(※企画・取材・執筆・編集を2020年の夏に行った記事となります)
店での会話と手で触れて音楽を確かめることが醍醐味だったレコードショップは、ロックダウンの間、店を開けられず、コミュニティに会えない間、どうしていたんだろう。
街が静まりかえり、みなが店を閉めていたこの時期、レコード屋たちはそれぞれ何を考え、それぞれどう“レコード屋”を続けていたのか。ニューヨークのレコード屋を訪ね、その日々とリアルを聞く(1店目はこちら、2店目はこちら)。
ラジオ配信とテイクアウトコーヒーを続けた毎日。ワールドワイドなレコードのように世界のフードも収集。The Mixtape Shop
「コーヒーの質がとても高いレコード屋」として、近所のコーヒー好き、そして音楽好きが寄る店がThe Mixtape Shopだ。ブルックリンのなかでも古くからの文化と新しい文化が交差する、洗練されたべッドスタイ地区の目抜き通り沿いに佇む。
2009年からオンラインの音楽コミュニティ The Mixtape Club としてスタートし、ハウスやディスコ、ジャズ、ソウル、ファンク、ワールドミュージックなど世界の音楽を紹介してきた。3年前に地域密着型のカフェ兼レコード屋をオープンし、「ディスカバリー(発見・探求)」をコンセプトに常に質の高いディスカバリーの機会を地元のお客さんに提供している。
パンデミックに見舞われてから数ヶ月、お店も再開し徐々にお客さんの足も戻ってきているなか、新しい試みをしていると小耳に挟んだ。それは「インストアのフード販売」。ワールドワイドにキュレーションされたレコードよろしく、世界各国からのフードを集めて店内で売っているという。レコード×コーヒー、ときて、レコード×コーヒー×フード。地域密着型の店ならではのこだわりと協力体制ゆえの仕入れが成り立っている…と、どこを掘っても興味深いレコード屋に、足を運ぶ。
僕自身、近所に住んでいた時にはよく通っていました。コミュニティに根ざしたフレンドリーなお店です。
10年以上前にオンラインの音楽コミュニティとしてスタートした時から僕らが提供しているのは「ディスカバリー」です。ここに来るお客さんたちは、音楽や食べ物、人々を通してさまざまな発見をしていますよ。商品を買ったりお店を利用することで、ここのコミュニティの一員として一緒にお店を作り上げてくれています。
お店というコミュニティを大切にしているんですね。それぞれのエリアのコミュニティの結束が強いブルックリンらしいな、と感じました。
ある人にとってはコーヒーを飲む場所、ある人にとってはレコードを聴く場所、またある人にとっては食べ物を買ったり、友人に出会う場所。たとえば、角を曲がったすぐそこに住んでいる人がコーヒーを飲みに来て「いつもここでかかっている曲、いいよね。Shazam(音楽認識アプリ)してみよう」と新しい音楽を発見して、レコードプレーヤーやレコードを買い出したりする。
おいしいコーヒーが新しい音楽の発見に繋がる。
多くの場合、レコード屋は、レコードコレクターではない人たちにとって敷居が高かったりする。でも僕らの場合は、コーヒーとフードがレコードへの橋渡し的な役割をしてくれる。逆も然り。レコードを求めて少し遠くから来たお客さんがコーヒーもフードも楽しめる。
さて、コロナが発生してお店をクローズせざるを得なかった時、まずはどんなことを思いましたか。
かなりショックを受けました。多くのビジネスが廃業するしか選択肢のないような状況でしたが、毎日のようにお店に通ってくれる常連のお客さんたちとの関わりを保つため、ビジネスを継続するために動き出しました。
実際に、営業自粛期間中はどんなことをしていましたか。コーヒーやレコードの販売は続行?
