太いビートに合わせてポーズを決めるヒップホップ・ヨガや、ヘヴィメタ爆音のなかデスヴォイスで指導するメタル・ヨガ。リラクゼーションとかけ離れた音楽をBGMにヨガをおこなう教室は、もはや珍しくないが、レゲエ×ヨガは、これまでの組み合わせよりも断然、期待させるなにかがある。
レゲエシンガー兼ヨガ行者であるJah9は、この12年間、ヨガセッションで「レゲエ」を流している。レゲエとヨガが重なったとき、心と身体に届くエネルギーとはどんなものなのだろう。
なぜ、ヨガにはレゲエがあう?
レゲエシンガー兼ヨガ行者Jah9は、ジャマイカ出身で現在タンザニアを拠点にする。ルーツロックレゲエを基盤に、ポジティブでありながら啓蒙的で、時にシリアスさを込めたメッセージ性、周囲を圧倒する高い歌唱力、神秘的でスピリチュアルなビートで人気を博すアーティストだ。その傍らで、訓練を受けた認定ヨガインストラクターとして、アシュタンガヨガ*の指導にも精を出す。
ヨガのスペシャリストが教室で用いるのは、(もちろん)レゲエ。自身のYoutubeチャンネルに投稿するレッスン動画のBGMも(やっぱり)レゲエ。ファンに向け主催するヨガワークショップ中にバンドが生演奏するのも(これまた)レゲエ。そして、すべて「インストゥルメンタル・ダブ(以下、インスト・ダブ)」*だ。
*インストゥルメンタルとは歌のない曲のこと、ダブとはレゲエのサブジャンルで、リズムを強調してミキシングしエコーやリバーブなどのエフェクトを過剰に施した曲のこと。
このレッスン動画のBGMがインスト・ダブ。
レゲエには楽器の生音を中心にゆるく陽気なリズムを刻むスカから、打ち込みによるデジタル音が騒がしいアップテンポのダンスホール・レゲエまで、そのサブジャンルは幅広い。そのなかで、あえてインスト・ダブ。彼女が持つこだわりと、レゲエとヨガの二つが重なったとき、心と身体へどんな影響がもたらされるのか、知りたい。
レゲエとヨガ、それぞれのフィールドで10年以上のキャリアを持つJah9に聞いてみた。
*ヨガの伝統的な流派の一つで、呼吸と動きを連動させて流れるように体を動かす。
初めにちょっと言わせてください。ご懐妊おめでとうございます。ちょうど取材前にInstagramの妊娠報告写真を見ました。
ありがとう。これが初めての妊娠なんです。
これまでレゲエシンガーと並行しヨガのインストラクターとしての活動にも精を出してきたわけですが、妊娠中のいまもヨガは続けているんでしょうか?
妊娠前ほどの難易度や練習量ではないけれど、維持する程度には続けていますよ。周りには妊娠前と同様のペースで練習する女性もいますが、私の場合は気負わず気楽に続けています。
妊娠前は、訓練を受けた認定ヨガインストラクターとしてウジャイ呼吸という胸式呼吸と動きをシンクロさせたアシュタンガヨガを指導。
実践ではアシュタンガヨガを指導していますが、全体のテーマはハタヨガにあります。
ハタヨガとは現代ヨガのさまざまな流派の元祖とされ、肉体的な「姿勢」と「呼吸法」を中心としたスタイルといわれていますね。初めてヨガをしたのはいつだったんでしょう。
15年前です。友人に誘われ参加したクラスで、「運動的なもの」としてではなく「心を穏やかにするもの」としてヨガを経験しました。
それからどういった経緯で、ヨガの指導に勤しもうと?
ヨガクラス参加から数年後、海外でヨガの経験を積んだ女性がジャマイカに戻り、ヨガスクールを開校するとの噂を聞きつけました。「これはチャンス!」とその機会に飛びつき、学生として、また同時に指導者としてヨガを学びはじめたわけです。
当時のジャマイカでの、ヨガの認知度とは?
