今までの人生の中で、「楽器を自作してみよう」と思ったことはあるだろうか。 多くの人にとって楽器は、楽器店で入手するものである。 しかし、楽器を自分の手で作ってしまう人たちがいる──。

自分で楽器を作る人たちに話を聞く連載。 第2回目は、Sami Elu(サミエル)さんを訪ねた。 彼は、割り箸を使用した鍵盤と、琴のようなテーブルトップ型の弦が合体したオリジナルの木製弦楽器「割り箸ピアノ」や、それを改良した「ピクシーコード」を製作し、ストリートやライブハウス、カフェなどで演奏している。 彼の作る楽器は、魅惑的な音だけでなく、視覚的にも観る者を魅了してきた。

彼はなぜ、10年以上も異国の地で自作楽器に改良を重ね続けてきたのか。 その背景を探る。 また、繊細に作られた自作楽器2台を、それぞれ演奏してもらった。


Sami Eluさんはボストン出身だと伺いました。 楽器は小さい頃から演奏していたんですか?

生まれはアメリカのボストン郊外で、6歳からピアノを始めました。 高校卒業後、バークリー音楽大学に進学したのですが、プロになりたかったというよりは、ただずっと楽しく演奏したり作曲したりしていたかっただけなんです。

昔から楽器に興味があって、どんな構造なのか観察してきました。 中学校の時には、トロンボーンやチューバ、合唱に挑戦し、さらにその後クラリネットやフルートも独学で弾けるようになりました。 中南米の「ケーナ」という縦笛など、色々な楽器を買ってみたりもしました。 上手にならなくても、演奏してみること自体が楽しいんです。


日本には、どのような経緯で移住したのでしょうか。

大学の友達が日本に引っ越したので遊びに来たのが、25歳のときのことです。 移住しようと思っていたわけではなかったのですが、住んでいるうちに友達ができて、だんだん日本語が話せるようになり、いつの間にか東京での生活がすごく楽しくなっていったのでそのまま住み続けています。 僕にとっては、ニューヨークより東京の暮らしの方が楽しい。 もともと実験音楽が好きで、日本人のアーティストをたくさん知っていましたが、実際に色んなライブに足を運ぶことで、この街には面白い音楽がたくさんあるなと体感しました。

琴のような鍵盤楽器「ピクシーコード」

今日は2台の自作楽器を持ってきていただきました。 これまでに見たことがないような、不思議な楽器ですね。

自作の弦楽器「ピクシーコード(pixiechord)」を持ってきました。 音の違いを聴いてもらえればと思い、大小異なるサイズのものを用意しています。 大きい方の「ピクシーコード」は、2019年に製作した7代目のものです。 小さい方は、昨年製作しました。 12年前に1代目の「割り箸ピアノ」を製作してから、常に改良を重ね、今の形の「ピクシーコード」になってきたんです。

2019年に製作した7代目ピクシーコード
2019年に製作した7代目ピクシーコード
昨年製作した最新のピクシーコード
昨年製作した最新のピクシーコード

大きい方の7代目「ピクシーコード」の仕組みについて教えてください。

手作りなので、毎回音色が変わります。 弾く前に繊細な調律が必要ですね。

ハープ、琴、ギター、ダルシマー、チェンバロなどの既存の多弦楽器にインスパイアされていて、鍵盤はピアノに似たハンマーアクション(鍵盤を押すことでハンマーが弦を叩く仕組み)を採用し、弦は琴のように弾くことができるようになっています。

「ピクシーコード」の1〜6代目が抱えていた大問題は、ボディの木の部分が曲がってしまうことでした。 ボディが曲がると、楽器が使えなくなってしまいます。 圧力で、弦が引っ張られてしまうんです。 これを防ぐために、7代目ではさらにペックを追加したり、裏面には弦に沿うように溝を掘ったり、工夫を重ねています。

弦に沿うように溝を掘り、木が曲がらないように工夫した裏面
弦に沿うように溝を掘り、木が曲がらないように工夫した裏面

1人でもバンドみたいな演奏ができるように、足元にシンバルや廃材の鉄や木などを付け、スネアドラムやバスドラムのような音を出せる仕掛けを作ったのもポイントです。 廃材や割り箸、耳かきなど身近な素材で作られているんですよ!演奏してみますね。


「ピクシーコード」と名付ける前は、「割り箸ピアノ」という名前だったとか。

唯一無二の個性的な楽器を作りたくて、自分なりの弦楽器を作ってみたんです。 初めて製作したのは、4弦の弦楽器でした。 竹をボディに使用した、琴のような楽器です。 中には駒を挟んでいて、4弦で8音符が出る仕組み。 これを割り箸をバチにして叩いたのが、「割り箸ピアノ」の始まりです。 自分の身近にあるもので何が使えるか考えたところ、割り箸が長さも重さもちょうど良かったんですよ。

