南⻘⼭の「⼩さくて⼤きな円形劇場」song & supper BAROOMにて開催されたリスニング・イベント『南⻘⼭レコード倶楽部』。 その記念すべき第一回目は、ceroの荒内 佑と音楽評論家・プロデューサーの原 雅明が出演した。 各々が持ち寄ったアナログ・レコードをかけて、トークを交えながら聴き進めていった。 極上のサウンドシステムを持つ個性的な円形劇場で、リラックスしたリスニング空間が実現した。 当日のトークを記事としてお届けする。
この音響システムだからわかる、新しい気づき。
原:今日は持ってきたレコードを交互にかけながら話をしていくということなんですが、まず最初は荒内さんのソロ・アルバム『Śisei』の曲を、挨拶代わりにかけたいと思います。 どの曲がいいでしょうか?
荒内:まず自分のでいいんですかね。 じゃあA面一曲目の「Two Shadows」を。
arauchi yu / Two Shadows
荒内:この曲がアルバムで最初に作った曲で、最初はもっとヒップホップ的なものをやろうとしてたところがあって。 その名残りっていうのを、こういう環境で聴くとかなりよくわかるなと思いますね。
原:こんなに低音出てたんですね。 この音響システムで聴いて初めてわかりました。
荒内:こんな出したっけなと思いました。 そうそう、ここ(BAROOM)の場所は日本コロムビアの本社なんですよね。 このミックスをしたstudio MSRって代々木上原にあるスタジオも元々日本コロムビアで、このアナログのカッティングをしてたのも日本コロムビア。
原:なんと。
荒内:日本コロムビアづくし(笑)。 カッティングをしながらマスタリングしたんですけど、武沢(茂)さんという元々、美空ひばりや都はるみをやられていたレジェンドにカッティングしていただいたんです。 なので、コロムビア・サウンドなんですよね。
原:今日ここで聴くのは偶然とはいえ、凄い繋がりですね。 では、ここからお互い持ってきたレコードをかけたいと思いますが、実は何を持ってきたかは事前にはお互い知らないんです。 まず荒内さんから聴かせてもらっていいでしょうか?
荒内:自分と原さんの関係をちょっと説明しがてらっていうこともあって、このレコードを選ばないと。
メトリック・モジュレーションとレイ・ハラカミ
原:レイ・ハラカミ『red curb』ですね。
荒内:原さんがやられてるrings(※1)というレーベルから再発されるにあたって、ライナーのオファーをいただいて、それで書くことになったんですよね。
原:はい、ライナーをお願いしました。 では、聴いてみましょうか。
rei harakami / Unexpected Situations
rei harakami / The Backstroke
荒内:何かここで聴くと、またちょっと印象が違うんですよ。 かっこいい、凄い。 こんな音が入ってたんだと。 ハラカミさんというとロバート・ワイアットのような電子音楽以外の影響が語られがちですが、やっぱりハウスとかを改めて感じました。 灯台下暗しというか。
原:特に、低音の出方とかそうですよね。 一方ではミュージック・コンクレートみたいでもあって。
荒内:そうですね。
原:ちょうど、今日このイベントの後に、NHK Eテレの『星野源のおんがくこうろん』という番組でレイ・ハラカミの特集が放送されるんですよ。 僕はパペットの解説員で出演しているんですが。
荒内:収録ですよね。 そこで何か言い残したこととかないですか。 カットされて言いたいことも言えないみたいな(笑)。
原:結構カットされましたね(笑)。 ただ、数ヶ月前から制作側は丁寧にリサーチをして、打ち合わせしての収録だったんで、それまで話したことは番組に織り込まれていたと思います。 で、『red curb』のライナーで荒内さんは、レイ・ハラカミは今まで音色や音響に注目が集まってたけど、実はリズムがすごいって、メトリック・モジュレーションに触れた。 あれは、はっとしましたね。 表立って誰もまだそのことは言ってなかった。 そうやって次の世代の人たちが発見していくのっていいなと思いました。
荒内:はい。 正確にいうと、ceroのサポートドラマーでもある光永渉がそのことを最初に指摘していました。 彼は僕のリズムの先生なんです。 それで、今日テレビを見た子供が5年後、10年後に違う音楽を作るといいですよね。 なぜか、僕がまとめてしまったけど(笑)。 では、原さんもかけてください。
※1 https://www.ringstokyo.com/
ミニマル・ミュージックにジャズ的な即興性をもたらした先駆者
原:それでは、荒内さんにインタビュー(※2)した時にもちょこっとだけ名前出たんですけど、ジュリアス・イーストマンを(※3)。 黒人の現代音楽の作曲家でもう亡くなっている人です。 ポストミニマル・ミュージックと言われる音を作ってましたが、生前は全然録音物を残してなくて、死後ライヴの音源などがリリースされて、これはレコードなんですけど、同じ音源で3枚組のCDが出てて、配信でも同じものがあるんで、ぜひ聴いてみてもらいたいんですが、今日はレコードでこれをかけます。
Julius Eastman / Evil Nigger
荒内:かっこいい。
原:イーストマンはピアニストでもあって、このピアノも自分で弾いてるんですけど、彼はスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスらのミニマル・ミュージックに影響を受けて登場した世代の一人で、70年代末から80年代にかけてのニューヨーク、ダウンタウンのシーンにいた人です。 アーサー・ラッセルもそうですね。 イーストマンは、現代音楽の枠組みの中でのミニマル・ミュージックにジャズ的な即興性をもたらした先駆者だと言われてます。
荒内:確かに彼の譜面を見ると、もうクラシックとは思えない、ジャズのリードシートみたいで、ここは即興みたいな風に書いてあって。 これはピアノ複数台ありますよね?
