何でもインターネットで買える便利な時代に店舗を持つことの意味について考えてしまうことも多い昨今だが、リアルな店舗にこそ文化を成熟させる「因子」が隠れていると言ったら、どれだけの人が賛同してくれるだろう(少なくとも筆者はそう信じている)。 棚に並ぶ無数のレコードに秩序はあるのか。 指を止めたレコードが、「誰か」の意図した配列に導かれたものだとしたら。

少し前に『OTHER MUSIC(アザー・ミュージック)』という、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあった伝説的なレコード屋を題材にしたドキュメンタリー映画があった。 巨大チェーン「タワーレコード」の向かいで営みはじめた小さな街のレコード屋は、その名の通り、メインストリームの音楽に対して “それ以外の音楽” を熱心(でマニアック)なスタッフの会話やレビューを通じて紹介し、単なるレコードショップに留まることなく、世界中に新しい音楽を発信しながら一時代を築き、00年代USインディー・シーンの震源地となった。 残念ながら、ストリーミングサービスの普及により同店は閉店に追い込まれてしまうのだが、そうやって時代の波に翻弄されながらも、今日もレコード屋の営みは続けられる。 店主たちの開業に至るまでの経緯、すなわちレコ屋店主の「レコード馴れ初め」をここでは訊いていくことにする。

今回、そのトップバッターとして訪れたのは、下北沢で「あたらしい商店街」をコンセプトに掲げる複合型施設「BONUS TRACK(ボーナス・トラック)」の一画で國友洋平さんが営む「pianola records(ピアノラ・レコーズ)」。 さっそく、國友さんのレコード馴れ初めを訊いていこう。

國友さんのレコード馴れ初め

國友さんのレコード馴れ初め

國友さんが「pianola records」を開業するに至った経緯について訊いていきたいのですが、お店をはじめる前は何をされていましたか?

國友:音楽がずっと好きだったので、大学卒業後にディスクユニオンでアルバイトをはじめて、7年ほど働いてからHMVに転職。 そこでは5年ほど働きました。 会社員としては、10年以上レコードに携わる仕事をしていました。

pianola recordsは「BONUS TRACK」内にありますが、どのような経緯でこの場所に?

國友:たまたま知り合いがいて、出店オファーをもらったんです。 Covid-19の影響によるロックダウンの最中、二つ返事で「やります」。 と、2020年4月に見切り発車で自身の店をはじめることに。

「pianola」という屋号には、どのような意味がありますか?

「pianola」という屋号には、どのような意味が?

國友:「pianola」というのは、自動演奏する楽器の総称なんです。 店内にも自動演奏のピアノに入れる歯車が刻まれたシートを置いているのですが、それを入れるとピアノが自動で演奏されたりする。 そういった音が入っているモノが好きでレコードを集めていたところもあります。

「pianola」というのは、自動演奏する楽器の総称

レコード屋をはじめたきっかけは?

國友:レコード業界に身を置きながら、いつかは自分の好きなものだけを扱ったお店をやりたいという想いをずっと引きずっていたんです。

実際に個人でお店をやってみて、いかがですか?

國友:楽ですね(笑)。 会社員だと必然的に関わる人が多くなりますし、やりたくない仕事もたくさんある。 そういうのが一切なくなったのは大きいです。 もちろん、金銭的な部分で大変なことはあるにしても。

レコード屋をはじめたきっかけは?

レコードに惹かれた原体験のようなものがあれば、教えてください。

國友:音楽好きの家庭で育ったのでピアノは習っていましたが、普通の子どもたちと同じようにCDを聴いていました。 ただ、親父がThe Beatles(ザ・ビートルズ)やロック、ソウル、ジャズなどのレコードを持っていたので、自然と家で聴くようになりましたね。 実際に自分でレコードを買い始めたのは、中学3年生ぐらいになってからでした。

CDとレコード、どのような違いがありましたか?

國友:レコードはCDより不便なところはあるかもしれないですけど、逆にそれが特別な感じというか。 僕はレコード世代というわけではないですけど、そういう音をかける所作もいつの間にか自然なことになってしまったというか。 何よりレコードの音が好きなんです。

はじめてのレコード体験は、どんな曲でしたか?

國友:正直、憶えていないんですよ(笑)。 とにかく衝撃だったことだけは確かで、不思議な気持ちを抱いていました。

はじめてのレコード体験は、どんな曲でしたか?

ご自身が学生だった当時と今とでは、「レコード屋」という存在にどのような違いがあると思いますか?

國友:そういうのは多分、数十年単位で変わっていくと思うんです。 90年代はDJムーブメントがあって、今とは比べ物にならないぐらいカルチャーとしては大きかったと思うんですけど、今まで聴いていなかった人が聴きはじめたというのが今なのかなと思っています。 もちろん、昔からずっと買っている人は変わらずレコード屋を訪れているのでしょうけど。 若い人が聴いてくれているのは、いいことだと思っています。

レコード棚がジャンル分けされていないのは、わざとですか?

レコード棚がジャンル分けされていないのは、わざとですか?

國友:これぐらいの量だったら全部見れるか(笑)なんて思っているのですが、仕切りがあったら好きな場所しか見なくなってしまうし、新しい出会いがある方が面白いと思って、わざと分けていないんです。

お店に入ったとき、学生のときに感じたワクワク感を思い出しました。 結局、こういう場所で予期せず足を踏み外すような体験を得ることが大事な気がしています。 脱線なくして、文化の成熟はないというか。

仕切りがあったら好きな場所しか見なくなってしまうし、新しい出会いがある方が面白いと思って、わざと分けていない

最近は、#(ハッシュタグ)で何でも検索できてしまうので、SNS慣れしたデジタル世代の若者たちにとっては、分類されている方が通常運転なのかもしれません。

國友:でも、日本人の気質として昔からそう変わらない気がします。 分類するのが大好きなんですよ、日本人って。 これは、日本のレコード屋のひとつの特徴でもあると思っています。 びっしりスコアを書いて分ける。

ところで、お店のレコードはどのようにセレクトされていますか?

國友:自分が気に入っているレコードを中心に、新品は最近出ているもので気になったものを扱っています。 中古はほぼほぼオールジャンルですけど、下北沢ってレコード屋がたくさんあるので、他のお店と同じものを置いていてもつまらない。 一般的ではない自分の好きなユニークな音楽をセレクトしています。

自分が気に入っているレコードを中心に、新品は最近出ているもので気になったものを扱っています

ロンドンを拠点にシンガーソングライターとして活動されているShoko Yoshidaさんのレコードを見つけて思わず指を止めてしまいました。 以前、演奏を観たことがあって。

國友:彼女のようにオルタナティブな音楽をやっているアーティストも紹介していきたいですし、ローカルなアーティストの作品も置くようにしています。

アーティストを応援したいという動機や個人的な想い、そういったローカルに注がれる文化的視点がレコード屋の原風景と言えるのかもしれません。

國友:大事な視点だと思いますが、商売となると中古レコードだけを扱っている場合もありますし、そういう店は新品は置きづらいもの。 両方やるってすごく体力がいることなんです。 いろんなバランスはあれど、それぞれの役割があると思うので、いずれにしても地域の文化貢献にはなっていると思っています。

探偵業のような古物商

探偵業のような古物商

俯瞰して見ると、ディスクユニオンみたいな巨大チェーンもその地域の図書館のような機能を備えていると言えるかもしれません。 結局、地域の人がレコードを漁り、一定期間家で聴くと、今度はそのレコードを売りに再び店へと戻ってくる。 長い目で見ればレンタル業のようでもありますよね。

國友:レコードも古物ですからね。 だから、質屋みたいな感じですよね(笑)。 町によって色が出るのも面白さと言えるかもしれません。

下北沢にはどんな色があると思いますか?

國友:一言にするには難しいですけど、音楽、演劇、古本、映画。 そういった「文化的なモノが育まれる町」というのは昔からの特徴だと思いますし、今はもっと年齢層が若くなったかもしれないですね。 古着の町でもあるので。

ご自身のレーベル「conatala(コナタラ)」について教えてください。

國友:主に80年代〜90年代のインディペンデントな音楽の発掘音源の復刻をやっているのと、現行アーティストの作品を出しています。

自主レーベルを立ち上げた理由は?

自主レーベルを立ち上げた理由は?

國友:自分たちの気に入ったものを出したい、ただそれだけなんですけどね。 オタクの集まりみたいに仲間内でよく集まって、「こんなの見つけた!」ってリスニングセッションするんですけど。 それをどこかのタイミングでアウトプットしたくて、それではじめたところがあります。

レーベルをやることでお店に変化はありますか?

國友:そうですね。 町の古物を扱うレコード屋とレーベル機能を兼ね揃えているのがpianora recordsの特色だと思っています。 それって昔からローカルでインディペンデントなレコード屋がやっていたようなスタイルなんですけど、特にヨーロッパはそうで。 今や大きな存在となった「Rough Trade(ラフ・トレード)」も元々はそうでしたから。

レコード屋に興味がある方へ向けて、「これは大変だった」というような先輩からのアドバイスはありますか?

レコード屋に興味がある方へ向けて、「これは大変だった」というような先輩からのアドバイスはありますか?

國友:実際に大変ですからね(笑)、こんな儲けにならない商売。 よっぽど好きじゃないと続けられないし、ほとんどボランティアみたいなものですよ。

ぶっちゃけ、今のレコード業界ってどうなんでしょう?

國友:全体的には良いらしいです。 でも、円安でこれからどんどん物が減っていってしまうので、経済が回復しないと個人事業主は大変になると思います。 レコードに限らず、楽器もそうですし、どの業界もそうだとは思いますが。

地域の文化を育てるという意味でも、ローカルな視点やインディペンデントなアーティストをレコード屋がハブとなって応援するような姿勢がこれからより大事になってくる気がします。

ローカルな視点やインディペンデントなアーティストをレコード屋がハブとなって応援するような姿勢がこれからより大事になってくる気がします

國友:この店みたいな器をもっと上手く利用してもらいたいですし、そうやってお互い支え合って発信し続けていけたらいいなと思います。

ここに並んでいるCDやカセットは、どのようなものですか?

ここに並んでいるCDやカセットは、どのようなものですか?

國友:どれも面白いのですが、例えばこの間もパーティをやっていたんですけど、LOS APSON?(ロスアプソン?)という高円寺の老舗レコード屋がやってるシリーズをうちでも置かせてもらっていて。

ジャケットだけ見ていても、どこか新しい感じがしますね。

國友:あとは、96年のコンテンポラリーダンス用の音楽とか。 当時、全然流通されてなくて、それを探し当ててうちで扱わせてもらったりとか。

ジャケットだけ見ていても、どこか新しい感じがする

当時、あまり焦点が当たらなかったような音楽があとから再評価されるようなことも多いのでしょうか?

國友:ありますよ。 僕のまわりにいる仲間が音好きばかりなので、そういった仲間とデータ収集しては、人探しをしています。 レーベルで復刻する場合は版権が必要になるので、とにかく必死に人を探しています。 探し当てた瞬間は本当に快感というか。

何だか探偵業みたいですね(笑)。 ロマンがあります。

まわりにいる仲間が音好きばかりなので、そういった仲間とデータ収集しては、人探しをしています

國友:どうして簡単には見つからない状況になってしまったんだろうと、デリケートな部分に触れることもあるのですが、ひとりの人生に関することでもあるので。 半ば考古学者のような気持ちでやっています。
最近思うのは、SoundCloudとかBandcampとか、どんどん音楽を世に出せる状況がありますけど、すごく便利なのに、なぜだか憶えていないんですよね。 情報を出しやすい反面、定着しづらい。 だから、メディアは紙媒体じゃないと残らないとも思っていて。 インターネットだとどうしても途切れてしまうというか、残らなかったりするので。

いろんなメディアが出てきて一見便利になったような気がしますけど、どこか蓄積されていく感覚に欠けるというか、記憶に定着しない

今って、いろんなメディアが出てきて一見便利になったような気がしますけど、インスタントな情報量が増えた分だけ、どこか蓄積されていく感覚に欠けるというか、記憶に定着しないんですよね。

國友:だから、ウェブでやっていることも文字に起こして、紙に残していかないといけないと思っているんです。 みんな、昔はよく電車で本を読んでいたじゃないですか。 今はみんなスマホを見ているけど、本ってスマホの情報量以上の何かがあるんですよね。 1つの情報でも隅から隅まで読めるし、そこから離れて違う本を読んだ時に、予期せず頭のなかでつながったりする。 それが人間の知識になって蓄積されていくような気がして。 インターネットだと便利すぎて、すぐにネットの海に流れて消えていってしまう。 身体性を伴わないとどうしても記憶に定着していかないんです。
今って、CDやカセット、レコードのようなフィジカルを作るハードルが逆に高くなってしまっていますよね。 90〜00年代はCD-R文化で、みんな手当たり次第に作っていましたけど、あれのおかげで今がある気がするんです。 この前、Myspaceがなくなっちゃったじゃないですか。 もう音源も根こそぎ消えてしまって聴けなくなってしまった。 きっとハードディスクじゃダメで、もっと手に残るものが必要なんです。 そういうアナログな魅力が、レコードにはあると思っています。

身体性を伴わないとどうしても記憶に定着していかない

國友洋平

國友洋平

「pianola records」店主。 ディスクユニオンやHMVで10年以上レコード業界に身を置き、2020年4月、下北沢のBONUS TRACK内に自身のレコード店をオープン。 世界中の電子音楽や実験音楽を中心に土着性のあるルーツ・ミュージックまで、レコード、CD、カセットと幅広く取り扱いながら、ジャンルに捉われることなく自身のアンテナに引っかかった独特のセレクションを展開。 自主レーベル「conatala」の運営も行う。

pianola records

pianola records

〒155-0033 東京都世田谷区代田2丁目36-13 BONUS TRACK内
03-6450-7202
contact@pianola-records.com
OPEN:14:00~21:00(定休日:木)

HP

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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