職業的な作業としてではなく、ただただ日常を満たすためだけの切実な営みとして音楽を作る人々にフォーカスしていく「 “日々を生きる” ためのDTM」。

音楽を「作る」ことが「聴く」ことよりも特別な行為だと考えている人は、現代では少数派かも知れない。 ラップトップ一台で誰でも手軽に楽曲制作ができる今、作曲や録音は特権的なことではなくなった。

例えば、その人にとって音楽を聴くということが、日常を潤したりエキサイティングなものにするためのものだったとしたら、より能動的な作曲という習慣は、その人が求める癒しや興奮をさらに手応えのあるものにしてくれるのかもしれない。

今回登場してもらったのは、埼玉県蕨市在住のAkifumi Tamagawaさん。 約10年間にわたって、宅録で制作したビートルズ(The Beatles)の「完コピ」音源をYouTubeなどのオンラインプラットフォーム上にアップし続けている。

Tamagawaさんは、国立大学を出たのち銀行員として働きながら、2人のお子さんを育て上げて65歳で引退。 学生時代から構想していた「一人でビートルズの曲をコピーする」という計画を実行に移し、日々自宅のリビングで録音作業を続けているという。 あの頃実現できなかったことが今の生活を潤す大切な習慣になっている。 そんなTamagawaさんのDTMライフを教えてもらった。

工夫しながらサウンドを再現する作業が楽しい

Tamagawaさんの楽曲をアップしているオンラインプラットフォーム上には現在90曲以上のトラックがアップロードされていますが、その大半がビートルズのコピー、それも歌や楽器のフレーズをなぞるだけでなく録音のテクニックや質感までをも再現した「完コピ」と言えるものですね。 これらの楽曲は全てお一人で、ご自宅で制作されているのでしょうか。

はい、そうです。 ProToolsというDAWソフトを使って、基本的にギターと歌以外は全て打ち込みで作成しています。

ベースラインはポール・マッカートニーらしいトーンやニュアンスが再現されているので、生演奏のようにも聞こえます。 てっきり、使われている楽器やアンプなども、ビートルズのメンバーたちが使っていたモデルと同じものを使われていたりするのかなと思ったのですが、制作環境を拝見する限りかなりシンプルですね。

メインギターはDTMを始めた時に買った、Gibsonのスチューデントモデルのギター(Gibson Melody Maker)ですね。 数年前にEpiphone Casino(ジョン・レノンが使用していたことで有名なエレキギター)を買いましたが、楽器や機材にこだわりはあまり無いですね。

PCの環境も、ミュージシャンの友人に勧められてPro Toolsを導入しましたが、プラグインソフトなどは基本的にフリーのものしか使っていません。 ギターや歌を録音するためのマイクはSHURE SM58です。


リビングの一角にある作業スペース
リビングの一角にある作業スペース

DTMを始められたのはいつごろですか。

11年ほど前ですね。 PCをWindowsからiMacに変えたら、GarageBandが入っていたので触ってみたんです。 これなら簡単に多重録音ができるぞ、ということでやりはじめた。 最初にアップした曲(『You Never Give Me Your Money』)がビギナーズラックだったのか、海外のリスナーからかなり反響があって、毎日のように誰かが聴いてくれている状況になり、驚きました。 先のミュージシャンの友人に聴かせたら、これは良いからもっと作れ、と言われて今に至るという感じですね。

現在はお仕事を引退されているとのことですが、当時は働きながらの制作だったのでしょうか。

ええ、60代前半ぐらいの頃でした。 働きながらといっても時間的に少し余裕が出てきた頃です。 集中してずっと作っているわけではなく、ちょこちょこと少しずつ進めていました。 今は一曲を仕上げるのに、だいたい1日に2-3時間程度作業をして、2-3週間程度で完成させる、というペースですね。 最近オリジナル曲も作りはじめたのですが、歌詞がなかなか難しくて……。 一年以上かかっても完成しません。

Tamagawaさん
Tamagawaさん

なぜ、ビートルズを一人でコピーしようと思ったのでしょうか?

