近年、クラブシーンにおいて再び脚光を浴び、クラブやDJバーでの導入が増加しているロータリーミキサー。
特にテクノやハウス系のDJに愛用されてきたこのDJミキサーだが、なぜ今、人気が再燃しているのだろうか? この連載では、ロータリーミキサーの修理・カスタムなどを行っているKatagiri Repair&Remake Service代表の片桐氏を迎え、その理由を紐解いていく。
初回ではその歴史や魅力、特性について紹介し、第二回では、実際に片桐氏に代表的な6機種を試してもらい、その特徴や使用感を詳しくレビューしていただいた。
連載最終回となる第三回では、片桐氏が往年の名機を相手に作業を進めている現場に密着。その模様を詳細にレポートしていく。
歴史的な名機を現役として使い続けるために
今回、片桐氏が手がけるのは、70年代半ばに商業用クラブミキサーとしての地位を確立したロータリーミキサー、BozakのCMA-10-2DLだ。こちらは80年代に製造された希少なオリジナルモデルにカスタムが施された状態で片桐氏の元に持ち込まれたという。
ロータリーミキサーの名機UREI 1620が登場する以前からクラブミュージックの歴史に深く関わってきたこの機材が、現代のクラブミュージックシーンで再び活躍するため、どのような進化を遂げるのか。片桐氏による大規模な修理・カスタム作業の様子を詳細にお伝えする。
今回の依頼者は、クラブ業界で長年の経験を持つオーナーだ。名機UREIも所有する彼は、このBozakにもともと備わっているターンテーブルとマイクの入力に変更を施し、ライン入力専用機として使用したいという明確なビジョンを持っていた。
「オーナーの方からまず機材を見てほしいという要望がありました。実際に確認したところ、RCAジャックの劣化や各種ツマミの動作に問題があり、大規模な修理が必要な状態でした」
そこで片桐氏はオーナーとの協議を重ね、RCAジャック交換、バランスコントロールの撤去、ボリュームツマミの全面交換など、機能改善と経年劣化したパーツの交換を含む大規模な修理・カスタム計画を立案した。
その後、オーナーの合意を得たことで、正式に依頼を受けた片桐氏。しかし、この全体の作業完了までに3〜4日の日数がかかるという今回の作業において、彼が最初に行ったのがRCAジャック交換だ。CMA-10-2Dの現代の機種とは異なる仕様と、それゆえに注意すべきポイントについて、片桐氏はこう語る。
「現存するオリジナルBozakの数は少なく非常に希少性が高いため、僕も数えるほどしか修理をしたことがありません。また、この時代のBozakのRCAジャックはリベットでビンテージジーンズのポケットのようにパネルに直接打ち込まれています。交換するには工具でリベットを壊して抜くしかないのですが、周辺部分を傷つけないよう細心の注意を払う必要があります」
RCAジャック交換を終え、これから始まる本格的なカスタム作業について、片桐氏は、次の行程であるボリュームツマミ(厳密にはツマミの中のぐるぐる回る “ポット” と呼ばれる部品)交換について、以下のように説明する。
「従来のALPS製パーツは生産がすでに完了していて、入手困難なため、ボリュームツマミに関しては、僕が日本のメーカーに特注した高品質なものを使用します。これはDJのミキシング時に重要な、ツマミの重さと操作感を特に重視するためです」
今後のCMA-10-2DLのリペア・カスタム計画においては、このボリュームツマミ交換に加え、マイク入力のライン入力へ変更、バランスコントロールの撤去、経年劣化したコンデンサーの交換、ヘッドフォンセレクトスイッチの交換(現状4chまでしか選択できない状態を6ch対応にする) という工程が予定されている。
片桐氏はBozakを修理やカスタムする際の注意点として、同製品の独特の規格を挙げる。
「Bozakはアメリカのメーカーなので、全てインチ規格です。修理にはその規格に対応する専用工具が必要で、その点は少し手間がかかります。そのことを知らずにミリ規格の工具で作業をしてしまうと、ツマミの中のイモネジと呼ばれるネジを駄目にしてしまう可能性があるため、取り扱いには特に注意が必要です」
さらに経年劣化したパーツ交換の必要性について、片桐氏は興味深い例えを用いて説明する。
