あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回の舞台は、下北沢にあるレコード店「RANA-MUSICA RECORD STORE」。 2000年初頭、ニューヨークのレコード店で働いていた経験を持つ店主・中原良さんと、ご近所で交友関係のある「pianola records」の國友洋平さんとともに、思い思いに持ち寄ったレコードへと針を落としていただいた。
先日、pianola records店主の國友さんに針J企画を提案したところ、「せっかくなら面白いスピーカーがあるので」と、ご近所である中原さんのお店「RANA-MUSICA RECORD STORE(以下、RANA-MUSICA)」へ伺わせていただいたというのが今回の経緯でした。 スピーカーは、中原さんがニューヨーク時代に憧れていたアメリカの音響機器メーカー「Klipsch(クリプシュ)」のものということで、どんな音を響かせてくれるのか、さっそく針とレコードを選んで聴いていきましょう。
際立つのは、オリジナル盤の音。
國友:まずは、エレクトロニカから試してみようと思うんですが、どの針がいいんですかね?
まずはいつもの流れなんですがベーシックモデルとも言えるターンテーブル「AT-LP7」付属のVM520EBから始めていきましょう。
〜「VM520EB」で視聴 Nuno Canavarro 『PLUX QubA MUSICA PAPA 70SERPENTES』 収録曲 「Untitled」〜
國友:Nuno Canavarro(ヌーノ・カナヴァーロ)は、80年代ポルトガルのめちゃくちゃマイナーなミュージシャンで、これは1988年にリリースされたオリジナル盤。 エレクトロニカのブームが起きていた頃の1998年、Jim O’Rourke(ジム・オルーク)がやっていたDrag City(ドラッグシティ)傘下のレーベル「Moikai(モイカイ)」からリイシューされてもいました。
中原:はじめて聴きましたよ、オリジナル盤。
いいトラックですね! 80年代の後半にこんなアブストラクトな音楽があったんですね……。 それがまず驚き。 いわゆるニューエイジ的なサウンドとも違うというか。 エレクトロニカブームの時にリイシューされたっていうエピソードも頷けます。
これもいつもの流れではあるんですが、同じ曲を今度は違う針、ラインナップ中で最も高価な「VM760SLC」で聴いてみましょう。
中原:なるほど、そういう遊びっていうことですね。
〜「VM760SLC」で視聴 Nuno Canavarro 『PLUX QubA MUSICA PAPA 70SERPENTES』 収録曲 「Untitled」〜
中原:高価な針って扱いが怖いですよね。 ビクビクします(笑)。
國友:うん、全然違う。
中原:解像度が全然違う。 さっき聴こえなかった音が出てますもん。
國友:そうですね。 再現度がレベチですね(笑)。
中原:アンプが真空管なので、この針と合うのかもしれません。 ここにリイシュー盤があるので、オリジナルと聴き比べてみます?
國友:せっかくなので、いい針で聴いてみましょうか!
〜「VM760SLC」で視聴 Nuno Canavarro 『PLUX QubA MUSICA PAPA 70SERPENTES(Reissue)』 収録曲 「Untitled」〜
中原:今っぽい音の仕上がりになっていますね。 少しキンキンしてる。
國友:裏で鳴ってた音をガッと持ち上げた感じがあります。
中原:もはや別物ぐらい違いますね。 今のところ、やっぱりオリジナルのほうが好きだな。 こういういい針で聴けばこそ、オリジナルの良さが際立ちますね。
これはこれでいいですけど、いい意味でオリジナル盤にあった昔ながらの少し汚いサウンドがモダンになっちゃった感じがします。
國友:今度は少しビートが乗ったトラックを聴いてみたいですね。
中原:ハウスとかのほうがいいですかね? そしたら、八王子の「道程レコード」からリリースされた最近の日本のレコードを聴いてみましょうか。
〜「VM760SLC」で視聴 Soshi Takeda 『Memory of Humidity Re-Humidified』 収録曲 「River (再加湿)」〜
参考音源: Dotei Records
中原:作ってる音によっては高級針じゃなくてもいいのかもしれませんね。 音はきれいだけど、最近のハウスは作りがシンプルだったりするから、もっと違う針でもいいのかも。 さっきみたいに裏の音がいろいろ聴こえてくるようなことになると、また話は違うんでしょうけど。
〜「VM540ML」で視聴 Soshi Takeda 『Memory of Humidity Re-Humidified』 収録曲 「River (再加湿)」〜
國友:しっかりローが出てますね。 キックもこっちの針のほうが強い印象です。 でも、きれいさでいうとVM760SLCになりますね。
VM540MLは比較的オーソドックスでマイルドな印象があったんですけどね。 出音にパンチ力が結構ありますね。
國友:次はガラッと変えたいな。 クラシックを聴いてみましょう。
中原:高級針はハウスよりクラシックを聴いたほうがいい。
全員:(笑)。
その前に、登場頻度が低いVM540MLのままにしておきましょうよ、一旦。
〜「VM540ML」で視聴 Frantz Casseus『Haitian Dances』 収録曲 「Lullaby」〜
國友:Frantz Casseus(フランツ・カソーズ)は50年代に活躍したハイチ生まれのギタリストで、今日持参したこれも当時の盤です。 「ノーウェイヴ」の代表的なバンドであるThe Lounge Lizards(ラウンジ・リザーズ)にギタリストのArto Lindsay(アート・リンゼイ)の後任として加入したMarc Ribot(マーク・リボー)のお師匠さんで、ギターを教えていたらしいです。 そう言えば、Josiah Steinbrick(ジョサイア・スタインブリック)が最新のアルバムでこの曲をピアノでカバーしていましたよ。 この曲こそ、この企画にピッタリなんじゃないですか?
