録音や放送の現場で使われる「モニターヘッドホン」と、音楽を楽しむための「リスニングヘッドホン」。この二つにはどのような違いがあるのか、そしてモニター用ヘッドホンは普段使いのリスニング用途にも向いているのか? 音の再現性や聴き方の視点から、オーディオライターの炭山アキラ先生に解説いただきました。
モニターヘッドホンとは? リスニングヘッドホンとの違い
録音や放送の現場には、流れてくる音声、あるいは音楽の信号をできる限り正確な音波として再現する「モニター」と呼ばれる機材があります。録音やマスタリング、ミキシングのエンジニアが “基準” として頼る音の源です。
ヘッドホンにも「モニター」のために開発された製品があります。それも、多くの社から膨大な数が開発・発売されています。とはいっても、メーカーによっては一般のリスニング用ヘッドホンと、それほど厳密に区分していない社もあります。オーディオテクニカは、比較的しっかりリスニング用とモニター用を分けて開発しています。
リスニング用とモニター用の違いは、煎じ詰めれば音楽とリスナーに対する「もてなし」があるかどうかだと、私は感じています。直接話を聞いたわけではありませんが、リスニング用ヘッドホンの開発陣は、せっかくの音楽をできるだけ好ましい姿でリスナーの耳へ届けたい、そう思って商品開発を続けていると考えて間違いないでしょう。その「好ましい」が解釈の違いを生み、世の中にはこれほど多彩な音質傾向のヘッドホンが存在しているのです。
一方、先ほども述べましたが、モニターはまず「正確」であることが求められます。もちろん録音/再生の世界で、元の音を100%再現することは不可能ですが、それでも録音現場で流れていた音楽をしっかりその骨格、その音色で再現することが必須課題なのです。
また、モニターヘッドホンは仕事の現場で壊れたら一大事ですから、激しい使用にも耐えうる、耐久性のある仕様になっていることが普通です。それに、例えばオーディオテクニカのプロフェッショナルオープンバックリファレンスヘッドホン『ATH-R70xa』は、ケーブルが交換できる仕様になっていますが、これはリケーブルして音の違いを楽しむためではなく、現場の違いによってケーブルの長さが変えられること、不測の事態でケーブルが断線してもすぐスペアと取り替えられること、これらを想定したものです。
モニターヘッドホンはリスニングにも適している?
それでは、モニターヘッドホンでは音楽を楽しめないのでしょうか。受け取り方は人によってさまざまでしょうけれど、私自身はモニターヘッドホンでも大いに音楽を楽しめると考えています。初めてモニターヘッドホンを体験した人は、何だか素っ気ない音だなと思われるかもしれませんが、ある意味でそれが普段お聴きになっている音楽の本質といってもよいでしょう。そして、そういう音楽の聴こえ方に耳が慣れると、エンジニアがどんな仕掛けを凝らしているのか、その音楽がどういう構造で出来上がっているのかが見えてきたりして、よりマニアックな楽しみ方ができるようになるかもしれませんよ。
世の中には、リスニング用として膨大な数が売れているモニターヘッドホンも結構ありますし、半世紀ほど前の西ドイツ(当時)製リスニング用ヘッドホンは、坂本龍一をはじめとする一流ミュージシャンがモニターとして採用したことが知れ渡り、おかげでリスニング用としても驚異的なロングセラーを記録したものです。そういう意味では、リスニング用とモニター用との間にそれほど高い壁はないのかもしれませんね。
私は今、オーディオテクニカの『ATH-ADX5000』というリスニング用のフラッグシップ・オープンエアーダイナミックヘッドホンを愛用していますが、これは十二分にモニターとして使えます。というか、日常的にこのヘッドホンで機材やソフトの音の良し悪しを判別しています。そして、一仕事終えたらそのまま大好きな音楽を、このヘッドホンで楽しみに聴き続けています。私にとっては仕事の道具であり、音楽を楽しむためのまたとない相棒です。
皆さんもそういう “伴侶” が見つかるのなら、それがリスニング用でもモニター用でも構わないじゃないですか。最近はヘッドホンの試聴コーナーを持つ大規模な家電量販店や専門店も多くなりましたから、分け隔てなく聴き比べてみて下さい。これまで素通りしていたところへ、あなたにとっての安住の地が見つかるかもしれません。あなたにより好ましいヘッドホン・ライフが訪れることを祈っています。
Words:Akira Sumiyama