台形の共鳴箱に張られた多数の弦を、木製のスティックで打って演奏する打弦楽器「ダルシマー」から着想を得ていて、打楽器と弦楽器が混ざったような楽器なんです。 多くの国にそれぞれのダルシマーが存在しています。 フィンランドの「カンテレ」や中国の「揚琴」、インドの「サントゥール」など様々ですが、とても綺麗な音色がするんですよ。

4弦で製作した僕のダルシマーはだんだん大きくなっていき、24本の弦と鍵盤を備えた「割り箸ピアノ」へと成長しました。 最初にその音色を聴いた時、すぐにピンときたのを覚えています。 路上演奏を聴いた皆さんから「面白い!」と反響をいただいて、そこからは、どう改良するかということを考え続けてきました。 残念ながら、楽器の改良に伴い割り箸を使わなくなったので、最近は「ピクシーコード」と呼んでいます。 琴のピックで弦をピッキングすることと、「◯◯コード」という言葉が鍵盤楽器に使用されることが多いということが、名前の由来です。 「Pixie」は、英語で妖精という意味もあるんですよ。


時と共に変容するスタイル。 シンセサイザーとの出会いで広がる可能性

小さい方の「ピクシーコード」では、自作の鍵盤にプラスしてシンセサイザーが楽器の一部になっていますね。 これまでの演奏では自作楽器の生音を重視しているように感じましたが、シンセサイザーを導入したのはなぜですか?

1、2年前からシンセサイザーにハマっているんです。 自分の音をプログラミングできて、アンビエントとも相性がいい。 今までの「ピクシーコード」は高音が出るので、メロディーラインなどに向いていますが、低音は難しいんです。 現在の即興演奏のスタイルに変えようと思ったのは、シンセサイザーと組み合わせることで可能性が広がることに気が付いたからです。 従来の「ピクシーコード」に比べて、ベースラインに対応できるようになったんですね。

小さい方の「ピクシーコード」の仕組みは、大きい方と同じですか。

一緒です。 形としては「オートハープ」という楽器に似ていて、指で弦を弾いていきます。 「ピクシーコード大」では、オートハープ用のピックアップ(弦の振動を電気に変える装置)を使っていたのですが、「ピクシーコード小」ではギター用のピックアップに変更したおかげで、音がよりクリアになり気に入っています。

演奏お願いします!

これまでは、自分の中のルールが厳しかったんです。 エフェクターをほぼ使わない、シンセサイザーは使わない、ループを使わない、打ち込みをしないなど。 「生音でアナログに」というルールが11年近く自分の中にあって、「僕のスタイル」だったんです。 でも、だんだん何のためにこだわっているのかわからなくなってきてしまった。 そこで、去年からスタイルを変えてみたんです。

自分の表現には、弦の音が欠かせないので「ピクシーコード」を使用していますが、シンセサイザーが加わったことにより、アンビエント的な世界観をより深く生み出せるようになりました。 言葉にするのは難しいんですが、「オーガニック」という言葉が合うと思います。 ナチュラルな感じですね。 路上で聴いてくれた方や、ライブのお客さんからも「自然を感じる」とコメントをいただくことが多いんです。

即興だけではなく、作曲もしたいですね。 楽器を僕の曲の大体は即興演奏から生まれているんです。 全部頭の中にあって、譜面には書いていなかったりします。 このメロディ、このリズム、このコード進行、という風に頭で覚えていき、何十回も演奏すると、即興だったものが完全に作曲されていくんです。

人々が行き交う街中での演奏。 日常に溶け込むということ

Sami Eluさんは、原宿などの路上で演奏されていましたね。 ストリート演奏の良さはどういうところにあるのでしょうか。

日本に来た頃、ここのライブハウス文化は独特だなと感じました。 日本では、入場料とドリンク代を支払い、数組のバンドが演奏するのをよく見ますが、最初から最後までいると飽きてしまうんですよね……。 アメリカのライブハウスでは、バンドのギャラはドリンクの売上から支払われるので、観客は飲みに行くだけで演奏を楽しめる。 僕が育った街は海沿いの観光地で、毎年夏には色んなバンドが演奏に立ち寄っていました。 最高でしたよ。

同様にストリートでは、聴きたい人は立ち止まり聴いてくれる。 もし忙しかったら、すぐに立ち去ってもいい。 それは気になりません。 ストリートには、色んな人と出会える喜びがあるんです。 最近は子供が生まれたこともあり、路上での演奏は減らしています。 代わりに、友達とバンドを組んだり、セッションをしたりするのが楽しいです。


最近はどのような場所で演奏していますか。

世田谷や清澄白河のカフェなど、知り合いのお店で演奏しています。 それ以外にも、ヨガイベントやデパートのイベント、ギャラリー、ライブハウスなど様々な場所で演奏してきました。

