「ハイパーソニック・エフェクト」の始まりと効果

『音と文明』は、オーディオビジュアルを軸にブランドムービーやアニメーション、ドキュメンタリー、AR/VRを活用したインスタレーションなどで新たな体験、視点を創出するクリエイティブスタジオ、JKD Collectiveを主宰するブルースイケダのプロデュースのもと、コマーシャルのシーンで映像ディレクター、シネマトグラファーとしても活躍しながら、撮影監督を務めた『太陽の塔 TOWER OF THE SUN』をはじめ、映画のシーンにも関わりをもつ上野千蔵が監督した作品。 2023年11月に東京・代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」で初お披露目され、同時に関係者同士のトーク、ライブも行われた。

JKD Collective主宰で『音と文明』プロデューサーのブルースイケダ。
JKD Collective主宰で『音と文明』プロデューサーのブルースイケダ。

『音と文明』の主題となっている説とは、「(人間の)知覚限界をこえる超高密度複雑性の音が基幹脳ネットワークを活性化させ、それによって生理・心理・行動に及ぶ多様でポジティブな効果」のこと。 それはある時から「ハイパーソニック・エフェクト(以下、ハイパーソニック)」と呼ばれるようになった。 直前で括弧をつけ引用した厚生労働科学研究成果データベースの資料によれば、超高密度複雑性の音は「人類の進化の揺籠(ゆりかご)となった熱帯雨林の環境音や、伝統に磨かれた民族音楽のなかには、複雑なゆらぎをもった人間には音として聴こえない超高周波成分を豊かに含むものが少なからず存在している」という。

『音と文明』を監督した上野千蔵。 ライフワークとして後述する尺八を習っているという。
『音と文明』を監督した上野千蔵。 ライフワークとして後述する尺八を習っているという。

「伝統に磨かれた民族音楽」のひとつがインドネシア発祥の打楽器であるガムランの音楽だ。 同資料には、おおよそ10万Hzまで至るガムラン音楽を聴かせるなどして起こった脳の反応が事細かに記載されている。 「α波の増強」「ストレスホルモンの減少」「基幹脳血流の増大」「免疫力の向上」「鬱状態の抑制」。 臨床によって、こういった非常に前向きな現象、音響療法がもつ高い可能性が確認できたようだ。

ハイパーソニック発見のきっかけを作り、その研究のリーダーを務めているのは大橋力という芸術家であり科学者

ハイパーソニック発見のきっかけを作り、その研究のリーダーを務めているのは大橋力という芸術家であり科学者。 ミサ曲や交響曲、能の音楽やプログレ、そしてインドネシアの民族音楽などが混濁し、一体となった映画版『AKIRA』の傑作サウンドトラックを作曲した芸能山城組(以下、山城組)の組頭、山城祥二の本名である。

「きっかけ」は『輪廻交響楽』(1994年リリース)というレコード、CD制作の折だったという。 超高周波成分を強調すると、不思議と変化し、高まる音の味わい(=山城組の言葉を借りれば「玄妙さ」。 玄妙とは奥深く優れているという意味)。 元音源が刻まれたレコードとデジタライズされたCDの明らかな音質の差。 そこに大橋が着眼したのがハイパーソニックの始まりだった。

※以下より、芸術家としては山城、科学者としては大橋と記述する。

山城組組頭、山城祥二。 インドネシアのバリ島の合唱、ケチャを1974年に日本人で初めて再現することに成功し、それを機に山城組を発足。 今回のドキュメンタリーのタイトルは、2003年に大橋力名義で刊行した書籍『音と文明』に由来している。
山城組組頭、山城祥二。 インドネシアのバリ島の合唱、ケチャを1974年に日本人で初めて再現することに成功し、それを機に山城組を発足。 今回のドキュメンタリーのタイトルは、2003年に大橋力名義で刊行した書籍『音と文明』に由来している。

余談にはなるが、冒頭の都市環境や近代楽器、人間の可聴域だけを取り出して記録するCD、もちろん配信音源からハイパーソニックを体感することはできない。 近代化、効率化がカットしてしまったのは原風景やかつての文化、文明だけでなく、豊かな周波数も該当するのかもしれない。

「私たちには、持続性のある住みやすい地球に軌道修正していく責任、使命がある」

ハイパーソニックが日本の現代人にとっての非日常、耳馴染みのない楽器音、テレビなどの画面でしか見たことがない熱帯雨林というはるか遠くにある場所を検証し発見されたものだからだろうか、上記の効果は実験や論文、あるいは数字上の話としてしか捉えられていなかったようだ。 その証拠になるかどうかは分からないが、Googleで「ハイパーソニック・エフェクト」と検索すれば、第二検索ワードに「嘘」が出てくる。

