レコードとともに最近注目が集まっているアナログメディア、カセットテープ。 1960年代に開発されて以来、どのような歴史をたどってきたのでしょうか?今回はオーディオライターの炭山アキラさんによる、レコードの歴史のお話です。

レコード、というよりCDの歴史に関するお話はこちら

記録用に開発された、小型カセットテープ

1962年にオランダのフィリップスが開発したコンパクトカセット録再システムは、僅か3.81mm幅の磁気テープを秒間4.76cmで回す規格です。 それまで一般的だったオープンリール・テープは1/4インチ幅というから約6.35mm、テープスピードはいろいろありましたが会話記録用なら4.76cm/秒、普通に音楽を収録するには最低でも9.6cm/秒、市販のミュージックテープは大半が19cm/秒のものでした。 つまり幅は約75%しかなく、スピードもギリギリ音楽用とされるものの半分だったのです。

そんな概要ですから、フィリップスはそもそもカセットを音楽用とは考えていませんでした。 簡易な会話などの記録用に、小型で便利な録音機を作るための規格だったのです。

フィリップスは、カセット規格の特許を無償で開放しました。 折しもブームが勃発して好況に沸いていた日本のオーディオメーカーが、こぞってその規格に参入します。 オープンでは大がかりになる録音機を、カセットなら比較的廉価で小型のコンポーネントとも組み合わせることができる。 そう考えた各社のオーディオ技術者は、互いに競い合ってカセットの音質と機能の向上に没頭します。

記録用に開発された、小型カセットテープ

日本のオーディオ界が大ブームに沸いていた頃と、カセットテープが存在感と性能を磨いた時期は、ほぼピッタリと重なります。 それもそのはず、カセット録音/再生システムを磨き上げたのは、まぎれもなく日本だったのです。

周波数特性、磁性体、進むカセットテープ開発

まずは周波数特性を伸ばすことが求められました。 初期のカセットは50Hz〜10kHzも伸びれば大健闘でした。 これを何とか両端にかけて1オクターブずつ伸ばすことへ、当時の技術者は知恵を絞ります。

これはハード・メーカーと磁気テープ・メーカーの二人三脚によって、長足の進歩を遂げました。 ハード側が磁気ヘッドの性能を良くすれば、テープ製造側は磁性体の粒子をより細かくして高域性能を改善する、といった具合です。

また、磁性体そのものも新しい素材がどんどん開発されていきました。 当初は酸化鉄の粉末を用いたタイプI(ノーマルポジション)磁性体のみでしたが、二酸化クローム磁性体で高域特性を改善したタイプII(ハイポジション)が登場、これはクロームの毒性が問題視され、後にコバルト塗布酸化鉄の磁性体へ変更されます。

どちらかというとタイプIは低域に強く、タイプIIは高域に強い特性を有していたため、その両者を2層塗りとしたのがタイプIIIで、さらに酸化していない純鉄を磁性体としたものがタイプIV(メタルポジション)となります。

周波数特性、磁性体、進むカセットテープ開発

それぞれの磁性体はかなり特性が違いますが、ハード側がそれに最適の設定を用意してそれに合わせるタイプのデッキ(再生用のスピーカーなどを持たず、コンポーネントへ組み入れることを前提とした製品のこと)や、中には自動でセットしてくれる製品もありました。

初期のカセット方式はワウフラッターが大きく、音楽を聴くには少々問題のあるレベルでした。 これもハード側はテープの走行を安定させるために走行系を精密化したり2モーター駆動にしたりして、またテープ側はカセットハーフ(テープが収まっているケース)の高精度化と回転抵抗の大幅な減少でそれに応え、おかげで聴いても全く分からないレベルにまで向上しました。

ノイズを低減させるために

最後に残された問題はS/N(Signal to Noise Ratioの略。 この場合は録音できる最も大きな音とテープのヒスノイズとの比を指す)でした。 これもメカニズムや磁性体の高度化により、初期からは大きく進歩していたのですが、それでもちゃんと整備されたレコード再生装置よりずっとノイズが多く、耳障りなものでした。

そこへ登場したのがアメリカのドルビー研究所が開発した「ドルビーBタイプ・ノイズリダクション」です。 高音を大きめに録音して再生時に下げることで、特に耳障りな高域のノイズを激減させ、これでカセットは本格オーディオの仲間入りを果たします。 実は、レコードもちょっと似通った方法で高音のノイズを減らし、低音の余裕を増しているんですよ。

こうして、カセットは開発からほんの十数年で高音質への階段を駆け上がり、70〜80年代の音楽再生の主流となりました。 FM放送から音楽を録音する「エアチェック」がブームとなり、ラジカセやカーステレオで聴くためにレコードをカセットへ「落とす」ことも、盛んに行われたものです。