最近は、作曲に集中しています。 去年、シェイクスピアの舞台のために作曲し演奏するという機会をいただきました。 裏方として参加してみて、とても楽しかった。 アーティストとしてのプレッシャーが違います。 最近作曲の依頼も増えてきていて、演奏よりも楽しいかもしれない。 とはいえ、ライブが大好きなんですよ。 生演奏が好き。 聴くのも演奏するのも好きですね。

ワークショップも開催していると伺いました。

子供たちに向けて、楽器作りや、自由に音楽で遊ぶワークショップなどを開催してきました。 音楽の楽しさを知ってもらえたら嬉しいですね。 多くの人の楽器に対する考え方は硬い。 「ちゃんと演奏できるようにならないとダメ」という考えが強く、怖がって音楽に挑戦できなかったり、楽器にあまり触れられなくなっているんじゃないかな。 目の前にあるもので音が鳴らせるんだから、それを単純に楽しめばいいと思うんですよ。 僕はそういうスタイルでワークショップを開催しています。


世界中の音への探求心が唯一無二の音色を生む

「ピクシーコード」は様々な弦楽器に影響を受けたそうですが、これまでに日本の楽器に触れる機会はありましたか。

日本の楽器は面白いですよね。 尺八、三味線、琴が、和楽器で一番気になります。 実験音楽に取り込んでいるアーティストも多く、エフェクターをかまして琴を演奏するアーティストを見かけ、可能性が広がるなと感心しました。 民謡や雅楽など日本の伝統音楽を耳にしたのも、日本に移住してからです。 「笙(しょう)」という竹で作られた口で吹くオルガンのような楽器もあります。 雅楽で使われるものですが、音がとても神秘的。 初めて聴いた時には鳥肌が立ちました。 西洋の楽器とは全然違いますね。 そもそも音階が異なります。 例えば、フルートで尺八のメロディを吹くのは、不可能に近いと思います。 尺八には色々な不思議な技がある。 西洋の音階にはない和音が出てきたり、興味深いです。


楽器作りに最も影響を受けた楽器を教えてください。

1番影響が大きかったのは、「コントラップションハープ」。 100年前ぐらいに作られたという、アメリカの珍しい楽器です。 その他にも、弦が12〜40本もあるハープや、インド音楽の「タンブラ」や「シタール」などにも多大なインスピレーションを受けました。

東京のエクスペリメンタル音楽シーンからも影響を受けましたよ。 ライブに行くと必ず誰かがとても変わった楽器で演奏している。 電子楽器にセンサーをつけて演奏していたり、おもちゃを演奏に取り入れていたり、個性的でいいですよね。

世界中の楽器に影響を受けているんですね。

インド、モンゴル、アフリカなどには、好きな楽器がたくさんあります。 現代音楽は、ピアノ、ギター、ドラムなど限定的でややつまらない。 世界の伝統楽器の音色は、世界観が違うんです。

西アフリカのサヘル地域の音楽は特に面白いですね。 サハラ砂漠より南の地域の音楽は、ギターや弦楽器を演奏していることが多いんです。 なんて言うんだろう、すごく熱を感じます。 何千年も前から続いてる音楽だからかな。 楽器も動物の皮で作られていたりするので、生命の音がするのかもしれないですね。

最後に、これまでに製作してきたもの以外で、作ってみたい楽器はありますか。

製作途中になってしまっている楽器があるので完成させたいです。 トイピアノやチェレスタのようなもの。 鍵盤鉄筋のようなもので、パーツはありますが、半分ぐらいしかできていないんです。 4年前くらいから進んでないので、完成させたいですね。


Sami Elu

サミエルは、「割り箸ピアノ」という神秘的で魅力的な自作弦楽器を発明したクリエイティブなミュージシャン。

サミエルの音楽は自然界の雰囲気とマッチしている。 ジャンルにこだわらず音の幅が広く、音源作品には、シンセサイザー、サンプルした一般的な物や、アコーディオン、おもちゃ、スタンダードなピアノ、廃材パーカッション、ゴングや鈴など、純粋な想像力から生まれるあらゆるものが組み込まれてる。

サミエルはコラボプロジェクトの活動もあり、尺八のアメリカ人巨匠ブルースヒューブナーとのインストルメンタルデュオ「Celestia」を取り組んでアルバムをリリースして日本全国ツアーも巡った。 「彩の国シェイクスピアシリーズ」の2つの吉田鋼太郎演出の劇場作品、「ヘンリー八世 」(2020年途中中止、2022年再開) とジョン王 (2023 年) の音楽担当として上演した。 「私が日本に住む理由」「Ban Ban Japan」「ハマスカ音楽部」「ぶらり途中下車の旅」「デザイントークスプラス」など、様々な日本のテレビ番組にも出演してる。

北米のボストンで生まれ、バークレー音楽大学を卒業し、スコットランドのエジンバラ大学で作曲の修士号を取得した。 現在、日本の東京に住んで働いてる。

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Photos & Movies:Shoma Okada (RADIMO)
Words:Hinata Matsumura
Edit:Sara Hosokawa