レコードをいい音で聴くために重要なこと、それはレコード盤をきれいな状態に保つこと。前回のオーディオライターのレコード講座では、レコードをいい音で聴くためのお手入れ方法についてご紹介しました。そこでふと疑問に思ったのが、<日常的にブラシやスプレーなどでレコードのクリーニングを行っているのに、重篤な汚れというのは蓄積してしまうのか?> ということ。盤面に溜まっていく目に見えない汚れについて、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
レコードの盤面はあらゆる汚れを引き寄せてしまう
レコードは塩化ビニールという樹脂でできています。この素材がまた静電気を帯びやすく、細かな埃を引き寄せてしまうから日常的にブラシをかけてやらなければいけない、ということは前に解説したかと思います。それと同じことで、空気中に漂うごく微細な油やヤニ、カビの胞子なども吸引してしまうのです。
そういったごく微細な粒子は、レコードの表面に付着しても肉眼では分かりません。しかし、髪の毛よりも細い音溝には大きな悪影響が出てしまいます。油やヤニは音溝の繊細な情報を覆い隠し、針先にも付着してこびりつくことで、他のレコードをかける際に音を悪くする元凶ともなります。
さらに恐ろしいのはカビの胞子です。カビは同じように付着した油やヤニ、まして素手で盤面を触ったレコードなら手指の脂や塩分を栄養にして増えていきます。私はレコードクリーナー液やクリーニング・マシンを取材する時に使うためにジャンク品の中古レコードをよく購入するのですが、ベットリと指の形にカビが繁殖している個体を見つけることがあり、本当にゲッソリします。
カビは軽微なうちはクリーニングで除去できますが、繁殖が進むと盤面そのものも冒してしまうことがあります。そうなったらもうそのレコードは回復不可能ですから、やはりクリーニング液とクロスを用いたクリーニングは、しっかり行ってやらないといけません。
クリーニングで歴史を繋ぐ
私が2023年下半期現在に愛用している仕事用の試聴レコードの中で、ジャンク・レコードの棚から拾ってきたクラシックの盤は盤面にポツポツと粉を吹いたようにカビが生えている個体でした。アルコール入りのクリーニング液を使って丹念に磨き、汚れた液を丁寧に拭い取って乾かした後、プレーヤーへ載せて針を落とした時の感激をどう伝えたらいいでしょう。何といってもちょうど50年前、1973年に生産されたレコードですから、幾らかのパチパチノイズは取り切れずに残りましたが、オーケストラが広大なコンサートホールへ瑞々しく響き渡り、豪壮雄大にして繊細なシンフォニーが眼前へ展開したのです。
まぁそこそこ聴けるようになったら万歳くらいに考えていましたから、ていねいなクリーニングによってレコードがほぼ完全復活したことを喜ぶとともに、半世紀前のレコード技術者の皆さんは、本当にいい仕事を後世に残してくれていたのだな、という感慨にも耽ることができたものです。
このレコードは、たまたまどうにかカビが音溝を蝕むところまで達していなかったから助かりましたが、あのままジャンク棚でアクビをしていれば、そう遠からず音溝へ被害が及んでいたことでしょう。この盤は私が何とか救出することができました。これで次の世代へも安心して手渡せるというものです。
クリーニング液とクロスを使って行う丹念なクリーニングは、もちろん第一義的には聴きたい音楽をより素晴らしい音で再生するためのもの、即ち極めて私的な動機であっても問題ありませんが、その営為がひいては貴重な文化遺産たるレコードの寿命を延ばし、将来にわたって受け継いでいくための “保全活動” となるのです。皆さんもぜひ、このクリーニング法をマスターして下さいね。
Words:Akira Sumiyama