2014年、ニューヨークを訪れたことだった。「イカしたランニングチームがいるんですよ。彼らはファッション、音楽、アートを絡めてスタイリッシュに走っているんです」……現地に住むフォトグラファーが興奮気味に紹介をしてくれたのが、「RASACLUB」という名のランニングチームだった。その中心人物である、LB3ことLONO BRAZIL III(以下ロノ)に会ったのは、ローワーイーストのブラジル料理屋。チキンとビーンズを頬張りながら、ランニングチームについて話を聞いた。人種も育った環境も、やっている仕事もそれぞれ違うけど、「走る」ことに夢中になり、集まって走るようになった彼らは、アップタウンからダウンタウンまで、ときには橋を渡りブルックリン、クイーンズまで。ランニングをしながら街をチェックしたり、途中でコーヒーショップやバーに立ち寄ってみたりと、遊びを取り入れながら走るといった新しいスタイルのランニングを行なっていた。
そのときに出会ったロノさんは、その後日本へ帰国してNIKEのランニングエキスパートとして活動をしながら、持ち前のルックスと音楽好きが高じて、モデルやDJとしても活躍。現在は、原宿にあるセレクトショップ「UNION TOKYO」のディレクターを務めながら、本格的にランニングに取り組み走り続けている。そしてここ数年は、DJではとしての側面も生かし、LB3名義でハウスミュージックを中心としたDJミックスも制作。「音楽は、走るモチベーションになりますよね。僕は走る場所や目の前の光景に対して、音楽の選択肢があると思っているんですけど、曲がその場所にマッチしたときはすごく気持ちがいいというか。全体的には気分が盛り上がる曲を聴いていたいですけど、最近は走っていて、その場所やシチュエーションによって音楽を変えていけたらいいな、とか思い出すようになっています」。
ニューヨークで生まれ、これまでに東京、ロサンゼルス、シカゴといった都市で過ごしてきたロノさんは、音楽やクラブカルチャー、そしてファッションに携わる両親のもとで育ち、幼少の頃から生活のなかに常に音楽が自然にあった。なかでも両親の影響でハウスミュージックに興味を持つようになる。それと並行して、スポーツは子どもの頃から好きなこと。学生時代はバスケットボールに夢中になり、大学までやり続けた。そんなロノさんが、常に自分のなかでは隣り合わせにあった音楽とスポーツが融合したのを感じたのは、社会人になる少し前から始めたランニングがきっかけだったという。
「バスケットボールをやっていたときは、ヒップホップがモチベーションになることもありましたけど、どちらかというとバスケットボールの場合は、カルチャーの側面からのハマり具合というか。そこからランニングだけに集中しときに、自分が子どもの頃から自然に聴いてきたハウスミュージックが、ランニングに自然にはまったことがあって、それを機にさらに音楽とランニングが好きになっていきました。それで互いを照らし合わせていくうちに、音楽とランニングの関係性が見えてきて、それをどんどん追求したくなり、自分の表現のひとつにしてみようと思うようになったんです。自分の感覚や感性をランニングに当てはめることは、自分のなかでも面白い発見だったし、この先何歳になってもずっと追求できる、一生の課題にもなるかなとも。そこで得たことを自分のなかだけで完結するのではなく、みんなと共有していきたい。だからランニング用にDJミックスを作ったり、ランニング自体を自分のなかでビジュアル化して、いろいろな方向で表現していけたらと思っています」
ところでハウスミュージックとは、どんな音楽なのか。ソウルやディスコミュージックの流れから、70年代後半にアメリカ・シカゴで誕生し、後にニューヨークのアンダーグラウンド・クラブシーンへと派生したベース音を刻む4つ打ちと呼ばれるリズムが魅力の音楽であり、曲が収録されたレコードを、DJたちが数台のレコードプレーヤーを使用して曲と曲を繋げることにより、踊りたいと願う人々の心を掴んだダンスミュージックの軸となる音楽でもある。そのハウスミュージックが連続的に刻むリズムと、重なり合い進んでいく曲の展開が、ランニングにマッチする音楽だとロノさんは感じている。