私は子供の頃からバイオリンなどの楽器をやっていたのですが、高校に入ってからはフォークギターを弾き始めて、ビートルズの曲を歌っていました。 文化祭では4人でビートルズバンドを組んだりしました。 その頃、「ビートルズ全曲集」のようなスコアを持っていたのですが、これを一人で、多重録音でやりたいなという構想はすでに持っていました。 当時の学生が多重録音をしようと思ったら、ダブルデッキのラジカセを使ったピンポン録音くらいしか方法がありません。 それでできるのはせいぜい歌とギターを重ねる程度でしたが、バンドでライブをやるよりも、そうやって1人で録音する方が好きでした。 ハーモニーを重ねて喜んでいるような感じです。

もちろんビートルズは好きだったのですが、コピーしていた理由としては、手元に全曲集があったからということが大きかった気がします。 ローリングストーンズ(The Rolling Stones)のスコアがあれば、そっちを歌っていたかもしれません。

今でこそ、パソコン一台で音楽を完成させることは当たり前ですが、当時はそういう選択肢は無かったわけですよね。

そうですね。 ピンポンで吹き込んだり、文化祭でバンド演奏をしたり、あの時はあの時で楽しかったのですが、自分が本当にやりたいのは「これはどうやって演奏して、どんな録り方をしているのだろう?」と思わせるサウンドを自分で再現することだったのだと思います。

1990年代に一度、MTRとYAMAHAのQY-10だったかな、その辺のシークエンサーを買ってチャレンジしたこともあったんですよ。 だけど、その環境だとまだまだ1人でビートルズをやるのは難しくて。 やはり、後にGarageBandと出会ったことが、本腰を入れてやり始める上では大きかったですね。

自分であれこれアレンジを考えるのはあまり得意ではないんですよ。 オリジナルの曲が素晴らしいからこそ、それを忠実に再現してみたいという気持ちが強いんです。 本格的な楽器や機材を揃えるのではなく、手持ちの機材でどこまでオリジナルサウンドに近づけるか、そこを工夫するのが面白いんです。 ギターはアンプにつないでマイク録音するのではなく、オーディオインターフェイスに直接つないで、ソフト内のアンプシミュレーターで音作りをしています。 機材選びよりも、ソフト内で音をどう作り込むかという部分に注力していますね。


なるほど。 録音テクニックでいえば、例えばジョン・レノンのボーカルで印象的なADTのダブリング効果などもとてもナチュラルに再現されていますが、こういったエフェクトなども耳を頼りに再現していったわけですか。

そうですね。 どうやったら後期のビートルズのサイケデリックなサウンドになるか試行錯誤しているなかで、ただリバーブをかけるのではなくて、コピーしたトラックの位置を、64分の1くらい、ほんの少し遅らせて重ねることでステレオの音像を変えたり、独特な広がりを出す方法を見つけたりとか。

そういうレコーディングの技や工夫みたいなものは、ビートルズのファンの間では通説になっているものがたくさんあると思うのですが、Tamagawaさんは特にそういった事に元々詳しかったわけではないと。

そうですね。 試行錯誤しながら音を近づけていって、後から答え合わせをしていくのが楽しいのでしょうね。 環境こそ大きく違えど、ビートルズが目指したサウンドに辿り着くまでのプロセスを追体験する楽しさがあります。 極端に言うと、ビートルズと同じような体験ができるというか。

なるほど。 これまでアップされてきた曲はアルバムで言うと『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』や『Abbey Road』など、後期の複雑なサウンドの曲が多いですね。

技術的なチャレンジとして面白い曲、再現に苦労しそうな曲を意識的に選ぶことが多いですね。 でも、よりシンプルな『Rubber Soul』の曲など、コーラスが面白いものもやっていますよ。 『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の曲は最初は無理だろうと思っていたんですが、やってみたらできちゃったんですよ。 特に「Being for the Benefit of Mr. Kite!」や「A Day In The Life」 なんかは大変でした。 「A Day In The Life」は要素がものすごく多いですし、どこまで再現するか悩みましたね。 でも雰囲気を出すのは意外と簡単だったんです。 適当に効果音を入れたら、そこそこ近い雰囲気になりました。 あとは、『Abbey Road』の「Because」も大変だったかな。

再現のために繰り返し聴いていると、だんだんと頭の中で音の重なりを分解して聴けるようになるんですね。 例えば、『White Album』の「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」のドラムを打ち込むために原曲を聴きこんでいると、リンゴのプレイにしてはなんだか雰囲気がいつもと違うな……ということに気が付く。 後から調べたら、この曲はポールがリンゴを怒らせたせいでリンゴ以外の三人がドラムを録音して切り貼りされたトラックが使われていることを知って、なるほど!と。

逆に初期の作品のほうが再現する上では難易度が高いんです。 サウンドもシンプルで、モノラル録音ですから。 最近少しずつその時代の曲にもチャレンジしています。


退職後の生活の中で、達成感を味わえる時間

ボーカルもこのお部屋で録音されているんですよね?

