質の高いパフォーマンスを発揮するために欠かせない良質な睡眠。 ストレッチ、スポーツ、サプリメント、ドリンク、香り、読書……。 深い睡眠と爽やかな目覚めを手に入れるために、多くの人が就寝と起床に何かしらのエッセンスを取り入れている。 音楽と寝具もそのひとつだ。 そこで今回は富士山麓に拠点を構えるライフスタイルブランド、sinsoの寝具に身を委ねて、アジアの未知の音楽をディグし続けるOMK(ワンメコン)が睡眠をテーマにADM(アジアン・ダンス・ミュージック)を選曲・選盤。 富士山麓の森に佇む一棟貸しホテル、yl & Co.Hotel.in Mt.Fujiを舞台に、ビートレスなADMで深く眠ろう。
アジアの寝床事情
OMKの4人はアジアの音楽を掘り下げるためにアジア各国に行ってますよね。 音楽×睡眠の企画ということで、まずはアジアの寝床事情について聞きたいです。
高木:アジアで安いところだと床で寝る、みたいなところが多いですね。
YOUNG-G:寝れるところは寝れるんですけど、友達が安いゲストハウスに泊まって、トコジラミに刺されて病院に行きましたからね。 Mr.麿(スティルイチミヤ[stillichimiya] / スタジオ石 / EXPO)なんですけど(笑)。
MMM:BIG BEN(stillichimiya / おみゆきchannel)とMr.麿とインドに行ったときに二人部屋に通されて、ツインベッドで3人寝なきゃいけなかったんですよ。 真ん中のBIG BENがベッドの境目で刻々と沈んでいって、最後のほうにはいなくなってた。 それを思い出しますね。
宇都木:最近はエアビー(Airbnb)が普及してから、奇数、大人数での宿の部屋選びがラクになりました。 特にアジアはエアビーが盛んなので。
高木:寝具のクオリティはホテルの値段と比例しますね。 今日はいつもよりいい布団と枕があって。 これは相当いいですね。
このsinsoの寝具はカバーとシーツがアイロン加工されていない、綿100%の「洗いざらし」なんですね。 あえてシワが入った状態にすることで、肌に触れる音すらも心地いい感じがします。
高木:ああ、たしかに。 ホテルの寝具って大体、糊が付いてますよね。 この寝具は実家とか親戚ん家のやつみたいに最初から馴染みます。
YOUNG-G:落ち着くね、こっちのほうが。
羽毛布団自体の生地も綿100%なので相性がいいんです。 そういう些細なことの掛け合わせが質のいい睡眠に繋がると。
高木:アジアのホテルにはちゃんとした掛け布団がないんですよ。 この羽毛布団があれば、毛布は要らなさそうですね。
YOUNG-G:もう既にあたたかい。
宇都木:この白いカバーとシーツもいいですね。 ひとり暮らしになるほど白い寝具は選ばないから、余裕のある感じがする。
MMM:取材のコンディション、ばっちりです。 普通に眠たかったんで。
寺ジャケは間違いなく、寝る前に聴くといいやつ
OMKは掘り下げているアジアの音楽をADM(アジアン・ダンス・ミュージック)と呼んでいますよね。 その定義ってどんなものなんでしょうか。
宇都木:ADMはタイのサイヨー、ベトナムのビナハウス、フィリピンのブドッツとか、アジア各国で独自に発展したローカル・ダンス・ミュージックの総称ですね。 EDM、テクノ、エレクトロのようなグローバルなダンス・ミュージックと対称的な言葉を探しているときにOMKの仲間たちとつくりました。 タイにしてもベトナムにしても、自分たちの好きなリズムがあって、EDMやTOP40を自分たちの好みに改変している。 そんなローカル・ダンス・ミュージックがTikTokやアーティスト同士の繋がりでアジア各国で影響しあっているのがとても面白いです。 国ごとに異なった歴史や文化があって、その個性がダンス・ミュージックに現れる。 今回持ってきたレコードやカセットたちは、ADMのルーツを知る手がかりなんです。
Sawainoi Nokkhaokan 『Lam Long Prawat Taatpanom Laehaiporn Suaruam』
なるほど。 単純によく眠れそうな音楽の紹介ではなくて、OMKにとっても意味のある企画になりそうでよかったです。 では1枚目、いきましょうか。
高木:1曲目はプラタート・パノム(ワット・プラタート・パノム・ウォラマハウィハーン)っていうタイにある有名なお寺のお坊さんの説法です。
YOUNG-G:説法を聴きながら寝るとか、すごく徳が高い。
宇都木:最近、落語が好きでよく聴いてるんですけど、お坊さんでも落語家でも、歳をとって名人級になってくると、わざと無音の状態をつくったり声を小さくしたりして、表現力が増すらしいんですよ。 そこがすごくいいんだけど、逆に言うと、無音とか小さくボソボソって噺す芸風は眠くなりやすい。 説法とか語り芸は上手い人ほど、より眠りやすいです。
お寺がジャケットのレコードは現地では珍しいんですか?