見ることも聴くことも大半の人ができない物事には疑いがつきまとう。 しかし、内閣府のある資料では、今後の展望として「居住・娯楽・教育・車両・通信・医療・福祉等で用いられる音響機器類のハイパーソニック化が進展し、〜中略〜 障害を薬ではなく情報によって克服する従来にない方途が開けることに期待が高まっている」と書かれている。 その「期待」に至ったのが、大橋がハイパーソニックを発見した1990年代から、約30年の時が経ったちょうど今なのだ。

京都の学生の頃、山城組に「入門」し、現在も山城に師事している『音と文明』の登場人物のひとり、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所の本田学は劇中でこう語る。

本田が山城組に「入門」したのは1982年のことだという。 山城組は音楽家集団というよりシンクタンクと呼ぶ方が相応しく、エンジニアやジャーナリストなども所属している。
本田が山城組に「入門」したのは1982年のことだという。 山城組は音楽家集団というよりシンクタンクと呼ぶ方が相応しく、エンジニアやジャーナリストなども所属している。

「なぜ、熱帯雨林で気持ちよさを感じるのか。 人類の進化を紐解いてみると分かるんですが、私たちの遺伝子や脳は熱帯雨林の中で進化してきたわけです。 それは言い換えれば、超高周波を含んだ音環境に合わせる形で、私たちが設計されているということ。 つまり人類にとって本来の音環境なので、そこが最も快適に感じるのではないか、と。 都市の音環境、例えば建物の中や工事現場に行くと、聞こえてくる音はものすごくうるさいんですけれども、高周波はほとんどない。

五感から脳に入る情報をできるだけ遮断してみる。 そういうことをした際に何が起こるかというと、若い健康な被験者は大体40分くらいで錯乱状態になってしまう。

音(=超高周波)がないっていうのは熱帯雨林だと、非常事態に近いんじゃないかなと思うんですね。 〜中略〜 私たちの脳、五感に対して入ってくる情報をカットしてしまうと、もはや正常に働かなくなるんです」

『音と文明』で流れる山城組によるガムランの演奏シーン。
『音と文明』で流れる山城組によるガムランの演奏シーン。

近代化によって失われていった事柄。 以上で記した古の物事から見出されたハイパーソニックの総論、その効果と可能性、必要性。 『音と文明』では、有識者によるそういった内容についての語りに山城組の演奏や都市、熱帯雨林を横断するダイナミックなランドスケープの映像、音が織り交ぜられることで観客は引き込まれ、論文、テキストとはまた違った強く瞬間的な説得力を与える。

『音と文明』の後半には、森の中にある明治神宮が東京のビル群に囲まれている俯瞰の映像が現れる。

『音と文明』の後半には、森の中にある明治神宮が東京のビル群に囲まれている俯瞰の映像が現れる。 守られている聖域であることを示しているのか、都市と自然のせめぎ合いや森が侵食されつつある様を表現しているのか……。 いずれにしても、都会の自然の極端な少なさを痛感させられる印象的な画だった。

「地球が危機をむかえている。 そういう時代に生きている私たちには、持続性のある住みやすい地球に軌道修正していく責任、使命がある」という大橋の活動の根源的な部分を本田が最後に呈し、『音と文明』の幕は閉じる。

「糸口」は身近な伝統楽器、映画の金字塔に潜んでいる

上映後のブルース、上野、本田のクロストークで本田は「山城こと大橋は現代文明に対して、単に言葉で批判するのではなく、音楽をはじめとする表現活動を通して批判するといったことを長きに渡ってやってきた」と語っていた

上映後のブルース、上野、本田のクロストークで本田は「山城こと大橋は現代文明に対して、単に言葉で批判するのではなく、音楽をはじめとする表現活動を通して批判するといったことを長きに渡ってやってきた」と語っていた。 直感で伝わってくる『音と文明』、山城の指揮のもとでハイパーソニック仕様の音源が導入された『AKIRA』のサウンドトラックレコード(2017年にアメリカのレーベル、Milan Recordsからリリースされた重量盤)、映画のブルーレイディスク(2020年にリリースされた4Kリマスターバージョン)といったメディアはすべて、その山城の意志が通底している。

もうひとつ、「伝統に磨かれた民族音楽」であり、今度は逆に多くの日本人にとって耳馴染みのある楽器でハイパーソニックを放つものが存在する。 それは尺八だ。 これも先ほどのデータベースの資料を見ると、尺八の音はガムランに近い、非常に幅広い周波数帯域をもち、ガムランよりも細かに波打つ波形が確認できる。