15年前、ヨガの認知度なんてまったくありませんでした。ヨガを知っていたのは、グローバルな考えや経験を持つ人くらい。ジャマイカ全土では多分、ヨガを学ぶ学生なんて1人か2人いた程度だったと思います。当時からハワイアンの女性が穏やかにヘッドスタンド(ヨガの頭立ちのポーズ)をこなすテレビ番組は放映されていましたが、ヨガが一般的に知れ渡り人々がアクセスしやすくなったのは、その女性がヨガを教えはじめてからのことです。
そうした環境のなかで学び続け、Jah9も指導者となった。
ヨガの指導を始めて、約12年が経ちます。指導しはじめたのは、音楽業界に足を踏み入れたのと同時期くらい。レゲエというプラットフォームを使い、ヨガそしてウェルネスライフスタイルを発信し続けています。
Jah9は、昔は病気がちで喘息や気管支の問題に悩まされていたと聞きました。ヨガをすることでこれらの症状によい影響はあったんでしょうか?
もちろんありました。ヨガにおいて重要なのは呼吸。深く息を吸ったり吐いたりすることで呼吸が遅くなり、肺活量が増え体が活性化されますから。また酸素だけでなくエネルギーの循環も促進してくれる。こうした利点に気づき日常的にヨガを取り入れるようになってからは、(フィジカルだけでなく)マインドもポジティブになりました。
Jah9のライブといえば、一旦観客を静め、深く呼吸させるのがお決まりです。ヨガにとって呼吸が重要なのはわかるのですが、ライブ中にも観客に深呼吸を促す理由を教えてください。
私のライブでは(曲やMCなどで)「社会正義」や「女性に対する暴力」といった話題を扱うため、観客が熱を帯びすぎてしまうことが少なくないからです。こうした話題は時に不安やトラウマを引き起こす可能性がある。なのでまずは会場にいるみんなの呼吸を整え、心を和らげ、情報をより受け入れやすくなるように、深呼吸を行なっています。
たしかにJah9が曲に込めるメッセージは、ポジティブでありながらときにシリアスで啓蒙的。曲と曲の間に挟むMCもまた同様です。
この深呼吸がまたうまく機能してくれるんです。呼吸は肺だけでなく、脳にも良い。さらにストレス軽減にも一役買っていますから。
ライブパフォーマンス中にヨガを取り入れることもありますよね。なぜ、レゲエとヨガを組み合わせようと?
まだ指導者になって間もない頃、何の気なしにレッスンでダブを流してみたんです。するとなかなか集中できないでいた初心者の生徒たちが、ダブ特有の深いベースの周波数とテンポによって、より没入できていることに気がつきました。それがきっかけでしたね。
自身のYoutubeチャンネルのヨガ、BGMはすべてインスト・ダブです。これは、なぜ?
レゲエには多くのサブジャンルがありますが、なかでも私は昔からインスト・ダブが大好きで。レゲエに魅せられたのも、インスト・ダブがきっかけだったんです。あのゆったりとしたテンポに深いベースがたまらない。ダブは、東洋音楽やアフリカ音楽、ダウンビートと非常に多くの類似点があります。また他の音楽ジャンルでもダブを取り入れているので、個人的にはダブはサブジャンル以上のものだと思っています。
なるほど。たとえばアップテンポのダンスホール・レゲエをBGMにヨガを教えることもあったりするんですか? いまではそのような組み合わせでのヨガもありますよね。
私のレッスンでアップテンポな音楽を使用したことはありません。休憩を挟まず連続的にポーズを行なう運動量が比較的多めのヴィンヤサヨガを指導する場合だったら、アップテンポの音楽を使うのがいいかもしれませんね。使用する音楽は、レッスンスタイルに応じて様々かと思います。私が今までに使用した最もアップテンポな音楽といえば、おそらくライブドラミングでしょうか。
ライブドラミングとは、ドラマーがその場で叩くライブパフォーマンス?