原:たぶん、そうですね。
荒内:だから、カウントで「1、2、3、4」って言っているのは、次の展開へ行くぞっていうバンドみたいなやり方でクラシカルなことをやっているという、かなり特殊な人ですよね。 他にも「Femenine」とかもっとかわいらしい、スフィアン・スティーブンスみたいな曲とかもあって、凄くいい曲がいっぱいあるんです。
原:いまかけたのは「Evil Nigger」という曲で、他にも「Gay Guerrilla」とか、黒人であること、ゲイであることを誇らしげに表明してもいた人でした。
荒内:80年代のダウンタウンにおいて、黒人のゲイであるということは想像以上に酷い差別を受けていたという話を聞いたことがあります。 アーサー・ラッセルは、僕のライヴでカバーを演奏している人で、チェリストですけど、彼もゲイで。 このジュリアス・イーストマンの解説文を読むと、アーサー・ラッセルと深い仲にあったっと書いてあって。 それ以上のことは書かれてなくて、音楽的に何か一緒やってたっけな、付き合ってたのかな、とか思ったりします。
原:アーサー・ラッセルの「This Is How We Walk On The Moon」のカバーを、荒内さんのライヴで聴きましたが、あの演奏もとてもいいですね。
荒内:あの曲はいいですよね。 それの話をしたくて、かけたかったんですが、レコード縛りだと思ってCDを持ってこなかった……。
原:すみません、CDでも持って来てもらえれば良かったです。 アーサー・ラッセルの話は改めてぜひとも。 ということで、次の曲をお願いします。
※2 https://arauchiyu.com/special/sisei/
※3 https://www.snrec.jp/entry/column/tciy134
アナログがメインだった時代は、現代より反復に対する耐性が高かったように思う
荒内:はい。80年代に色んなそういう流れが出てきた、という話から、この頃にデヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一の12インチがあって。 これを聴きたいです。
Sylvian & Sakamoto / Bamboo Music
荒内:デヴィッド・シルヴィアンっていうのはジャパンっていうバンドの人で何というか……。
原:イギリスのヴィジュアル系の元祖みたいなバンドというか、そのヴォーカリストでしたが、そこから後にはデレク・ベイリーとも共演したり、凄い遠いところに行っちゃいましたよね。
荒内:確かに。 80年代にはそういうニューウェイヴだったりパンクだったり、あとハウスとか色んな音楽の潮流が出てきた中で、これも出てきた音楽ですよね。 これは多分ガムランを意識しているようなところがある曲ですけども。
原:80年代前半ぐらいの感じですかね、この音は。
荒内:この感じはそうですよね。 YMO関連とか、教授の『B-2 UNIT』とかをCDや配信で聴くと、曲が長くて、なんでまた繰り返すんだろう、絶対尺かせぎだろうって思ってたんですけど、レコードで聴くと結構聴けちゃうところがある。 レコードって、溝の内側に行くにつれて、ちょっとずつ音は変わるんですよね。
原:確かに、そうですね。
荒内:アナログシンセをテープで録音して、それをレコードで聴く、となると機械による演奏の反復でも微細な揺らぎが入ってくる。 作り手の環境も、リスナーの環境もアナログがメインだった時代は、現代より反復に対する耐性が高かったように思います。
原:あと、『B-2 UNIT』のリマスタリングは、ヘバ・カドリーというビョークの近作を手かけている女性のエンジニアでしたよね。 聴いてみたんですが、かなり違ってました。
荒内:あれはだいぶ違ってましたよね。 ちょっとアンビエント的っていうか、ローはだいぶ抑えられて、空間がめちゃくちゃ広がってる音像でした。
原:そうでしたね。 昔『B-2 UNIT』を聴いた時はビートの方に耳がいったけど、全然違う印象でした。 やっぱりマスタリング、ミキシングで全然違っちゃいますね。 レコードで聴くっていうのもやっぱり違ってくる。 今日は80年代特集じゃないんですけど、次もその時代の音をかけます。 ジョン・ゾーンなんですが、この時代の彼のミックスって、荒内さんの『Śisei』の根底にあるものに近いんじゃないかと、ふと思ったんですよね。
