Always Listeningの、音や音楽からみる社会。音楽業界におけるメンタルヘルスは、今、切っても切り離せないトピックだ。ポップスターやDJ、ラッパーなどのミュージシャンたちが、メンタルについて自身のソーシャルメディアの発信で、あるいは曲のなかで吐露するようになってきた。
しかし、音楽業界においてもこの分野では、あまりメンタルヘルスについて話されていない気がする。「クラシック音楽」だ。
クラシック音楽業界と、メンタルヘルス
メンタルヘルスの問題により亡くなった人気ロックバンドLinkin Parkのフロントマン、Chester Benningtonや、スウェーデンのDJ、Avicii。双極性障害と診断されたことがあることを明らかにしたポップスターのSelena Gomez。エモ・ラップシーンの代表的アーティストで、不安症や鬱を患っていたといわれる今は亡きラッパー、Juice Wrld。ここ10年ほどでポップス界のミュージシャンの“精神の健康”は、社会的課題として注視されている。今年は、Selena Gomezによってローンチされた、メンタルヘルスについて話し合うときに使用する“言葉”の認識を高めるキャンペーン「Your Words Matter」が、記憶に新しい。
では、ミュージシャンはミュージシャンでも「クラシック業界」のミュージシャンたちのメンタルヘルスはどうだろうか。
クラシック業界というと、伝統と格式、師弟関係に重きを置いたなかなか厳しい世界を思い浮かべる。過去には、鬱病の治療の最中に傑作『ピアノ協奏曲第2番』を作曲したセルゲイ・ラフマニノフがいたが…。現代の事情は実際どうなのか調べてみると、英国のクラシック専門ウェブマガジン『Classical Music』に掲載された英国人チェリストの寄稿記事を見つけた。彼女の意見によると、クラシック音楽業界は奇妙なほどにストイックでエリート主義な世界であり、英国のクラシック業界では、白人・年配・ミドルクラスのミュージシャンが大半を占めているため、特に若い世代の多様なバックグラウンドを持つミュージシャンはプレッシャーを感じているようだ。
実際、2021年9月発行のジャーナル『Psychology of Music』には、ベルギーのブリュッセル自由大学の心理学および教育科学部のJolan Kegelaers氏らが行った「クラシックミュージシャンの精神的回復力の重要性」を示した研究が発表されている。学生とプロの両方を含む合計64名のミュージシャンがこの調査に参加し、結果として、うつ病や不安の症状が高かったことが明らかになった。「クラシックミュージシャンは職業上の課題やストレスにより、一般の人々と比較してメンタルヘルスの問題を抱えるリスクが高くなる可能性がある」という研究結果も発表されている。
それに対し、クラシックミュージック業界ではミュージシャンのメンタルヘルスへの支援が十分にないようだ。先述の『Classical Music』が2019年に行なった調査によると、対象者の82パーセントが、クラシックミュージシャンとメンタルヘルス関連のサービスに隔たりがあると感じる、と回答したという。
ついに。若手クラシックアーティスト支援団体が動き出した
他のジャンルの音楽業界に比べてゆっくりな歩みのクラシック業界でのメンタルヘルスのケアだが、この春に入って明るい動きがあったようだ。若手クラシックアーティストのキャリアサポートを行う英国の慈善団体Young Classical Artists Trust(YCAT)は、メンタルヘルスの問題についての認識を高めるため、今年4月1日にミュージシャンのメンタルヘルス月間を開始した。
29日まで実施された一ヶ月にわたるキャンペーンでは、瞑想やコーチングなど、メンタルヘルスの問題に対処する際の自己効力感を高めるための、さまざまな無料セッションが行われたようだ。
セッションの内容はというと…。例えば、ロンドンを拠点にミュージシャンに向けて瞑想ウェビナーの開催を行うコミュニティMeditation Changes LivesのAlison Gordon氏によるガイド付き瞑想トレーニングや、英国を拠点にコーチングを行っているMarion Friend氏によるコーチングセッション。ロンドンを拠点に舞台芸術で働く人々に福祉サービスの提供を行うBAPAMのPippa Wheble博士との意識的な呼吸法のワークショップというものもあった。意識的な呼吸をすることで中枢神経系を落ち着かせ、不安の症状を軽減するうえで役立つことから、同ワークショップの参加者は、不安の症状や不安になることを避ける方法や呼吸法について博士から学んだ。
今のところ、クラシックミュージシャンに特化したメンタルヘルス支援は、他には見当たらなかった。昨今ではテレビなどをはじめとしたエンタメ業界でも、クラシック音楽家たちをちらほら見かけるようになった。メンタルヘルスへの支援が急務となった現代、やや静寂を保っている印象のクラシック音楽業界にも、弾みをつける動きが続いて欲しい。
Eyecatch Graphic: Midori Hongo
Words: Hiroko Aoyama (HEAPS)