「これは車のタイヤと同じだと考えています。ビンテージカーでもタイヤは定期的に交換しますよね。アナログ機材も同様で、特に電気を流す可動部分は消耗が激しい。オリジナルへのリスペクトを持ちつつも、パーツは適切に交換する。こうしたメンテナスによって古いロータリーミキサーを良い状態で長く使い続けられるようになると考えています」
時代の変化や機種のコンディションに応じた適切な対応を
ロータリーミキサー人気の再燃に伴い、修理やカスタムの需要も変化が見られると語る片桐氏。実際、彼の元には、日々様々な依頼が寄せられるという。
「最近のカスタム依頼で多いのは、今回の作業にも含まれているバランスコントロールの除去です。CDJの普及により、レコードのように左右の音量バランスを調整する必要性が減っているためです。
一方、修理依頼で多いのは、UREIのボリュームの不具合改善ですね。ボリュームを回した時の『ガリ』と呼ばれるノイズの修理依頼が圧倒的です。中にはクリーニングだけで対応できると考える方もいますが、この部分は消耗品のため、一定期間使用した後は適切な時期での交換が必要と考えています」
また、生業としているロータリーミキサーの修理・カスタムの知識と技術については、かつて勤めていた音楽機材メーカー、Vestax時代にその基礎を学んだことが大きいと片桐氏は語る。だが、そんな彼は現在も “70代の師匠” と呼べる人物に師事しながら、さらなる技術を学び続けている。
「僕にも技術を教えてくれる師匠がいます。その方と比べると、自分の技術はまだまだです。しかし、このような技術を誰かに引き継いでいかないと、30年後には誰もロータリーミキサーを修理できる人がいなくなってしまう。そのことを強く危惧しています」
アナログの魅力を未来へ継承していくこと
あるDJから聞いた「Ureiは一世紀使えるミキサーだ」という言葉を引用しながら、片桐氏は技術継承の重要性を訴える。
「ロータリーミキサーの歴史はまだ60年も経っていません。だから、今回修理した古いものでも、適切に修理やメンテナンスしていくことで、これから先もまだまだ使えるはずです。だからこそ、この技術を引き継いでくれる人がいてほしい。未来のクラブカルチャーにも、ロータリーミキサーが残っていてほしいと思いますね」
また、ロータリーミキサーをはじめとしたアナログ機材に対し、デジタルでは得難い、アナログならではの魅力を感じる人は少なくない。その一人でもある片桐氏は、自身が感じているその魅力をこう説明する。
「デジタル機材が今のように素晴らしく進化しても、どうやら人間には、デジタルとアナログの極めて小さい差を感じられる能力が備わっているのではないかと考えています。多くの方がアナログに惹かれる理由はそこにあると思います」
さらに現状のデジタル機材では音の処理の遅延が避けられないことも、彼のアナログ偏愛において重要なポイントであるという。
「すべてデジタル機材でも問題ないのですが、心のどこかではアナログ機材を残していきたいという思いがあります。新しいデジタル機材の音はもちろん良いのですが、個性が失われつつある。それぞれの機材が持つ特徴的な音の違いが、だんだんなくなってきているように感じます」
デジタル全盛だからこそ価値を持つアナログの音楽表現
そんなアナログ機材の可能性を追求する片桐氏は、次なる挑戦について次のように語る。
「真空管プリアンプは大量生産には向かないのですが、音質の面では現代のデジタル機材よりも優れた部分があります。しかし、この技術は、このままでは失われてしまう可能性が高い。でも、たかが20〜30年しか使われていないこの技術が途絶えてしまっていいのか。そう考えて、現在、真空管プリアンプ修理の技術を学んでいるところです」
ロータリーミキサーというアナログ機材の修理・カスタムという仕事を通じて彼が守ろうとしているのは、単に懐古主義的に愛でるための「古い機械」ではない。それは、デジタル全盛の現代だからこそ価値を持つ音楽表現の可能性であり、クラブカルチャーの多様性そのものだ。彼の工房に持ち込まれる機材には、それぞれ音楽の歴史が刻まれている。そして、その歴史は片桐氏の手によって、次の世代へと確実に受け継がれていくのだ。
Words:Jun Fukunaga
Photo:Kentaro Oshio
Edit:Takahiro Fujikawa