リリックを書くことでの表現と意思表示。 ビート選びのプロセスで意見交換の大切さを知る。 レコーディング作業を通して、自分の感情を口にすることに慣れていく。

友だちや恋人との放課後や深夜よりも、昼間の教室が世界のほとんどである小学生の時代。 次第に親以外の大人と対等に言葉を交わしはじめる中学生の時代。 ティーンなりたて、アーリーティーンの頃。 ラップミュージックは彼らの心の成長に、どのように働きかけるのか。

小さな教室と、ラップミュージック×セラピー

ラップミュージックとセラピーを融合させたワークショップ「Rap Therapy」は、10〜14歳のキッズグループを対象にしている。 2018年に、英国、南ロンドンのソーントン・ヒースにて始動。 これまで国内70箇所以上の学校や青少年団体、図書館やサマーキャンプなどでワークショップを開催してきた。

ラップミュージックを通して積極的に自身を表現する方法を知り、コミュニケーションを身につけ、メンタルヘルスを向上していくことを目的にしたトレーニングになっており、これまでに参加したキッズは6,900人以上。

特にコロナ禍以降、若年層が抱えるメンタルヘルスの問題は年々、深刻化している。 「試験のプレッシャーに悩む子や、経済的に厳しい家庭で育ったがゆえに自尊心が低い子。 ソーシャルメディアの普及によって他人と比較し、自分自身に疑問を持ち始める子も多くいるんだ」とは、元ラッパーで「Rap Therapy」のファウンダー、Bhishma Asare(ビシュマ・アサーリ)だ。

Always Listeningでは以前、NYのサウスブロンクスのいわゆる“札付き高校”で放課後に行うヒップホップ・セラピーを取材した。 教室以外の自分の世界をもつハイティーンのヒップホップ・セラピーは、内省的なアプローチが多かった。

今回は、小・中学生とラップセラピー。 自分を自覚しはじめ、他者を強烈に意識しはじめる時期であり、教室が世界の大部分を占める時期でもある。
若年層のメンタルヘルスが深刻化するいま、10、11歳でメンタルヘルスの問題を診断されることもあるこの時期にこそ自分の心を知り表現することを身につけることが大事だと話すBhishmaに、詳しく取り組みを聞く。

ラップセラピー

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「Rap Therapy」が拠点を置くソーントン・ヒースって、どんなエリアなんでしょう。

犯罪率がめちゃくちゃ高い街。 クロイドン地区*の「危険な街ワースト3」に入ると思うよ。
*ロンドン南部にある地区。

地元でもあるんですよね。 Bhishmaは以前、ここで育つなかで見てきたことを歌ったEP『Invisible Guidelines』をリリースしています。

そ。 地元でサバイブするために教えられた「ガイドライン」についてラップしたんだ。 この曲は多くのメディアから注目を集めて、『Metro』や『The Guardian』*でも特集されたんだ。 でも、実は僕が曲中でラップしたのは、“間違ったガイドライン”。 この地区で育つキッズたちには、自分たちとは違って正しいガイドラインを知って欲しいと思った。 この曲をつくったことこそ「Rap Therapy」を始めるキッカケになったんだよね。
*『Metro』は英国で発行部数最多の新聞。 『The Guardian』は英国の代表的な日刊紙。

ラップミュージックがセラピーになると思ったのは?

昔から独学でラップミュージックをやっていたんだけど、成長していくなかで一種のセラピーとして機能していることに気づいたんだ。 大人になって、振り返ったときにね。

(成長過程にある子たちが)心から楽しみながら感情などを吐露する、そのための最適なフォーマットだと思ったんだ。

自分のうちにあるものを吐露する“よい方法”を、成長過程で知っている。 それは大きいですよね。

僕らがラップでやっていることは、悲しい事件を避けるための一つの方法を試している、のだと思う。 留置所行きになってしまったり、ギャングになって刑務所に入ってしまったり。 あるいは精神科病院に入ってしまう、とかね。

英国でもラップミュージックは、いまでは最も人気なジャンルの一つ。 と同時に、よく聴くけれども “自分でやってみる” には、まだ遠いジャンル。 どうリリックを書くかなんて教えてくれるところはなかなかない。 自分自身の気持ちを吐き出すのに、実は役立つのだとも知る機会もない。 まずは自分たちがはじめてみようと思ったんだ。

閃いた2018年。 地元であるクロイドン地区の学校で、試験的にワークショップを実施。 退学を考えていた生徒4人が思い直したそうですね。

「表現」と「メンターシップ」の二つを融合したワークショップを実施してみたんだ。 「表現」では、率直な感情を書き出してもらい、それをどのようにリリックとして組み立てて曲として構成していくかを教える。

「メンターシップ」は、生きた教えを同時に知れること。 当時、講師に入ってもらったのは、クロイドン地区出身の、まあいわば元ワル。 似たような環境で育った経験、問題に直面したときのことなど、生徒たちの実生活にリアルに関わるアドバイスが含まれるようにしたんだ。

ラップセラピー

「Rap Therapy」のワークショップでは、その時の参加者(生徒)がどのような子どもたちかを掴むために、いわゆるカウンセリングに近い対話も最初の方に試みたり?

しないんだ。 まず、学校を通じて生徒をグループ分けしている。 一つは「停学・退学寸前の生徒」たち。 次に「強い不安を持つ生徒」たち。 最後に、その二つの中間だったり、いずれかに近い状況にある、全ての生徒たち。 グループ化はしてもらうけど詳しい事情や情報は聞かない。 学校で教師と接するのと、ワークショップで僕らと接するのは、同じじゃないと思うし。

全然違うでしょうね。 ワークショップにも種類があるんですよね?

30人程度の参加者でおこなう1〜2時間のものから、200〜300人が参加して半日から丸1日やる大規模なものまで。 それから一番人気なのは、8人の参加者で、週に1時間を4回やるもの。

教えることはどのワークショップでも同じ。 書ける、書き直しができる、そして、推敲できるようになること。 「自分のストーリーをラップに落とし込む」というゴールに向かってすね。

リリックを書き、レコーディングをする。 曲を作り上げる各プロセスではどんなことを教えるのでしょう。

まず、リリックを書く作業。 重複するけど、ここでは「書くこと・繰り返し書くこと」を教える。 ドラフトを何回も重ねることで、より深く考えて言葉にしていくことを学ぶんだ。 比喩表現を教えると、今度はそれを取り入れようと、さらに趣向を凝らしていく。 自分が体験したことを、“よくありそうな言葉”ではなくて、“自分だけの言葉”で表現できるようになるんだ。

そこに合う楽器やビートを選ぶことも、重要なプロセス。 自分のリリックに合うかどうかを周囲と意見交換して、意思表示の大切さを学ぶ。 レコーディングも同様に、どう思うか、どうしたいか、なにを変えたいのかを、言葉で明確に意思を伝える訓練になる。

レコーディング

グループとして他の生徒と一緒に取り組む点にも、よい点があるんですね。

チームビルディングを実践できることは大きいよね。 まだまだ、よいコミュニケーションやチームワークを育むスキルを持ち合わせていない生徒が多いから。 協力しなければ成り立たないゲームをやってもらったりもするよ。 たとえば、伝言ゲームとか。

伝言ゲーム?

全員が参加しないと成り立たない。 生徒たちに、まずは自身のコンフォートゾーン(居心地の良い空間)から抜け出す必要があるんだ。

当たるまでは、どこで間違えているかを探っていくでしょ。 チーム内でしっかりコミュニケーションを取らないと、ゲームはクリアできない。 ゲームを通して相手の考えを知ったり。

あとは、自分と似た問題を抱えるキッズと一緒にワークショップに取り組むこと自体、大事だと思うね。

「Rap Therapy」の対象は、10歳〜14歳。 自分を知り、他者と比較し、世界が広がり始めるこの時期に、どうしてセラピーに触れていくことが大切なんでしょう。

若い世代のための「Rap Therapy」の内容を考えはじめた際にリサーチを進めるなか、子どものメンタルヘルスの問題は10、11歳から診断されることがわかったんだ。 となれば、この時期から自分をケアしていく方法を知っていたらどうだろうか、と。

スポーツと同じで、小学生でバスケを始めるのと高校生でバスケを始めるのとでは、飲み込みも上達速度も圧倒的に違う。 この時期にはじめたほうがキッズたちに馴染みやすいんじゃないかとね。

心も体も大人に向かって成長していくその入り口で、自然なスキルとして備えていくということですね。

それからもう1つ。 英国では近年、多くのユースクラブ(市などが運営する青少年の余暇活動のためのクラブ)が相次いで閉鎖してる。 行き場と遊び場を失ったらどうなるか。 間違った人たちとつるみ、間違ったことに参加してしまうことにもなる。 そこで悪事に手を染める、なんてことは珍しくないから。

