あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回の舞台は、中目黒のコワーキングスペース「MIDORI.so」。 蔦に覆われた空間に集う国内外のクリエイターたちの中から今回は、元MIDORI.soメンバーでプロデューサー/DJのAdam Oko(アダム・オコ)さんをお招きし、彼がこの企画のためにセレクトしてくれたレコードをじっくり聴いていくことにする。 連載「Part.02」をお届け。
ダンスミュージックをハイファイサウンドで聴く新鮮さ。
Adam:(Part.01からの続き)さて、ブレイクも終わったし、電子音楽のモードになったところで、ちょっと変わったテクノを聴いてみましょう。
〜「VM760SLC」 で視聴 NEV 「Copper Voltaic」〜
Adam:このアーティストは90年代にアメリカを拠点に活動していた、エクスペリメンタルダンスミュージックのトラックメイカー。 このレコードのリリース元はUKだけどね。
90年代のアメリカっていうことはデトロイトテクノっていうか、アンダーグラウンドレジスタンスとかのハードコアテクノが優勢の時代ですよね? キラキラしてるか、とにかく速いか、あるいはベースがブリブリいってるか、みたいな。 こんな不思議なテクノあったんだ……。
Adam:NEVは結構アンダーグラウンドではありますけど、この時代のアメリカにはこういった面白い音の音楽がなくて、イギリスからこのグルーヴをアメリカに持ち込んだっていう感じ。 だから、イギリスのダンスミュージックシーンでは結構有名なんだよね。 でも、こういう音楽って意外とハイファイな機材環境で聴く機会がないから、それが面白いですよね。 クラブは大音量だし踊るための場所だから、座りながらこれを聴くのがすごく新鮮な体験。
では、カートリッジをそろそろ変えてみましょう。 次は「VM530EN」というもので、エントリーモデルに比べて「より精細な高域の表現とシャープな音像表現が得られる」と言われています。
Adam:ついでにレコードも変えちゃおう。 Plaid(プラッド)が割と初期の方に出したシングル。
おっ! モダンテクノオリジネーターの登場ですね!
〜「VM530EN」 で視聴 Plaid 『Undoneson』 収録曲 「Spudink」〜
Adam:Plaid大好きなんですよ。
~途中で一気に低域が立ち上がってくる~
全員:おぉーーー! めちゃくちゃ気持ち良い。
この曲、こんなに大きく展開があるとは思ってなかったですよ。
Adam:話を聞くとハイに特徴がありそうな感じでしたけど、電子音のキック、ベースとの相性がとても良いカートリッジなのかもしれないですね。
高価=万能というわけではない。
確かに。 電子の低域の輪郭がくっきりしていて、太く増幅させていますね。
試しにまた変えてみようかなと思うんですが、我々の間で「ドンシャリ(低域と高域が強い)系」と勝手に呼んでいる「VM750SH」。 「760」の下に当たるモデルです。 生音のライブ音源とはとても相性が良かったんですが、エレクトリックミュージックだとどうかな。
〜「VM750SH」 で視聴 Plaid 「Spudink」〜
Adam:違いますね。 やっぱり曲との相性はあるみたい。 この場合はさっきの「530」の方が合ってる気がしました。
Plaidって昔からアナログ機材を集めてるんですけど、前にロンドンに住んでいた時に、彼からキーボードを買ったことがあって。 アナログのキーボードだったので、あまりにも重くて東京に持っていくのを諦めたことがありました(笑)。
次にかけたいのはDabrye(ダブリー)っていうアーティストの作品。 エレクトリックミュージックとロウサウンド(生音)が混ざったような曲はどうかな。
〜「VM750SH」 で視聴 Dabrye 『instrmntl』 収録曲 「No Child Of God」〜
Adam:彼はデトロイト出身のアーティスト。 さっきも話に出たけど、デトロイトってテクノもヒップホップもソウルもディスコも有名。 Dabryeの曲は、それらが混ざっててめちゃくちゃユニークなんだよね。 今度は「750」がとても合う気がするなあ。
途中のブレイクで鳴るビープ音が立ってて、展開のメリハリがすごく分かりやすいですね。 Dabryeの曲って音数少ないんだけどグルーヴィ。 その飛び跳ねるような感じのビートが際立っていますね。
友人:Adamの後ろからずっとこちらを見つめてくる人がいるんだよね。
Adam:あ、これ?