そうです。 恥ずかしいので、いつも妻がいないタイミングに録っています。 「I Am The Walrus」 の、あの終盤の怒号のようなコーラスは大変でした。 息を吸いながら叫ぶような変な声を何度も録り直しましたよ。 自分で聞いていて、これは一体何をやっているんだろうと思いましたけどね(笑)。

出来上がった録音を奥様に聴いてもらうことはあるんですか?

ありますね。 たまに聴いてもらって「ここは違うんじゃない」とか、意見をもらったり。



素敵ですね。 Tamagawaさんは60歳を過ぎてから初めて本格的にDTMに取り組むようになって、オンライン上に日々音源をアップされているわけですが、何が制作を続けるモチベーションになっているのでしょうか。

オンラインのプラットフォームを公開の場として選んだのは、やはり誰かに聞いてもらうためでしょうね。 知り合いの人たちに聞いてもらって、「こんなの作ったよ」と言えるのはとても嬉しいです。 海外リスナーからのコメントはあまり多くはないですが、なかには「ビートルズよりサイケデリックで良い」なんて書き込みもあって嬉しかったですね。

例のミュージシャンの友人を驚かせるようなクオリティのものを作る、というのも目標の一つです。

音楽を作っている時間というのは、玉川さんの現在の生活のなかでどういうものであると言えますか?

そうですね……。 やっぱり、退職して仕事をしなくなった生活になって、そういう日々のなかで最も達成感を味わえる時間ですかね。 自分でいろいろと工夫してみて、うまくできた瞬間は達成感がありますよ。

なるほど。 学生時代からずっとあたためていた計画が、テクノロジーの助けもあってリタイア後に実現したというのは、良い話だなと思います。

この歳になって、という話で言うと、先ほどから話に出てきているミュージシャンの友達を僕に紹介してくれたのが、大学の同級生だった前田義秀くんという人なんです。 彼は2年前にCDデビューしたんですよ。 68歳にして初めて。 いわゆるシティポップなんですが、ベースがチャック・レイニー、ドラムが林立夫、ギターは鈴木茂というメンバーでやっているんです。 僕もコーラスで参加させてもらいました。

すごい、錚々たるメンバーですね……。 ちなみに、そのお友達のミュージシャンというのはどなたなんですか…?

安藤くん。 安藤芳彦*くんという人です。 彼が当時組んでいたHOLD-UPというバンドがかっこよくてね。 よく彼らだったりその辺のバンドのライブを荻窪のLOFTとかに観にいっていましたよ。 同じライブにシュガーベイブも一緒に出ていたこともありましたね。

まさか、はっぴいえんどやティン・パン・アレー界隈の方々と近しかったとは。

私はLittle Feat(リトル・フィート)も大好きで、Little Featのコピーもやっているのですが、このバンドを聴き始めたきっかけは、大学時代に細野晴臣さんと会話させてもらったときに彼からおすすめされたのがきっかけでした。

なんと……。 最後まで貴重なお話ばかりでした。 今後も新作を楽しみにしています。 今日はお時間をいただきありがとうございました。

いえいえ、なかなかこういった話をする機会がないので、楽しかったです。

*安藤芳彦:作詞家・作曲家・キーボード奏者・歌手。 大学在学中にバンド ″HOLD-UP″ に参加。 1978年のアルバム『島まで10マイル』は、細野晴臣がスティールパンで、大瀧詠一がコーラスで参加。 トロピカルサウンドやニュー・オリンズ音楽を取り入れた名作として知られる。 その後、松原正樹や今剛、斎藤ノブ、林立夫らとともにフュージョンバンドPARACHUTEを結成。


Photos:Harumi Shimizu
Words:Kunihiro Miki