『音と文明』に登場する尺八奏者の中村明一。 上野の尺八の師匠でもある。
『音と文明』に登場する尺八奏者の中村明一。 上野の尺八の師匠でもある。
中村は演奏の冒頭でこう話した。 「尺八は西洋の楽器とは逆の発展をしていきました。 西洋の楽器には音階ひとつひとつに間がなく、リズムも等分で綺麗に割れるようになっている。 対して日本の音楽は「間」の音をどんどん取り入れるようになり、リズムに関しても拍と拍の間を伸縮させたり、その逆にフレームワークを取ってしまうということをしていた。 その有り様は音響芸術とも呼べるものだったんです」。
中村は演奏の冒頭でこう話した。 「尺八は西洋の楽器とは逆の発展をしていきました。 西洋の楽器には音階ひとつひとつに間がなく、リズムも等分で綺麗に割れるようになっている。 対して日本の音楽は「間」の音をどんどん取り入れるようになり、リズムに関しても拍と拍の間を伸縮させたり、その逆にフレームワークを取ってしまうということをしていた。 その有り様は音響芸術とも呼べるものだったんです」。

クロストークのあとに行われたのは、本田と同じく『音と文明』の登場人物で、山城/大橋に大きな影響を受けたという尺八奏者の中村明一によるライブ。 中村ははじめに尺八の歴史、これから吹く楽曲の背景を説明した上で、いくつかのデモンストレーションを披露してくれた。

少し低い母鳥、高い小鳥、母鳥よりもっと低い父鳥の鳴き声、羽ばたきをイメージした音をまずそれぞれ。 そして鳥の家族、皆が共に鳴き、飛び立っていく姿。 細かく複雑で不規則な波動や挙動のようなこれらの音を、たった一本の尺八で中村は表現してみせる。 それは、ドレミファといったはっきりとした音階、メロディがある音楽ではなく、自然現象の再現のようなものだった。

中村ははじめに尺八の歴史、これから吹く楽曲の背景を説明した上で、いくつかのデモンストレーションを披露してくれた。
中村ははじめに尺八の歴史、これから吹く楽曲の背景を説明した上で、いくつかのデモンストレーションを披露してくれた。

地球の危機的状況が叫ばれるようになってから、程なくして話題に上るようになった「音」。 取り沙汰されるのはその問題ばかりだったが、軌道修正をするための「糸口」はまだ残っており、それははるか遠くや記憶にすらない過去だけではなく、日本人にとって身近な伝統楽器や世界的な金字塔と呼ばれる映画とそのサウンドトラックに潜んでいることに気づかされた。

今回の映像のメインはやはりハイパーソニック

最後に、クロストークでの上野と本田の対話の一部分の抜粋で締め括る。

上野:今回の映像のメインはやはりハイパーソニックであり、それがなぜ人間に良い影響を及ぼすかという点。 それを端的にまとめたつもりではいるんですが、自分自身がやっぱりそうか、と思ったことがあって。

僕は普段、東京で暮らしているんですが、ストレスに感じていたつもりはないんですよ。 楽しいですし。 でも、仲間とキャンプに行って、自然の中に入った時に、悩みとかがバーッと消える感覚を覚えたんですね。 東京に戻ると、そのことを忘れてしまうんですが、また自然に行くと同じ感覚が得られるっていうのは間違いなく確かだな、と。 都会での暮らしにストレスは感じていないように思えて、森に行った時にストレスを抱えていたことを知る。

本田:東京で暮らしていると楽しいことはたくさんあるんだけど、それでも自然の中に行くと、何かリフレッシュしたような気分になる。 それは森林浴効果とよく言われたりするわけですが、そういう効果の中にハイパーソニックも含まれている。

でもハイパーソニックは “One of Them” で視覚環境も重要なんです。 例えば、都会の視覚環境ってほとんどが幾何学的で、直線か円くらいしかない一方で、自然には直線もなければ正円もないですよね。 非常にフラクタルで複雑な視覚環境。 都会のビルの中にいて自分はストレスフルだと感じていなくても、自分たちの遺伝子が作られたところから乖離してしまうと、身体は正直に反応してしまうんです。

当日、特別に持ち込まれた山城組がカスタムメイドしたハイパーソニック再生を可能にするスピーカー。 緑の光の点灯がハイパーソニックが放たれているサイン。
当日、特別に持ち込まれた山城組がカスタムメイドしたハイパーソニック再生を可能にするスピーカー。 緑の光の点灯がハイパーソニックが放たれているサイン。

近々、再上映会が行われるかも、とのことなので、『音と文明』に関して気になる方は、こちら(contact@jkdcollective.jp)にご連絡、もしくはJKD CollectiveのInstagram(https://www.instagram.com/jkdcollective)をフォローしてみて下さい。

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)

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