荒内:そんな感じに取ってもらえて嬉しいです。
80年代の異質なものを混ぜるミックス感覚
John Zorn / Spillane
原:この曲は長いので全部かけませんが、ミステリー作家のミッキー・スピレーンをテーマにした曲で、楽譜の代わりにスピレーンの小説のフレーズみたいな指示を書いたカードをミュージシャンに渡して作ったそうです。 ビル・フルゼールらが演奏に参加してて、アート・リンゼイが書いたテキストをジョン・ルーリーが読んだりとか、ボブ・ジェームスがなぜかテープ操作で入ってたりとか組み合わせも面白く、他の曲ではクロノス・カルテットと太田裕美とクリスチャン・マークレーが一緒に入ってたりして。
荒内:ちょっとそれも聴きたい。
原:では、かけますね。
John Zorn / Forbidden Fruit
荒内:(2022年) 9月にクロノス・カルテットの来日公演があるはずだったんですが、中止になってしまって、チケット取ってたので大変残念でした。 クロノス・カルテットというですね、ジミヘンから、さっきから名前が出てるスティーヴ・ライヒとかもう何でもござれの、現代音楽で一番有名な弦楽四重奏の楽団。 クリスチャン・マークレーは半分美術家ですね。
原:東京都現代美術館でずっと展示をやってましたけど、ヒップホップDJとは別の文脈でターンテーブルで最初にパフォーマンスをやった人ですね。 そこに当時人気歌手だった太田裕美のヴォーカルも入っているという、こういう異質なものを混ぜるという意味でのミックスの感覚は、80年代にジョン・ゾーンだけでなく、キップ・ハンラハンとかビル・ラズウェルの作品にもありましたよね。 ミックスっていうか、コラージュ的なもの。 サンプリングっていうんじゃなくもっと乱暴な、ミュージック・コンクレートにも繋じるものが。 その下地みたいなものは、荒内さんのやってる音楽にも感じるんですよね。
荒内:下地とは言えないかもですが、今、こういった雑なコラージュ感覚っていうものがあんまりないからやっているっていうのが近い言い方かもしれないです。 この「Forbidden Fruit」はもうミュージック・コンクレートと言えなくもないですね。 僕、ミュージック・コンクレートを今日は一応かけます、ぐらいのことは原さんに事前にメールしてたんですけど、それなのにまだ全くそれをかけなくて、レイ・ハラカミと坂本龍一をかけただけっていう(笑)。
原:(笑)。 では、次にたっぷりかけてください。
Playlist
arauchi yu / Two Shadows (『Śisei』)
rei harakami / Unexpected Situations (『red curb』)
rei harakami / The Backstroke (『red curb』)
Julius Eastman / Evil Nigger (『Evil Nigger – Gay Guerrilla』)
Sylvian & Sakamoto / Bamboo Music (『Bamboo Houses / Bamboo Music』)
John Zorn / Spillane (『Spillane』)
John Zorn / Forbidden Fruit (『Spillane』)
Profile
荒内 佑
音楽家。 バンド、ceroのメンバー。 多くの楽曲で作曲、作詞も手がける。 その他、プロデュース、楽曲提供、Remixなども行っている。
原 雅明
音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LA発のネットラジオdublab.jpのディレクターも担当。 ホテル等の選曲、DJ、大学講師も務める。 著書『Jazz Thing ジャズという何か』ほか。
南青山レコード倶楽部Vol.1
2022年12月3日(土)レコードの日
出演者:荒内 佑×原 雅明
場所:song & supper BAROOM (東京都港区南青山6-10-12)
主催:株式会社フェイス
企画:エイトアイランズ株式会社
協力:株式会社オーディオテクニカ
写真提供:song & supper BAROOM
Edit: Masaaki Hara, Yuki Tamai