中原:弦楽器とか、そういう音楽のほうが違いが出やすいのかもしれませんね。
ではお待ちかね、ということで「VM760SLC」に……。
〜「VM760SLC」で視聴 Frantz Casseus『Haitian Dances』 収録曲 「Lullaby」〜
國友:レコードに入っている音を全部出してくれていますね。 あまりキンキンしないし、一音一音、ちゃんと音を拾ってくれている。 生楽器はこの針に合いますね。
中原:めちゃくちゃいい!
國友:あとはサウンドアートものと、ミュージックコンクレート(=録音物で構成された現代音楽の一種。 サンプリングミュージックの元祖的な存在)を持ってきました。 ちょっと派手なんですけど(笑)。
中原:Tony Oxley(トニー・オクスレイ)のコショコショした繊細な音が面白そうだから聴きたいんですけど、どこかへいってしまいました(笑)。 そしたら、僕も先に具体音楽(=ミュージックコンクレート、「具体音楽」とも呼ばれる)を流しておいて、その間にTony Oxleyのレコードを探すか……。
〜「VM760SLC」で視聴 Un Drame MusicalInstantané『RIDEAU!』 収録曲 「Rideau! (Curtain!)」〜
参考音源: RANA-MUSICA RECORD STORE
中原:Un Drame Musical Instantané。 この前、ホッピー神山さん(キーボーディストであり作曲家)が来て、「これ全部80年代後半に再発しようとしたんだよ」ってこのレコードを見て言ってて。
國友:当時は全然売れてなかったですからね。 再発しなくてもデッドストックがまだ全然あったから(笑)。
中原:でもこの環境だと、すごくきれいにまとまって聴こえますね。
國友:逆に、混沌とした迫力に欠けてしまっている印象もありますね。 でも、やっぱり聴いたことない音がたくさん聴こえてきます。
ここであえて下位グレードのカートリッジにしてみましょうか。 エントリーモデルの「VM510CB」。 これまでのインプレッションだと、音を前に押し出してくれていたのがこのモデルでした。 「欠けた迫力」がどう変わるか。
〜「VM510CB」で視聴 Un Drame Musical Instantané『RIDEAU!』 収録曲 「Rideau! (Curtain!)」〜
國友:こっちはこっちで迫力がありますね。 でも、さっきほどの精緻さはなくなってしまう。 この音楽にはVM510CBが合っているような気もしますが、差が大きいからか結構悩ましいですね。 このままこの針でMichel Chion(ミッシェル・シオン)を聴いてみてもいいですか。 1973年リリースのものです。
時が横断しまくってますね。
ソフトウェアでは再現できないアナログな音を愉しむ
〜「VM510CB」で視聴 Michel Chion 『Requiem』 収録曲 「Libera Me」〜
中原:すごい迫力。 ただ、もともと解像度は高めの盤ではあるので、これを700シリーズで聴いたらどうなるかっていう。
〜「VM750SH」で視聴 Michel Chion 『Requiem』 収録曲 「Libera Me」〜
中原:やっぱり750にせよ、760にせよ、700シリーズは分離がすごいですよね。
國友:粒立ちといい、サイケデリックでいいですね。 生楽器との相性のよさは抜群でしたけど、こういう電子音にもちゃんと合いますね。 電子音といってもアナログな電子音なので、ソフトウェアで作られていない音がちゃんと再現されている。
中原:中域の再現度、粒だちが違う。 でも、このくらいのグレードの針が家にあったら外に出かけなくなっちゃいそうですよね。 どこにも行けない(笑)。
さっきハウスをかけましたけど、もっと生楽器が入ったハウスとかだともっと違いがわかりそうな気がします。
國友:ディスコとかよさそうじゃないですか?
中原:確かに。 キックが強くてローがしっかり出るという話のVM530ENでかけてみましょうか。
そう言えば、このスピーカーはかつてあったニューヨークのパーティ「The Loft(ザ・ロフト)」で使われていたメーカーと同じものとのことでしたが。
中原:このスピーカーは、KlipschのLa Scala(ラ・スカーラ)という機種なのですが、The Loftを主催していたDJのDavid Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)が、これの上位機種のKlipschorn(クリプシュホーン)というもう少し大きなスピーカーを使っていて。 The Loftではトゥイーターとホーンドライバーは上に乗っけて、下にウーファーを置くかたちで分離させていたんですね。 うちに導入した機種は分離できないタイプですけど、ずっとほしいなと思っていたら、たまたま友達がヤフオクでゲットしていたんです。 「家に入らなかったから買わない?」って連絡が来て(笑)。 この店でもまだ大きいんですけどね(笑)。
スピーカーのポテンシャルを発揮するカートリッジ
〜「VM530EN」で視聴 Dinosaur L 『Go Bang! #5 / Clean On Your Bean #1』 収録曲 「Clean On Your Bean #1」〜
中原:クラブっぽくなりましたね。 平たくなるというか。
國友:この辺の音をさっきみたいに分離して聴いてみたいですよね。 そのほうが面白味があるというか。
〜「VM750SH」で視聴 Dinosaur L 『Go Bang! #5 / Clean On Your Bean #1』 収録曲 「Clean On Your Bean #1」〜
中原:これで踊ったら楽しいですよね。 The Loftではかなり高価な針が使われていて、「高価」と言ってもちょっと次元が違うんですが、刀鍛冶が作っている1本100万円くらいのものでこういった音楽を鳴らしていました。
程度は違うかもしれないけれども、ダンスミュージックをいい環境でゆったりしながら聴くっていう、David Mancusoとちょっと近い試みができてるのって、結構感慨深いです。
國友:このDinosaur Lは再発ですか?
中原:再発です。
國友:でも、いい音しますね。
中原:昔の再発なので。 90年代のかな。 もう一曲、割といい音のハウスを聴いてみてもいいですか? 古いやつなんですけど、The Loftとかにかかってたようなものを。
〜「VM750SH」で視聴 Deee-Lite 『Hello…It’s Groove O’Clock』 収録曲 「How Do You Say…Love」〜
國友:Deee-lite(ディー・ライト)だ。
中原:これがどれくらい変わるかを聴いてみたいんですよ。
〜「VM510CB」で視聴 Deee-Lite 『Hello…It’s Groove O’Clock』 収録曲 「How Do You Say…Love」〜
中原:パワーあるなぁ。
國友:同じゲインですもんね。
中原:でも、ちょっと力ずく感が(笑)。 VM750SHのほうがシャシャシャシャって音が面白く聴こえたんですけど、こっちだとあまり意識に入ってこないですね。 面白いなぁ。
ハウスやらなにやら、色々広げてしまいました(笑)。
國友:次はこれを聴いてみたいです。 Paul Panhuysen(ポール・パンハウゼン)。
ジャケットがすごいことになってますね! ピアノが吊り下げられてる……。
〜「VM750SH」で視聴 Paul Panhuysen 『Johan Goedhart』 収録曲 「The Paal 2 」〜
國友:こういうのは圧倒的にこの針ですね。
中原:すごい鳴り方してますね……。
中原:叩いて、エレクトロニクス使ったりしてるのかな?
國友:エレクトロニクスは使っていないけど、あらゆるワイヤーをつなげて、街全体を使って鳴らしていたりするんです。 ミキシングはしているようですが。
なぜか法被を着ているひとがいますね(笑)。
國友:国の税金でこういう音楽作ってたりするんでしょうね。
いい使い方(笑)。 どこの国ですか?
國友:オランダです。
今回のセットアップで聴いてみると、ワイヤーのテンションの感じがすごくしっかりと表現されてるな。
中原:ここまで結構聴きましたよね。 ビート、ディスコ、ハウス、電子音……。
國友:ピアノとかまだ聴いてないですね! 犬のやつなかったでしたっけ?
