いい盤は、刻まれている音楽とあしらわれているジャケットデザインの蜜月によって生まれ、ひとつのアートピースになる。その組み合わせの背景を探ってみる企画。今回は、稀代のメジャー・プロデューサーであり、エクスペリメンタルな音楽シーンでギタリスト、シンガーとしても活動しているブレイク・ミルズの『Mutable Set』。ジャケットに用いられているアートワークはヴァレンティノとのコラボレーションでも知られる画家、エミリオ・ヴィラルバ。彼の作風を紹介しながら、アートワークと音楽の因果を探る。
「クラスター」「ブレインストーム」としての絵画。
一輪のポピーを持つ人の手の絵画。皿の上に並べられた鯉のような魚。一脚のチェア。みかんの皮。人の目。壁に刺さったマッチ(1本は燃え尽きている)と釘(1本は折れ曲がっている)。アラバマ・シェイクスやエド・シーラン、ジョン・レジェンド、パフューム・ジーニアスらのアルバムを手掛けてきたLAの若きプロデューサー/ギタリスト、ブレイク・ミルズのソングライティングアルバム『Mutable Set』(2020年)のジャケットは、言葉にすると奇怪だが、サルバドール・ダリのリビングルームがあったらこんな感じだろうか、と想像させるキッチュかつシュールで可愛らしい絵画だ。
描いたのは、アメリカ・サンフランシスコをベースとするエミリオ・ヴィラルバ。ヴァレンティノと断続的にコラボレーションし、ウェアやバッグ、シューズに独特なコンポジションを提供したこともあるコンテンポラリー・ペインターだ。今回はまず、そんなエミリオ・ヴィラルバに少しフォーカスする。
エミリオ・ヴィラルバが受けた影響はディエゴ・ベラスケスやジャン=ミシェル・バスキアなど、バロックからモダン・アートと幅広いが、とりわけ直接的なインスピレーションとなっているのはアリス・ニールという女性画家だと考えられる。20世紀、特に1970年代に活躍したアリス・ニールの絵画のモチーフは家族や恋人、詩人、アーティスト(アンディ・ウォーホルを描いたものもある)、食堂、リビングといった身の回りのものだが、太いタッチでモチーフは厚塗りされ、感情や鈍い空気をあぶり出すかのごとく歪んでいる。
エミリオ・ヴィラルバの作品も筆遣いは力強く、歪みがあったり、目が複数あったりと奇天烈な部分はあるものの、構図の妙によって非常にデザインコンシャスにまとめ上げられている点が特長と言えるだろう。そしてモチーフも自身が住むアパートにある物や散歩中に見つけたもの、近くの人。それらを一度、脳内でバラバラにするそうだ。エミリオ・ヴィラルバは自らの作品を「クラスター(=群像)」あるいは「ブレインストーム」だと言う。「単一のストーリーラインではなく、鑑賞者が独自に解釈できるイメージの群れを描き続けている」とも、あるインタビューで語っていた。
すべての活動を統合するような、バイオグラフィ的アルバム。
『Mutable Set』のジャケットアートワークには、エミリオ・ヴィラルバの「Up at the Homestead(家屋の上にて)」という作品の別バージョンが採用された。その作品は2018年に描かれており、近しい構図でモチーフが異なるもの、ただ格子の中に同様のタッチでいくつものタバコが描かれているものなどが存在する(当時のエミリオ・ヴィラルバはロックをテーマに作品を創っていた)。『Mutable Set』の裏ジャケにも、その格子に様々なマテリアルがレイアウトされているものが描かれている。そこでは表と同じく釘。卵。芯だけになった林檎。砂山。同じく目。ガラス。石膏像。アイスクリームが乗ったパイ。紙幣。寿司。階段。指輪。ドア。同じく魚。花瓶。アナコンダ。不可解な集合だがタイトルの通り、何となくエミリオ・ヴィラルバの私/詩的なプライヴェートが垣間見える。
ここでブレイク・ミルズの話に移る。冒頭で触れた通り、グラミー受賞クラスのアーティスト、バンドと協働してきた輝かしい経歴をもっているわけだが、それはおそらくごく一部と言え、ギターを武器に彼は都度変化する。ローリング・ストーン誌はブレイク・ミルズの活動幅を「dizzying in its scope and breadth(=範囲と幅に目がくらむほどだ)」と、かつて記していた。この場ですべてを載せると経歴一覧だけで終わってしまいそうなため割愛させてもらい、プレイヤーとしてのワークに絞っていく。
キャリアの皮切りとなったファーストアルバム『Break Mirrors』(2010年)は至極ピュアなアコースティック盤だった。そのソングライティング技術、歌唱の繊細さ、美しいコーラスワーク、ジム・オルークを彷彿させる構成のユニークさなどなど、あらゆる要素が絶賛され、先の仕事に繋がっていったのだが、その後、急展開が起きる。
象徴的なのが2018年にリリースされたアルバム『LOOK』だった。直前までブルース・スタイルでライブをやっていたのにも関わらず、そこでアンビエント方向に舵を大きく切ったのだ。1970年代のローランド製ギターシンセ、Roland GS/GR-500などの忘れられていた機材を使い、ブレイク・ミルズは約25分の健やかなドローンを奏でた。制作意図について、Pitchforkのインタビューで「大作ではない、ささやかなものの価値を見出したかった」と彼は語っている。
近年では、『LOOK』でフィーチャーしたサックス・プレイヤーのサム・ゲンデル、ディアンジェロ、ザ・フー、ジョン・メイヤーのベーシストを務めてきたレジェンド、ピノ・パラディーノ、ドラマー/パーカッショニストのエイブ・ラウンズと共に、穏やかなカルテットを結成し、2021年にアルバム『Notes With Attachments』を出している。
『Mutable Set』はそのふたつの中間、変化の軸に位置していると考えられる(「Mutable」とは「可変」という意味である)。冒頭でソングライティングアルバムと記したが、『Break Mirrors』とは少々異なり、その響きは『LOOK』までの活動をすべて統合するようなバイオグラフィ的なものだった。これも冒頭で触れたポピーは、実は『LOOK』のジャケットアートワークの主役として登場している。それと似たような絵が一室のようなところに飾られているアートワークということはつまり、『Mutable Set』もエミリオ・ヴィラルバの絵画と同じく、私/詩的な「クラスター(=群像)」「ブレインストーム」なのだと捉えても誤りではないだろうと思うのだ。浅はかな想像だが、ポピーを持つ手はブレイク・ミルズのものなのかもしれない。
Words: Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu