今までの人生の中で、「楽器を自作してみよう」と思ったことはあるだろうか。 多くの人にとって楽器は、楽器店で入手するものである。 しかし、楽器を自分の手で作ってしまう人たちがいる──。
自分で楽器を作る人たちに話を聞く連載。 第4回目は、蛍光灯の放電ノイズを出力する “音具”「OPTRON(オプトロン)」を生み出した、伊東篤宏さん。明滅する激しい光と、普段の生活で聞きなれない爆音のノイズ。彼のライブパフォーマンスを見れば、誰もが忘れることのできない衝撃的な経験として記憶するだろう。
「OPTRON」とはどんな仕組みなのか。一体なぜ、伊東さんは蛍光灯から音を出すに至ったのか。「OPTRON」をあくまでも “音具” と呼ぶ背景には、どのようなバックボーンがあるのか……。聞きたいことは山積みだが、百聞は一見に如かず。まずはデモンストレーションとして、実際に「OPTRON」を鳴らしてもらった。
蛍光灯音具「OPTRON」はどのようにして鳴るのか
どうやって演奏しているのか全く想像できませんが、仕組みを教えていただけますか?
「OPTRON」に使われているのは、オフィスなどに取り付けられている40ワットの市販の蛍光灯です。内部にピックアップマイク、スイッチや調光器を組み込んであるだけの簡単な仕組みです。
右手で触っている2個のスイッチはON・OFF用。それぞれに違いはなくて、人差し指と中指で早く弾けるように2つ付けています。インバーター式蛍光灯という電子式のものを使っているので、スイッチを押したらすぐに点灯します。左手で触っているのは調光器で、段階的に電圧を変えられます。基本的にはこの仕組みで蛍光灯の光をある程度コントロールして、同時にその明滅がそのまま音として出力されています。
音色はどのように出しているのでしょうか。
ギターエフェクトペダルと、ALESISというメーカーが昔作っていたAir FXというエフェクターを使って音に変化をつけています。これは手やモノをかざすとその位置の差で音色が変化するエフェクターで、そこに「OPTRON」をかざしてます。
蛍光灯で音を出すに至るまで
蛍光灯で音が出せると思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
蛍光灯が放電していて、さらにそれを聴くことができると気づいたのは、実は中学生の頃で。当時、一般的な中学生がみんなしていたように、夜中にずっとラジオを聞きながら勉強をしているふりをしていたんです。机上のライト以外は消そうと思って天井の蛍光灯を消すと、ラジオがバチっと鳴った。そしてまたあかりをつけると、古いタイプの蛍光灯って点灯するときにパラパラ……とちらつきながら少し時間をかけると思うんですが、そのパラパラ……というのがラジオの電波に乗るんです。
つまり、蛍光灯の放電ノイズをラジオが拾っていることに気づいたんですね。部屋の電気をつけたり消したりするとラジオがバチバチと鳴るのが面白くて、ずっと遊んでいたのを覚えています。まさかそれが生業になるなんて、当時は想像もしませんでしたけれど。
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子供の頃から蛍光灯という存在にずっと興味を持っていたんですね。
電球と蛍光灯だったら、圧倒的に蛍光灯の方が好きでした。理由は明快で、蛍光灯の持つ昼光色の下だと、ものの色彩が正しく見えるからです。僕は昔から絵を描くのが好きだったので、電球よりもバキっと正確に色が見える蛍光灯の方が好きでしたね。
蛍光灯って、電球と比べて冷たいとか、非人間的な感じがすると言われがちですよね。その感覚は理解できます。人間が想起する一番原始的な光は火で、電球はもともとはフィラメント燃やして明るくする構造なので、ものを燃やしているという意味で火に近い。対して蛍光灯は管の中の蓄光塗料を化学的に発光させる人工的な光です。電球が、例えば四畳一間の部屋で温かく光るイメージを想起させるとしたら、蛍光灯がイメージさせるのはコンビニや団地の階段、オフィスビルのフラットな明かり。僕は、その冷たさもまた風情を生んでいると思うんですね。
蛍光灯も電球も、ある種の文学性や詩情性を日本の風景や風情とともに今日まで作ってきたと思っています。ロウソクから電球や蛍光灯になり、ついにそれらもLED照明に取って代わる時代が来ているわけで、ではLEDはこれからどんな詩情性や風情を生むのかを観察しているところです。
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まだ「OPTRON」は誕生していないものの、美術家としての初期の作品でも蛍光灯を使っていましたね。
実は、初めから蛍光灯だけを使って制作をしていたわけではないんですよ。僕は元々は美大で日本画専攻です。大学院を出た1990年代前半には、描いた絵を裏側から光らせる作品を作ってましたが、段々と手前の絵よりも内部の蛍光灯そのもののほうが力強くてかっこいいなと思うようになったんです。ある種の時代精神もあったと思います。
90年代後半からは蛍光灯を使ったインスタレーション作品を作っていて、最大200本の蛍光灯で部屋の壁面を埋める作品などを作ってました。蛍光灯は当然天井に取り付けるものと考えられていますが、それを目の高さまで下ろしてくるとかなり暴力的で、さらに音を増幅させると、ある種の狂気性がある。そこから「OPTRON」の発想に至りました。
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「OPTRON」を制作したのは90年代終わり頃ですね。
その時期、子供の頃にラジオを通して体感した蛍光灯の放電を思い出し、放電ノイズをアウトプットする方法を考えてできたのが「OPTRON」です。90年代の中頃は、世界中で「音響派」とのちに言われるような、電子楽器を使った実験的な試みをやっている人たちが出てきた時代で、そういうものと歩みを同じくする形でした。展示会の会場などでライブパフォーマンスを始めると、ノイズや現代音楽、 アバンギャルドなどを好きな人たちが面白がってくれましたね。
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視覚や聴覚を変容させる面白さ
「OPTRON」を “楽器” ではなく、あくまでも “音具” と呼んでいるのはなぜですか?