そうですね、営業時間を限定してコーヒーのテイクアウトサービスとレコードのオンライン販売のみで営業を続けていました。
どんなレコードが売れましたか。
ソウルを中心に、ディスコやファンク、ジャズやブラジリアン音楽、テクノ、ヒップホップ、エレクトロミュージックなど幅広いジャンルからキュレートしたレコードですかね。お客さんによっては、非常にレアでエクスクルーシブ音源を求めている。こういったレコードの入荷時期や詳細情報をメールマガジンで定期的に配信したりラジオで流したりしていたので、そこで発見した音楽を購入してくれる場合が多かったです。
ラジオ配信もやっているんですね。
コミュニティに関わりのあるDJやレコードコレクターの友人たちが協力してくれて、毎日オンラインでのラジオ配信を続けています。2009年にオンライン音楽コミュニティとして始まったころから10年以上継続して毎週音楽セレクトの配信をしてきたので、それを続けている形です。
あとは、前からあたためていた食料品を販売するアイデアを実行するため、準備に取り掛かっていました。食料品の試食やセレクトなどを行いながら、食品棚を作ったりウェブサイトを立ち上げたり、かなり忙しくしていましたよ。
このフード販売、パンデミック後の取り組みではなかったんですね。
パンデミック前からあったアイデアでした。今までこのお店では、お店に流れる音楽やレコード、コーヒーやペイストリーなど、さまざまなきっかけでお客さんにディスカバリーを提供してきましたが、その新しいアプローチとして食料品をやってみたいと思っていて。
ニューヨーク市全体のパンデミック対策として、店内飲食が禁止され、今後も限定的にしかお店に入店することができない状況が続きます。そんな中、食料品は“エッセンシャル (必要不可欠)”なので、お客さんたちにお店に入ってもらうきっかけとなる。さまざまなお客さんの日常に寄り添って続けてきたこのコミュニティとビジネスを継続していくための、新しい挑戦として始めました。
お店のスペースに整然と佇むレコードも圧巻ですが、棚にずらりと並ぶフードも見ていて楽しい。珍しいラベルのジャムやパスタ、穀物、ソースやオリーブオイルなどの調味料、缶詰、それに日本の蕎麦やポン酢などもあります。どのようにキュレートしたのですか?
お店のレコードセクションでは、さまざまな国の音楽が取り揃えられていますよね。ラテンミュージックにブラジリアン音楽、日本の音楽、イタリアのサウンドトラック。フードセクションでも、レコードのセレクションと同じく、商品を手に取ったお客さんが新しい発見に出会えるようなものを厳選しました。イスラエルやスペインから取り寄せたもの、ニューヨークの地産品、日本、タイ、マレーシア、アフリカのプロダクト…。作り手の思いが感じられる製品を揃えています。たとえば50年続くイタリアの家族経営のパスタメーカーが、50時間の手作業で作ったパスタとか。
商品を見つけるのはリサーチで?
オンラインでたっぷりリサーチをかけたり、生産者とのコミュニケーションを重ねたり。たとえば、このブルックリン産のビネガー、Tart Vinegarは、コロナ真っただ中に代表の女性がたった一人で工場を稼働させてお店に商品を直接届けに来てくれました。あとは、地元のお客さんのお薦めの商品なども置いています。すでに存在しているこのお店のコミュニティの繋がりで、キュレートをしているんです。
コミュニティがあったからこそできたフード企画。販売を始めて数週間経ちますが、どんな商品が人気ですか?
さっきのTart Vinegarや、Secret Aardvark(米オレゴン産のホットソース)、Martelli(イタリア産のパスタ)、すべて手作業で作られているアフリカの紅茶などが喜ばれてます。日本のみかんジュースや柚子胡椒も人気商品ですよ。生鮮や飲み物、冷蔵商品なども販売したいので、冷蔵庫を入れたいなと思っています。
この食料品棚も、これからのThe Mixtape Shopコミュニティを繋ぐ新しいディスカバリーの一つになりそうですね。
以前ならナイトクラブやバーに行って音楽を聴くことができましたが、今は自宅で音楽を楽しむレコードを買う新しいお客さんが増えています。それと同じで、レストランがあまり開いていない今、みんな自宅でご飯を作ることが多くなったので、この食料棚がみんなの料理のツールを提供できていれば嬉しいです。
2020年のみんなの生活を、質のいいレコード(音楽)と食品(料理)でコミュニティレベルで支えている。近いうちに、また寄ります。
The Mixtape Shop
ブルックリン、ベッドスタイにあるレコードショップ。併設するコーヒーショップと共に地元民が足繁く通う店。ハウスやディスコ、ジャズ、ソウル、ファンク、ワールドミュージックなど世界の音楽に力を入れている。また、オーディオ機器にもこだわり、クリプシュ社のスピーカー(ニューヨークの伝説のアングラクラブThe Loftで使用されていたことでも有名な)も店内にある。
1129 Bedford Ave, Brooklyn, NY 11216
Words : DAG FORCE
Photos: Kohei Kawashima