高木:「寺ジャケ」のレコードはよく見かけますね。
宇都木:これはたぶん70年代中期のプレスなんですけど、そこからずっと売れ残ってたデッドストックをたまたま入手して。 今日は睡眠をテーマにレコードを持ってきたけど、語り芸みたいなビートが入ってないものってDJが買わないんですよ。 サンプリングしたくても、ビートメーカーが好むようなものは入ってなくて。 安くて売れ残ってるから、アジアに掘りに行ったときに手に入りやすいんですね。
YOUNG-G:アジアでレコードを掘るイコールDJとか、そういう視点になりがちだけど、寝るときに聴くとか、朝起きてタバコを吸いながら外でチルタイムに聴くとか、そういう音楽もいっぱいあって。
台中慈明寺の聖印大法師主持による説法
他にも説法系ってあるんですか?
YOUNG-G:ありますよ。 これなんかは76年最新録音って書いてあるな。 台中のお寺で朝起きてお祈りするときの説法ですね。 お経系の中でも俺的にこいつは相当やばいです。
MMM:これ、俺らが宿でよくやってる成果物を並べるときと同じ状況ですね。
宇都木:こんなにいい寝具じゃないですけどね。 大体、夜にクラブから帰った後にレコードを聴きながら。 これ、日本のプレスなんだ。
YOUNG-G:これは歌がちょっとあるんですよね。 お経だけど御詠歌*に近いものだと思うし、琉球っぽさもある。 寺ジャケは間違いなく寝る前に聴くといいやつです。 特にこれは変化がおもしろくて、やたらリズムが早くなったりする謎の動きがあるんですよ。 トリップ感がある。 輪唱みたいな感じも。 しかも途切れないで盤の一面がずっと繋がってるから、勝手に戻ってくれるレコードプレイヤーで聴きたいっすね。
高木:日常の朝の行いだから、目覚めにもありですね。
YOUNG-G:たしかに。 朝、線香の匂いをかぎながら、このレコードをかけたら、だいぶいい。
宇都木:各々が好きなレコードを持ってきたけど、誰も7インチを持ってきていないっていう。 寝るときはLP、そこはポイントですね。
*御詠歌とは、仏教の教えを五・七・五・七・七の和歌と成し、旋律=曲に乗せて唱えるもの。 日本仏教において平安時代より伝わる宗教的伝統芸能のひとつ。
高木:台湾はブッダマシーンがあるくらいだから、お経系の音楽は強いですよ。 レコードを変えるのがめんどくさいって人にオススメです。 多いやつだと何十曲も入ってますからね。
YOUNG-G:カンボジアにはクメール歌謡マシーンっていうものがあって。 この中にカンボジア歌謡曲が1,000曲も入ってます。 しかもUSBで充電できて、Bluetoothスピーカーにもラジオにもなって、極め付けはライトにもなる。 夜、寝る前とか災害時にも使えますからね。
大陸の繋がりを感じさせる、スンダの音楽
宇都木:睡眠と相性のいい音楽といえば、アンビエントとか環境音楽にいきがちですけど、それは悪いわけじゃなくて。 昔はシンセサイザーの音とかがなかったわけだから、こういうアジアの音楽もありだと思う。
YOUNG-G:ほんとにそうですね。 アンビエント的なものはいくらでもある。
Waipod Petchsuphan『Buddha Prawat』
高木:これはタイのレーっていう仏教の声の出し方をしていた人がポップス歌手に転身して大成功したレコードですね。 タイでは出家が当たり前だから、僧侶出身の歌手も多いみたいです。
宇都木:お経を聞いていると眠くなっちゃうじゃないですか。 このレーというジャンルは寝ないように抑揚をつけたことが始まりなんですよ。 ウチらはレーをラップのフローみたいだと捉えていて。 実際にタイのラッパーのジュウ(JUU)さんはこういう仏教の言い回しに影響を受けてやってますね。
高木:こういう曲のシリーズは同じリズムを使った1番、2番のシンプルなつくりが多いです。
Degung『Sabilulungan』
YOUNG-G:これはインドネシアの西側にいるスンダ人の音楽です。
高木:この鐘の音を数えてたら寝ちゃう。
インドネシアは多民族国家ですよね。
YOUNG-G:一番多いのはジャワ人だけど、ジャワとスンダの音楽はちょっと違うんですよ。 スンダ地方は竹が有名で、笛とか木琴みたいな音が取り入れられていて。 アルファ波的な気持ちよさがある。 竹の音はアンビエントっすね。 ちなみに、このレコードは『 Sabilulungan』っていうタイトルで、スンダ人の友達のラッパーが「Sabilulungan(サビルルンガン)は日本でいう武士道だ」って教えてくれたんですけど、その真偽のほどは俺らも全然わからなくて(笑)。 スンダ人に「サビルルンガン」って言うと、喜んで「サビルルンガン」って返してくれます。 合言葉みたいに仲良くなれますね。