楽器を作ろうとして「OPTRON」を作ったわけではないからです。僕は音楽が好きだし、楽器には敬意を払いたい。どの楽器も構造が理にかなっているし、長年の積み重ねがあってできているので、元は家電である「OPTRON」を楽器と呼ぶのは楽器に失礼かなと思うところがあって。
蛍光灯の明滅は視覚的に面白かったし、音も楽器が奏でる音とは異なるので、それをできるだけダイレクトに抽出することを考えたのが「OPTRON」です。だから音階楽器のような仕組みは考えずに、電気から発生する制御できているのかいないのか絶妙な音──「野生的」というか「野蛮」という表現の方が適切かもしれません──、のプリミティブなところを増幅するのが絶対に面白いと思いました。
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過去の個展のステートメントで、伊東さんは自分自身の視聴覚における快感原則に従って制作をしていると書かれていましたね。
視覚的快感の原体験は、ブリジット・ライリー(Bridget Riley)の作品など、オプティカルアート*と呼ばれるものにあったと思います。観ていてクラクラするような、感覚に変容を起こすものにある種の快感を覚えたのでしょうね。サイケデリックな視覚の快感ですね。
聴覚でいえば、蛍光灯の出す音自体は必ずしも快楽的とは思っていません。でも、楽器にはない野蛮でパワフルな、そして覚醒作用が高い感じは好きですね。爆音のギターなどとは違う質があります。目や耳の開き──、つまり視覚や聴覚の変化が起きることにずっと面白さを感じながら制作をしています。
*オプティカルアート:錯視や視覚の原理を利用した絵画、彫刻の一様式。
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ベースはやはり、視覚芸術にあるんですね。
先輩の音楽家に「蛍光灯が光らずに鳴っている状態と、光っているけれど鳴らない状態だったら、どっちを取る?」と聞かれたことがあって、僕は特に意識することもなく「光ってないと面白くない!」と即答していました。「OPTRON」は音とビジュアル、どちらもあってこそなので片方だけで何かを語ろうとは思いませんが、元々視覚芸術の領域から来ているということもあり、やはり考え方の根底にあるのは視覚なのかもしれません。
とはいえ「OPTRON」は必ずしも「アート」として構えて観るようなものじゃないです。楽しんでもらえることが一番大事だと思ってます。「蛍光灯の、演奏が、上手い」って言葉の並びがおかしいし、笑えるじゃないですか。今まで見たことのない、聴いたことのない体験を、もし「OPTRON」で感じてもらえるなら本当に嬉しいし、そういう体験こそが一番面白いことだと思っています。
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伊東篤宏
美術家、OPTRON奏者
1990年代初頭より美術家として活動を開始。作品形態は平面絵画作品から蛍光灯やサウンドオブジェを使用したインスタレーションまで多岐にわたる。90年代末より自作音具OPTRONを使ったライヴパフォーマンスを自身の個展やグループ展と並行して開始する。2000年代より国内外のライヴツアーを精力的に行ない、身体パフォーマーとの共演・共作や 様々なミュージシャンやサウンドクリエイターとのセッションも積極的に行いながら現在に至る。
美術作品制作、ライヴパフォーマンス共に、視聴覚の拡張 ひいてはその新たな在り方をテーマとし、模索し続けている。
ライヴパフォーマンスはソロ以外にも、ZVIZMO、entangle、今井和雄トリオ 等のバンド〜ユニット活動も行っている。
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Photos & Movies:Shoma Okada
Words & Edit:Sara Hosokawa