レコードは発表当時のオリジナル盤(初盤)、アーティストの周年記念盤、レコードストアデイなどで発売される限定盤といったように、同じタイトルの盤が再発売されることは珍しくありません。 同じアルバムでも、発売された年やレーベルが違うと、聴こえてくる音も変わってくる。 今回はピンク・フロイド(Pink Floyd)の名盤『狂気』を複数枚所有するオーディオ評論家の小原由夫さんに、その奥深さを解説していただきました。
歴史的アルバム『狂気』
ピンク・フロイドが1973年に発表したアルバム『Dark Side of The Moon』(以下、邦題の『狂気』と表記)が、昨年に発売50周年を迎えた。 それを記念して豪華BOX SETやドルビーアトモス・ミックスによるイマーシブ・サウンド盤がリリースされ、新たな真価と魅力を再認識した人も多いことだろう。
『狂気』はビルボードの200位以内に741週に渡ってランクインし続け、カタログチャートでも30年以上もランクインし続けるというギネス記録を保持している。 また、多くのミュージシャンがリスペクトしていることでも知られる歴史的アルバムだ。
私もピンク・フロイドは贔屓のバンドだし、『狂気』は大好きなプログレッシブ・ロックアルバムの1つである。 1つではあるのだが、ウチにあるのは1枚ではない。 我が家には実に『狂気』がLP/CD/SACD等を合わせて20枚弱あるのだ。
その内訳をざっとご紹介しよう。
- UKオリジナル盤(EMI Havest SHVL804/通称 “ソリッド・ブルー・トライアングル” 盤)
- UKオリジナル盤(EMI Harvest SHVL804)
- UKオリジナル盤(EMI Harvest SHVL804 ※マトリクス番号違いの#1と同じ盤)
- USオリジナル盤(Capitol Harvest SMAS-11163)
- 日本盤(東芝Odeon EOP-80778 ※解説や 訳詞などの32頁ブックレット付属)
- UK SQ盤(EMI Harvest Q4SHVL804 ※4chステレオ/Quadraphonic盤)
- US SQ盤(EMI Harvest Q4SHVL804 ※4chステレオ盤)
- UK EMI100周年記念盤(EMI Harvest LPCENT11 ※180g)
- US MoFi盤(MFSL1-017 ※1st.プレス)
- US MoFi盤(MFSL1-017 ※2nd.プレス以降の書体違い)
- UK 30th.Anniversary盤(EMI Harvest SHVL804 ※特製ステッカー/特製6つ折りポスター付き 180g盤)
- EU 50th.Anniversary盤(PINK FLOYD RECORDS PFR50LP1 180g)
以上がLPで、以下に挙げたのは12cmのCDやSACD、ブルーレイ等である。
- US Mofi盤(UDCD 517 金蒸着仕様)
- UK SACD(EMI 2ch/5.1chハイブリッド盤)
- US SACD(Capitol 2ch/5.1chハイブリッド 盤)
- コレクターズ・ボックス(TOCP-71165〜7 CD/3枚、DVD/2枚、Blu-Ray/1枚、ブックレット等の特典多数)
- UK Blu-Ray盤(PINK FLOYD RECORDS PFR50BD3 ドルビーアトモス・ミックス、リマスタリングステレオミックス他)
#1から#8に関しては、オリジナルマスターテープからのカッティング。 #9と#10はスタン・リッカー(Stan Ricker)のカッティングによる “ハーフ・スピード・マスタリング*” が特徴。 #11はケヴィン・グレイ(Kevin Gray)、#12はバーニー・グランドマン(Bernie Grundman)がそれぞれマスタリングを担当している。 パッケージ仕様は、ゲートフォールドジャケット(見開きジャケット)に、6つ折りポスター2点、ポストカード2点、黒紙製内袋という内容がオリジナルの様式である。
*ハーフ・スピード・マスタリング:テープ速度を半分に落として丁寧にラッカー盤を制作することで、正確な音溝をカッティングすることができる
探究心をくすぐられる音質
「馬鹿じゃない!? なんでそんなに所持する必要があるの?」と訝しく思われてしまうかもしれない。 確かに冷静に考えれば、同じものがこんなにあっても仕方がないだろう。 単に『狂気』の音楽を聴いて楽しむだけならば、1枚あれば事足りる。
しかし、よりよい音質のアルバムを求めるあまり、私は『狂気』を買い続け(買い増し)てきた。 おそらく同じような考え方の人が日本には100人ぐらいはいるだろうと推測する。 それがコレクター気質というものだ(150人はいないかな?、たぶん…)。
なぜ『狂気』がこれほどまでにマニアを奮い立たせるのか。 それは、音質追求するに足る魅力を『狂気』が持っているからに他ならない。 さまざまなエフェクト処理が施されたサウンドコラージュ、コンセプトアルバムとしての完成度の高さと歌詞の持つ崇高さは、他を寄せ付けないほど素晴らしいのである。
それぞれ違う『狂気』
今回は、そんな私の『狂気』コレクションのLPの音の違いに少し触れてみたい(本コーナーはレコードの話なので、12cmディスクについてはここでは割愛する)。
まずは、やはりオリジナル盤、しかもごく初期しか流通しなかった “ソリッド・ブルー・トライアングル” 盤だ。 これはもう情報量が圧倒的で、後述するセカンドプレスやリマスター盤と比べて雲泥の差。 ダイナミックレンジの違いのみならず、声や楽器のリアリティ、臨場感と迫真性が圧巻なのだ。 しかしこのオリジナル盤、現在の中古市場の相場では、状態がいいものは軽く6桁、十数万円はする。
そうした点では、今現在も新品で流通している50周年記念盤が “ソリッド・ブルー・トライアングル” 盤にだいぶ肉薄するサウンドを聴かせてくれる。 情報量やリアリティではおよばないものの、入手価格を考えればこれで充分といってもよい。 前述盤との違いは、端的にいえば音の “鮮度” にある印象だ。
やはり高価で取引されているMofi盤は、繊細で実に細やかな音。 周波数レンジも広く、まさしくHiFiな音といえよう。
SQ盤もいい音だ。 本来は専用デコーダーを介した4chステレオ装置で聴くべきアルバムだが、ステレオ再生との互換性があるので違和感はない。 心なしか音の分離、左右のセパレーションが良好に感じられる。 A1冒頭のLchからのギターソロの響きやコーラスの広がりにそれを感じる一方、低域の量感がやや薄めという印象も受ける。
個人的にはB面が好き。 特に「Us and Them」のトリップ感が堪らない。 あの曲の音響的カオスにどっぷりと浸って浮遊感を味わうのが至福の時間という人が、日本にはたぶん100人ぐらいいるだろうと推測しているのだが…。
Words:Yoshio Obara