ノイズを低減させるために

より手軽に音楽が楽しめた一体型のラジオカセットはラジカセと略称され、こちらも若者は持ってない人の方が珍しいくらいでした。 そうやって若者文化の中心へ位置するようになったカセットへ、1970年代の終わり頃、世界を変えてしまう革命が起こります。

音楽が持ち運べるようになる

カセットはその劇的な性能向上の結果、そのコンパクトさを生かした業務用の可搬型録音機も開発されていました。 ソニー創業者の井深大さんはそれとヘッドホンを組み合わせ、出張の飛行機で聴いていたそうです。 しかし、いくら可搬型といってもそれはただ音楽を聴くだけの装置としてはとても大きく、重いものでした。

音楽が持ち運べるようになる

「録音機能を外して、もっとコンパクトで軽いカセット・プレーヤーが作れないかな」という井深さんの言葉が、革命の第一歩でした。 「ウォークマン」の誕生です。 世界的な大ヒットでヘッドホンカセットというジャンルを創造し、一般名詞として辞書にまで載ったこの商品名は、新しい音楽体験の象徴となりました。

これまで音楽はもっぱら家の中で楽しむものでした。 屋外でもせいぜいピクニックにラジカセを持ち出すくらいのものでしたが、ヘッドホンカセットが屋外に本格的な音楽を持ち出したのです。

また、それまで音楽は概ねスピーカーから出てくる音を聴いていましたから、人によって、またご家庭によって多少の違いはあったものの、多かれ少なかれ音楽は複数のためのものでした。 しかし、ヘッドホンステレオは「個人のための音楽体験」という、全く新しい概念も生み出したのです。

ウォークマンが誕生してからもう40年以上が経過し、その間、カセットからMD、そしてHDDプレーヤーと、メディアこそ進化を続けてきましたが、1970年代の末にウォークマンが生み出した屋外と個人のための音楽という概念は、今なお変わっていません。 それがどれほど偉大な発明であったかが、このことから分かります。

オーディオプレーヤーはさらに小型化し、さらに便利に

アップルからiPodが発売されたのは2001年のこと。 21世紀開幕とともに、また大きな変革をもたらすプレーヤーが登場したことになります。

iPodを筆頭とするDAP(デジタル・オーディオ・プレーヤー)を使ったイヤホン再生が若者の間で流行し始めると、人々は配信音源を買ったりサブスクを利用したりして音楽を聴くようになってきました。 そんなライフスタイルの変化に伴い、CDの売れ行きが落ち始めます。

オーディオプレーヤーはさらに小型化し、さらに便利に

また、サブスクが普及するに伴い、音楽の聴き方に新しい流れが起こりました。 既知の作品を聴いていたら、聴き終わったところでそのアーティストの作品とは違うけれど、よく似たジャンルの作品が流れ始める。 それが気に入った人は、そのアーティストの情報も調べ始める。 一気に愛好するアーティストの幅が広がっていくのですね。

そして、お気に入りのアーティストについて調べ始めると、今は便利なものでパソコンでもスマホでもどんどん検索できますから、新しいアーティストを調べているうちに、その人やグループがLPレコードでもアルバムを出していると分かる。

レコードってどんなものだろうと調べてみたら、一辺約30cmの正方形で、CDよりずっと大きなジャケットを持っている。 いいデザインのジャケットがあるから、これを部屋に飾ってみたい。 こうやって、プレーヤーを持っていないけれどレコードは家にある、という若い人がチラホラ現れ始めました。

一方、DJはレコードが滅びに瀕した20世紀の終わりから21世紀初頭にかけても、レコードを回しながら音楽を作り出していました。 その姿と音楽に憧れ、レコードに興味を持つ人も多くなっていったのです。

現代のレコード人気

現代のレコード人気

日本ではまだまだCDが売れているほうですが、アメリカやイギリスでは既にCDよりもレコードの売り上げ枚数が多いという再逆転現象が起こっています。 日本でも、ひょっとしてこれからそういう時代がくるのかもしれませんね。

21世紀も20年以上を経た今、DAPはBluetoothでワイヤレス・イヤホンと組み合わせるスタイルが、すっかり一般的になっています。 ということは、Bluetooth対応機であればどんなプレーヤーでも、ワイヤレス・イヤホンやヘッドホンで聴くことができるということです。

何と今は本当にいい時代ですね。 Bluetooth対応のレコードプレーヤーがあるのですから。 つまり、今の人はプレーヤー1台買えば、それだけでレコードの内容を聴くことができるのです。 大がかりなオーディオ機材をそろえなければならなかった時代と比べ、何と気軽になったことでしょう。

ちなみに、そういうものを作っているメーカーさんには申し訳ないのですが、レコード店の一隅に置いてある、本体に小さなスピーカーがついているようなプレーヤーは、私としてはあまりお薦めできません。 同じレコードを楽しむならもう少ししっかりした製品で、と強くお薦めするものです。

Words:Akira Sumiyama

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