スピーカーでよく使われている「吸音材」。 スピーカーの再生音に直結する、とても奥が深い要素なのですが、その役割や効果を正しく理解することが、適切な音のコントロールにつながります。 そこで、設計や製作もこなすスピーカーのスペシャリストである炭山アキラさんに、吸音材について解説いただきました。 前編では、吸音材の役割や素材の種類と特徴を中心に紹介します。

「吸音材」の役割は、キャビネット内の乱れた音を吸収すること

スピーカーユニットの表側と裏側は、僅かな違いはありますが、基本的には位相が逆なだけで、同じ音波が発生しています。 それに対して、スピーカーシステムに収まったユニットは、表側はほとんど開放空間といってよいくらい大きな場所へ音を放射し、裏側は狭苦しいキャビネット(エンクロージャー)の中へ、特に密閉型ではすべての音響エネルギーが押し込められている、ということになります。

そういう状況を、キャビネットの壁よりも遥かに薄くか弱いスピーカーユニットの振動板が、遮蔽し切ることができるわけはありません。 程度問題でもありますが、多かれ少なかれ、再生音自体にキャビネット内部の音の乱れは影響すると考えてよいでしょう。

そんな状況を改善するため、スピーカーシステムの圧倒的多数には、キャビネット内部に「吸音材」が配されています。 その名の通り、音を吸収し、キャビネット内へ渦巻く汚い音を再生音へ乗せないようにするためのものです。

材質は、内部に空気を大量に含むことができる繊維質や多孔質、具体的には綿(わた)やスポンジのようなものが多く用いられます。 綿といっても、古くからよく用いられているのは、極細のガラス繊維で作られたグラスウールです。 グラスウールは経年劣化がほとんどなく、虫が付くといった可能性も極めて少ない、工業的に安定した素材だから用いられているものと推測されます。

内部に空気を大量に含むことができる繊維質や多孔質、具体的には綿(わた)やスポンジのようなものが多く用いられます

あと1種類、代表的な吸音材を挙げるとすれば、粗毛フエルトがあります。 衣類などの繊維品の廃材をほぐしてまとめたフエルトで、厚み1〜2cmのものが多く見られます。

スピーカーへごく一般的に用いられる吸音材は、経験的にこの2種類が多いように感じていますが、高級スピーカーは本物のウールや微細な化学繊維の綿、脱脂綿、稀にカーボンの微細な繊維を用いた綿が用いられたスピーカーも見たことがあります。

ただし、ウールや脱脂綿はやはり虫がついたりしやすいからでしょうか、専ら密閉型のスピーカーで採用されていた例を記憶しています。

吸音材は、材質や厚みで性質が大きく違ってきます。 グラスウールは、昔ながらの黄色いものは何となくガサガサした質感がつきまといますが、先年たまたま使ってみた個体は繊維が非常に細くなっているようで、ガサつきがなく自然な質感でした。

粗毛フエルトは割と落ち着いた質感で、使いすぎるとややボソボソした印象になりやすいようです。 また、この素材はメーカーによって密度と固さが大きく違い、スピーカーの吸音材として用いるなら、密度が低く柔らかいものの方が向いているように感じています。

ウールも落ち着いていて、やや厚みのある方向性を感じます。 脱脂綿はどちらかというとしっとりした質感で、楽音を妨げにくいように感じています。

ウールも落ち着いていて、やや厚みのある方向性を感じます

これらの素材を、メーカー製のスピーカーは試聴を繰り返しながら、材質と量、貼る場所を決めていきます。 昔の話ですが、ある国産のスピーカーをテストした時、ユニットを外して中をのぞくと、グラスウールと粗毛フエルトを非常に細かく使い分けて貼り回し、その上に細い帯状のウールをキャビネット内部の中間部分へ吊ってありました。 しかもその帯は、半回転ねじられていたのです。 どれだけのトライアル&エラーを経て完成した吸音材の配置なんだろう、と気が遠くなる思いでしたね。

吸音材は、密閉型はキャビネット内を満たすように入れ、バスレフ型はヘルムホルツの共鳴を妨げないように、ある程度の節度を持って使うというのが、昔から鉄則のように言われています。 現に、有名なヤマハ往年の密閉型モニタースピーカーNS-1000Mは、割合密度の高いグラスウールがぎっしりと入っていました。

しかし、その “鉄則” はある程度ケース・バイ・ケースで、内部に十分な空間を残した密閉型は珍しくありませんし、私自身も少年時分に製作した初めてのバスレフ型スピーカーは、どんなに吸音材を貼り回しても音が落ち着かず、ずいぶんたくさん使ってしまったものでした。

今思えば、私の初作品はユニットに対してキャビネットが小さすぎ、吸音材で内圧をある程度吸収してやらないと、とてもユニットがまともに動けないような代物だったのですね。

私の失敗で分かることは、吸音材はある程度キャビネットの内容積を大きくしたことに近い効果を得ることもできる、ということです。 もっとも、それに伴う副作用もありますから、万能じゃありませんけれど。

これまで数々のメーカー製スピーカーの内部をのぞいてきましたが、吸音材が使われていない製品は一つとしてありませんでした。 ならば、吸音材は絶対に必要なものなのかというと、私はそうでもないと思っています。 後編では、実体験を交えて吸音材をどう使うとよいか設置テクニックを紹介します。

Words:Akira Sumiyama
Edit: Kosuke Kusano

SNS SHARE