新しい音楽との出合いはレコードやサブスクだけじゃない。 本に収められた文章やビジュアルをきっかけに新しい音楽を知ることもある。 音楽家のエッセイ、ジャーナリストによる論評、ライブ・コンサートの写真集、ジャケットのアートワーク集だったり、ページを進める度に広がっていく音楽の世界。 読書家のあの人が選ぶ3冊の本が教えてくれる、音楽を読む愉しさ。

上澄みの味わいを楽しむ、未来のガイドブック三選

1990年代はディスクガイドの時代だった。 大量のレコードジャケットに、短文のキャプションがグリッド状に並ぶものであれば、雑誌であれ、書籍であれ、穴が空くほど眺めては記憶し、レコードショップで同じものを探し出して入手し、満足した。 まずは所有することが重要で、そのためにまず信用できるセレクターによるカタログが必要だったのだ。

しかし、サーチエンジンが普及し、情報のストック価値が薄れつつある上、配信で音楽を聴く時代が訪れ、ディスクガイドは過去のものとなりつつある。 そんな時代に書物で音楽に触れる意味はなんだろうか。 情報価値を排したあとに残る上澄みのような、解釈、情緒、主観。 それらの味わいを楽しむ、未来のガイドブックを三冊ここに紹介する。

Gazzette4「ひとり ALTOGETHER ALONE」(アスペクト)

ピンク・フロイド『狂気』のジャケット

ひとりで聴きたい音楽、ひとりで作り上げられた音楽、聴けば孤独を感じる音楽。 それらを「SWEET」、「MILD」、「BITTER」の気分によって分類、紹介した異色のディスクガイド。 1999年、ミュージシャンや音楽ライター、作家やデザイナーら、属性の異なる4人の著者によって編み上げられた本書は、いわゆるカタログとしてのガイドブックが全盛だった1990年代の終わりを告げると同時に、インターネットの普及により情報バブルが崩壊し、「何を」ではなく「どのように」聴くのかが問われる21世紀の始まりを予見した一冊。 客観的なデータよりも、主観や印象を重要視し、音楽がまとう詩情を言語化した、他に類を見ない読み物。

ジョンとポール「いいなアメリカ」(誠光社)

ピンク・フロイド『狂気』のジャケット

意気揚々と船出を告げる男。 アメリカでは誰もが、猛獣に怯えることもなく、日がなワインを飲み、神に感謝を捧げる。 いざ、自由の国へ。 そう歌う男が操舵するのは奴隷船である。 奴隷船の船長を演じる「歌い手」はランディ・ニューマン(Randy Newman)。 この「セイル・アウェイ」という曲には、なんのエクスキューズも含まれていない。 ただ奴隷船の船長が意気揚々とアメリカの素晴らしさを歌い上げるだけ。

聴き手によっては、そのシニカルさが十分に理解できるはずだが、人によっては怒り出してしまう。 そんな歌の背景を、広島在住のミュージシャンが歌い、訳し、解釈する。 するとどうだろう、ランディ・ニューマンを知ることがアメリカを知ることにつながるのだ。

松平維秋『スモール・タウン・トーク ヒューマン・ソングをたどって…』(ヴィヴィッド)

ピンク・フロイド『狂気』のジャケット

1970年代の渋谷に、「ブラックホーク」というロック喫茶があった。 そこで流れるレコードの数々は、いわゆる「ロック」と聞いて多くの人がイメージする、ラウドでノイジーな音楽とは一線を画した、穏やかで滋味あふれるものばかりだった。 マイナーもメジャーも織り交ぜた独特の選曲は、のちにレコードコレクターたちの間で、ある種のパラダイムと化し、語り継がれることになる。 それらを「ヒューマンソング」と呼び、ブラックホークで選曲を担当した当人であった著者による詩的で穏やかな音楽エッセイ集。 読めば、ロックという音楽の持つ、暖かさ、繊細さに気づくことが出来るはず。 「ブラックホーク」のレコードコレクションガイド付き。

堀部篤史

京都の個人書店「誠光社」店主。 新刊書籍やアートブックの他、新譜や中古レコードも扱う。 はじめて購入したレコードは、ティーンエイジ・ファンクラブ「BANDWAGONESQUE」。 それから30年間、ジャンルも時代も問わず、いまもダラダラとレコードを買い続けている。

誠光社 HP

Edit:Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)