新しい音楽との出合いはレコードやサブスクだけじゃない。本に収められた文章やビジュアルをきっかけに新しい音楽を知ることもある。音楽家のエッセイ、ジャーナリストによる論評、ライブ・コンサートの写真集、ジャケットのアートワーク集だったり、ページを進める度に広がっていく音楽の世界。読書家のあの人が選ぶ3冊の本が教えてくれる、音楽を読む愉しさ。
宮沢賢治の童話と音楽
2010年に、とあるプラネタリウムでのイベントのテーマとして「星のうた」という曲をつくったとき、宮沢賢治の童話の世界がふと頭に浮かび、そこから少しエッセンスを拝借しました。彼の紡ぐ言葉は風景を、心情を、そして音世界をとてもユニークに描いています。ここでご紹介する宮沢賢治の3つの童話は、実は新潮文庫『新編・銀河鉄道の夜』1冊があればすべて読めてしまうのですが、絵本もあるので単体で楽しむのも良いかと。そして、それぞれが密に関係する音楽や、後に映像化されたものまでぜひたどり着いていただきたいので、3作品としてご紹介させてください。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(新潮文庫)
少年ジョバンニが友人のカンパネルラと銀河鉄道に乗り、そこで見る風景、出会う人との会話、それを受けてのジョバンニの孤独感やモノローグ、そしてたびたび出てくる「ほんとうの幸福」「ただいちばんのさいわい」という表現。それぞれみんな、違う切符を持っていて、行き先、使命はそれぞれに違っている。
本を読んだら、1985年に発表された、杉井ギサブロー監督、ますむらひろし原案のアニメーション作品『銀河鉄道の夜』をぜひ観ていただきたいのです。脚本は別役実、音楽は細野晴臣。猫の姿をした主人公たちと、静かに不思議に漂うこのサウンドトラックが、物語の世界を体現していて本当に素晴らしい。かれこれ30年以上は、折に触れて繰り返し観ている作品です。
宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』(福音館書店)
街の金星音楽団でセロを担当するゴーシュ。下手なので団長や他の団員にいじめられている。くやしくて独り夜な夜な練習しているといろんな動物が家にやってきて、あれを弾けこれを弾けと頼んでくる。たぬきが太鼓の練習にとリクエストする「愉快な馬車屋」、チェロの中に病気の子ねずみを入れて奏でる「なんとかラプソディ」、ゴーシュがヤケクソで弾く「印度の虎狩」……。すべて架空の曲ですが、文章を読んでどんな音楽なのだろうと想像を掻き立てられます。
こちらも読み終えたら、1982年高畑勲監督のアニメーション作品『セロ弾きのゴーシュ』を観ていただきたいです。音楽を担当した間宮芳生の各曲への解釈と再現、そして金星音楽団が音楽会に向けて日々練習するベートーベン交響曲第六番「田園」の各展開が物語のシーンと織り混ざって、こちらもまた文学作品の映像化として素晴らしいと感じました。
宮沢賢治『双子の星』(三起商行)
宮沢賢治の童話を読むと、誰かが誰かに理不尽に虐げられている場面が多いと感じます。第一次世界大戦を目の当たりにした彼にとって、いじめる者の気持ち、いじめられる者の気持ちが、敏感に感じ取られたのかもしれません。そのなかにあって、虐げられながら自分の生き方を保とうとする者の姿が印象的です。
『双子の星』の中に記されている「星めぐりのうた」は、現在もたくさんの演奏家により歌われている有名な歌です(私も演奏会で何度か歌いました)。毎晩必ず、星のめぐりに合わせて双子の星の童子が銀笛を吹くおつとめの音楽として、この「星めぐりのうた」が登場します。この双子が途中いろいろなトラブルに巻き込まれたり、いじめられたりするのですが、何があっても最後には守られるこの銀笛のルーティンが、物語に平和をもたらします。絵本は何種類も出版されていますが、ここでは夜空の青色にとてもこだわったという平澤朋子版をご紹介します。そして、YouTubeには「星めぐりのうた」の演奏がたくさんアップされていますので、ぜひ聴いてみてください。
森ゆに
シンガーソングライター・ピアニスト。バンド活動を経て2009年ソロ活動開始。2024年1月、5作目のオリジナルアルバム『solitary』をリリース。このほか2012年、制作の原風景のひとつとも言えるシューベルトの楽曲を弾き語りにておさめた『シューベルト歌曲集』を発表。また2019年より青木隼人、田辺玄とのユニット「みどり」の活動をスタート。ヴォーカルを担当している。
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Edit:Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)