中原:ありますよ!あれね。 犬のインター・コミュナル(笑)。
〜「VM750SH」で視聴 François Tusques & Carlos Andreu / Ramadolf 「Le Musichien」〜
國友:久しぶりに聴きました。 RANA-MUSICAの神棚に飾られているんですね(笑)。
中原:そうなんですよ(笑)。 Francois Tusques(フランソア・テュスク)は、フランスの前衛ジャズって言えばいいですか? このあたりは國友さんが詳しいので。
國友:フリージャズですかね。 初期のほうは激しいフリージャズをやっていたのが、段々と大衆的な民族音楽とかに移っていって。 コンピレーションに入ってから値段がバーンって上がっちゃった。 なかなかお目にかかれないレコードなんですよ。
中原:録音が81年って書いてありますね。 テュスクはこれが一番好きです。 最初の頃の音源は何かこう……。
國友:ガッシャーンっていうね(笑)。 テュスクはみんなガッシャーンってやってるなか1人だけラグタイムを弾いたりしてて面白いんですよ。 70年代半ばぐらいから完全なフリージャズから脱却していくっていう。 でも、こういう音環境では聴いたことがないので新鮮です。 すぐそこで叩いてるみたい。
中原:音の分離がすごいですね。
國友:歌が入るところも聴きたいですね。
中原:実はこれ、あと2枚持ってるんですよ。
國友:マジですか!? 1枚買いたいです。
中原:1枚は自分ので、もう1枚は知人が今度犬カフェをやるというので犬のジャケットを探していて。 そのカフェに飾りたいらしくて(笑)。
國友:何て贅沢な使い方……(笑)。
中原:言われなかったら犬ってわからないですけどね。 でも、今売らないほうがいい気がしていて。
國友:これからどんどん上がっていくんじゃないですか? こういうパーカッションの音が聴きたかったんです。 いいですね。
中原:でも、この針うちのシステムにすごく合っていると思います。 どこに立っていても音が気持ちよく鳴っていて。
今日は楽しんでいただけたみたいですね。
國友:こんなにラフな感じでも十分に針の違いが楽しめました。 次は500番台の針をもう少し時間をかけて、しっかり聴き比べて検証してみたいです。
中原:それぞれ特性があって面白かったですよね。 グレードの高い針は表現能力があって、聴こえなかった音が聴こえてきたりしたし、番号の低い針はクラブミュージックに向いていたり。 どれに向いているかを見極めて使い分けていきたいですよね。 さっきのDinosaur Lなんかも高級針のほうが再現力は高いけど、クラブで踊るとなると、また違ったりして。
國友:クラブのようなデカい箱で鳴らすっていうのもありかもしれませんね。
中原:でも、すごくいい音って、長時間聴けないんですよね。 すごく疲れるから何曲か聴いたら、もうお腹いっぱいって(笑)。
國友:そうなんですよね。
中原:だから、家で使う時も疲れないようにいくつかの針を使い分けるのがいいですよね。 家でこのラインナップで針Jできたら最高ですけど(笑)。 このレコードにはこの針だよって。
中原良(写真左)
レコード店「シスコ」新宿アルタ店にてレコードバイヤーとしてのキャリアをスタート。 その後、渡米。 「N.Y.C.」「A-1 Records」などを経て帰国すると、渋谷の「Lighthouse Records」に所属する傍ら、自身のオンラインレコードショップ「RANA-MUSICA」をスタート。 2021年、下北沢に実店舗「RANA-MUSICA RECORD STORE」をオープン。
國友洋平(写真右)
「pianola records」店主。 ディスクユニオンやHMVで10年以上レコード業界に身を置き、2020年4月、下北沢のBONUS TRACK内に自身のレコード店をオープン。 世界中の電子音楽や実験音楽を中心に土着性のあるルーツ・ミュージックまで、レコード、CD、カセットと幅広く取り扱いながら、ジャンルに捉われることなく自身のアンテナに引っかかった独特のセレクションを展開。 自主レーベル「conatala」の運営も行う。
RANA-MUSICA RECORD STORE
〒155-0032 東京都世田谷区代沢5-28-12 藤田ビル2A
03-6450-9931
info@ranamusica.info
OPEN:13:30〜20:30 (定休日:月・火)
今回登場したカートリッジ
VM510CB
VM520EB
VM540ML
VM530EN
VM750SH
VM760SLC
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)