はい。ファンに向け主催するヨガワークショップ「Yoga on Dub」では、私のバンドThe Dub Treatmentが生演奏し、その音楽に合わせてヨガを教えています。最初はヨガ・音楽・ウェルネスを融合させたイベントとして始めたのですが、レゲエシンガーとしてツアーで世界各地に行く際にも、音楽にヨガとウェルネスを持ち込めたらいいなと思い、実現させました。
ライブサウンドでレゲエを聴きながらヨガをする。スピーカーから聞くのとは一味違った体験ができそうです。
文字通り音楽が導いているので、より没頭できますよ。
これまで、ケニア、ポーランド、カナダ、米国、ベルギー、マルタでワークショップを開催してきていますね。参加者から、レゲエを聴きながらヨガをすることについての反響はどうでしょう。
参加者からは大好評。これこそ、私がヨガ×レゲエを続けている理由です。特にヨガに不慣れで不安な気持ちを抱える初心者にとっては、音楽があることによって集中力が高まる傾向があります。演奏する曲は、参加者のレベルやレッスン内容に合わせて事前に選んでいます。そうすることで私もテンポを把握でき、次の動作にスムーズに進めますから。よって、よりパーソナライズされたレッスンを提供できるというわけです。
ワークショップでも、インスト・ダブを?
そうですね、そしてダウンテンポな曲。私の楽曲はダウンテンポなものが多いので、レッスンの際は自分の曲を使っています。
他のアーティストの曲を使うこともある?
バンドがいない場合、たとえばオンラインでレッスンするときは、ルーツロックレゲエバンドMidniteのVaughn Benjaminや、ルーツロックレゲエシンガーBurning Spearの曲を使います。ルーツロックレゲエは、文字通り私のルーツなので。
曲を選ぶうえで、大切にしていることは?
ヨガ初心者にはダブ特有の深いベースの周波数とテンポにより、集中力を高めより没入しやすくできる場合があるとお伝えしましたが、より重要なのはメッセージかな、と。
ヨガのお供の曲として流すときは、曲のジャンルより、曲に込められたメッセージや歌詞の方が大切ということですか。
音楽とは、何度も何度も繰り返し流れることでマントラ*になると思うんです。もし曲にネガティブなワードが含まれていてそれを繰り返したら、自分や他者の中にネガティビティを招き込んでしまう。
*サンスクリット語で文字、言葉を意味する。祈りや瞑想などで繰り返し唱えられる聖なる言葉。
なるほど。ポジティブな周波数やテンポ、そしてメッセージが融合することが大事なのですね。血行が良くなり、筋肉がゆるむなど、リラックス効果のあるヨガですが、そこにレゲエを加えることでまた変わってくる?
レゲエの特定の周波数をヨガへ加えることは、身体をリラックスさせるなどのよい効果をもたらすと思います。重低音を強調したうねるようなレゲエのベースは周波数が非常に安定しているので、身体でそれを感じるとき、心と身体が同調するのです。
最後に。ずばり、レゲエとヨガの相性とは?
私個人の意見ですが、ラスタファリズム*の影響を受けたレゲエは、ヨガによく合っていると思うんです。レゲエとヨガには共通点があります。ラスタファリズムは政治的なことを超え、正義を求め、平和を促しました。そしてヨガがたどり着くところもまた、静かで穏やかな心の平和です。このふたつが交わったとき、そのエネルギーはとても美しいと思うんです。
*1930年にジャマイカで発生した労働者階級と農民が中心となった思想/宗教運動。エチオピア帝国最後の皇帝ハイレ・セラシエを崇め、アフリカ回帰を願う。ゲットーの人々にとって救いを与え、ジャマイカン・ミュージックにも多大な影響を与える。ラスタの思想やメッセージを世界的に有名にしたのが、ボブ・マーリー。
Jah9
ジャマイカ出身、現在タンザニア拠点のレゲエシンガー。1980年代のダンスホール要素をルーツロックレゲエに融合させたスタイルを発信するコレクティブ、The Reggae Revivalの最重要女性アーティスト。2013年『NEW NAME』でデビュー。2016年には本格的世界進出作『9』を、2020年にはフルアルバム『NOTE TO SELF』をリリース。レゲエシンガーと並行し、訓練を受けた認定ヨガインストラクターとして、アシュタンガヨガを指導する。これまで世界6ヶ国でワークショップを開催。自身のバンドを引き連れ、インスト・ダブの生演奏を聴きながら行うレッスンは、参加者からも大好評。
All Image via Jah9
Words: Yu Takamichi(HEAPS)