MMM:スンダ人はすごいですから。 氷河期時代にタイからインドネシアまでが繋がっていた時期があって。 その陸地のことをスンダランドって言うんですよ。 だから、その大陸の首都はインドネシアだったんじゃねえかなって。 アジアの人種にモンゴロイドっているじゃないですか。 その起源がインドネシア付近から発生して北上して行ったとされる。 スンダはアジアの根源的なことなのかもしれないと思いながら眠りにつくと、壮大なロマンを感じながら寝れますね。
YOUNG-G:大陸の繋がりを感じさせるよね、スンダの音楽は。
Kliningan “Ganda Mekar” / Suling Karesmen “Rineka Swara” 『Gending SUNDA』
宇都木:これもスンダの音楽です。
MMM:これは音のスケールが沖縄民謡に近い。
YOUNG-G:奄美の民謡に似てる感じがする。
MMM:アジアの音楽の似てる似てないとかは議題に挙がるんですけど、インドネシアはまたタイとかラオス、ベトナム、カンボジアとかとは違う親近感がありますね。
YOUNG-G:スンダのラッパーのスンダニス(Sundanis)が言ってたのは、日本人は昔のスンダ人みたいだって。
高木:誰が見たことあるんだっていう(笑)。
YOUNG-G:インドネシアは島の数だけ文化と民族がいるって言われてるんですよ。 島が1万7千個はあるらしくて。
MMM:来年はインドネシアに調査しに行きたいね。
ADMはEDMの顔をして近づいてくる
アジアのダンスミュージックってEDMの印象が強いですけど、OMKが提唱してるADM(アジアン・ダンス・ミュージックの略)は多様ですね。
YOUNG-G:AMDが危ないのはそこなんですよね。 EDMの顔をして近づいてくる。
MMM:初見だと「これEDMじゃん」って聴き流しがちなんですよ。
YOUNG-G:でも、よく聴くと。 変なリズムや歌い回しが入っていて。 逆にこっちの方がヤバいって気づく。
宇都木:難しいところは、慣れるまでにかなり抵抗があると思うんですよね。 硬派なヒップホップとかハウスとかテクノを聴いてる人は「EDMじゃん、チャラいじゃん」ってなるんだけど、実際はリズムがまったく違っていて。 大袈裟に言えば、このレコードとかカセットとかの時代からのリズムがそのままピートになってたりするんですよ。
バイレファンキとかが流行ってるのと、大してやってること自体は変わらないんじゃないですか。 サンプリング文化というか、EDM化された元ネタのリミックスが現地やインターネット上とかに大量に転がりまくっていて。 その中で自分が一番好きなバージョン、テイクを探すっていうのがADMを掘ってて楽しいですね。 レゲエのセレクターに近いというか。 例えば、タイにはサムチャーっていうジャンルの音楽があるんですよ。 ラテン音楽のジャンルにチャチャチャってあるじゃないですか。
荻野目洋子の曲名にもなってる、あの。
宇都木:そうそう。 タイ人はチャチャチャが好きすぎて、チャチャチャをサムチャーって呼んだんです。
YOUNG-G:サムはタイ語で数字の3、チャが3個あるからサムチャーなんですよ。
宇都木:それがタイのリズムになっちゃったんですよ。 タイのすごいところは植民地になってないから、外の国の影響を受けても自分たちの好きなように改変しちゃう。 だから、チャチャチャじゃなくてサムチャーなんですよね。 おもしろいのが、テクノとかハウスとかいろいろなダンスミュージックが出てきたときに、それをサムチャーのリズムに変えるっていう作業が90年代に行われていて。 そのときに出たカセットテープのリリース元がエイベックスなんですよ。
高木:実際に現地で大ヒットして。
宇都木:普通にエイベックスがユーロビートをリリースしても、グローバルマーケットで売れないじゃないですか。 そこでエイベックスはタイのレッドビートっていう会社とライセンス契約して、当時のエイベックスの楽曲をサムチャーリミックスにするっていうプロジェクトが行われてたんですよ。
YOUNG-G:相川七瀬の「バイバイ。 」っていう曲が向こうで大ヒットして。 なんで流行ったかっていうと、「バイバイ。 」だけ元からサムチャーのリズムなんですよ。 めっちゃカバーもされていて。
宇都木:タイ人にはタイ人が喜ぶリズムがあって、そこにリミックスとかの作業が掛け合わさって、ウチらが呼んでるADMに繋がっていくんですよね。
MMM:タイの人たちはタイのリズムでしか踊らないからADMみたいな音楽が生まれるんですよ。 自分たちのリズムをいまの音楽に取り込む。 それがメコン川流域から生まれるっていう。
DJ視点ではないサンプリングディグのおもしろさ