「ハウスミュージックって、やはり野生感があるんですよ。ラフに身体が動いてしまう音楽があると思うんですけど、ハウスミュージックが出来上がったときのカルチャーを辿っていくと、黒人文化のソウル(魂)を表現するところから始まった音楽なので、人間の体が自然に動いて踊るように曲が作られているんです。グルーヴ感のある曲が多いので、それが動く原動力になるのかなとも。それと電子音が多い今のハウスに比べて、昔の曲は生音を使用しているものが多いので、人間のソウルに直で入ってくるものが多いんですね。生音は身体への入り方が電子音とは異なるので、それをベースに置きながらランニング用のミックスを選曲しています。それとハウスミュージックの中でも、割とミニマルなテンションの方がランニングに合うと思います。走るテンポが繰り返し続く感じやテンポ(BPM125前後)がスイートスポットというか、ランニングに凄く合っていて音に入り込んで走れるんですよ。カジュアルなランニングに1時間はちょうどいいと思っていて、DJミックスも1時間ってちょうどいいじゃないですか。そういう意味でもクロスオーバー感があるし、これからさらにコースに対して音の選曲ができれば面白いですよね」
例えばAというランニングコースがあるとする。そのコースの状況に対して、細かく選曲されたミックスを聴きながら走ったら、もしかしたら普段よりも良い走りができるんじゃないか……。
「間違いなくそうなると思います。気分を持ち上げてくれると思うし、そこが音楽の強さなんですよね。気持ちが上がっているときに走っていると、無限に走れてしまうんじゃないかと感じる瞬間があるんですよ。その気分をいつも味わえるわけではないので、感じる数が増えるのであれば、音楽を聴きながら走った方がいい。頭で考えないで音に浸っている瞬間って、身体が感覚で動いていて、音楽で盛り上がったときに感じる高揚感や、身体に元気がみなぎる感じは、やっぱり音楽があってからこそ感じられることでもあるんです。僕はフルマラソンに出るために走っているので、これまでに何度も辛い経験をしてきたんですけど、それを乗り越えるためにどう攻略しているかというと、日頃のランニングをいい走りにして、その日に走った結果をプラスにどんどんしていく。もちろんその日に走ったこと自体がプラスなんですけど、そのプラスをさらにどう良い方へ持っていけるか。だから音楽は、走ることを持続しようという気持ちにさせてくれる、良いサポートでもあるんです」。
音楽が好きでDJも行い、ランナーとしてランニングにも本格的に取り組んでいるロノさんと話をしているうちに、このふたつを組み合わせ、ランナーたちが楽しく参加できる面白い企画ができるのでないかという話になった。
「それができたら本当に面白いですね。マラソンコースの途中で、バンドの人たちが音楽を演奏して盛り上げているマラソン大会とかあるじゃないですか。ジャマイカには、「レゲエ・マラソン」といって、毎年12月に行われているIAAF承認のフルマラソンがあるんですけけど、ランニングコースの脇で、レゲエバンドが演奏していたり、サウンドシステムが出ていたりして、常にレゲエミュージックが聴こえてくるんです。観客が大きなサウンドシステムの前で踊っていたりして、走っている人たちもすごく楽しそうなんですよ(笑)」。
コロナウィルスもあり、多くの人々が不安や恐怖にさらされている昨今。肉体、精神ともども質の良いライフを送るために、人々はさまざまな方法で生き抜く努力をしているなかで、ランニングやウォーキングをライフスタイルに取り入れている人たちは多くいることと思います。街の中や自然の中を楽しみながら走って、「いい気持ち! 」と喜びを感じたとき、きっと身体がパワーアップしているはず。
「ランニングは運動の基礎とも言われているし、体力をつけたり、保っていくためにもランニングをする方がいいんです。何かスポーツをやっている人でも、トレーニングでランニングをしている人の方が基礎体力がある。僕は友達の間で、疲れない人になっているんですけど、走っているからなのかなと思いますね」
ビートを刻むハウスミージックを聴きながら走って、元気な身体をつくる。是非、LB3が作ったランニング用のDJミックスを聴きながら走ってみて欲しい。心地よいビートが、気持ちを上げてうれるグルーヴが、走る人たちの背中を押してくれるに違いない。
LB3 DJ MIX for Running
▷LB3が薦める、ランニングに最適なハウスミュージック
デトロイト出身のDJ/プロデューサー、ロン・トレントによる1995年にリリースされた作品。
「曲に上がり下がりがあまりないのでミックスの最初で選曲して、ループ感で自分のテンポを整えていくのにいいですね。ロン・トレントならではのグルーヴ感も気持ちを上げてくれます」。
ストックホルム発のレコードレーベル「STUDIO BARNHUS」設立10周年を記念した12インチより。
「比較的新しい作品。大地を感じるような規模感のあるサウンドなので、山など自然の中で走っているときに聴くとすごくいいです」。
Lono Brazil III/LB3_ロノ・ブラジル 3
Photo:四十物義輝、Koki Sato、Alex Wong
Words:吉岡加奈