スピーカーの振動板には、さまざまな色艶や形状のバリエーションがあります。 それは、用途に応じて素材や構造を使い分けているからです。 主にウーファーやフルレンジに用いられる振動板の素材として100年ほど前は紙パルプが主流でしたが、第二次世界大戦後は石油化学の爆発的な進化が音響業界にも影響を及ぼし、プラスチック素材が発展しました。 日本では高分子振動板の開発が盛んに行われましたが、英国ではどのような様相だったのでしょうか?オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

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アルミ合金の登場

英国の1970年代は、高分子系とは全く違った系統の振動板も開発されていました。 金属製です。 スピーカー・エンジニアのエドワード・ジェームズ・ジョーダン(Edward James Jordan)氏がほとんど独力で開発したJordan Watts社のModule Unitという10cmフルレンジは、アルミ合金製の振動板を持つ、当時としては類例のないフルレンジ・ユニットでした。

アルミ合金の登場

金属は、叩くとカンカン鳴ることから分かるように共振が大きく鋭く、パルプ振動板と同じように作ると、中高域に耳障りな歪みっぽさが乗ることがあります。 しかしModuleは非常に曲率の大きな斜面形状と中心部に大きな穴のあいたセンターキャップの形状を持ち、耳障りな部分を巧みに排除していました。

ジョーダン氏の金属振動板技術は、英国本土でもEJ Jordan社に受け継がれ、ドイツに渡ってALR/Jordanの名作スピーカー群を生み、ジョーダン氏から直接技術指導を受けたマーク・フェンロン(Mark Fenlon)氏は、Mark Audioブランドで素晴らしい金属振動板のユニットを生み出し続けています。

世界で進む、金属製振動板の開発

金属振動板はアルミだけではなく、さまざまな素材へと発展していきます。 マグネシウムは比重がとても低く、単体ではカンカン鳴くことがない不思議な金属で、振動板としては非常に適した素材なのですが、残念ながら空気中の酸素と極めて反応しやすく、養生なしに放置していると、「焼けて」穴が空いてしまうことが知られています。

そんな具合ですから、マグネシウムの良さを残しながら酸素と反応しにくい、合金の開発が進められました。 現在も結構な数のメーカーが、マグネシウム合金の振動板を持つスピーカーを製作しています。

世界で進む、金属製振動板の開発

そんなマグネシウムを、合金化せず素材のまま振動板に用いたメーカーもあります。 日本のフォステクスです。 純マグネシウムを安定した状態で用いるには、表面のコーティングが死命を制します。 とはいうものの、安全を期して分厚いコーティングをしてしまうと、コーティングの音が優勢となって振動板としての旨味がなくなってしまうので、可能な限り薄く、ピンホール一つないコーティングの開発に苦労したと、話を聞いたことがあります。

金属の中でも際立って音速が速く、ワイドレンジでクールかつ伸びやかな音を聴かせるのはベリリウムです。 この金属は、残念ながら事故が起こって燃えた際の煙が人体に強い毒性があり、徐々に採用する場所が減ってきていますが、それでも日本のTADとカナダのParadigmが熱心に採用し、それぞれのメーカー・アイデンティティというべき音の世界を構築しています。

Words:Akira Sumiyama