ANGKANANG KUNCHAI『Isan Lam Phloen』
宇都木:昔は川沿いに音楽が伝わっていて、日本の民謡も利根川とか北前船とかで民謡の流行がつくられてきたんですよ。 このレコードは『バンコクナイツ』に出てもらったアンカナーン・クンチャイ(Angkanang Kunchai)のアルバムです。 「ラム・サラワン」っていう曲があって、サラワンってラオスの地名なんですね。 そこで流行った盆踊りみたいなものがメコン川沿いに広がって、タイにも流れてきて。 カンボジアのクラップ・ヤ・ハンズっていうヒップホップグループがサンプリングしたバージョンもあるんですよ。 空族とかstillichimiyaとsoi48が仲良くなって、OMKのきっかけにもなってる一枚ですね。
高木:いいなあ、ここで「ラム・サラワン」は。
YOUNG-G:これはワンメコンクラシックですね。 死ぬ前にオリジナル盤が欲しいっすね。 高くなってるっすもん。
宇都木:映画の影響とかで人気が出ちゃって、世界的にDJが欲しがってる感じで。 ちなみにカンボジアとかラオスとかに、このビートやフレーズを使った曲が無数にあるんですよ。 ウチらがすごく好きなバージョンはタイのレジェンドラッパーのジョイ・ボーイ(JOY BOY)がサンプリングしたやつですね。
高木:日本だと思い浮かばないですよね、古典をアップデートした音楽って。
MMM:サラワンって「踊ろう」みたいなことを言ってるんですよ。 タイの人たちは踊る人種なんだなって漠然と思ってたんですけど、踊ることに仏教観があるんですよね。 踊ると空から天使が近づいてくるっていう言い伝えがあるみたいで、特におばちゃんやおばあちゃんとかは、やたらと腰を空高く突き上げるんです。 踊ることによって楽園に近づくみたいな。
Faiyaz Khan『Ustad Faiyaz Khan』
このレコードはEMIからリリースされてるんですね。
宇都木:インドはイギリスの植民地だから、こういうことなんですよ。 オランダの植民地だったインドネシアのレコードはオランダにもあったりして。
なるほど。 今日聴いてきた他のレコードのジャケットには英語が使われてないですね。
宇都木:タイは植民地になってないから、タイのレコードはタイ人のためにつくってるってことなんです。 レコードを集めていて気づくのは、ラオス、ミャンマーは自国でレコードプレスができなくて、カセットテープばかりなんですよね。
YOUNG-G:タイのレコード会社は見たことないかも。 このジャケ、眠れそうな顔してますね。 この先輩の歌を聴いてたら、もう寝るしかない。
高木:この人はファイヤーズ・カーン(Faiyaz Khan)と言って、インドのアーグラ出身の一番有名な声楽家ですね。 歌がメインだから、楽器はシタールがちょっと鳴ってるくらいのレベルです。
YOUNG-G:シタールはだいぶ寝れるっすね。
宇都木:こういうレコードの価値がもっと上がってほしいよね。 どうしてもDJ視点だと踊らせることが仕事だから、こういうのはあまり人気がなくて。 このサンプリングディグがOMK活動のおもしろいところなんです。
YOUNG-G:まだまだいい音楽がいっぱい眠ってるから。
MMM:この議論は終わらないですね。 明後日の朝までかかるんじゃねえかな。
OMK
stillichimiyaのYOUNG-G、MMM、DJユニットSoi48を中心にアジアの地下ヒップホップ・シーンからクラブ、ローカルなディスコまで潜入調査し、インターネットの世界ではわからない音楽、危険な現場、ゴシップ、レコード、カルチャーをディグするプロジェクト。 SNS上のうわべだけのコマーシャルと異なる ”リアルで質の高い” 情報は大きな話題を呼び『STUDIO VOICE : Flood of Sounds from Asia-そこで生まれる音楽-』やTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で特集された。
sinso
山梨県は富士山麓に拠点を構えるライフスタイルブランド。 寝装具に特化し、コットン100%の生地に包まれた羽毛布団、ブランドのシグネチャーである洗いざらしのカバー&シーツをはじめ、すべてのベッドウェアはSANUをはじめとする宿泊施設向けにつくられたプロユース。 睡眠と目覚めをより良いものにするだけでなく、現代における寝装具のあり方を見つめ直し、形骸化されたその価値を再構築している。 (Photo:Shuhei Tonami)
Photos:Yukitaka Amemiya
Words & Edit:Shota Kato
Location:yl & Co.Hotel.in Mt.Fuji