昨年、アメリカの雑誌『Esquire』による毎年恒例企画、12ヶ月をかけてジャーナリストたちが全米のバーを歩き吟味し選び抜く「Best Bars in America」に、はじめてサンディエゴのバーが選ばれ、注目を集めた。
2022年にオープンした、サンディエゴ・ノースパークに位置する「Part Time Lover」。ミッドセンチュリーのトーンで、使う木にもこだわり抜いた店内設計のディテールでも評価されている。そしてなによりも、ここがリスニングバーであること。選出されたバーのなかではここだけ。
日本のリスニングバー文化からインスピレーションを受けてつくられたPart Time Loverの特徴と魅力は、西海岸フォークシーンの名物プロモーターである故ルー・カーティス(Lou Curtiss)が、1967年にサンディエゴに開いた、カリフォルニア州では最も古いレコードショップの一つ「Folk Arts Rare Recoreds(フォークアーツレア・レコード)」と提携して、レコードショップを併設していること。Fork Arts Rare Recordsは、賃料なしでPart Time Lover内でレコード店を運営する代わりに、バーの音楽のキュレーションと文化づくりを担当。Part Time Loverは、単なるリスニングバーにとどまらず、音楽や文化を体感できる特別な場所となっている。シカゴを拠点とする音響デザインのUncanned Musicに特注したHi-Fiサウンドシステムでもって、レコードからライブ音楽をしっとりじっくり楽しめる。さらにPart Time Loverは、ローカルたちにコロナ禍で惜しまれながらその扉を閉じた「Bar Pink」の跡地でもある。ここの経営者も手伝って、いまサンディエゴ再注目のリスニングバーとして育ちつつあるのだ。


今回は、Part Time Loverのサウンドデザイン設計に携わったサウンドデザイナーのデイビッド・アレン(David Allen)と、Folk Arts Rare Recordsのキュレーションを担当するジュリアーニ(J.S. Guilliani)に、この場所の魅力を教えてもらう。
ほろ酔いでレコードショップを楽しむバー
リスニングバーとレコードショップを併設した音楽スポットが、Part Time Lover。
Dacid(以下、D):いいでしょう?このおかげでほかのリスニングバーとは一味違う、特別な空間になっていると思います。同じくサンディエゴのリスニングバーのなかにレコードショップを設けようというこのアイデアは、同じくサンディエゴを拠点として活動するコレクティブ「CH Project」のアイデアなんです。そこは地域の文化的な繋がりを育てるために、集いの場となる飲食関連のプロジェクトを多く手がけているところなのですが、とてもいい考えだと思ってやってみることにしました。
レコードショップはさまざまある中で、なぜFolk Arts Rare Recordsと協働することにしたのですか?
D:Folk Arts Rare Recordsこそ、このサンディエゴという土地と深い歴史と密接な関わりを持つ存在だからです。その歴史とコミュニティとの絆を、新しい空間にもしっかりと引き継ぎたかった。
単なる新しい音楽スポット、リスニングバーではなく。
そして、単なるレコードショップではなく。サンディエゴの文化を感じられる特別な場所として、多くの人に愛される場所をつくりたいと思ったんです。

Part Time Loverだからこその、特別な時間や体験はどんなものでしょう。
D:お酒を味わい、少し酔っている状態で、レコードを選べるという点は、とてもユニークだと思いますよ。
お酒と音楽に酔ったところで、レコードを探す。いいですね。どんなレコードが見つかりますか?
J.S.Gulliani(以下、G):あらゆる年代やジャンルのレコードを取り揃えていますが、特に60年代や70年代の音楽が一番多いです。これまで(Folk Arts Rare Recordsが)オープンマインドな文化を築いてきたことから、Part Time Loverという新しい場所にくるお客さんはすでに私たちに信頼を寄せてくれていて、おすすめを信頼して新しい音楽に挑戦することも楽しんでくれているようです。その場で流しているレコードを衝動買いするお客さんもいるんですよ。

ローカルの老舗レコードショップだからこその信頼。普段、音楽の選曲はどのように?
提携するFolk Artsは、いわずもがなスタッフはみんな音楽の深い知識がある…というか、全員音楽オタク。それぞれ特に強いジャンルがありますが、Fork Arts Rare Recordsのキュレーションからだいたいはその時にかけたいものを、その日のお店の雰囲気に合わせてかけている感じです。なかでもよく聴こえてくるのは、ジャズ、ドリーミー・ポップ、サイケデリック、アンビエント、エレクトロニカといったところでしょうか。日本の楽曲も大好きですよ。音楽がさまざまな場所由来のものであることも心掛けています。フォークアーツのレコードコレクションの中から、Part Time Loverでの音楽のキュレーションが行われている。店内で流れている音楽を聞いたお客が音楽を気に入って、そのレコードを購入するということがよくある。

おすすめのレコードを3枚、教えてください。
JS:ちょうどSNSで毎週おすすめのレコードを紹介する企画をはじめたところです。
最近紹介したのは、この3枚。
David Axelrod『Song of Innocence』(1969年)

私たちのコンセプトを体現するような1枚。ダイナミックで豊かな音、グルーヴ感があり、色褪せない素晴らしいサウンド。
John Lee Hooker『House of the Blues』(1960年)

いくつものブルースギターのスタイルを堪能できるうえ、過去・現在・未来を問わず、普遍的な「魂」を感じさせる1枚。
羅針盤『らご(Rago)』(1997年)

私たちの、インディーであり国際的な感性を反映した作品。Part Time Loverで実際に聴けば、抜群に響く1枚。
特注のサウンドシステムを導入しているそうですね。ほか、空間づくりについて教えてください。
D:広い空間で高音質を確保することがまず挑戦でした。デザイナーたちと密に話して協力して、思い描くものの実現に取り組みました。多くの人が集うこの広いスペースでも音がしっかり響くよう、スピーカーの配置や音響調整を徹底。Klipsch Audio TechnologiesのラウドスピーカーKlipschornの性能を最大限に活かせるようにしました。
Klipschornは空間の隅高くに設置し、McIntoshの真空管アンプで駆動させています。この配置により、音がオーディエンスの頭上を越えて広がります。さらに、スピーカーの下にはサブウーファーを隠して超低音域を補強することで、予想以上に深い低音の響きを実現しました。空間の中央にもスピーカーを配置してデッドスポットのないよう配慮しています。

サウンドデザイナー、David Allen(左)
「とても混んでいるのに、どこにいても音楽を楽しむことができた」とのレビューも。実際にお客さんからの評判もよいですよね。
D:はい。リスニングバーのデザインとしてまさに目指していたところなので、嬉しいです。どこに座っても良いクオリティで音が聴こえること、これは欠かせません。日本のジャズ喫茶やリスニングバーでは、お客さんが静かに音楽に耳を傾ける文化がありますよね。一方で、アメリカのリスニングバーは大抵がワイワイとした雰囲気になります。
リスニングバーに限らず、そもそもバーという場所ではしっかりお喋りを楽しむ、ワイワイすることが文化ですもんね。
お客さん同士が自然に会話を楽しむことを大事にしつつ、オーナーとしてもたくさんの人に来てもらいたい。そこで「どんなに混雑していても、どこに座っていても、最高の音楽体験を楽しんでもらえるように」と、そんな思いで工夫を凝らしました。




アメリカらしいソーシャルの文化と、質の高いリスニングバーとしてのあり方を両立しようとしているのですね。日本のリスニングバーのコンセプトからインスピレーションを受けていて、提供するお酒にも反映されているとか。いくつか、おすすめのカクテルを教えてください。
Chain Reaction(チェーン・リアクション)
日本の甘酸っぱい梅酒を使用。軽くてスパークリングな味わいが特徴で、カクテルの名前は90年代後半から2000年代初頭にかけてポストハードコアやポップパンクシーンを盛り上げた南カリフォルニアの伝説的なライブハウス「Chain Reaction」に由来。
Direct Drive Manhattan(ダイレクトドライブ・マンハッタン)
クラシックカクテル「マンハッタン」を日本風にアレンジしたもの。日本のウイスキーを使い、日本のリスニングバー文化に敬意を込めた一杯。
Lovers Rock(ラバーズ・ロック)
日本のウイスキーベースで、大きなアイスキューブと一緒に提供。オープンの翌年である2023年、シンガーソングライター、シャーデー・アデュ(Sade Adu)をよく流していた時期にそのムードをイメージしてつくった一杯。
サンディエゴのローカルに愛されるPart Time Loverですが、どんな音楽カルチャーがあるのでしょうか?
JS:ほかの大都市に比べて表現すると、サンディエゴの音楽は少し「スリーピー(穏やか)」。ロサンゼルスのような “文化の中心地” がすぐ近くにあるので、外からみるとやっぱりどうしても地味な印象になりますよね。なかなかユニークな音楽文化を築くのに苦労している節もありますが、この街特有の「のんびり」な雰囲気は、Part Time Loverでも感じてもらえると思います。
地域との繋がりが強いからこそのリスニングバーだからこその、音楽シーンの育て方は?どんな人と、どんな場所にしていこうとしていますか。
JS:Part Time Loverでは、毎晩のように特別な音楽とストーリーが共有される場づくりをしています。ゲストセレクターを招いて、好きな音楽を通して自身のストーリーを共有してもらう。セレクターたちはそれぞれのコミュニティや個性を音楽で表現します。その多様性こそ、Part Time Loverの魅力を一層引き立てていると思います。
また、LGBTQコミュニティは、音楽や文化全体を支えるとても重要な存在。このコミュニティをはじめ、あらゆる人にPart Time Loverを「自分たちの場所」と感じてもらえるような場所づくりをおこなっています。
D:今後、このサンディエゴという土地で、音楽を愛する人々が集まる特別な場所になっていきたいですね。サンディエゴの文化的なランドマークのような存在になればいいなとも思っています。
そして、DJたちにとっても素晴らしい体験を提供していく、ということ。店舗の空間設計ではDJブースの質にもこだわりました。レコードを愛する人が、自分のお気に入りの曲をPart Time Loverに集う人と共有することを楽しめるように。将来的には、世界中からDJが集まってPart Time Loverでの体験を楽しみ、味わってもらえたらと思っています。
Part Time Lover
3829 30th St, San Diego, CA 92104

サンディエゴ・ノースパークにあるリスニングバー。1967年創業の老舗レコードショップ「Folk Arts Rare Records」と提携し、店内にはレコードショップを併設。2024年に雑誌「Esquire」で「Best Bars in America」に選出され、サンディエゴ唯一の受賞バーとして注目を集めている。
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