ラップセラピー

ワークショップに参加するキッズって、実際にいまどんな悩みや問題を抱えているんでしょう。

試験のプレッシャーに悩む子だったり、経済的に厳しい家庭で育ったがゆえに自尊心が低い子だったり。 そういった子が多いね。

この「自尊心」というものにおいて、デジタルネイティブ世代はこれまでとは全く違う問題を抱えるといわれていますよね。 自尊心の低さに苦しむ子には、ワークショップでは自分を愛するテーマでリリックをかいてもらうとか。

SNSをひらけば、そこにはすでに “何者か” であるようにみえる同世代がたくさんいて、自分自身に疑問をもってしまう。 自分と他人を比べる機会が多すぎるよね。
いまなにかすごいことをしていなくても、大金を稼いでいなくても、それは自分を愛する・愛さないには関係がないことだと知って、自分を受け入れ愛していいんだと教えないと。
ワークショップに参加するキッズたちは、自分で自分のいいところを次第に見つけられるようになってるよ。

友だちとの関係や、いじめの問題を抱えている子もいると思います。 こういったところへの働きかけもするんですか。

「いい友だちとは?」というテーマでラップを書く課題を与えるんだ。 書くとなると、彼ら自身で考えないといけないからね。
学校では「良い生徒でいましょう」「いい友人でいましょう」というけど、肝心な「いい友人とは?」までは教えてくれない。 それから、なぜ学校生活を送っていくなかで友人が必要なのかも、教えてくれない。 それは、自分で考えてはじめてわかることなんだ。

ラップを通して、自分でリリックを書くことを通して知ってもらいたいのは「何を考えているのか」「自分が何をしているのか」「なぜそれをするのか」「どう思うのか」など、一つひとつの行動を自分で理論的に、根拠をもつことなんだ。

いい友人についてを自分の言葉で理解したとき、誰かをいじめようと思ったときに、その言葉が浮かんでくるかもしれない。 自分で自分を止められるかもしれない。

強烈に他者を意識しはじめ、自分の内で葛藤をもちはじめる時期に、「自分の言葉で自分でわかる」というのは誰かに教えてもらうことと同じくらい大切ですね。

いつもなぜか怒っていて、ケンカして揉めてばかりの子も少なくはない。 先生は決まって「いつもそうなんです、何度言い聞かせても」なんて言う。 そういった子も「なぜ自分は怒りを抱えているのか」を怒りを感じるたびに、暴れる代わりにリリック帳に書くようにしていくと、振る舞いは変わっていく。 先生たちは「一体どうやって」なんていうけれど、要は自分で自分をわかる、客観視できるようになる、ということが肝なんだ。

ラップセラピー

どう自分自身を知るか・表現するかを教えてもらう機会、意外と学校生活には少なかったなあと振り返って思います。

なにか抱えているものや有り余るエネルギーを、スポーツに活かして解消できる子もいるよね。 でも、みんながみんなそうじゃない。 さっきも言ったけど、そこで間違ったグループに入ってしまう子もいる。
数学も、国語も、教えてもらってはじめてできるようになる。 自己表現だってそうなんだ。 教えてもらわないと難しい。

僕らはラッパーを育てているんじゃなくて、ラップを通して自分を知って表現して、自分で自分の心を守って育てていけるようになることを、教えたいと思っている。

メンタルヘルスの問題を診断されはじめる10歳。 それは、それだけ心が複雑にいろんなことを感じ取れる時期に入っていくのだともいえます。 その時に、自分で自分の心を知って、守る術を知っていることは、その後の人生で大きな糧にもなっていきますね。 最後に。 「Rap Therapy」で一番大切なことは?

「表現していいんだよ」っていう、キッズの道しるべでいること。 自分自身をめいっぱい表現できるって、メンタルヘルスにとって最重要だからね。

Bhishma Asare

2018年に英国のソーントン・ヒースで創立した、ラップミュージックとセラピーを融合させた「Rap Therapy」のファウンダー。 元ラッパー。 これまで国内にある70以上の学校や青少年団体、図書館やサマーキャンプなどでワークショップを開催し、6,900人を超えるキッズにセラピープログラムを提供してきた。

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All Image: Rap Therapy
Words: Yu Takamichi and HEAPS

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