ジャケットの写真がなかなか不思議な構図だね(このアンテナはオーストラリアにあるパークス天文台のものらしい)。 本人の佇まいはBee Gees(ビージーズ)みたいな往年のAOR感があるのに、隣にデカいアンテナがあることでスペーシーに映るっていう……(笑)。
Adam:(笑)。 彼も僕と同じイギリスのカントリーサイド出身で、カンタベリーロックを代表するミュージシャンなんだ。 とても田舎出身とは思えないけど、カンタベリーの大学に通っていた。 当時は色んなバンドがあって、Gong(ゴング)というバンドに入った後の音源なんです。 77年。 めちゃ良いですよ。 その後、彼は奥さんと一緒にSystem 7(システム7)というテクノのプロジェクトを始めるためにバンドを脱退したというのも面白い。
〜「VM750SH」 で視聴 Steve Hillage (スティーヴ・ヒレッジ) 『Motivation Radio』 収録曲 「Octave Doctors」〜
良いですね。 何なんだろう、この浮遊感は。 単調なリズムの上に独特なディストーションギターが重なり続けているだけなんだけど……。
〜「VM760SLC」 で視聴 Steve Hillage 「Octave Doctors」〜
Adam:ギターとシンセサイザーが全面に出てくるロックっぽい曲だけどミニマルだよね。 「750」の針に合うかなと思ったんですけど、「760」は奥行きが段違いですね。 最初はギターとシンセが聴こえるけど、奥からもっとたくさんの音が聴こえてきました。 最高。 AORとフュージョンのミックスみたいなおかしな曲の面白さが引き立ちましたね。
では、この「760」で最後にかけたい曲をかけましょう。
Adam:これは80年代に出た『Bright Young Museum Workers(陽気で若き博物館員たち)』というタイトルの日本のコンピレーションなんですけど、ほとんど誰も知らないんじゃないかな。 近藤達郎という人の曲。 pianola recordsという下北沢のBONUS TRACKにあるレコードショップのオーナーである國友さんに教えてもらったレコードなんです。
〜「VM760SLC」 で視聴 近藤達郎 「Ballet Machinique」〜
参考音源(SHE Ye, Ye) – アルバム概要下部 「LISTEN1〜3」より
鈴木慶一さんがかつてやっていた新人発掘シリーズなんだ。 知らなかった……。 80年代の日本ってニューエイジに傾倒するムードが漂ってて、商業施設ですら癒しというか、神秘的な音楽を求めていたりしましたよね。 久石譲さんとかもルーツはミニマルミュージックにあったりしたし。 NTSも以前、久石さん、ジブリ特集をやっていたけど、まだ見ぬ、本質をわかっていない日本の音楽ってたくさんあるのかもしれない。 Adamさんの視野の広さを痛感しつつ、最後に心地良い日本の音楽で終われた、とても良い締め括りでした。
カートリッジを選ぶことで聴き方が変化する「針J」体験はいかがでしたか?
Adam:針にも音楽との相性があることが分かって。 ダンスミュージックには「530」がピッタリだったし、それが僕のお気に入り。
あと、レコードにはたくさんのストーリーが刻まれていて、バックグラウンドを知ることができるのはとても嬉しいし楽しいことなんだけど、それを再現するための聴く場所、環境も大事なんだと改めて思いましたね。 思い出と音楽には深い関係がありますから。 今日、ここでカートリッジ、針を変えてレコードを聴いた体験は、今後の僕の記憶にも残ると思います。 この場にいた皆(結局、スタッフ、Midori.soメンバーも含め、7人くらいで視聴をしていた)もそうだと思いますし。
次にまたやるとしたら、どんなレコードを選んでみたいですか?
Adam:ジャズですね。 ジャズ喫茶ではオーナーさんがセレクトした良い音楽が聴けるのですが、やっぱり自分の好きな曲を聴きたいじゃないですか。 あとは、良い録音環境で作ったレコードをかけてみたいですね。 スタジオによって録音環境が違うから。 今日はDIYのようなレコードもかけたりしましたけど、よりプロダクトとしてのクオリティが高いセレクションで聴いてみたいです。 Steely Dan(スティーリー・ダン)とか、Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)とか。 当時のスタジオの空気感を一緒に楽しめたら最高じゃないですか。
ありがとうございました。 次を楽しみにしていますね(笑)。
MIDORI.so NAKAMEGURO
〒153-0042
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MIDORI.soは、これからの働き方の可能性を追求すると共に、個が尊重される社会においても、大切な拠り所となるであろう仲間とともに働くスペース。 さまざまな仕事/国籍/趣味/考えを持つメンバーが集まり、その混沌を通して生まれる「何か」をみんなで楽しめる場を目指している。 今回の舞台である中目黒には、MIDORI.so GALLERYというオルタナティブなギャラリーも併設されている。
アダム・オコ|Adam Oko
イギリス出身のプロデューサー兼DJ。 主にマーケティングに関わるクリエイティブ・プロデューサーとして仕事をする傍ら、アーティスト、DJとしても活動している。 16歳から独学で音楽を、大学ではソニックアートを学び、人との出会いや様々な音楽との出会いの中で生まれた新しい興味を積極的に追求している。アジア圏での仕事に携わるようになり、その後、活動拠点を東京に移す。
Part.02に登場したカートリッジ
Words:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu